忍たま_短編
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三日月が辺りを薄ぼんやりと照らす夜。
忍術学園では忍たま・くのたまの合同実習を行っていた。
課題の内容は忍術学園から少し離れた、とある城に隠されている密書を奪取せよというもので
4年の善法寺稲美と5年の食満留三郎のペアは危なげなく課題をクリアし、早々に学園への帰路を辿っていた。
「留、少し休憩にしよう」
「そうだな、あと一息だが念のため休んでおこう」
「すぐ終わっちゃったから殆どとんぼ返りだしね」
なれない道を行き来するのは危険と考えた2人はこまめに休憩を取りながら帰途についていた。
しかしその道も抜け、すでに見慣れた裏々山近くまで来ていた。
これが最後の休憩になるだろうと、2人はふぅと大きく息を吐きながら崖際の少し開けた草地に座り込んだ。
「今回の実習はより本格的だったね。土地勘のないところでの任務を想定している感じ」
「あぁ、ドクタケやドクササコの領地より向こう側だもんな」
こういう実習増えるのかなあとこぼす稲美に
まあ先生方も準備に手間があるだろうから頻繁にはないんじゃないか?と留三郎が返す。
たしかにと稲美が寝ころんだ。草の香りが心地よい。
「実戦形式の実習が増えてくると卒業とか、就職とか考えないとだめだよね」
「まあ…そうだな」
「留も来年には最高学年だもんね」
大変そうと少し他人事な稲美にあぁと生返事をする留三郎。
卒業。それは忍術学園の高学年になった留三郎にはより現実的になった問題だった。
留三郎は2年のころから横に寝転がっている稲美を好いており、今年で片思いほぼ4年目になる。
長らく親しい友人として過ごしていたが、先日彼女は房中術の実習を言い渡され、
より忍としての実習が増えている。
つまり共に学園にいられる時間が刻一刻と減っていることを思い知らされていた。
更にくのたまは行儀見習いとして忍術学園に入学することも珍しくない。
同い年の稲美も今年で14。嫁入りのために卒業を待たずに学園を去る可能性もある。
本人や双子の兄、伊作からその手の話を聞いたことはないが
もし親から呼び戻されたら子供は基本的に従わなければならない。その点でも留三郎は焦りを感じつつあった。
「そろそろ行こうか?」
「そうだな、早く戻ろう」
立ち上がり伸びをする稲美。そんな彼女の横顔を盗み見る留三郎。
月を見上げる顔がいつもより一層美しく思えた。
「…ずっと」
「!」
「ずっと同じように平和にいられたらいいのにな…」
留もそう思わない?と向けられた顔が、偶然吹いた風のせいで口元を残して彼女の髪の毛で覆われてしまった。
考え方が鬱々とする夜という時間のせいか、卒業という具体的な別れを想像していたせいか、
その一瞬の光景は、留三郎が危惧している彼女がどこかへ行ってしまう、自分の前から消えてしまう、
引き止めなければならないという行動を引き摺り出させた。
留三郎は稲美の手を引き、しっかりと抱きしめた。
急な留三郎の行動に稲美も特に抵抗せずにおとなしく腕の中へと納まったが、ハッとすると
どうしたのかと留三郎に問う。
顔を見ようともしたが、しっかりと抱き込まれており首を少し動かすので精一杯だ。
「とめ…?」
「好きだ」
「…へ?」
突然耳元で囁かれた言葉が、あまりにも唐突なもので稲美は少し間抜けな返事をした。
一方留三郎は抱きしめてからの行動のほとんどが無意識のものだった。
彼女が自分の前から消える前に、絶対に伝えないといけないという想いに駆られていた。
彼女の困惑する声で伝わっていないことは分かったので留三郎はもう一度同じ言葉を放った。
「好きだ」
「ま、まって…」
静止しようとする声に少し我に返りながらも、もう全て言ってしまおうと
静止を聞かず矢継ぎ早に自らの想いを吐露した。
「好きなんだ、一生そばにいてほしい」
「ずっと好きだった」
「おれのほうが先に卒業する。だが離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ…」
今までの片思いの間に積もり積もった想いすべてを吐き出し、縋るように
腕の中の稲美を抱きすくめる。
そのあばらが押しつぶされそうな力に、目の前の友が今の話を
本気でしていることを稲美は理解した。
「っ…留、お、折れそうだから一回放して…」
「!すまん!」
肩を掴まれ勢いよく体が離されると、稲美は押しつぶされていたため十分にできなかった分、
一度深呼吸をした。
ふぅと息を吐くと目の前の留三郎は怒られた子供のように眉を下げてすまないともう一度謝った。
「謝らないでいいよ。…ねえ留、」
「っなんだ?」
稲美は両肩を掴む手を外させ、握手をするように握りなおした。
「留のこと、好きだよ。でも正直恋ってよくわかってない。
…だからこの"好き"が留と同じ"好き"なのかわからない。ごめんね」
だったら、と口を開きかけた留三郎を稲美は手を強く握ることで静止させた。
「でも、留がさっきのことを真剣に言ってくれていることはわかる。
だから、この気持ちを見つめる時間が欲しいの」
