忍たま_短編
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『近づくな』
明確な拒否の意思を示され、声が出せなくなる。
視界もぼやけ手を伸ばすが自分の片割れはいつものようにその手を取ることはなかった。
「ッ!!! ……ゆ、…め……」
浅い息遣いと気持ち悪い汗、くのたま長屋の一人部屋で
善法寺稲美は目を覚ました。
兄、伊作に拒絶される夢を見て。
伊作は彼女の双子の兄になる。
1年遅れで入学したため学年は違うがれっきとした兄妹である。
兄妹仲は大変良好で、優しく世話焼きの兄と
兄思いの妹として、妹の入学から数ヶ月しか経っていないが学園内でも評判だ。
しかし稲美には思い悩んでいることがあった。
それは先程見た夢からも分かるように、
"もしかしたら自分は、本当は兄から疎まれているのかもしれない" ということだった。
「(そんなことない…でも…)」
妹が兄との気づかぬ不和に怯えるには兄妹の体質が関係していた。
兄は歩けば鳥の糞がかかり、塹壕に落ち、生傷の絶えない不運体質。
一方妹は歩けば小銭を拾い、山賊と遭遇しても無傷でなんとかなる様な幸運体質だった。
共に行動する際は互いの不運・幸運が打ち消しあって平和そのものだが、
学園に入学して以来各々行動することも増え、他者が不運・幸運の一端を目の当たりにすることも増えた。
そうなると兄妹で比較されるようになった。
双子として生まれたのにこうも違うのかと。
「…」
鼻がツンと痛む。
1人きりのシンとした部屋は不安を更に加速させていくようだった。
「あにうえ…」
1人は嫌だ、と稲美はまくらを持って部屋を抜け出した。
***
2年は組、食満留三郎はふと目を覚ました。
時刻はよく分からないが窓から見える月の位置から丑の刻は既に超えていそうだということはわかった。
「
尿意で起きたわけでも無い。本当にただふと目が覚めてしまったようだった。
下級生の留三郎は日頃こんな時間に起きることはないので
学園の夜はこんなにも静かなのかと寝転がりながら思っていた。
「?」
静かだと思っていたが、妙な音が聞こえる。
小さいが確かに、誰かが啜り泣くような音が聞こえた。
「なんでこんな時間に…」
まさか幽霊…!?と思う留三郎だったが
学園で既に1年過ごしている身、そんな噂は微塵も聞いたことがなかった。
「(よし…確かめよう)」
同室の伊作は気持ちよさそうに寝ている。
啜り泣きの正体を暴くために起こすのは忍びない。
留三郎は布団から起き上がると、ゆっくりと少しだけ長屋の扉を開けた。
部屋の中に居た時より鮮明に啜り泣きの声が聞こえるようになった。
声の主は近いらしい。緊張からか、喉がゴクリと鳴った。
「…よし、」
扉をまた少し開けて顔を出す。
左右を窺うと、思ったより近くに啜り泣きの正体はいた。
「…ズビ ……ヒッ…」
長屋の廊下。枕を抱えて蹲り誰かが泣いている。
「(あれって…)」
そしてその誰かは留三郎には見覚えのある者だった。
部屋を出て蹲っている者に声をかける。
「稲美…だよな?ここで何をしてるんだ?」
「! …食満殿、…こんばんは」
留三郎に声をかけられ、驚いたのか稲美は勢いよく顔を上げた。
どれだけ泣いていたのだろうか、涙で顔はぐしゃぐしゃ、目も頬も赤くなっていた。
「そんなに泣いてどうした?」
「…っ、いえ…」
ただならない様子に留三郎はとりあえず自室に連れていこうと声をかけ
稲美の手を取ったが、その手の冷たさに驚いた。
「! お前、どれだけ外に居たんだ」
「え、えと…四半刻…くらい…」
春と言えど、夜は冷える。
更に外とそう変わらない廊下に四半刻も居たとなれば手も足も冷えるだろうと、
留三郎は稲美を急いで自室へ連れていき、
自分の敷ふとんに座らせ、掛け布団でグルグルと包み込んだ。
そして自らの布団に座り、稲美と向き合った。
「それで、なんであんな所で泣いてたんだ?」
「…はい、ええと…」
稲美は自分が見た夢のこと、長屋からここまで抜け出してきたことを話した。
「兄上の部屋までこれましたが、その…
兄上に夢と同じようなことを言われたらどうしようと思ったら、入れなくて…。
