ディナーまで八分待って

 あいつ怒っていたよな、まあ無理もないか。

 折り返す飛行機の便を一応連絡しておく。
 気を遣わせたくはないのだが、青木の要望を無下にして関係をさらに悪化させるのは、さすがに避けたい。

 往路で逸る気持ちをおさえられなかった分、復路は気がすっかり抜けていた。
 ぼんやり窓の外に視線を泳がせていたら、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。


 おかしな夢を見た。


 クリスマスカラーのこたつのテーブルで、せっせと卒論を書いている青木がいる。
 ハタチそこそこの年相応の髪型に、初々しい表情。まだ僕のことを知らず無邪気に接してくるのが、何ともいえない可愛さで。
 夜食のカップ麺のきつねを青木が口に含むと、なぜかその感触が肌に伝わり、気を失うほど身悶えた。
 青木は若くても、やはり青木だ。大きくて、温かくて、全身をすっぽり包まれるのが心地良くて……離陸体勢にびくりと身体を震わせ目覚めても、まだ、とろけるように肌が火照っている。

 そしていつのまにか“逢いたい”気持ちが素直に溢れ出していた。
 往路のときより、さらに熱を増して――


「あおき?」

 空港ゲートに迎えに来ている大男の姿に、薪の胸が煩いくらいに高鳴っている。

「お帰りなさい、まきさん」

「お前、食事に行ったんじゃ……」

 目を見開いて詰め寄る薪を、青木は愛しげに見つめ返して首を横に振る。

「食事なら波多野と行きましたよ、岡部さん・・・・が」

「え、岡部?」

 薪がひどく愛らしい表情で眉をひそめる。

「お前は行かなかったのか?あんなに楽しみにしてたのに……」 

 そうだ。こういう機微に疎いとこもぜんぶ、お可愛らしくて惚れたんだった。

「いいえ、俺が楽しみなのは“あなたと食べる食事”です。今は岡部さんに、あなたの送迎役を代わっていただく方が、俺には大事なんです」

「でもっ……ハ……くしゅん……」

 ああ、本当に。こんなにすべてが愛しい方に、何故俺は一瞬でも腹を立てたりしたのだろう。

「今日は冷えますね。早く帰りましょう」

 脱いだ自分のコートで薪を包んで抱き寄せ、青木は送迎車へ誘導する。
 どんなにくっついていようといやらしく見えない、大人と子供くらいの身長差はこんなときありがたい。

 勤務中も青木が運転するときは助手席に乗ることが多い薪と、いつもと同じ距離感に戻るのも妙に安心感がある。
 戻ったのだ、日常に。誕生日も振り出しに。
 穏やかな空気の中、車は薪のマンションに辿り着く。

 青木が車を置いて、また戻ってくるまでしばらくの一人の時間。
 借りっぱなしのコートを着たまま、近くのコンビニへと初めて食べる例のもの・・・・を、興味本位で買いに行く。
 せっかく送り届けた後で、外出したことがバレればまた小言をいわれそうだから、そこは青木に内緒にしておこう。

 そして、寒空の下コートも着ずに帰って来るであろう間抜けな大男のために、風呂とポットのお湯を沸かして待った。
 時の流れがやけに遅い一時間ちかく後。


「おかえり」

 凍えて戻った大きな身体に、薪は飛び込むように前から抱きついた。
 懐かしい匂い、触れたかったぬくもり。

「薪さん、冷えますよ」

「冷えてるのはお前だろ」

 遠慮がちに離れようとする大男を掴まえて、ボタンを解いた背広の下から腕を回す。
 シャツの胸に頬ずりしながら温もりを分け与えていると、グゥ……とお腹が鳴る音が伝わってきて、思わず微笑んだ。

「八分ほど待ってろ。今夕食を作るから」

「へ?……八分?」

 お湯を再沸騰して、八分。
 自分は食べた事無かったけれど、作り方はもう知っている。

「ああ……懐かしいな。俺が学生の時、よく夜食で食べてて……」

 お湯を注いで漂う香りに、青木が顔を輝かせる。そして、ン?と固まった表情になり、薪の顔をまじまじと見つめる。

 八分後に始まった幸せなディナー。
 一緒にきつねに齧りつく瞬間は最高だった。
 薪はミニサイズで五分。青木は普通の大きさだから八分……って、待てよ? 何で時間長め? てかなんで俺の“適正時間”を、この人がご存知なんだ?
 
 きつねをそ〜っと箸でつついて、薪をチラリと観察する青木。
 当然ながら悶えることはないし、耳も尻尾もついてなくて、安心したような拍子抜けしたような……

「どうした?」

「いえ……」

「何を赤くなってるんだ」

「いえ!ホント、何でもないんです!」

 憧れの人だった薪剛警視正。
 学生時代最後の誕生日に一人でバクハツさせた物凄い妄想を、振り払うように青木は首を横に振る。

 そう、妄想だ。妄想だったんだ。 
 良い思い出には違いないけれど。
 妄想だけでも幸せになれる相手と、今リアルで一緒にいられるこの上ない幸せを、青木はきつねとともにじーんと噛み締めた。

今のお前・・・・は、きつねなんか介さなくても、僕をもっと気持ち良くさせられるだろ?」

「ぶはっ…」

 吐き出しそうになったスープを辛うじて呑み込みながら、青木は目を剥いて薪を見る。

 ま、まさか俺のアノ妄想をご存知なのか?
 いや……まさか、な??

「ごちそうさま」

 小さなカップをつるつると平らげた薪は、涼しい顔でバスルームへと向かう。

「食後にせかしてすまないが、時間も限られてる。風呂を沸かしたからお前も来い」

「……はい」

 残り一口の麺を啜ってから青木は振り向いた。
 久しぶりのどƕ兵衛は、好きな人と食べたからか、美味しさが骨身に沁みて、満足感も半端ない。

 てか、あれ??
 
 薪の姿を目で追う青木は、眼鏡を外して目をこすり、またかけ直す。

 バスルームに入っていった薪の後ろ姿に、ふわふわの尻尾が見えた気がしたのだ。
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