「…」
「留が真剣に伝えてくれたことに中途半端な返事をして傷つけたくない。
…ちゃんと考えるから、お願いします」
握っていた手を更に握りこみ、言葉とともに頭を下げた稲美。
その様に頭を下げることじゃないと慌てる留三郎。わかったから顔を上げてくれと言われ彼女は頭を上げた。
「ごめんね、すぐ返事できなくて」
「いいんだ、おれこそ急にすまない」
互いに苦笑いを交わす。とりあえず帰ろっかという稲美にそうだなと同意し
2人は再度忍術学園へ向かって走り出した。
***
時刻はランチ時。稲美はこの日初の食事に舌鼓を打っていた。
あの後、特に問題なく学園に帰還した留三郎と稲美は先生に実習結果を報告し、それぞれの長屋へ帰った。
夜を徹して行われた合同任務の影響で午前中の授業は免除となっており、いつもより少し遅い時間に起床し
軽く体を動かした後の食事は空腹の体に染み入った。
「(昨日の話、ちゃんと考えないとな)」
別れ際、稲美は留三郎から
今までと変わらず話しかけていいか、意識してもらえるようなことをしてもいいのか聞かれていた。
友人としてもちろんだと頷いた稲美だったが、
あまりダラダラと思い悩むのもよくない、しっかり向き合おうと考えていた。
「(恋って何なんだろう…)」
ランチ時のざわざわしている食堂は食べながら物思いに耽るにはちょうど良かった。
恋とは、友情とはと考えていると声をかけられた。
「稲、隣いいか?」
「ん?いいよ」
留三郎がBランチを手にして立っていた。
通路側に座っていた稲美が奥へ詰めようとしたが、留三郎は
そのままでいいと後ろを通って机の奥側に着席した。
昨日の返事の結論はまだでていないが、友人として交わせる言葉がいくつもあった。
「あのあとよく眠れた?」
「まあそうだな…そっちは眠れたか?」
「う~んそれなりに?」
いつもと変わらないような会話を交わしながらランチを食べ進めていく2人。
そんな中稲美は一つ思い出したことがあった。
「あ、そうだった。あとで罠作成の授業で必要な用具借りに行くね」
「別に構わないが…、罠の授業ってことは使う道具も多いんじゃないか?」
借りないといけない道具は…と話す稲美。
食べながら聞く留三郎は用具委員として挙げられたものがそれなりの量になると思い当たった。
「まあ何回か往復するから大丈夫だよ」
「いや、結構な数だから手伝わせてくれ」
「いいの?」
「あぁ」
「じゃあお願いしようかな、ごめんね」
「好きでやっているんだ、気にするな」
「ありがとう」
じゃあ行くかといつの間にか食べ終わっていた留三郎が立ち上がる。
稲美も慌てて立ち上がるとご馳走様でしたと食器を下げて先を行く留三郎の後を追った。
***
放課後。
稲美は兄の伊作に昨日の一件を相談しようと姿を探すも、
どうやら保健委員会の用事で学園を留守にしているようだった。
「(困ったな…)」
こういう時一番に相談したい兄が不在ということで
当てどもなく学園内を歩きながら稲美は自らの気持ちを整理していた。
気がつくと倉庫の側まで来ていた。
「(お昼、結局留に手伝ってもらったな…)」
昼の出来事を思い返す。
留は用具委員だし誰が困っていても同じようにするだろうと倉庫を眺めていると
見知った顔が生首フィギュアを抱えながら出てきた。
「あ、仙ちゃん」
「稲じゃないか、何をしているんだ?」
「うん…あ!ちょっと聞いて欲しいんだけど!」
「な、なんだ?」
首を傾げたのは5年い組の立花仙蔵。
稲美にとっては入学当初から付き合いのある頼れる友人の一人だ。
稲美は仙蔵に駆け寄ると内緒話をするように口元を手で隠しながら話し始めた。
「仙ちゃん、驚かないで欲しいんだけど」
「留三郎の件か?」
「…なんで分かったの」
驚きで目を見開く稲美に対して生首フィギュアを置いてくるから少し待ってろと告げると仙蔵は
倉庫の近くに広げられた筵の上にフィギュアを置いた。
どうやら今日の作法委員会はフィギュアの虫干しをするようだ。
「あまり時間は無いが聞いてやろう」
「ありがとう!…それで、留にその、告白されたんですが…」
「あぁ、ようやく言ったようだな」
ようやく?と稲美が首を傾げると、あいつは2年の頃からお前のことを好いていたぞ仙蔵が言う。
「そうなの…?」
「鈍いなお前は」
後輩達には隠せているだろうが、私たちや先輩方には明らかに気づかれていたぞと続ける仙蔵に
2度目のそうなのが口から漏れ出た。
「留三郎と付き合うのは嫌なのか?」
「それが、付き合うとかよくわかんなくて」
ズバズバ切り込んでくる仙蔵にたどたどしく自分の気持ちを整理しながら話す稲美。
「嫌いでは無いんだろう?じゃあ付き合ってみればいいだろう」
「だって付き合ってからなんか違うってなるの嫌だし…」
「なるほどな」
仙蔵が遠慮なく聞いてくるためいい意味で強制的に稲美の考えは口に出されて整理されていく。
「まあ嫌となっても留三郎が離すとは限らんがな」
「…どういうこと?」
「まあ気が済むまで考えてみろ」
気づくと作法委員会の面々が集まって来ていた。
立花先輩と呼んでいる者もおり、では私は委員会があるからなと相談は打ち切られてしまった。
