僕の可愛い忠犬一行

 夢の中で、懐かしい茶毛を指で弄りながら、鼻先を埋める。
 なんだ、戻ってきたのか、お前。
 ん……バロン……そんなに舐めるな……。
 首筋をなぞり鎖骨を優しく吸い上げるリップ音……って、えっ……?


「……あぃたタ……ッ、まきさん痛いです」
 
 毛髪を鷲掴みして引き剥がしながら、薪が重い瞼を開けると、見覚えのある天井。そしてダウンライトの明かりに目を細める。
 ソファの上で縺れた二つの身体をほどくようにずらすと、乱れた服が肩からずり落ちた。

 テーブルには倒れた空のボトルとグラスが二つ。

 休前日、いやもう日付けが変わって土曜か。

 たっぷり疲労して帰宅したのに、寝付ける気がしなくて。ささくれ立った感情を麻痺させようと、部下を道連れにボトルをあけた記憶がじわじわ蘇る。
 “薪さん水割りにしましょう、ああ待って、せめてロックで……”という悲鳴に似た部下の声が耳に残っているが、ストレートのまま喉へ流し込んだ気がする。
 一杯どころじゃ済まなさそうな上司の身を案じた部下も、自らグラスを取り一緒にボトルの残りを空にしたわけだ。

 胸糞悪い少年審判。戻った後も負の感情が吹っ切れなかった。
 分かち合えるのは特捜のため福岡から呼び出した、ただ一人の相手しかいない。
 でも、そいつが曲者だ。
 付き合いの良い部下は、薪の酔いが回るか回らないかのうちに、オトコの顔になっていく。
 やがて、深くまで知る薪の身体を貪りはじめ、半裸で絡み合ううちに……仲良く寝落ちしたらしい。

 そこで見たのが昔の愛犬の夢だった。
 童心に返り毛並みを撫でながら目覚めた鼻先にいるのは、サカった若い恋人で。オトナになった自分の身体も、淫らな疼きに苛まれている。

「やめ……ろっ……おい、アオキっ!」

 休日の夜明け前。シャツを剥がれスラックスをずり落とされた肌一面にキスが降り注ぎ、再開していく未遂の情事。

「あっ、ま……てっ、そこ……はっ……」

 顎を押し返されて離れた唇が、ふと問いかけてくる。

「そういえばバロンって誰なんです?」

「っ、まず指をぬけ……教えるから……」

 下から滑り込み根元まで埋まっていた長い指の動きが止んで、ゆっくりと引き抜かれていく。

「や、待て」

 ぴたりと中で止まる指を体内で喰い締めたまたま、青木の首に腕を回した薪が耳元で妖艶に訊いた。

「お前は……誰だと思う?」

 熱い息とともに吹きかけられる問いかけに惑わされる頭で、青木は大真面目に考える。

「最初は……異国の元恋人かと思いました。でも、どうも違うな、と……」

「……それで?」

 少しだけあいたに、薪が腕を弛めて青木の顔を窺う。
 いつメガネを外したのか記憶も定かでない、酔いが僅かに滲む裸眼が、こっちを真っ直ぐ見つめながら慎重に答えを返した。

「あの、もしかして、あなたの養親方のご家族とかでしょうか?」

 薪さんの容貌なら外国のご親戚がいても不思議ではないし……と続く的外れな解釈は薪の耳に入ってこない。
 “答え”だけ、合っていて驚いたのだ。
 そうだ、後見人との暮らしの中で、バロンは唯一“家族”として心許せる存在だった。

「当たらずとも遠からずだな。バロンの毛は黒くないが、お前に似て気持ちいい」

 薪の両腕がさっきより強い力で青木の首に抱きついたのが、一時停止解除の引き金になる。
 口づけを交わす唇が、薪の首筋を撫ではじめ、もっと下へと降りていく。

「……やはり外国の方なんですね」

「……いや、」

 胸元にたどり着いた愛撫をびくびくと受け止めながら、青木の頭を抱いた薪は、口角をうっとり緩ませて答える。

「犬だ。茶のフラットコーテッドレトリバー」

「……!?」

 髪をくしゃくしゃにされている青木が、怪訝そうな顔を上げる。
 まさかホンモノの犬と間違えて、犬の名を呼ばれていたとは……さすがに軽く衝撃だったのだ。

「……ん……っ……」

 でも当の薪はなんだか気持ちよさそうに、絡む舌が離れる感触に震えて上体を靡かせている。

「……まあいいです、気持ち良く思っていただけて、光栄です」

 ため息交じりにそう呟いた唇が、胸の突起をまた包んで舌先で転がしはじめた。

「……は……ぁ……」

 拗ねなくていい。違うんだ、と薪は心の内で呟く。
 バロンは確かに温かくって、真っ直ぐ僕に愛情を捧げてくれる、心の支えではあったが……

「安心しろ、僕には犬と交わる性癖はない」
 
 内側で動く指の動きにぴくりと反応し、薪が両脚が青木の背中を抱き寄せながら言う。

 いや、それはわかってますって。時々ぎくりとするようなことを言う人だ。
 でもそれを愛の告白と受け止め嬉しくなれる自分も、相当慣らされているようだ。

「じゃあ、そろそろ……俺だけの特権・・・・・・を愉しませてもらいますね」

 明かりがついたままのソファの上。
 青木が薪にしがみつかれたままの上体を起こして座り、掴まえた細腰を自らの怒張の上に宛てがい、熱い交接へと雪崩込んでいった。
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