忍たま_短編
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忍たま・くのたまの合同実習を終えて5年の食満留三郎は長屋へ帰ってきた。
「おかえり、留三郎」
「あぁ…」
浮かない顔の留三郎に部屋で出迎えた伊作はどうしたんだい?と問う。
留三郎はなにやらバツが悪そうな顔をしながら返事をする。
「伊作…」
「?」
「その…稲に告白した…」
「えぇっ!!!!! へ、返事は?!」
「…保留?」
「せんぞーーーーー!!!!ちょっと来てーーーー!!!!!!」
夜中にとんでもない大声で伊作が叫んだため、留三郎、伊作、仙蔵(とばっちり)は6年生に注意された。
先輩から解放された3人は留三郎と伊作の部屋に集まった。
文次郎、小平太、長次はまだ実習中らしく不在。
「それで?実習終わりで寝ようとしていた私をわざわざ叩き起して
先輩方からの説教にも付き合わせてまで呼び出した理由はなんだ?」
「ごめんよ〜!だって留三郎が!」
「留三郎?」
理由を説明しろ、さもなくばと怒りを滲ませる仙蔵に、
留三郎はこれはおれが悪いのだろうかと思いながら先程伊作にした話を仙蔵にもする。
「で? 稲の返事はなんだったんだ」
「気持ちを見つめる時間が欲しいと言われた」
留三郎の言葉に仙蔵と伊作は頭を抱えた。
ただそれは目の前の留三郎に対してでは無い。
留三郎からのあからさまな好意に晒され続けていたにも関わらず、即返事が出てこなかった
稲美に対して頭を抱えていたのであった。
「稲…本当に…?」
「兄として責任を取れ、伊作」
「いや…うん…。すまない、留三郎」
「なんで伊作が謝るんだ」
よく分からない理由で謝られ、どう反応すれば良いのかといった様子の留三郎。
何だかんだ言いつつも仙蔵と伊作は2人が好い仲になればいいと考えていたので
何故この状況になっているのかの分析が始まった。
「…稲は相手がいたことなんてあったのか?」
「う〜ん、聞いた事ないなぁ」
「伊作が聞いたことがないならないだろう。アレが喋らないことなんてはない」
「まあ…そうだね」
妹に兄の知らないことがないように、兄に妹の知らないことがない善法寺兄妹。
少なくとも稲美は相手が出来れば伊作に話すだろうという結論に行き着いた。
それでは何故留三郎の好意に気づかないのか。
「…この学園で稲美のことを好いていても実際に行動に移すことが出来る者は少ないだろう。
留三郎の威圧もそうだが、身内が学園内にいる。しかも双子で顔も似ており仲も良い。
何をどうしようが稲美は伊作の話をするだろうし、その度に伊作の顔がチラつくだろう」
「(威圧…?)」
「そうか!そうなると稲は恋愛経験がほとんどない!その手の経験に疎いんだ…!」
そう。稲美は恋愛経験が無いに等しかった。
幼少期は寝込みがち、学園に入ってからは兄にベッタリ、更にその横には彼女を想う男の姿。
これを外野から見ると何とも声のかけ難い女となっているのである。
そのため彼女の恋愛偏差値は下の下、くのたま4年生でありながら
想われることに対して鈍感な激鈍女が出来上がってしまっていた。
「…ぼくにも責任の一端がある気がしてきた」
青い顔で自責の念にかられる伊作。
幼い頃寝込みがちだった妹が元気に色々なことに挑戦する姿が嬉しく、勉強・実技共に
メキメキと腕を上げていく様子を微笑ましく見守り、時にサポートを惜しまない伊作だったが
もう少し別の目の向けられ方もあると教えるべきだったと反省した。
「だが、まだ打てる手がある」
「!ほんとか仙蔵!」
あぁと頷く仙蔵。
「友人として好きだとは言われたのだろう?であれば、友人以上に想っている事を知らしめればいい」
「知らしめる…?」
「お前がやることはただ1つ、お前が思っていることを包み隠さず稲美に伝えればいいのだ」
「伝えれば、いいのか…?」
そうだと再び頷く仙蔵。
友人としての好感度は十分にある、であれば友人以上の気持ちや感情を伝え続ければ
察しの悪い彼女でも意識せざる得ないというのが仙蔵の考えだった。
その話を聞きながらなるほどと頷く留三郎。さらに伊作も続いた。
「ぼくが思うに、稲は留三郎が皆に対して平等に、優しく接していると思っているんだ。
だからあからさまなくらい稲のこと特別扱いしてみるのも良いと思う」
「あからさまな…か…」
「そう、皆に優しいよを封じるんだ…!」
拳を握り力説する伊作に腕を組み頷く仙蔵。
実の兄と他者の心情を読むのに長けた仙蔵が言うのであれば間違いないだろうと
留三郎はわかった、明日から実践すると決意し、深夜の作戦会議はお開きとなった。
***
次の日の昼。ランチを受け取った留三郎は食堂を見回すと端の方で食べている稲美を見つけた。
「(特別扱い…よし)」