忙しそうな仙蔵をこれ以上留め置く訳にもいかず、稲美はありがとうとだけ伝えると倉庫を後にした。
***
稲美は倉庫から移動し、忍たま長屋のすぐそばまで来た。
「(留、ずっとって言ってたけど仙ちゃんの言う通り2年の頃からずっと想ってくれてたのかな…)」
仙蔵の言葉が本当であれば留三郎は少なくとも丸2年は片思いをしている計算になる。
その間何も気づかずに接していたのだとしたらと考えると彼女は自分の鈍さに対して
恐ろしさと共に留三郎に対して申し訳ない気持ちになった。
「(長屋の近くまで来たし、誰かにまた話し聞いて貰えないかな)」
仙蔵のお陰で自らの鈍さに気づくことが出来た稲美。先程のような相談相手を探すことにした。
そしてその相談相手になりそうな人間は意外とすぐそこに居た。
長屋の廊下に座り、袋槍の手入れをしている5年い組潮江文次郎を発見した。
「もんじ」
「なんだ?」
声をかけると文次郎は少し顔を上げてから袋槍の方へ視線を戻した。
断られなかったということは話は聞いてくれそうだと稲美も廊下に腰かけた。
「もんじはさぁ、留が私のこと好きだって知ってた?その…そういう意味で」
「あぁ、知ってた」
ノールックでの返答に稲美はガックリと肩を落とす。
日頃ギンギンに忍者している文次郎であれば三禁に関連しそうな事項に一言物申して留三郎と悶着があるか、
それとも堅物だから気づいていないかのどちらかだと踏んでいたがどうやらそのどちらでもなかったらしい。
「そっか…もんじですら気づいていたのに私、気づいてなかったんだ…」
「待て、それどういう意味だ」
批難するような視線をした文次郎だったが、まあ俺が気づいたのは4年になってからだけどなと続けた。
2年から気づいていた仙蔵はとびきり聡いだけだったらしい。
「三禁だって言わないの?」
「節度を持っていればいいんだ。大体伴侶を持つことを禁止していたら滅びるだろう」
そっかと頷く稲美。当然といえば当然の意見である。
忍術学園には山田先生や安藤先生のように結婚している教師もいる。
三禁は溺れてはならないことを説いているのであって交際も結婚も禁止されていない。
「それにお前も留三郎も、節度を忘れるようなやつらではないだろう」
「…ありがと」
文次郎らしいストレートな評価に嬉しくなる稲美。
するとあっと文次郎が何かを思い出したように顔を上げた。
そのまま稲美の方に顔を向け、一つだけ、となにやら眉間に皺を寄せ微妙な顔をしだした。
「なに?」
「お前とこんなふうに話しているとき、留三郎がチラチラこっちを見てくる」
これもまた稲美とっては意外な話だ。
少なからずくのたまとして授業を受けているので
視線には敏感なはずだが、これにも彼女は全く気づいていなかった。
今日何度目かのそうなの?を口にする稲美。
「あれ少し気持ち悪いからどうにかしてくれ」
「え、えぇ…」
それは自分の請け負う範疇なのだろうかと疑問に思う稲美。さて、と文次郎は立ち上がった。
「おれは委員会があるから行くぞ」
「あぁうん、いってらっしゃい…話聞いてくれてありがとう」
じゃあなと軽く手を振って文次郎は去っていった。
「(い組は委員会で忙しそうだな…ま、5年生にもなればみんなそうか)」
また相談相手が居なくなってしまった稲美は今度は校舎の方に行こうと歩き始めた。
***
校舎の方までやって来た稲美。
今日の収穫としては自分がとても鈍い人間かもしれないということだけだった。
「(なんかもう少し…恋とか友情とか切り込めないかな)」
そう考え一先ず本から学びを得ようと稲美は図書室へと向かった。
扉を開けると図書当番をしているのか5年ろ組中在家長次が座っており、他の生徒は居ないようだった。
「長次、」
「…どうした」
稲美は小声で声をかけた。
図書室で騒ぐと図書委員からの鉄槌が飛んでくるが、喋ることは禁止されていない。
「ちょっとだけ相談してもいい?」
長次が周りを見渡し誰もいないことを確認するとこくりと頷いた。
その様子に稲美美はありがとうと返すとなるべく小さい声でと話し始めた。
「実は、留に告白されたんだけど」
「もそ」
「私、そんな風に想われてるって全然知らなくて…」
稲美の言葉に長次が綺麗にひっくり返った。その様子に彼女は驚き慌てて長次を起こした。
そしてその反応にまさか長次も分かっていたのかと聞くと起き上がった長次も頷いた。
「ちなみにいつから…?」
「2年の頃から」
恐る恐る聞いた稲美に迷いなく答える長次。
2人目の2年から気づいてた発言で自らの鈍さに参ってしまいそうになる稲美。
彼女は自分が思っているより数段鈍いのだと潔く受け入れ、目の前の長次に助けを求めた。
「中在家先生、恋ってなんですか」
「なぜ私に聞く…」
「だって長次は生き字引だって言われてるし…」
稲美はもう自分だけではどうしようもないと机に突っ伏しながらボソボソと言い訳をする。
その様子に長次はやれやれとため息を吐きながら立ち上がると本棚から一冊の本を取り出し、彼女へ手渡した。
「これ…百人一首?」
「これを読みながら稲と対している時の留三郎を思い返してみなさい」
