2069 father's day

種類豊富なチーズだけではない。具材はさらにアンチョビとベーコン、ドライトマトまで揃ってて、それをああでもないこうでもないとイメージを膨らませながら二人でトッピングする。
そうしているうちに、窯の中が煤切れになり上手い具合に焼き時になった。

「お前、ボーイスカウトでもやってたのか?」

キャンプの時目立って活発だったギフテットクラスの年上の同級生をふと思い出して、薪が訊く。

「いえ、違いますが、火の扱いついては父から感覚的に学んだというか……」

余計な力が入ったぎこちない格好でピザピールを操りながら、青木が答える。それから約数分間、格闘は続いた。


「はぁ~、長年イメトレは積んできたんですが、やるのはやっぱムズいですね」

そう言う割に出来上がったピザの見た目はかなり良い。自分の好みに盛り付けたチーズや具材の香りに、薪は内心うっとりした。

「お熱いうちにどうぞ、ってあなた猫舌でしたね」

いつもなら切り分けてフーフーと息を吹き掛け冷ましてくれそうなものだが、疲労困憊でそれもままならない青木は「まあ、ゆっくり食べましょう」と、薪と並んでドサリとベンチに腰を下ろした。

今日こいつが眼鏡じゃなくコンタクトにしてたのは、めかし込むためだけじゃないと、薪は気づく。眼鏡はたしかにこのハードワークの邪魔になる。
ワインを嗜む薪の横で、青木はノンアルビールのプルタブを引いて一気に空ける。ここでは車が無いとちょっとの移動も不便だから、たとえ泊まりでもアルコールを入れないつもりなのだろう。
びっしょりかいた汗を、首にかけたタオルで拭う横顔が、薪の脳裏で遠い昔に家族旅行した時の父とおぼろげに重なった。

ようやく薄暗くなってきた中で、ランタンの灯りが照らすピザに手を伸ばした薪は、カットした最初の一切れを青木の口に入れる。

「んまいっ!!薪さんのトッピング、センス有りすぎですよ!!」

大袈裟に感激する青木の隣で、同じピザを口にした薪も目を見張った。

「このトマト。いい味だが、手製か?」

「ええ、オーブンで乾燥させて、ちょっといいオリーブオイルに浸け込んでおきました。簡単でしょう?気に入っていただけたのなら良かったです」

不思議だった。軽い生地にヘルシーな具材なのに、一口ひとくちの満たされる感じが半端ない。


「ここに来ると、食事は主に父と姉がはりきって作るんです。その間俺はふもとのガキんちょとその辺で遊びまくってて……」

「ふーん、お父様は料理をされるんだな」

「あ、いえ、ひたすらピザを焼くだけです。しかも生地は母が家で作ったものを持参してましたし。ここで生地を伸ばして材料を切って、姉と母が好きなもの乗っけたものを、父がホントにただ焼くだけ」

青木が語るのを聴きながら、薪は何度も瞬きしながらテーブルに視線を落とす。
その光景なら知っている。ついさっきまで自分と青木がまさにここで愉しげに繰り広げていたからだ。追体験と再体験が入り交じる感覚のなか、薪はまるで青木の思い出話の中に取り込まれてしまったような錯覚にとらわれていた。

「まあ、焼くのも結構コツがいるし、それだけでもすげーって子ども心に思ってて。焼くときになると俺も腹空かして戻ってきて、ずーっと見てましたね」

そのイメトレ効果が徐々に表れてきたのか、青木の腕は回を重ねるごとに上がっていった。


窯から覗く火が優しくなってきている。
結局ピザは三枚焼いて、残りの生地とチーズは明日舞と食べる用に持ち帰ることにした。
好みに盛り付けた三種のピザを食べながら紡がれる会話は、せっかく美味しくて楽しいのに、なぜかそれは記憶に刻まれるより先に五感をふわふわと包み込み夢心地にさせる。
それを世間では幸せなきもちと呼ぶのだろうが、薪にとってはまだ不思議でぎこちない感覚でしかない。

「ふぅ。三度目の正直とはよく言ったものですね。ようやくコツがつかめてきました」

「よかったな。忘れないうちに、また舞と来るか」

「いや~でも子連れで来ると、サトミちゃんとこも三人連れて雪崩れ込んできますよ?」

「…………」

微妙な顔で黙る薪を、愛おしむように青木が微笑んだ。


熾火の窯の余熱のなかでは、トッピングの残りの野菜と一緒にダッチオーブンに丸ごと放り込んだ玉葱が、ゆっくりと解されている。

ランタンの下で他愛ない話をしばらく続けた後で、僅かなシルエットを頼りに手探りで二人が食すオニオンスープの甘さは、きっと格別に違いない。
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