昨夜の作戦会議を実践しようと留三郎は稲美に声をかけた。
隣に座っていいかと聞くと稲美はいつも通りいいよと返事をして座る場所のために奥へとズレようとする。
そんな稲美を留三郎は制止した。
彼女が詰めようとした奥側には4年生の忍たまが座っていた。
稲美と仲が良いかは知らないがまだ見ぬ恋敵の一人かもしれない、
そう考えた留三郎は通路と自分で稲美を挟むことができるように奥へと移動し着席した。
着席後は食事をしながら取り留めのない会話を楽しむ。変に意識してぎこちなくなる様なこともなく、
いつも通りに接してくる稲美の姿に嬉しい気持ちと意識してもらえていないのかと複雑な気持ちの
半々になりながらランチをとる留三郎。そんな中、稲美が何かを思い出したようで声を上げた。
「あ、そうだった。あとで罠作成の授業で必要な用具借りに行くね」
「別に構わないが…、罠の授業ってことは使う道具も多いんじゃないか?」
留三郎は用具委員として、管理している用具の数や使ってできることが易々と思い浮かぶ。
それと同時に、これは昨夜の作戦会議の実践ができるのではと少し緩んでしまいそうな顔を必死に抑える。
「まあ何回か往復するから大丈夫だよ」
「いや、結構な数だから手伝わせてくれ」
いいの?と申し訳なさそうな彼女に頷いて返す留三郎。
ごめんねと申し訳なさそうにする稲美だが、留三郎にとっては下心のある手伝いの申し出だ。
そんな気持ちがバレてしまわないように留三郎は早々に席を立ち上がり食堂を後にした。
***
作法委員会の立花仙蔵は本日の委員会活動の為、倉庫の傍に筵を敷いていた。
「(昨夜はああ言ったが留三郎のやつ、上手くやれているだろうか)」
昨夜の作戦会議で友人以上であると意識させるように進言した仙蔵は
今日の留三郎の立ち回りが上手くいっているか考えていた。
「(それにしても稲は鈍すぎる。天は二物を与えずとは言うが…)」
虫干しをする生首フィギュアを抱えて倉庫を出たところで件の人物に声をかけられた。
「仙ちゃん」
「稲じゃないか、何をしているんだ?」
仙蔵が返事をするとハッとしたように稲美が駆け寄り相談があると言う。
十中八九、留三郎の事だろう。留三郎の件か?と仙蔵が言うと、稲美は心底驚いた顔をした。
「少し待ってろ」
「うん」
抱えていた生首フィギュアを筵の上に置き、
留三郎から相談されたことはとりあえず伏せながら稲美の話を聞く仙蔵。
少し恥ずかしそうに留三郎に告白されたことを告げる稲美にようやく言ったようだなと返すと
ようやく?と彼女は首を傾げた。
「あいつは2年の頃からお前のことを好いていたぞ」
「そうなの…?」
「鈍いなお前は」
本当に気づいてなかったんだなと思いながらハッキリと鈍いと告げる仙蔵。
彼女に自らが鈍いことをまず自覚してもらおうと
いつ頃から、留三郎の好意の漏れ方が如何様だったかを話すと彼女は何回目かの
そうなの?の言葉が出ていた。
「留三郎と付き合うのは嫌なのか?」
仙蔵は稲美から留三郎への好意はあるのかを確かめる質問をした。
すると彼女は付き合う行為そのものがよく分からないと言う。
昨夜分析した通り、経験がないことによる恋愛下手が的中している。
嫌でなければ一度付き合ってみればいいと続ける仙蔵。
「だって付き合ってからなんか違うってなるの嫌だし…」
「なるほどな」
どうやら彼女は関係が変化した後、元に戻らなくなることを危惧している様だ。
平和主義の彼女が考えそうなことだと思いながら、丸4年片思いをし続けていた留三郎のことを考える。
もし振られたら受け入れるだろうか?思わず仙蔵は口から考えが漏れ出た。
「まあ嫌となっても留三郎が離すとは限らんがな」
「…どういうこと?」
また首を傾げた彼女に仙蔵はしまったと思いながら
タイミングよく作法委員会のメンバーが集まってきているのに気づいた。
「まあ気が済むまで考えてみろ」
そう会話を切り上げると人のいい彼女はありがとうと言いながら倉庫から離れていく。
「(まあ憎からず思っているなら付け入る隙なんていくらでもあるだろう、あとは留三郎次第だな)」
そんなことを考えながら今日の委員会の作業を後輩たちに指示し始めた仙蔵だった。
***
5年い組の潮江文次郎は昨日の実習で使用した袋槍の手入れをしていた。
委員会の予算の計算もいくつか残っていたなと考えていると声をかけられた。
顔を上げるとくのいち教室の善法寺稲美が立っていた。
なんだ?と返事をしながら手元に視線を戻すと彼女は隣に腰かけ話し始めた。
「もんじはさぁ、留が私のこと好きだって知ってた?その…そういう意味で」
「あぁ、知ってた」
留三郎のやつ本当に告白したのかと思う文次郎。
数日前彼女の房中術の一件で決意していたがそんなにすぐ行動するとは思っていなかった。
一方稲美は文次郎の返事に肩を落とし文次郎でも気づいてたのにと呟く。