渡されたのは和歌集、百人一首をまとめた本だった。
授業で平安時代に貴族の間で和歌が流行ったことについて、習いはしたが、
百人一首をソラで言えるほど詳しく覚えてもいなかった。
何より、百人一首はその半分が恋の歌と呼ばれるほど恋について詠んでいるものが多い。
今の稲美に足りていないものを見つけるにはピッタリな文献だった。
「ありがとう、読んでみる。先生、貸出手続きをお願いします」
「もそ…返却はお早めに」
慣れた手つきで手続きを完了させた長次にありがとう、部屋で読んでみると言い残し、
稲美は図書室を後にした。
***
夕食をとり、湯浴みをして、寝るまでの自由な時間。
稲美は長次におすすめされた百人一首の本を読んでいた。
恋に関連した和歌を中心に読み進めていたが、留三郎の今までの行動を思い返しても
当てはまるようなものの心当たりがなく、さらに頭を悩ませることになっていた。
「今日の収穫としては私が驚くほど鈍かったってことくらいか」
これでもくのたまの中では成績上位者、実技の成績も常に5本の指に入る実力があるはずなんだけどなと
自嘲気味に苦笑いをするしかなかった。
「いや、成績で測るものではないか…」
くのたま友達の片想いの相手を的中させるなど俯瞰で見た際の恋情は察することができていた。
人のはわかっても当事者になるとわからないものだとさらに頭痛の種が増えた。
「(…明日は兄上に相談したいな)」
自らの鈍さでは本を読んでも整理できなさそうにない。
今日の面々に聞いてもらったように兄にも話を聞いてもらおうと思いつつ、
長次から借りた本はしっかり読みこんでおこうともう一度最初から本を読み始めた。
***
一夜明けた早朝。
稲美は日課の自主鍛錬を行っていた。今日は自室で軽く体を解すと刀を手に取り裏山のほうへ向かった。
少し開けた場所で刀を抜き、具合を確かめるように数回振ると刀を持ったまま舞い始めた。
くのいち教室では舞踊の授業がある。
行儀見習いの一環だが、その授業から地元の神社で奉納している剣舞を思い出した稲美は
精神統一も兼ねて自主鍛錬の際に舞うことがあった。
刀を振るうときは鋭さと力強さを、舞いとしては美しくしなやかに、
振りを通してあるべきところに必要なものを置いていくような感覚に頭がすっきりとしていく。
朝の少し冷たい空気の中でも重い刀を振るいながら舞っていると汗ばんでくる。
汗で体が冷えない程度で切り上げ、体を拭こうと稲美は井戸のほうへ向かった。
井戸の近くまで行くと稲美と同じように朝の鍛錬をしていたのか誰かが水を汲んでいるようだった。
「(ん?あれって…)」
見知った背格好だと思っていれば留三郎だった。稲美は後ろから声をかけた。
「おはよう、留」
「ん?あぁおはよう」
留三郎は稲美に気が付くと井戸使うか?と体を少しずらした。
「ありがとう、留も朝から鍛錬?」
「ああ、夜の鍛錬もいいが朝は気が引き締まるな」
「そうだね、空気が澄んでる感じがして集中できる」
稲美は汲み上げた水に手拭いを浸してキツく絞り、首周りの汗を拭う。
そんな中、彼女は留三郎が漠然と機嫌が良さそうに見て取れた。
相当実入りのある自主鍛錬だったのだろうかと思い参考のため聞いてみることにした。
「なんかご機嫌だね、いいことあったの?」
「ん?…いや、こうやって朝から稲と話せたからな」
ニコニコと笑顔の留三郎に、言葉の意味が理解できず首を傾げた稲美。
機嫌がいいことと私…?鍛錬は?と考えている間に留三郎はじゃあと忍たま長屋のほうへ帰っていった。
残された稲美はまだ留三郎の返事について考えていた。
「(私…?…機嫌がいいのは、…私と、話せた、から?)」
ようやく意図を理解した稲美は留三郎が消えていった方へ
はじかれた様に振り返ったが彼の姿はもう見えなかった。
「(~~~っ!! ちょ、ちょっと待って!!!)」
直接的な好意の示され方に戸惑いと共に顔へ熱が集まる。
顔の火照りを冷ますために手拭いを顔に当てたが、当分熱は引きそうにない。
「せっかく、精神統一、したのに…!」
もう今日の自主鍛錬の成果はボロボロだ。
一先ずどうにかして熱を引かせるために、稲美はもう一度手拭いを水に浸した。
***
朝の一件から授業中も何かと頭の隅に留三郎が居座っていた稲美。
なんとか一日の授業をこなし、放課後を迎えた。
実技の授業で校庭に出ていた稲美は伊作へ相談をするために校舎のほうへ向かおうとしていた。
「(それにしても今朝の留、何だったんだろう…)」
一旦忘れようと頭を振ったが、よく知った声に呼び止められた。
「稲!」
「!留、どうしたの?」
呼び止めたのは今日の稲美の頭の何割かを占めている留三郎だった。
今朝の直接的な言葉に関して何か言われるのかと思って少し構えた稲美だったが、
彼から告げられたのは全く異なる話だった。
「明日の休み、出かけないか?」
「明日?いいけど…」
「じゃあ明日昼前に正門で」
足早に去っていった留三郎に、いつも通りだったなと少し拍子抜けした稲美。
気を取り直して伊作のところへ向かおうとした彼女をまた別の人物が呼び止めた。
「稲!」
「こへ」
