おとぎ話は終わらない
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「私一人でですか!?」
罰が悪そうな副隊長は手を合わせながらこちらに向かって必死に懇願していた。焦った様子で私の元に駆け寄って来た彼から事情を聞いたところ、昨日の虚討伐により大多数の隊士が負傷し、その影響でカメラマンは一人体制になったということを告げられた。
「締切に間に合わせるにはこれが最善なんだよ。本当に悪い!月下、お前だけが頼りだ!」
確かに編集作業はいつもの人数でもギリギリであり、カメラマンの人員を割くしか策が無い。しかし迫り来る締切までに残りの記事の写真を撮って印刷し、選別する作業を一人で行うには結構な時間を要するだろう。忙しくなる日々に落胆しながら、渋々承諾する他無かった。
案の定、私は死神業務に加えてカメラマンとしての仕事を全うする為に瀞霊廷を駆け回っていた。隊に戻れば写真を印刷し、時には他の編集作業も手伝っているとあっという間に夜は更ける。そんな毎日を送っていたある日、伝令神機に届いた一通の電子書簡は斑目三席からだった。いつもの食事の誘いの内容が記されており、行きたい気持ちを抑え込んで初めて断りの返事をした。
お礼ならもう十分して貰った。そう自分に言い聞かせた。
苦しくなる胸の正体は分かっていたが、私の個人的な感情で瀞霊廷通信の発行を遅らせることは出来ない。
伝令神機を放り投げて再び編集作業へと戻り、また今夜も遅くまで詰所に籠ることとなった。
「終わった…!」
今月号の編集作業が無事に終わり、私を含めた九番隊隊士は皆疲れきった顔をしながらも達成感を感じていた。負傷していた者達も次々に復帰し、落ち着きを見せいてた頃だった。
「次号の企画、十一番隊だから宜しくな」
何が宜しくな、なのか。お昼ご飯を食べる私の元に来た副隊長はこちらに有無を言わせないように言い放った。そしてその口から発せられた"十一番隊"という単語に、私の思考は停止していた。
「……え?」
「ほら、月替わりで特集してるだろ。各隊の魅力調査だよ。次は十一番の密着取材することになったから写真、宜しくな」
何もかもが初耳な内容に驚くも、これは当たり前のことだった。いつも副隊長は突然企画の説明を淡々と始め、私は拒否すること無く黙って従う。十一番隊の取材なんてもう何度もしたことがあるのに、何故かとてつもなく鼓動が速くなる。
「十一番隊ですか…」
「何だ、嫌なのか?」
「嫌って訳じゃ無いですけど」
実は言うと初めて斑目三席からの食事の誘いを断ったあと、再び連絡は来ていた。しかしあまりの忙しさと疲労から行く気になれず、断り続けていたのだ。それ故に勝手に気まずさを感じている。
「じゃあ明日、宜しく頼んだ」
「あ、明日ですか!?」
「午後から取材に向かう旨の言伝は済んでるから心配するな」
じゃ、と手を挙げて去っていく姿ももう見慣れていた。死神業務では無いにしろ、九番隊に身を置いたからには従うしか無い。
明日、久しぶりに会うであろう彼は何を思っているか。少しだけ不安で少しだけ待ち遠しい。そんな自分の気持ちは、とっくに気が付いていた。
◇◇◇
「本日は宜しくお願いします」
カメラを手に数人の九番隊隊士と共に訪れた十一番隊の詰所前にて頭を下げながら挨拶をすると、強面の彼らは得意気な顔をしていた。
「おう!十一番隊がどれだけイカした隊かしっかり記事にしろよ!」
「勿論です。早速なのですが…」
腰を低くして話し出す先輩隊士が取材の説明をしている間、ズラりと並んだ十一番隊隊士の端に立つ斑目三席は冷静にそのやり取りをただ見つめていた。いつもならば先頭に立って私達の取材に応じてくれるのに、今日は何故だか傍観に徹している。