失礼なヤツめと目線を送るとごめんと言いたげに彼女は苦笑いした。
「まあ俺が気づいたのは4年になってからだけどな」
文次郎は自分が色恋に向いているかと問われればそうでは無いと考えている。
現に同室が気づいていた留三郎の片思いに自分が気づいたのは1年前だったことを白状する。
三禁だって言わないの?と問う稲美に、節度ある行動が出来ればいいんだと返す文次郎。
この様子から何となく彼女は留三郎への返事を迷っていることを察した。
確かに三禁の中に色は含まれる。しかし留三郎も稲美も実直で確かな実力者だ。
節度を忘れるような人間ではないだろうと告げると彼女は嬉しそうにありがとうと返事をした。
そのとき、文次郎は一つ思い出したことがあった。
こんな風に彼女と話している時、留三郎はチラチラとこちらを伺ってくるのだ。
好きな女が自分以外の男、しかも自らのライバルと話すのは気にはなるだろうが
あまりにもあからさまな視線に忍たまとして如何なものだろうかと常々思っていた文次郎は
気持ち悪いからどうにかしてくれと稲美に苦言を呈する。
「(まあ、稲美に言っても仕方ないか)」
言われた彼女もえぇ…と困り顔をしている。
まあ2人のことは2人が何とかするだろう、自分が首を突っ込んでも事態が好転するとも思っていない文次郎は
袋槍の手入れも終わったから委員会の方へ行くと立ち去ったのだった。
***
5年ろ組中在家長次は図書室でひっくり返っていた。
時は数分前に遡る。
図書室にくのいち教室の善法寺稲美がやってきた。
彼女は長次を見つけると辺りを気にしながら声をかけてきた。
どうやら相談があるらしい。長次も辺りに人がいないことを確認して頷く。
「実は、留に告白されたんだけど」
「もそ(留三郎、伝えたのか)」
「私、そんな風に想われてるって全然知らなくて…」
この稲美の言葉で冒頭の長次になってしまった。しかし長次がひっくり返ったのにも理由があった。
長次は2年の頃から留三郎が片思いをしていることを知っており、更にそのわかりやすさも見てきた。
そんな好意を彼女が全然分かっていなかったことに驚き、呆れ、ひっくり返ったのだった。
そんな様子の長次に稲美も驚き、まさか長次も知っているのかと問う。
頷く長次にいつから…?と再度問う彼女。2年の頃からと答える長次に彼女は頭を抱えた。
「中在家先生、恋ってなんですか」
「なぜ私に聞く…」
「だって長次は生き字引だって言われてるし…」
机に突っ伏しながら言い訳をする彼女にやれやれと思いながら恋について考えるならと1冊の本を手渡した。
「これ…百人一首?」
「これを読みながら稲と対している時の留三郎を思い返してみなさい」
鈍い彼女に分かりやすい教科書を渡し、早く留三郎の気持ちに応えてあげて欲しいと思う長次。
彼女も読んでみると貸出手続きをして立ち上がり、部屋で読んでみると言い残して図書室を後にした。
一人になった長次はまた図書当番の仕事に戻るが、先程のやり取りが反芻される。
「(分かりやすい資料を渡したと思うが、…稲はにぶちん…。留三郎にも同じ本のことを教えておこう)」
あまりにもな鈍さだったため不安になった長次。
丁度交代の時間になり委員会の仕事を引き継ぐと、留三郎に先程の話をするために外へと繰り出した。
***
長次から本の話を聞いた留三郎は早速同じ本を借りて読んでいた。
素直に気持ちを伝えること、特別扱いすることをアドバイスされた留三郎だったが、
今日彼女に対してできたのは、ランチの際彼女の隣に座ることと授業の準備の手伝いだけだったと思い返し
意外と行動出来ていないのではと少し焦り始めていた。
「(素直に…例えばこの百人一首の中から、おれの思いと似たようなものがあったりしないだろうか)」
わかりやすく彼女に自分がどう思っているのか改めて伝えられないかと本を読みながら紙を取り出す。
読み進めていくと二首、それらしい歌があったので紙に書きつけそれを手紙のようにして机の上に置いた。
「(明日これを渡そう)」
彼女はこれを読んでどんな反応をするだろうか。そんなことを考えながら夕食をとりに自室を後にした。
***
一夜明けて早朝。
留三郎は自主鍛錬中に汗をかいたので体を拭くために井戸へ来ていた。
あらかた汗を拭えた所で後ろから声をかけられた。
それは同じく自主鍛錬をしていた稲美であり、彼女もまた体を拭くために井戸に来たようだ。
「(朝から顔が見られるのは幸運だな)」
忍術学園は広大なので1日のうちに一度も顔を見ないこともままある。
そんな中朝から顔が見られたことが嬉しいと思う留三郎。
そんな様子が気になったのか稲美がいいことでもあったのかと聞いてきた。
「(稲に会えたからだが、そんなこと…いや仙蔵は素直になれと…)」