5年ろ組七松小平太だった。今日も塹壕を掘っていたのか忍び装束は泥だらけだった。
手招きする小平太に続き、校庭の端の岩の上に座った。
「留三郎に告白されたのだろう?」
「…!うん、こへも知ってるんだ」
「まあな! …返事、迷っているのか?」
「そう。中途半端な返事、したくなくて」
早く返事したいんだけどねと苦笑いの稲美。対して小平太は任務中の様な真剣な表情をしていた。
「稲は…留三郎がいなくなったらどうするんだ?」
小平太の言葉に息をのむ稲美。今まで相談した面々とは異なる視点だった。
「私たちはいつまでも一緒にいれるわけじゃない」
「…うん」
「留三郎がいなくなったら後悔しないか?」
「それは…」
嫌だった。留三郎がいなくなるのは悲しい。
しかしその悲しさや拒否したい気持ちは何が根底にあるのか稲美は測りかねていた。
「まあ留三郎はいい男だからな、帰ってくるところがあればしっかり戻ってくるだろう」
「…どういうこと?」
小平太の言葉の前後が繋がらず困惑する稲美。
日頃細かいことを気にしない小平太が
わざわざ自分を呼び止めてまで伝えようとしていることはいったい何なのか。
「留三郎の帰る場所になればいいのだ、稲が」
「帰る…場所…」
言葉を反芻する。
小平太はいなくなるのが嫌だと思うのであれば、
自らを帰ってくる理由にできる立場になれと言っていたのであった。
その意図を稲美が理解する前に、自分の伝えたいことは伝えたと小平太は岩から降りると
いけいけどんどーん!と塹壕を掘りながら姿を消した。
「…帰る場所」
一人残された稲美は小平太の言葉をもう一度反芻しながら伊作を探すために岩から降り、走り去った。
***
あちこち探しまわったが、兄は兄の自室にいた。
障子は開け放たれており、稲美は入りますとだけ声をかけて入室した。
伊作は薬を調合しているようで薬研のごりごりという音が規則正しく鳴っている。
「どうしたの?」
顔を上げた伊作に稲美はん、とだけ返事をして伊作の横にしゃがみこんだ。
しゃがんだ稲美を少し見やり、伊作はまた薬研での作業を再開した。
「兄上」
「うん?」
「留に、好きって言われました」
「良かったじゃないか」
「兄上は知ってました?」
「うん」
「ずっと?」
「ずっと」
稲美は伊作の返事を聞き押し黙る。しばらくするとまた口を開いた。
「兄上はどう思いますか」
「稲はどう思っているの?」
「兄上と留と、一緒にいるのは楽しいです」
「ぼくを抜いたら楽しくないの?」
稲美は少し黙り、ふるふると首を横に振った。
「兄上と一緒じゃなくても、楽しい」
「じゃあそれでいいんじゃないかな」
伊作の言葉にうん…と煮え切らない返事をする稲美。
「友達として好きなのかなって」
「じゃあ留三郎が他の子と一緒にいたらどうするの?」
「留は優しくて後輩からも尊敬されてるから、自然かなって」
思うという稲美。今度は伊作から質問をした。
「じゃあ留三郎を独り占めしたいとかは?」
「留は留のものだから」
聞き分けがいいのも場合によっては欠点だなあと思う伊作。質問の仕方を変えることにした。
「じゃあ嬉しかったことを留三郎に話したいとか思わない?」
「まあそれは…。ああでも」
「でも?」
「嬉しいことは兄上にも話すと思う」
稲美の返事にじゃあもう答えは出ているじゃないかと伊作は笑いながら言う。
そんな兄の言葉に稲美は首を傾げた。
「引き合いにぼくが出てくるってことは、稲は留三郎のこと家族みたいに思っているんじゃないかな」
「…家族、」
そうと頷き伊作は稲美と向き直り、出来はいいが鈍い片割れの手を握る。
「稲は立派に留三郎を想っているし、愛してもいるってことだよ」
「…愛」
握られた手を見つめながら稲美はぽつりとつぶやいたのだった。
***
外はしとしとと雨が降り始め、薬が湿気る!と慌てる兄の手伝いをして稲美は自室に帰ってきた。
部屋に戻ってから彼女は今日あったことを思い返していた。
小平太からの帰る場所の話、伊作からの家族の話、確かに恋と言われるより
失いたくない気持ちや家族という言葉が自分の中の留三郎への想いに適しているように感じていた。
「家族…」
家族。他者を家族のように思っている気持ちの根底は?と自問していると自室の障子がこんこんと叩かれた。
どうぞと声をかけるとくのいち教室の後輩、おシゲが障子を開けた。
「失礼しましゅ、稲美先輩にお手紙を預かりましたのでお届けにまいりました」
「ありがとう、誰から預かったの?」
「食満先輩でしゅ」
「留三郎から?」
放課後に会って話したのになんだろうか、
この前の返事について手紙で何か書いてきたのだろうかと考えながら手紙を受け取る。
おシゲにはありがとうと机から金平糖の包みを渡して部屋へ帰した。
稲美は一人になった部屋で机に向かうと、手紙を開けた。
中には紙が1枚だけ入っており文字数もそこまで多いようではなかった。
「(これは…和歌?)」
書かれていたのは二首の和歌だった。
" かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを "
