上司が熱を出したので

 女子っぽいパステルカラーの冷却ターバンを巻いた薪は、解熱剤の効果もあってか、ぐっすり眠りこけている。

 ストロー付きタンブラーで水分補給もうまくいってるし、姉の用意したグッズは今のところ大活躍だ。

 普段は所狭しなベッドは、小さな薪が寝ていると随分と広く見える。
 こんな小さな……中学生みたいにあどけなく可愛い寝顔のこの人が、いつも国家レベルの秘密や重大な凶悪を背負ってると思うと……切ない焦りのような、熱い気持ちが込み上げる。
 早く、俺も力をつけたい。この人に少しでも頼ってもらえるようなチカラを……


「……っ、ここはどこだ!?」

 ベッドの傍らに置いた椅子でうとうとしていた青木がビクッと目を開ける。
 
「お、落ち着いてください。俺の家です」

「僕は何か……言ってたか?」

「いいえ、何も……」

 ホッとしてベッドにへたりこむ薪。
 額に手を当ててみると熱も下がった様子で、顔つきもやけにスッキリしていた。

「薬を……飲ませてくれたのか」

「いえ、ってか、覚えて……らっしゃらない?」

「??」

 ファンシーな絵柄のタンブラーの持ち手を掴みストローを咥えて、何も知らない子どものようにポカンとこっちを見上げてくる薪の表情に、青木は罪悪感のあまり咳き込む。

「あの、ゴフン、飲ませてはいません。ゆ、ゆっくり休まれたのが効を奏したのかと……」

 嘘は言ってない。が、疚しさの根源から逃げるように、青木は冷蔵庫の方へ歩いていく。

「何か食べますか?」

「いや、いい。シャワー浴びてくる」

「え?あ、はい、ならお連れします。 ああっ!それは姉が誂えた着替えなんですが何を勘違いしたのか、ちょっと待ったぁあっ……!!」

 開けた冷蔵庫をすぐ閉めた青木が、慌ててUターンして舞い戻ってくる。

「何だと、お前の姉上が?」

 ベッドサイドにまとめて置いてあった、サーモンピンクのもこもこパイルシャツ&ショートパンツのセット。そしてぴったりストレッチ素材で同系色の女性用ボクサーショーツ一式。
 伸ばした青木の手が届く寸前に、薪の手がそれを取り上げた。

「待ってください。薪さん、それダメなやつも……」

「戴いた物に“ダメ”とは何だ。ありがたく全部着せていただくし、そもそもお前はついてこなくていい」

 せめてボクサーショーツだけでも取り返そうとする手を振り払いバスルームを探して歩き出す薪を、仕方なく案内する青木。
 少しふらついてはいるが、足取りや動きはほぼ通常運転に戻っているように見えた。


 そして30分後。

 萌え系アイドル顔負けの薪がふわモコ姿でバスルームから登場したときには青木は、まさに鼻血を噴いて倒れそうになる。

「薪さん、ショ…いや、パンツ……れでぃーすのようでしたが、大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫だ。きもちいい。これ、レディースなのか」

 ショーパンのウエストゴムを伸ばして中を覗きこむ薪の無邪気な姿見て、青木の目の前が、本当に真っ暗になった。
 ショーパンと上着の隙間から覗く細腰とパンツがフィットした下腹の白さが眩しすぎて……


「もしもし、青木か。薪さんの容体は……」

「大丈夫だ」

「エッ、その声は……ま、薪さん?」

 壁に掛かったままの青木の携帯を代わりに取って、聞き慣れた側近の部下の声に応える。

「すまない、青木が倒れて出られないんだ。今日は僕も青木も半日休む。午後は……様子を見て、僕だけでも出勤しようと思う」

 まさかあの丈夫な青木に感染? 薪さんも流感というより疲労だろうに……と半信半疑で理解に苦しむの岡部に、薪はしんみりと付け足した。

「おそらく看病疲れだろう。昨夜僕に付きっきりで全く寝てないだろうから」

「わかりました。二人ともお大事にしてください」

 薪が青木をノックダウンした破壊力半端ないふわモコ姿でいるのを知らない岡部は、一先ず薪の復調ぶりに安心して電話を切った。

 無自覚な二人がある意味とても“危うい”状況であることも露知らず。
 一難去って、来るのがまた一難となるのか、はたまた「幸せ」の到来なのか。

 通話を終えた携帯をベッドサイドに置いて、所狭しと横たわりダウン中の青木の傍らに器用にこっそり潜り込む薪にとっては、少なくとも後者に違いなかった。
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