素直に気持ちを伝えることを進言された留三郎は思い切って素直に口に出すことにした。
「ん?…いや、こうやって朝から稲と話せたからな」
言えた、しかし思った以上に恥ずかしい。留三郎は言い逃げする形でそそくさと井戸から立ち去った。
しかし明らかな好意を口に出すことが出来た留三郎は恥ずかしさを乗り越え自信が湧いてきた。
「(そういえば、明日は休みか…)」
丁度いい、街へ誘ってみよう。
委員会や伊作の見守りではない、2人でいることを目的とした外出。
そのために彼女が興味を持ちそうなことがなかっただろうかと考えながら軽い足取りで長屋へ向かうのだった。
***
放課後。
5年ろ組七松小平太は塹壕を掘りながらとある人物を探していた。
「(どこにいるんだ?)」
昨夜、同室の長次から留三郎と稲美のことを聞いた小平太は、迷っている様子の稲美に言いたいことがあった。
そのため鍛錬の一環である塹壕堀りをしながら彼女を探していた。
その時、留三郎の声が聞こえた。しかもその声は稲美を呼び止める声だった。
塹壕から少し顔を出すと留三郎が稲美に話しかけ、明日の休みに一緒に出掛けようと誘っているようだ。
稲美は二つ返事で了承し、留三郎が去っていく。
去っていく留三郎はいつもより少し強張っているが嬉しそうな顔をしていた。
「(稲は…まあ普通か)」
踵を返して校舎の方に行こうとする稲美を小平太が呼び止める。
「稲!」
「こへ」
留三郎に話しかけられた時と同じように振り向く彼女。手招きをすると首を傾げながらもついてくる。
2人はそろって岩の上に座った。
「留三郎に告白されたのだろう?」
小平太が口火を切ると彼女は驚いた顔をしながらも肯定した。
返事を迷っているのかと問うと中途半端な返事をしないためにいろいろ考えていると返す稲美。
彼女も何か思う所があるのだろう、その顔は少し浮かない顔をしていた。
そんな彼女に小平太は言いたかったことをぶつける。
「稲は…留三郎がいなくなったらどうするんだ?」
横にいる彼女がハッとしたように息をのんだ。小平太は言葉を続ける。
「私たちはいつまでも一緒にいれるわけじゃない」
「留三郎がいなくなったら後悔しないか?」
小平太の言葉に稲美の顔が曇る。
対して、そんな顔をするくらいなら一緒にいれる立場に早くなってしまえばいいのにと思う小平太。
彼は曇った彼女を照らすように続けた。
「まあ留三郎はいい男だからな、帰ってくるところがあればしっかり戻ってくるだろう」
稲美の中で小平太の言葉がうまく繋がっていないのか少し困惑した表情をしている。
そんな顔を見て小平太はダメ押しとばかりに言い放った。
「留三郎の帰る場所になればいいのだ、稲が」
帰る場所と呟く彼女に、小平太は満足した。
「(稲は長次が言った通りにぶちんだ。だが賢い。あとは二人で決めるだろう!)」
言いたいことを言って満足した小平太は彼女の返事は聞かずに鍛錬の塹壕掘りを
いけいけどんどん!と叫びながら再開した。
***
保健委員会の善法寺伊作は自室で薬を調合していた。
昨日の薬草採取で常備薬として必要な量以上の薬草を確保することができたので
前々から構想していた試薬を調合していた。
「入ります」
片割れ、善法寺稲美の声がかかって伊作は顔を上げた。
走ってきたのか少し息が上がっており表情も何やら苦しそうだ。
どうしたのかと声をかけると彼女はん、とだけ返事をして伊作の横に並んで座る。
すぐ話そうとしない様子に、内容は薄々分かりつつも本人が話し出すまで待とうと止めた作業を再開する。
そこまで掛からず妹は口を開いた。
「留に、好きって言われました」
「良かったじゃないか」
伊作は本当に、心からの、本心を口に出した。
「兄上は知ってました?」
「うん」
「ずっと?」
「ずっと」
留三郎の片想いはずっと一番近くで見てきたと思っている伊作。
何なら留三郎が想いを自覚する前から見守っていたと自負している。
そんな伊作に対して兄上はどう思いますかと聞いてきた稲美。
いろいろ考えているようだがまだ彼女の考えはまとまりきっていないらしい。
伊作としては2人が好い仲になったら諸手を挙げて喜ぶ自信がある。
妹は可愛く、兄の贔屓目を除いても優秀で頑張り屋だ。
そんな妹の相手として留三郎は最高の相手だと伊作は考えている。
男らしく頼りがいがあって何より妹を一途に思っていること。
これ以上の男は見つからないとも思っている。
しかし、これは稲美と留三郎の問題。
あくまで自分のことは抜きにして返事を決めてもらいたいと思い、稲美はどう思っているかを再度問う。
そうすると彼女は少し思案し返事をする。
「兄上と留と、一緒にいるのは楽しいです」
「ぼくを抜いたら楽しくないの?」
妹の中には必ず自分がいるなあと思いながら、2人でいるときのことを思い返させる。