" 浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき "
留三郎が詠んだのだろうか。
しかし稲美には意味を理解する前に、つい最近この二首をどこかで聞いた覚えがあった。
「和歌……、ッ!! 和歌!!!」
バンと机を叩き勢いで立ち上がる。
外では降っていた雨が雷を伴って激しくなってきていた。
雷の轟音の中、稲美は昨日借りた百人一首の本を開いた。
「(たしか…この辺…ここっ!)」
まるっきり同じ歌が本に載っていた。更にその二首はあまりにも激しく強い恋を詠んだ歌だと解説されていた。
「ちょ、ちょっと…まって…!」
今朝の件、この手紙と隠すことの無い好意の示され方にどうしていいか分からず稲美は机に突っ伏した。
朝のように顔へ熱が集まる感覚と動揺で乱れる心音に頭がおかしくなりそうになる。
「どんな顔して会えば…って明日!!」
明日からどんな顔をして会えばいいのかと思った矢先、彼女は放課後のやり取りを思い出した。
留三郎の誘いを受け、既にいいと返事をしてしまっている。
兄の見守りのため2人で出かけることはままあり、深く考えず返事をしてしまっていたが
この手紙の後では大きく意味があるような外出なのではと意識する。
「ま…まって、まって、待って…!!」
もう稲美の口からは待ってしか出てこない。
しかし最早何を待って欲しいのかも言っている本人には整理が付いていなかった。
「(一旦、落ち着こう、そう…深呼吸……深呼吸…)」
深呼吸して何とか平常心を取り戻そうとする稲美。
相当な回数の呼吸でようやく少し心音が落ち着いてきた。
落ち着きと共に、昨日の記憶と目の前の本から
自分が置かれている状況を詠んだ様な和歌があったなと彼女は本を捲った。
「みちのくの…」
ポツリと呟くと同時に近くで雷が落ちたのか轟音が鳴り響いた。
音に驚きながら稲美は外の雨の様子を見ながら明日の外出について考える。
「まあ…雨が激しかったら出かけるのはなしになるだろうし…」
それに一度眠れば気持ちも落ち着いて何とかなるだろうと思いながら彼女は明日のための準備をするのだった。
***
稲美が朝目覚めると昨夜の激しい雨が嘘だったかの様に空は澄んでいた。
清々しすぎるような天気に彼女はいや準備はしていたけどね?と何とも言えない気持ちになった。
日課の自主鍛錬は出かける前に汚れることを避けるため部屋の中でのストレッチと鎖鎌の的当てのみとした。
朝食をとり、出かける準備をするとすでに正午近くになっていた。
小走りで正門へ向かうと既に人が立っているのがわかった。
「とめ、おはよう」
「おう」
「ごめんね、待たせた?」
「いいや、今来たところだ。行くか」
頷くと揃って正門をくぐる。事務員の小松田さんがいつもの笑顔でいってらっしゃ〜いと声をかけるので
2人ともいってきますとにこやかに返事をした。
「そういえば今日はどこに行くの?」
「あれ、言ってなかったか?」
どうやら街に美味しいうどん屋と団子屋ができたらしく、食べに行こうという誘いだった。
話を聞くところによるとどちらも昼過ぎに開店するが
うどん屋は麺が無くなると、団子屋は餡子が無くなると店仕舞いするようで
早い時は一刻程で売り切れてしまうらしい。
「そんなお店出来てたんだ…知らなかった」
売り切れる前に行こうと歩き出す稲美にあぁと返事をしながら彼女の手を取る留三郎。
稲美にとって手を握られることは兄や後輩、友人と付き合う上で
そこまで気にした事の無い接触だったが、今の意識した状態だと意味ありげに感じてしまう。
しかし留三郎はなんて事ない様子なので、今までもあったしそんなに特別なことでもないかと
少々強引に納得し引かれるがまま街へと繰り出すのであった。
***
「う〜ん美味しい!」
「確かにこれは美味いな」
無事にうどん屋へ到着した2人は目当てのうどんに舌鼓を打っていた。
澄んだ黄金色の汁はしっかりと出汁の味が効いていて鼻に抜ける香りまで楽しめる。
麺はモチモチでコシがあり、のどごしもつるんとしており飽きがこない。
更に添えられた舞茸の天ぷらはサクサクと軽い口当たりにも関わらず
中の舞茸はコリコリと異なる歯応えを楽しめる。
「これは早くに店仕舞いするのも頷けるねぇ」
「混んでなくてよかったな」
「そうだね」
ペロリと器の中身が消える頃には人気店らしく人も増えてきていた。
「あまり長居するのも悪いから出ようか」
「そうだな」
財布を取り出そうとした稲美より早く、留三郎は2人分のうどん代を置くと
ご馳走様とまた彼女の手を引いてうどん屋を後にした。
「ちょっと、ちゃんと払うよ」
「おれが来たかったところに着いてきてもらっているからな、払わせてくれ」
「でもっ、」
「ほら次に行くぞ」
これは頑として譲らなさそうだと思う稲美。
手を引かれてやってきたのはもう一つの目当てであった団子屋。こちらも人気店なので列が出来ていた。
最後尾に2人で並んだが丁寧な接客をする店主は人を捌くのはあまり得意ではなさそうに見て取れた。
「少し待ちそうだな」
「そうだね…」
稲美が辺りを見回すと縫物師の店があることに気づいた。
店の前に刺繍の入った巾着や帯が並んでおり華やかな雰囲気をしている。