で、でも…戻って部屋で1人なのも…こ、怖くて…」
気づいたら蹲って泣いていたとまた涙を零す稲美。
ゴシゴシと涙を拭う彼女に、擦るんじゃないと留三郎は慌ててちり紙を渡す。
「ありがとうございます…」
「とりあえず分かった…、まず、危ないから夜にうろつくんじゃない。
学園の中は安全だが、曲者が侵入したりする」
「はい、」
「お前に何かあったら、伊作はきっと悲しむぞ」
留三郎の言葉に稲美は俯く。
本当に、兄は悲しむのだろうか。せいせいしたとは思わないだろうか。
そんな思いが彼女の胸中をぐるぐると巡る。
その様子を見て、留三郎は言葉を続けた。
「おれは伊作と1年過ごした。
伊作は不運、幸運で人付き合いを選ぶようなやつじゃない。
それは兄妹であるお前が1番わかっているだろう?」
「…はい、」
「それにな、」
「?」
「伊作はお前の話ばかりするぞ」
「私の…?話?」
キョトンとした稲美に留三郎は笑って頷き、
1年前に入学してから、伊作が少し病弱だが頑張り者の妹がいること、
妹は自分をとても慕ってくれていること、
自分の不運に巻き込まれても笑顔で自分の幸運で僕を守るという妹が可愛いこと、
それらを嬉しそうに喋っていたことを話した。
「兄上が、そんなこと…」
戸惑いと嬉しさ、さらに恥ずかしさの混ざったなんとも言えない顔をする稲美。
涙はすっかり止まっていた。
そうだ、と力強く同意する留三郎。
「周りの目なんて気にするな、お前たちはそれぞれがそれぞれ、
大事な兄と妹なのだから遠慮せずにきちんと話した方がいい」
「…はいっ、ありがとうございます。食満殿」
深々と頭を下げた稲美。
そんな彼女に頷きつつも留三郎はあ~後だな…っと言いずらそうに頬をかいた。
「?」
「前から思ってたんだが、その食満殿っていうの堅苦しいからどうにかならないか」
「しかし…、兄上がお世話になっている方ですから…」
「そうは言っても俺たち一応同い年だろう?居心地が悪くてな…。
そうだな…留三郎、いや、留って呼んでくれ」
いきなりの名前呼びの提案に稲美は無理です!と首を横に振る。
しかし留三郎も引き下がらない。
「いいや、先輩命令だ」
「えぇ……。…えぇと…と、留三郎、さん…」
「留」
「と、留……さん…」
「留」
「と…、とめ…」
よしと嬉しそうに頷く留三郎。
前々から距離のある呼び方が気になっていた彼は好機を逃さず自分の要求を押し通すことに成功した。
数年後、この事を振り返る留三郎は、なぜこの時食い下がったのだろうと自問した際に、
気になっている女子からの"殿"呼びは完全に脈ナシと思えて嫌だったのだと気づくことになる。
「よし、じゃあ寝るか。
暗いうちに戻るのは危ないから稲美もここで寝よう」
「はい、ありがとうございます」
ただ、一つの布団に2人で入るのは狭い。
考えた留三郎は衝立を退かし、未だに起きる気配のない伊作の布団と自分の布団をピッタリとくっつけた。
「伊作と俺の布団を跨ぐように寝てくれ、これなら3人でも寝られる」
「ありがとうございます」
抱えていた枕を置き、伊作の布団に体半分潜る稲美。
それを見ながら掛け布団をかけ、自分の布団に入る留三郎。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
まだ涙のあとで少し赤い稲美を眺めながら、留三郎は眠りに落ちた。
***
「ん~?」
朝。目覚めた伊作は、自分が何かを抱きしめて寝ていることに気がついた。
「あれ?… 稲?」
腕の中で妹が気持ちよさそうに寝ていた。
くのたま長屋にいるはずの稲美が何故ここにと、伊作が首をひねりながら起き上がると、
衝立が退かされ同室の布団と自分の布団が並んでいた。
どうやら寝ている間に同室と妹の間で何かあったらしい。
「…まぁ、起きてから聞こうかな」
幸い、今日は休日。
同室も妹も気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは忍びない。
「(2人がもっと仲良くなってくれたら嬉しいな)」
大切な妹と大切な同室が仲良くなれば、
こんな風にまた3人で眠ったり遊んだりできるかな?そんなことを思いながら
伊作は再び布団へ横になるのだった。