妹は首を横に振り、伊作抜きでも楽しいと答えた。
「じゃあそれでいいんじゃないかな」
はっきりと恋を自覚しなくても双方が好意的に思っているのであれば、と思う兄に対して
妹はきっちりと答えを出してしまいたいと思っていた。
「友達として好きなのかなって」
恋をいまいちよくわかっていない稲美は数日前の考察で織り込み済みだった伊作。
妹の本心を探ろうと例え話をする。
「じゃあ留三郎が他の子と一緒にいたらどうするの?」
「留は優しくて後輩からも尊敬されてるから、自然かなって」
「じゃあ留三郎を独り占めしたいとかは?」
「留は留のものだから」
分かりやすい嫉妬心や、独占欲はなさそうだ。
兄の自分には少々異なるような気もするが、
妹は人への関心がそもそもそこまで高くないのかもしれないと思う伊作。
伏せることが多く友達も少なかったので一人でいることが苦でもなく、人への執着も希薄なのかもしれない。
伊作は少し違う角度から本心を探る。
「じゃあ嬉しかったことを留三郎に話したいとか思わない?」
「まあそれは…。ああでも」
またしても糠に釘のような返事の妹だったが、何か思い至るように続ける。
その様子に期待が高まりながらでも?と返す伊作。
「嬉しいことは兄上にも話すと思う」
さも当然のように話す妹。
家族の自分と同じように接する、ないし接したいと思っているのであれば
この鈍い妹にとっては十分特別な相手と言って差し支えない、伊作は笑みが零れた。
「じゃあもう答えは出ているじゃないか」
「引き合いにぼくが出てくるってことは、稲は留三郎のこと家族みたいに思っているんじゃないかな」
家族、と呟いた妹の手を取って続ける。
「稲は立派に留三郎を想っているし、愛してもいるってことだよ」
「…愛」
そうだよと幼子をなだめるように手を上下させる伊作だった。
***
雨が降り始め、稲美が自室に戻った頃。
留三郎は稲美を探して学園を走り回っていた。
「(くそ、雨が降ってきてしまった! 稲は何処にいるんだ…!)」
明日の約束を取り付けた後に渡そうと思っていた手紙を渡していなかったことに気づいた留三郎は
学園のあちこちを探してまわっていた。
そうこうしている間に雨が降ってきたため長屋の方へと向かっていると傘を差した小さい人影が見えた。
袴の色合いからするとどうやらくのいち教室の生徒の様だ。
「おーい、そこのくのいち教室の子ー!」
「はい?」
人影の主は学園長先生の孫、おシゲだった。
「すまない、頼みごとをしたいんだが」
「なんでしょう?」
これをと懐から手紙を取り出しておシゲに渡す。
「これをくのいち教室の善法寺稲美に渡してほしいんだ、探していたんだが見つからなくてな…」
「わかりました! 稲美先輩に必ずお渡しいたしましゅ!」
おシゲの元気そうな笑顔に一安心する留三郎。
すまないがよろしく頼むと頭を下げて留三郎は長屋へ急ぐ。
「(あの手紙で意識してくれるだろうか…)」
意識させた上で、明日の逢瀬に臨みたい。
朝から考えて既に行く所も決めてある。何としてでも彼女の心を得てみせると決意を新たにするのだった。
***
早朝。
目が覚めた留三郎はいの一番に障子を開け放ち天気を確認した。
昨晩、部屋に戻ってから伊作に稲美を街に誘ったこと、手紙を渡したことを話した。
伊作がデートに行くの?!?と驚きながらも喜んでいると、轟音と共に激しい落雷が起こり
2人で明日晴れることを祈りながら眠った。
祈りは通じたようで外は晴れていた。
まだ足元は乾ききっていないようだが、昼前には地面のぬかるみも粗方なくなりそうな具合で
絶好の外出日和になりそうだと留三郎は一安心した。
そわそわと準備をすると予定の時間よりもだいぶ早く準備ができてしまった。
「(正門にいてもいいがずっと待っているのは目立つ…よな)」
ちょうどいい時間まで部屋で過ごそうと留三郎は図書室で借りた本を開いた。
「(素直に想いを伝えて、特別扱いをする…)」
想いを伝えてから三日。まだまだできることがある、今日はその足掛かりにしようと闘志を燃やす留三郎。
そんなことを考えながら本を見ているとすぐに約束の時間となった。
伊作にがんばってと送り出されながら留三郎は正門に向かう。
正門で待っているとすぐに彼女はやってきた。
手紙を読み意識したのだろうか、町娘の様な可愛らしい格好で小走りに向かって来る様は
いつもより倍々に愛らしく感じられた。
「とめ、おはよう」
「おう」
「ごめんね、待たせた?」
「いいや、今来たところだ。行くか」
正門をくぐると稲美がどこへ行くのかを問う。
頭の中で反芻していた予定を彼女には何も伝えていなかったことを留三郎は思いだした。
街で人気のうどん屋と団子屋の話をすると彼女は目を輝かせて売り切れる前に行こうと歩き出そうとする。