「じゃあ道場での鍛錬風景からお願いします」
先輩隊士の言葉にゾロゾロと歩き出す光景をぼんやりと目で追ったあと彼らの後ろに付き、私も足を踏み出そうとした瞬間。肩を掴まれたことに驚いて振り返った。
見上げた先には斑目三席がこちらを見下ろす瞳が待っており、その表情はあまり良いとは言えず、私は戸惑うだけだった。
「ま、斑目三席…お久しぶりです」
「何でだ」
「え?」
「俺の誘いを断るのは何でだって聞いてんだよ」
彼の機嫌が斜めな理由はコレなのか分からないけれど、こうして面と向かって言われてしまえば募るのは申し訳ない気持ち。すみません、と返しても斑目三席の顔は相も変わらず曇っている。
「その、ここのところ忙しかったもので…時間が取れなくて」
そう言うと未だ納得はしていないものの、私の肩から離した手を引っ込めて腕を組んだ彼は少しの間を置き、改めて切り出した。
「今日の夜はどうだ、空いてるか」
「今日ですか…ああ、はい」
空いてます、と言うとそこでやっと柔らかな表情を見せる斑目三席にどんどん心臓の音は大きく、鼓動も速くなる一方だった。
自惚れていいのか分からない。これはまだ彼の中で私への"礼"が済んでいないだけなのか。理由なんてどうでも良いけれど、この胸を占める感情は出来れば失いたくないものだった。
「月下!」
「は、はいっ!」
「流魂街で虚が出現した!十一番隊が出動するから俺らも付いてくぞ!」
「えっ」
慌てた様子で引き返してきた先輩隊士の言葉に間抜けな声を発している間にも十一番隊隊士が続々と隊舎を後にする中、その光景に困惑しながら私も急いで駆け出そうとした。
そう言えば斑目三席は、と振り返ってもそこにはもう誰も立っておらず、内心取材のことよりも彼の行方が気になって仕方が無かった。
◇◇◇
現場に着いた時にはもう討伐が始まっており、息を上げながら急いでカメラを向けた。数体の虚に臆すること無く向かって行く姿は流石戦闘専門部隊、と感心せざるを得ず、その活躍ぶりを何とか収めることが出来た。
「戦ってるところ撮るのって初めてかも…」
「おい月下!!」
レンズ越しの光景を呑気に覗く中で、私は距離感を掴めていなかったのかもしれない。
私を呼ぶ先輩隊士の声に反応出来たとき、もう既に避けられない距離まで虚が目の前に迫っていた。まずい、と思った時にはもう遅かった。斬魄刀を帯刀していない上に驚きと恐怖から身体が動かず、もうダメだ、と諦めかけていた瞬間。
目の前にあった虚の仮面は見事にボロボロに砕け、代わりに視界に入ったのは坊主頭だった。
「斑目三席…っ、」
「ボサっとしてっと死ぬぞ」
まるでヒーローのように颯爽と現れた彼に気を取られている場合では無かった。倒れて来る虚の大きな身体を避ける為に足を動かさなければ、と思うと同時に得たのは宙に浮くような浮遊感。
「わっ…、」
「ジッとしてろよ」
いや、本当に私の身体は宙に浮いていた。そしていつの間にか目の前にある斑目三席の顔。それら全ての状況を飲み込んでやっと自分が夢にまで見たお姫様抱っこをされていると気が付いた。
この人ってこんなに格好良かったっけ、なんて今考えることなのか。切れ長な目とあか色が映える目尻から目が離せず、背中と膝裏に回った逞しい腕から伝わる彼の温もりに、全身が波打つように鼓動が煩くなる。
戦闘が繰り広げられている場所から少し離れた地面に着地するとゆっくり降ろされ、小さくお礼を言うことしか出来なかった。
「ありがとうございます…」
カメラをギュッと握り、鳴り止まない心臓の音に鼓膜を揺らされる感覚は恐怖からか。きっと違う。