「どうかしたか?」
稲美が一点を見ていたのが気になったらしい留三郎が彼女に声をかける。
「ん?縫物師のお店があるなって見てただけ」
「あぁあの華やかな。…しばらく掛かりそうだし、列はおれが並んでいるから行ってくるといい」
「いいの?」
あぁと頷く留三郎にじゃあちょっとだけと稲美は列を離れた。
縫物師の店には刺繍の入った豪華な帯や着物がかかり店内も華やかだった。
「ん?」
店の一角に刺繍の無い手拭いが何本か売られていた。
どの商品もあまり見かけない色合いで同じ色の物も陳列されていない。
どれも一点物なのだろうかと見ていると売り子が声をかけてきた。
「いらっしゃい、それが気になるかね」
「えぇ、こちらは?」
「実は試験的に染めたものなんだ、ここは染物も扱っていてね」
「なるほど、ではこれと…、これを包んでもらっていいですか?」
スッキリとした色合いの手拭いを2本お買い上げした稲美。
売り子はまいどあり!と手を振って送り出してくれた。
「(留はお団子の代金も受け取ってくれなさそうだから、その分で)」
美味しい物を教えてもらったお礼として、留三郎の分も購入した。
手拭いなら何本あっても困らないだろうという考えである。
さて団子屋はと歩き出そうとしたところで行く手を阻む人の壁が出来た。
避けようとしても何故か前を遮られる。
見ると、人相が悪く如何にも成金趣味の男が3人ほどで壁になっていた。
「おじょうさん、ひとり?」
「俺たちと遊ばない?」
「好きな物なんでも買ってあげるよ〜」
ニタニタと笑う男たち。どうやらナンパのようだ。
連れがいるのでと脇を抜けていこうとするが、まあまあまあと再度行く手を阻まれた。
「そんな袖にしなくてもいいじゃん!」
「ゆっくりお茶しようぜ」
「なんならもっといい事しようか〜?」
品性の欠片もない、鼻の下の伸び切った顔に稲美はふぅと小さく息をついた。
3人中2人は帯刀しており浪人崩れのゴロツキ。成金趣味の男が金で雇っている様だ。
この程度の輩は彼女の相手にもならないが、街中ということであまり目立つようなことはしたくない。
砂を蹴り上げ目潰しをしてから逃げようと算段をつけ男達から目線を逸らさず
ジャリジャリと足元の砂を集めていたら急に腰を引かれた。
稲美は驚いて引かれた方を見ると明らかに怒気を隠していない留三郎が立っていた。
「!?、とめ!」
「おい…おれのツレに何か用か?」
噛みつきかねない留三郎の表情にナンパ男達は顔を引き攣らせて逃げていった。
逃げていく背中にったくと苛立ちをぶつけながら留三郎は稲美の様子を確認する。
「すまんな遅くなって。アイツらに何もされなかったか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
良かったと笑う留三郎。そして嬉しそうにもう一方の手にある包みを見せてきた。
「団子買えたぞ、行こう」
「…何処に?」
団子は団子屋で食べると思っていた稲美が首を傾げる。
留三郎は腰を抱いていた手を外し再度稲美の手を握ると歩き始めた。
「この前鍛錬のためにこの近くまで来たんだが、良いところがあってな。そこで食べよう」
良いところ?と稲美は再度首を傾げたが、ひとまず大人しく着いていこうと手を引かれるまま歩き始めた。
***
街から離れて山道に入った。
昨日の雨の影響か地面は少し濡れているが歩く分には問題ないような道が続いている。
忍術学園の裏山や裏々山とは異なる緑の匂いがすると思いながら
稲美は依然として手を引かれながら歩いていた。
「もう少しだからな」
「うん」
そういいながら山道を行く2人。
そんな中、留三郎が何かに気づいて立ち止まった。
「ん?」
「どうしたの…ってこれ…」
2人のゆく道の先には巨木が倒れていた。
倒れている木は焦げており、どうやら昨夜の雷雨で雷が当たり燃えて倒れたらしい。
ここまでは一本道で歩いてきた。つまり他の道で行くとなると大分戻ることになる。
それでは門限までに帰るのが難しくなるかもしれないと稲美が考えていると留三郎が彼女を見やる。
「稲、団子持ってくれ」
「え?うん」
差し出された団子を反射のように受け取る稲美。
「しっかり掴まってろよ」
「えっ?ひゃあ!!」
留三郎の言葉に稲美が返事をする前に膝に手を差し込まれ抱き上げられる。
急な浮遊感とグッと近くなった顔に驚き声を上げる。
「(顔!近いって!)」
「稲、ちゃんと掴まれ。走るぞ」
「〜っ!はい!」
ギュッと首に腕を回して抱きつく。
回った腕を確認して留三郎は巨木を飛び越しそのまま山道を駆け抜けていく。
巨木がなければ自分で歩いて行けるとも思いながら止まらない様子に
団子と自分が振り落とされないように彼女は腕に力を込める。
「よし、着いたぞ」
「っ、わぁ…!」
留三郎の着いたの言葉に稲美は顔を上げる。
目の前には箱庭のような小さな花畑が広がっていた。
奥には川も流れているようで、小さなせせらぎも聞こえる。
「きれい…!いい所だね!」
「気に入ったか?」
「すごく!」
降ろしてもらい辺りを見て回る稲美。
小さい野花が何種類も咲いており風にそよいでいる。