これでは今までの外出と同じようになってしまうと留三郎は彼女の手を握った。
そのまま歩き始めると彼女は手をそのままに着いてくる。
「(よし、嫌がられてはいないな)」
今日は常に手を繋いでいるようにしようと思いながら留三郎は稲美と街へと向かうのだった。
***
うどん屋に着いた2人は頼んだうどんと天ぷらに舌鼓をうっていた。
目の前でニコニコと美味しそうにうどんを啜る稲美を見ているだけで
留三郎は今日誘ってよかったと満足感を覚えていた。
食べ終わる頃には人気店の店内らしく人で賑わい始めた。
長居するのは悪いから出ようかと言う稲美にそうだなと返事をして、留三郎は2人分の料金を置いた。
「ご馳走様」
店主に声をかけ稲美の手を引いて店を出た。
ちょっと、と言う彼女の方に顔を向けると、稲美は食事代は自分で払うと不満げな顔をしていた。
元より自分から誘ったので今日の諸々の代金を払うつもりでいた留三郎だったが、
先程の食べる様を見ていたら見物料を払いたくなっていた。
食い下がろうとする稲美の手を引き、今度は団子屋の列に並ぶ。
店主の接客は丁寧だが時間がかかりそうだった。
「(ん?)」
横にいる稲美が何処かを眺めている。
どうかしたかと聞くと縫物師の店があると指さした。
見事な刺繍の施された帯が店頭に並んでおり、年頃の娘が好みそうな店だと留三郎は思った。
「しばらく掛かりそうだし、列はおれが並んでいるから行ってくるといい」
「いいの?」
「あぁ」
「じゃあちょっとだけ」
申し訳なさそうにしながらもワクワクと嬉しそうに店へ向かう彼女の様子に留三郎も顔が緩む。
しばらく待っているとようやく留三郎の番がやってきた。
おすすめの3種をそれぞれ2本ずつ包んでもらう。代金を支払い店を出た留三郎は辺りを見回した。
「(稲は…?)」
どうやらまだ戻っていないらしい。
ならばと彼女の向かった店の方へ移動するとガラの悪そうな男達がたむろしていた。
「うん…?あれ…」
留三郎に背を向けている男たちの間から見覚えのある着物の柄が伺えた。
それに気づいた留三郎は大股で集団に近づくと稲美の腰を引き寄せた。
「!?、とめ!」
「おい…おれのツレに何か用か?」
遠慮なく怒気を男たちにぶつけるとすぐに顔を引きつらせて逃げていった。
今日は自分との逢瀬だ、あの程度の男たちが彼女に声をかけるだけでも頭にくると男たちに苛立ちをぶつけた。
「(しまった、稲は)」
腕の中の彼女は驚いているのかいつもより目を見開いていた。
まんまると見開かれた目が猫のようで可愛らしいと思うとともに、
先ほどのような不届きものに邪魔されないように早々に二人きりになりたい留三郎は
彼女の手を取りさっさと街を後にしたのであった。
***
街を離れた2人は山道を歩いていた。
「もう少しだからな」
「うん」
大人しく手を引かれながら歩く彼女が疲れていないか時々様子を確認しながら留三郎は山道を先導していた。
そんな2人の前に昨晩の雷雨で倒れたらしい巨木が道を塞いでいた。
「(稲の格好でこの木を乗り越えるのは難しいか)」
何時もの忍び装束であれば難なく超えられるだろうが今日の彼女は町娘の格好だ。
それにわざわざおめかししてきた彼女を汚してしまうのは留三郎にとって不本意だった。
留三郎は彼女を見やる。
「稲、団子持ってくれ」
「え?うん」
少し困惑した様子の彼女が団子を受け取ったのを確認してしっかり掴まってろよと彼女を横抱きにした。
突然のことで彼女もどうやら驚いているらしい、先程以上の驚いた顔と
僅かに赤面している様子に留三郎は少し気分がよくなった。
しっかり掴まるように促すと意を決したように首に腕が回った。
抱き着いたことを確認すると留三郎は巨木を軽々と飛び越し、そのまま目的地まで走り抜けた。
「よし、着いたぞ」
「っ、わぁ…!」
良いところとして彼女を連れてきたのは小さな花畑だった。
以前鍛錬をしに山に入ったところ偶然この居心地の良い花畑を見つけていた。
のんびり過ごすのが好きな彼女をいずれ連れてきたいと考えていたが
今回ほど適したタイミングはないと思っていた。
抱き上げていた稲美を降ろすと、彼女はあたりを見渡しながらかけていく。
そんな彼女を見て、連れてきてよかったと留三郎は満足感を覚えていた。
花を見て、川辺にしゃがみこんで水中を眺める彼女に楽しそうだなと留三郎は声をかけると
彼女はとびっきりの笑顔で振り向いて楽しいという。その笑顔に留三郎の心拍はドッと勢いが増した。
「(はしゃいでる…かわいい…)」
そんなことを考えているとは露知らず、稲美は留三郎の足元に咲く花を熱心に観察している。
そして生薬になる花だと気づくと兄へのお土産になると更に嬉しそうに笑った。
「(兄思いだ…かわいい、好きだ)」
周りに人がいなくなったからだろうか、段々と自らの思考がかわいいやら好きだやらに占領されていると
