2067 Baby Panic!

​ お風呂の途中で力尽きて寝入ってしまった日向に、手際よく支度させて寝室のベッドインベッドへそっと横たえる大きな手。

​ 小さな寝息だけが静かに溶けていく寝室の静寂。

 心地よい疲労とともに広がる安堵感に、ぼんやり意識を預けていた頼もしいパパ役の背中にふと、柔らかな温もりが重なった。
​ バスローブ姿の薪が、背後からぴったりと身体を預けていたのだ。

​「ま……薪さん?ど、 どうしました?」

​ ドクンと心臓が跳ね、上ずった声で問いかける。
​ すると、薪の細い腕が青木の脇からしなやかに伸びてきて、手の中にある一つの小さな包みを差し出した。

​「これ……受け取れ」

​ 驚きながら開いた包みに入っていたのは、黄色いバラが美しく刺繍された、上質なタオルハンカチだった。

​「明日は父の日だ。お前は文字通り、立派な父親役を果たしたからな」

​ 昼間の買い物の最中、青木の目を盗んでこっそりと用意してくれていたのだろう。

​「えっ……ま、薪さん……ありがとうございます。いつの間にこんな……」

​ 感極まった青木の声に、薪は気恥ずかしそうにふいと視線を逸らす。

​「でも、薪さんだって素晴らしいパパでしたよ。……すみません、俺、何も用意してなくて」

​「……褒美は、別に、モノとは限らないだろう」

​ 誘うような上目遣い。
 ねだるような仕草で顎を持ち上げ、近づいてくる瑞々しい唇を、青木は夢中で吸い寄せた。
「ん……」
​ 重なり合う熱い吐息。
 まだ慣れない口づけの角度に、互いの鼻先がかすかに触れ合うだけで、はちきれそうなほど胸が高鳴る。
 バスローブの帯を解くと、薄明かりの下で露わになる極上の白い肌。
​ 青木は美しさに慄きながらも、愛しさを込めた丁寧な口づけでその肌をなぞりはじめた。

​「……あ……っ、」

​ 遠慮がちに伸びた大きな手が、触れる前から過敏に尖る胸元の突起を交互に優しく愛でる。
 シーツを掴んで震える吐息を漏らす薪。その開いた脚の間に忍び込む手が昂りを包み込んで擦り、後ろの秘所へと潜らせた指をぎこちなく動かす。ただそれだけで――一気に弾けた薪の熱が、青木の掌を濡らした。

​「ハァ……お……前は?」

​ 達したばかりの薪が、潤んだ瞳でじっとこちらを見つめ、喘ぐ吐息の隙間で気遣う。暴かれた自身の弱みに赤面しながらも、猛ったままの青木の下半身を気にしているのだ。

​「俺は、大丈夫です。ゆっくり、薪さんのペースに合わせたいので……痛く、ないですか?今 触ってるとこ……」
 鼓膜を揺らす、いつもより低めの猫なで声。
​ 潜らせたままの指が、薪の熱いナカを壊れ物を愛撫するように優しく捏ねた。
​ そのあまりの甘さと、送り込まれる快楽の大きさに、薪の瞳に涙が滲む。

​「あ……っ……そこ……っ、は……あっ……! もう、駄目だ……っ」

​ 薪が後ろの指の刺激だけで、二度目の心地よい吐精を迎えた、まさにその時だった。
​ ふぇ……と、日向のむずかる声が響いたのだ。

​「……っ!」

​ 弾かれたように離れる二つの身体。青木が慌てて赤ん坊の様子を窺う。幸い、小さな寝返りを一つ打っただけですぐに、また深い眠りへと戻っていったようだ。
​ 
 覆いかぶさるように体勢を戻した青木は、薪と至近距離で顔を見合わせ、やがて噴き出すように、お互いに小さく笑い合った。 

​「子どもの前で、やりすぎはダメですね」

​「……っ、元はと言えばお前が……」

​ 薪は真っ赤になった顔で言い返そうとしたが、その語尾はすぐに熱く甘い吐息にかき消される。青木がこみ上げる愛おしさに任せて薪の身体を抱き寄せ、シーツの上で絡まり合うように横たわったからだ。

​「……薪さん。今年は、最高の“父の日”になりそうです」

​「もういい、さっさと寝ろ」

​ 突き放すような言葉とは裏腹に、薪の細い指は、青木のローブの裾をぎゅっと握りしめている。
​ 腕の中にしっかりと伝わってくる薪の鼓動と、少し離れた場所から聞こえる赤ん坊の健やかな寝息。

​(……ああ、幸せだな)

​ 青木は薪の白い額を撫でるような口づけをそっと落とした。

 
​ 翌朝。

​ 隣で眠る青木の大きな手には、昨夜贈られたばかりの「黄色いバラ」のハンカチが大切に握りしめられていた。 
​ そのあまりに幸せそうに緩んだ寝顔に、薪は思わず苦笑する。
​ まだ肌の奥に残っている、昨夜の愛撫の感触。
 堪らなくなった薪は、青木の鼻筋にぎこちない口づけを落とした。
​ その直後に、インターホンの音が、静かな朝の空気を震わせる。


​「……つよしくん、おはよう!ホントありがとね!」

​ 玄関先に立っていたのは、すっかりいつもの調子に戻った雪子だった。
​ 寝ぼけ眼の日向を大事そうに腕に抱いて出迎えた薪を、雪子は首を傾げて凝視する。
​ 美しいのは相変わらずだが、とろりと蕩けた瞳の潤い。内側から滲み出るような、隠しきれない幸福な熱――
​ 
​(あら。シャツのボタン、掛け違えてるじゃない。……“強力な助っ人”と、随分濃密な夜を過ごしたようね)

​ 普段の薪にあるまじき稚拙なミス。発見した雪子の唇に悪戯っぽい大人の笑みが浮かんだ。

​「あら、日向ったら、随分つよしくんに懐いてるのね」

​ 受け取った日向の小さな手が、名残惜しそうに薪の指をぎゅっと握りしめているのを見て、雪子が目を見張る。

​「助かったわ。このお礼は改めて二人・・にするから……」

​ もう片方の手で大荷物も軽々と持ち上げて、帰ろうと背を向けた、まさにその時だった。

​「待ってください! 哺乳瓶!忘れてますよ!」

​ 慌てた様子で部屋の奥から飛び出してきたのは、あろうことか、バスローブ姿の青木だった。

​「あら、あら……。まあ……やっぱり」

​ 雪子は含み笑いを隠そうともせず、ひらひらと楽しげに手を振った。

​「お邪魔しちゃってごめんなさい……じゃなくて、どうぞお幸せにね!」

​「違っ……馬鹿を言え! 青木、お前そんな格好で人前に出てくるな! 恥を知れ!」

​ 顔を真っ赤にした薪が、怒鳴りながらも、自然な動作で青木の乱れたローブの襟元に手を伸ばし整えてやっている。
​ その天邪鬼な献身と、恐縮しながらも嬉しそうな青木の笑顔。

​(な〜んだ。しっかり「成立」してるじゃない) 

​ 雪子は、仲睦まじい(?)二人の姿を興味深げに見届けると、軽やかな足取りでエレベーターホールへと歩いていった。


​「……もう、薪さん。そんなに朝から怒らないでくださいよ」

​「うるさい! 昨夜のハンカチはやっぱり返せ! お前にはまだ早すぎる!」

​「えっ、それは嫌ですよ! 一生の宝物にするんですから」

​ まるで追いかけっこを愉しむような二人のやりとりは、子守りのパニックが去った愛の巣をいつまでも甘くざわつかせていた。
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