メダリスト_短編
氷の上。随分と前に私はそこを自らの舞台とすることを辞めた。
理由はシンプルで、私の脚は氷より脆いガラスの脚だったからだ。
滑ること自体は好きだった。才能があるとも言われた。
しかし自らの滑りを武器に他の子達と競うことに意義を見出せなかった私は
遅かれ早かれ氷上を去る側であったと思う。
今日は数ヶ月に1回の鴗鳥くんと夜鷹くんの貸切スケートの日。
鴗鳥くんからたまにはどうかと連絡を受けてクロッキーブックと念の為スケート靴を持ってきた。
肌を刺す冷気にシンとしたリンクの雰囲気には独特の緊張感がある。
私はクロッキーを開き目の前で滑る幼馴染を描いてゆく。
「(絵になるなぁ)」
夜鷹純、私がスケートしていた頃からの幼馴染。
私がリンクを去っても彼は鮮烈に輝き続けた。五輪を滑った際には時差で目を擦りながら応援したものだ。
高い難度のジャンプを当然の様に降り、星屑を纏うように氷上を滑る。
現役を引退したにも関わらずそのスケーティングは今尚磨かれている。
そんな彼を横目に私は鉛筆を走らせる。
滑る彼を眺めながらどんな衣装であればより演者を輝かせることができるか
浮かぶインスピレーションをクロッキーへ描き留める。
「(やっぱり生で滑る所を見ると違うなぁ…)」
部屋でカンヅメになって仕事をしているより圧倒的にアイデアが浮かぶ。
フリル、スパンコール、ラメ…どう配置すれば見る人の目を
演者に向かわせ続けられるだろうか、その衝動を紙へとぶつける。
ふと視線を感じクロッキーブックから顔を上げるとリンクからジッと夜鷹くんがこちらを見ていた。
「ワッ」
まさかこちらを見ているとは思わず、声を上げてしまった。
私が気づいたことに気づいた夜鷹くんがリンクから降りて真っ直ぐにこちらへやってきた。
夜鷹くんは近くまで来ると少々不機嫌そうに口を開いた。
「…来てたの?」
「鴗鳥くんに、たまにはどうかな?って言われて」
「なんで言わなかったの?」
「えーと…夜鷹くんに今日行くよって?」
頷く夜鷹くんに私はだってと言い訳をする。
「夜鷹くんの携帯繋がらなかったし…」
「…言いに来ればいいでしょ」
私と夜鷹くんの家は徒歩5分圏内にある。
確かに直接言いに行く事も出来はする。するが、1つ致命的な事がある。
「私と夜鷹くん、生活リズム真逆じゃん」
私は朝型、夜鷹くんは完全に夜型だ。
勝手知ったる仲ではあるが夜に態々それを伝える為だけに行くのも仰々しい、と言うと
夜鷹くんは眉間のシワを深くした。
「…夜鷹くん?」
「…"次"はちゃんと来て」
夜鷹くんなりに何か譲れないことがあるらしい。
念押しする様子にわかったと頷く。
「靴、あるでしょ。描いてばっかりいないで来なよ」
無いわけないよね?と言いたげな夜鷹くんは私に背を向けリンクへ戻ってゆく。
なかったらどうするんだろうと思いながら、リンクから早くと言いたげな夜鷹くんの視線に
私はクロッキーブックを閉じるのであった。
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