留三郎は正気に戻ると買ってきた団子を食べようと稲美を立ち上がらせる。
近くの岩に腰掛けると彼女が食べるより先にと懐から手拭いを取り出した。
「?」
「うん…こっちのほうが似合うかな」
顔の横で何やら比べられ片方が差し出される。今日のお礼だという彼女に一瞬呆けた留三郎。
突然のプレゼントに思考が止まってしまった。
受け取ろうとしない留三郎に稲美が手を引っ込めようとすると、
留三郎は我に返りそんなことはないと嬉しそうに手拭いを受け取った。
「(この手拭い、一生大切にしよう)」
顔の緩みが隠せない留三郎に稲美は団子を食べようと無理やり手拭いから意識をそらさせた。
稲美が包みを開けると色とりどりの団子が詰められていた。
それぞれ一本ずつ手にしていただきますと一口頬張った。
団子は優しい甘みともちもちの触感で大変美味で、美味しい、おいしいと食べ進めていると
あっという間になくなってしまった。
「ご馳走様でした…満腹だぁ」
「ご馳走様。よかったな、」
ふと、留三郎は稲美の口元に餡子がついていることに気が付いた。
どうやら彼女は気づいていないようで満腹感からかいつも以上に穏やかに笑っている。
そんな彼女に対して留三郎は悪戯心が湧いた。
稲美の口元に手を伸ばして口元に付いた餡子を指で掬った。
「付いてたぞ」
「あ、ごめん。これで拭って…」
稲美が懐からちり紙を取り出して指を拭おうとするがそれより早く留三郎は餡子を舐めとった。
今日一番の驚いた顔の彼女にご馳走さんと留三郎が笑うと
面白いくらいに彼女は赤面しながら呆れたようにちり紙で指を拭った。
「(少しは意識してもらわないと困るからな)」
今日の逢瀬は少しでも彼女に意識してもらうことはできただろうかと考える留三郎。
正門であったときかわいいと褒めていなかった、
声をかけてきた男たちを追い払うときツレではなく嘘でも妻というべきだった、
彼女のように贈り物を用意するべきだったなどなど今日のデートの反省をしていると
隣の稲美からねえ留、と声をかけられた。
「わかったよ、告白の返事」
「お、おう…」
唐突な彼女の言葉に、留三郎の心拍は急激に上がった。
今の留三郎は任務で敵と刃を交える以上の緊張感を感じていた。
耳を貸してという彼女に耳?と思いながらも耳を寄せる。
すると稲美は内緒話をするように手を添えると耳元でなにやら囁いた。
「 " 陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに 乱れそめにしわれならなくに " 」
「っ、それっ!」
囁かれた言葉に留三郎は思い当たるものがあった。
今朝正門に行く前に読んでいた本、そこに書かれていた一首だ。
顔を向けた留三郎とは対称に、稲美は留三郎から視線を外した。
耳まで赤くなっている横顔に留三郎はごくりと喉を鳴らす。
「まあ…、"たれ"じゃなくて"とめ"だけど…」
「じゃあ!!!」
視線を戻し、赤面した顔で稲美が頷く。
「うん、好きだよ留三郎」
「〜〜〜っっっ!!!!」
言葉よりも先に体が動いて目の前の彼女を強く抱きしめていた。
─────嬉しい。
自分の気持ちを受け入れてくれたこと、思いが通じたこと、同じ思いであること全てが嬉しかった。
腕の中に納まる柔らかくて暖かい彼女が愛おしくて堪らない。
おずおずと背中に回された手が、自分だけではなく互いに思いあっている何よりの証拠だと思うと
更に留三郎の心は満たされるようだった。
「(好きだ…)」
多幸感とはこういう事を言うのだろうと思いながら留三郎は少し体を離した。
留三郎より少し背の低い稲美が恥ずかしそうにしている様子に掴まれ続けている心が更に締められる。
「(…口吸いしたいと言ったら、稲はどんな顔をするだろう)」
したかった事の1つである口吸い。柔らかそうな唇を食んでみたいと何度思った事だろう。
留三郎は素直に自分の気持ちを言葉にした。
「…口吸いしていいか」
突然の言葉にえっと目を丸くする稲美。
しっかりと合っていた眼差しが逸らされ、ウロウロと彷徨いだした。
その顔には明確に熱が集まっているようで少し引いていた赤みがまた徐々に戻ってきていた。
そんな彼女の反応に乞うように唇を撫でる。
触れさせて欲しい、他の男には許されない、自分にだけ許されることをさせてほしいと視線で訴える。
「恥ずかしいから…1回だけ…」
「!…っ」
「んっ…」
彼女の返事に間を置かずに留三郎は唇を重ねた。
想像していたよりも柔らかく、触れているだけなのに色々なものが満たされるような感覚に
ずっとこうしていたいと思うほど心地のいいものだった。
唇を離すと再度耳まで赤くした稲美が出来上がっていた。
いつも柔和で真面目な彼女がこうもコロコロと顔色を変えるのが可愛らしい。