川辺にしゃがみ川を覗き込むと水もきれいなもので小さいサワガニが水中を渡ってた。
「楽しそうだな」
「すごく楽しい!ありがとう留!」
留三郎に声をかけられ、稲美は笑顔で振り向いた。
その時、留三郎の足元に白い小さな花の集まりがあるのに気づいた。
留三郎に止まるようなハンドサインを出して足元の花を注視する稲美。
「これ、ヒメウズだ!」
「ヒメウズ?」
「そう、生薬になるんだよ!兄上へのお土産で摘んでいかないと!」
「良かったな、だが先に買ってきた団子を食べよう」
ほらと差し出された手をとり立ち上がると、腰掛けられそうな平たい岩を見つけて並んで座った。
「あ、食べるより先にこれ」
「?」
稲美は懐に入れていた手拭いを2枚取り出すと
留三郎の顔の横で色味を確認し、こっちの方が似合うと片方を差し出した。
「今日のお礼。留、お金は受け取ってくれなさそうだから代わりに」
「…」
「あ、ごめん気に入らなかったら「そんな事ないはない!すまん!嬉しくて固まってただけだ!!」そんなに…?」
差し出した手を引こうとしたらとんでもない勢いでまくし立てられた。
言葉の通り嬉しそうに手拭いを受け取る留三郎にそこまで喜ばれると若干の照れを隠せない稲美。
「は、早くお団子食べよう」
「ん?あぁ!」
大切そうに手拭いを懐にしまった留三郎を横目に稲美は持っていた団子の包みを開ける。
三色、きな粉、餡子と色々な団子が詰められていた。早速1本を手にし、いただきますと頬張る。
優しい甘みにモチモチの食感、人気になるのが頷ける美味しさだ。
「ん〜!美味しいっ」
「餡子も美味いな」
「これはどれも美味しいねぇ」
2人で他愛もない話をしながら団子を食べ進める。
きな粉は香ばしく、あんこはしっかりとし甘みがあり三様の美味さを堪能した。
「はぁ〜ご馳走様でした」
満腹だとニコニコ笑う稲美に良かったと同じようにニコニコと笑う留三郎。
そんな彼だったがなにかに気づいたのか稲美の口元に手を伸ばす。
稲美が何かと固まっていると留三郎は口元に着いていた餡子を指で掬い、付いていたぞと笑って見せた。
ごめんと懐からちり紙を出して指を拭おうとする稲美だったがそれより早く
留三郎は指を自らの口に運ぶと餡を舐めとった。
「なっ…!」
「ご馳走さん」
兄にもされた事の無い行為に顔から火が出そうになる稲美と対して
留三郎はしてやったりとイタズラっ子の様に笑っている。
もうと言いながら舐めとった指をちり紙で拭い団子の包みを小さく畳んでしまった。
稲美は持参した水を飲みながらこの数日でわかった留三郎への想いを整理する。
鈍い自分でも昨日今日の彼のストレートな好意の示され方で何を思ったか、
自分の好意は友人としてなのか、異なるのか結論が、出た。
「ねえ留。わかったよ、告白の返事」
「お、おう…」
「耳貸して」
「?」
稲美の急な言葉に緊張の面持ちで耳を寄せる留三郎。
彼が手紙で贈ってきた歌のように、彼女は耳元で一首囁いた。
「 " 陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに 乱れそめにしわれならなくに " 」
「っ、それっ!」
ばっと稲美の方に顔を向ける留三郎。歌は知っていたらしい。
更に彼女は少し言いにくそうに視線を外しながらもう一言付け足した。
「まあ…、"たれ"じゃなくて"とめ"だけど…」
「じゃあ!!!」
嬉しそうにする留三郎に照れながらもしっかりと目を合わせて頷く。
「うん、好きだよ留三郎」
「〜〜〜っっっ!!!!」
言葉より先にガバッと抱きしめられた稲美。
留三郎は嬉しさで腕の中の彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
ゆっくりと背中に回された手が更に心を満たしていくのを感じた。
しばらく抱き合っていた2人だが留三郎が少し体を離すと稲美も回していた手を外し、少し離れた。
「なあ」
「うん?」
「…口吸いしていいか?」
「えっ、」
留三郎の熱っぽい眼差しと言葉で稲美の顔に熱が集まる。
乞うように唇を指で撫でられ、そういう関係になったんだとじわじわと実感が出てくる。
乞われている稲美もいやではないが実感と共に恥ずかしさが込み上げる。
「恥ずかしいから…1回だけ…」
「!…っ」
「んっ…」
稲美の返事に間髪入れず唇を重ねた留三郎。
あたたかく柔らかい感触に彼の心はまた充足感で満たされる。
唇を離す頃には満たされた表情の留三郎と耳まで真っ赤にした稲美が出来上がっていた。
「かわいいな」
「…もう勘弁して…」
嬉しそうに笑う留三郎と恥ずかしさから顔を覆った稲美。彼女はもうキャパオーバーである。
「もう、日も傾いて来るだろうから、か、帰るよ」
「あぁそうだな」
早く熱を冷ましたい稲美が顔を手で仰ぐ仕草を見ながらニコニコと笑う留三郎。嬉しさがダダ漏れている。
「なぁ、忍術学園まで抱き上げて帰っていいか?」
「何言ってるの!」
もう!と顔を赤くしながら怒る稲美に更にニコニコとする留三郎。
留三郎は稲美の手を握ると2人並んで忍術学園までの帰路に着くのだった。