「かわいいな」
「…もう勘弁して…」
すっかり思ったことを包み隠さず伝えることになれた留三郎と、
ぽんぽんと出てくるかわいいや特別扱いに対してキャパオーバーの稲美。
先ほどの口吸いで完全に受け止められる量を超えたようだ。
帰ろうという彼女に続いて立ち上がる留三郎。
思いが通じたことで浮かれ気味の留三郎は改めて彼女は自分のものだと見せつけたい気持ちにかられた。
「なぁ、忍術学園まで抱き上げて帰っていいか?」
「何言ってるの!」
怒る彼女にダメかと思いながらせめてと手を取り、一緒に学園までの帰路に着くのだった。
***
夜。
伊作・留三郎の部屋に文次郎、仙蔵、小平太、長次と忍び込んだ稲美が勢ぞろいしていた。
並んで座る留三郎と稲美に対するようにその他の面々が着席している。
「というわけで、留三郎と付き合うことになりました」
「稲と付き合うことになったから、よろしく頼む」
留三郎と稲美は学園への帰路で、色々と相談に乗ってもらい、
長年関係を見守ってくれた面々には一応伝えるべきなのでは?ということで席を設けたのだった。
「やっとか」
「まあ納まるところに納まったのだから、よかったんじゃないか」
やれやれと言いたげに首をすくめた仙蔵とうんうんとうなずく文次郎。
「もそ…まとまってよかった」
「長かったな本当に!」
鈍さに呆れつつも安堵した様子の長次と待ちくたびれたと言いたげな小平太。
「長次、明日本返しに行くね」
「おれも」
「もそ」
この騒動で大きな功績になった本を返却しに行くことを約束する留三郎と稲美。
そんな2人にやったーーー!!!と声を上げて伊作が飛び込んだ。
「あ、あにうえっ!」
「伊作、声が大きいぞ…!」
「あっすまない…!! でもやったよ!稲に恋仲!しかも留三郎の思いも叶った!これは最高だよ!」
自分たちのことを自分たち以上に喜ぶ伊作に当事者の2人も顔が緩む。
そんな中、稲美が何かを思い出したようであ!と声を上げた。
「どうした?」
「兄上へのお土産で摘もうと思っていたヒメウズ…摘むの忘れた…」
「あ」
「えっ、ヒメウズ?」
「「「「??」」」」
稲美の言葉にすっかり忘れていたという顔の留三郎に、頭上に?を浮かべる面々。
かくかくしかじかでと説明する稲美の話を聞いた伊作は不運だと呟いたが
自らの言葉を否定するように大きく首を横に振った。
「いやいやいや! ヒメウズのことは残念だけど、それどころじゃないよ!
2人のことのほうがよっぽど重要だからね!!」
「あにうえ…」
「また今度取りに行こう、な?」
しょぼくれた稲美に元気出せと声をかける留三郎。
そして横で喜び継続中の伊作で場はカオスになってきている。
手を叩き一旦落ち着けと仙蔵が場を鎮める。各々落ち着いたころに今度は小平太が口を開いた。
「では2人は卒業したら結婚だな」
「わあ~楽しみだなあ、ぼく留三郎と兄弟になるのかあ」
「気の早い話だな」
「そうだよ、まだ卒業の目途も立ってないんだから」
ワクワクと楽しそうな伊作に文次郎と稲美が気が早いというが留三郎はそうでもなかった。
「いやする」
「えっ」
「絶対にする」
目が据わっている留三郎に、
まだ付き合って1日も経ってないのに?実はお酒飲んでて酔ってる?と少々置いてけぼりの稲美。
「ああ早く結婚しろ、ヒュー!」
「ひゅーひゅー」
更に仙蔵と長次が悪ノリし始めた。もうこうなると場の収集はつかない。
結局消灯の時間まで皆好き勝手に話し、暴れ、先日よろしく全員で6年生に叱られたのだった。
***
更に後日。
校庭で委員会の予算について話していた文次郎と稲美。
話もそこそこに、文次郎が青筋を立て始めたのが気になり稲美はどうかしたのか尋ねる。
「もんじ? もしかして体調良くない? それとも私何か怒らせるようなこと言った?」
稲美の言葉に眉間の皺を深める文次郎。
それを揉み解すように手を当て、いやと呟くと文次郎はある一点を指さした。
稲美が指さした方向を見ると遥か向こうに留三郎がおり、こちらを見ている。
「前はチラチラとだったが、今度は堂々とお前を見ていて視線がやかましい!どうにかしろ!!」
「えぇ…そんなの知らないよ~…」
「おいもんじ!! 何か言いたいことがあるのならおれに直接言え!!」
「うるさいぞバカ留! 馬鹿馬鹿しすぎて言えるかこの色ボケ野郎!!」
遥か向こうからとんできた留三郎と文次郎がぎゃんぎゃんと揉め始め、それを諫める稲美。
稲美が留三郎の視線に気づけないのは、
入学当初から隙あらば留三郎が彼女を見ていたせいで
視線を向けられていることが常だということに体が慣れてしまい
感じ取れなくなってしまったというからくりなのだが、
彼女がそれを知る由もなく、度々文次郎からどうしようもない小言を言われるようになったのだった。