「悪りい」
「え、」
何故か私に謝る斑目三席に驚いて顔を上げると彼は罰が悪そうにしていた。どうして謝るんですか、と私が聞く前に口を開いた斑目三席の言葉は予想していなかったことだった。
「アレだアレ、運命のヤツだとかにして欲しかったんじゃねえのか。それより先に俺がしちまったろうが」
そこでやっと彼の言いたいことが分かった。私が運命の人にお姫様抱っこをして貰いたい、と発言していたことを覚えていてくれたのだ。
込み上げる嬉しさと恥ずかしさ。とっくに自分の気持ちに気付いていて、だからこそ改めて今までの状況を思い返すと顔に熱が集まっていく。
「そ、そんなこと気にしてくれてたんですか」
「そんなことたァ何だお前!」
「す、すみません…」
でもきっと斑目三席は私の抱いてる気持ちとは別のものを感じている。罪悪感のようなものだろうか、大きな声を出したあと視線を逸らした彼は全然目を合わせてくれない。
「あの斑目三席…もう、お礼は大丈夫です」
私は偶然あの日あの山奥であの場を通りかかっただけで、結果的にこの人を助けることとなったが、今しがた私もこの人に助けて貰ってしまった。これで完全におあいこだ。
もう二人では会えなくなってしまう寂しさ、それからもう一つ。この胸を締め付けるものの正体は口にしてはいけない。
「迷惑か、俺からの誘いは」
ハッとして顔を上げると、今度は真っ直ぐ私を見据える瞳と目が合った。先までの表情から一変して少し怒っているように見えてしまい、慌てて否定の意を示した。
「ち、違います!私も斑目三席に助けて頂いてしまったので、もうお礼は、」
「礼なんざ、俺の中じゃァとっくに済んでんだよ」
正直、彼の言いたいことが理解出来なかった。お礼は済んでいるのなら、もう私を食事に誘う理由など無いのでは。
「じゃ、じゃあ何で、」
「何でってお前、言わなきゃ分かんねえのか」
私はそこまで鈍感じゃないと思う。再び私から視線を逸らした斑目三席の姿に、今度こそ自惚れて良い気がした。どんどん速くなる鼓動は言うことを聞かず、どんどん私を舞い上がらせる。
「あの、それって、なってくれるってことですか?」
「あ?」
「だから斑目三席が、」
その先何を言うつもりなのか、自分でもちゃんと分かっていなかった。途絶えた言葉の続きを待つように私をじっと見据える彼の視線に耐えきれずに目を逸らしたとき。
「斑目三席ー!!終わりやしたー!!」
虚を全滅させたという十一番隊隊士の嬉しそうに賑わう声が、私にその先を言わせまいとさせていた。彼の気持ちが確実に分かった訳では無い今、これが正解なのかもしれない。よく考えてみれば自分の気持ちを伝えるには早い気もする。
手の中のカメラの存在に、今の自分の使命を思い出した。上機嫌で隊舎に戻っていく隊士達を写真に収めて私もそのあとを付いて歩こうとした瞬間、ふわりと頭に置かれた大きな手の感触に驚いて顔を顔を上げた。
「メシの約束忘れんなよ」
「は、はい、」
「お前が何を言おうとしたかは、そん時に聞いてやる」
見上げた先の斑目三席の表情からは彼の感情が掴めなかった。でも私はさっきの言葉の先を今日の夜、この人に聞かせなければならない、ということは確かだった。
頭にあった手が離れ、歩き出す後ろ姿を見つめながら願ってしまった。
貴方が私の運命の人であって欲しい、と。
罰が悪そうな副隊長は手を合わせながらこちらに向かって必死に懇願していた。焦った様子で私の元に駆け寄って来た彼から事情を聞いたところ、昨日の虚討伐により大多数の隊士が負傷し、その影響でカメラマンは一人体制になったということを告げられた。
「締切に間に合わせるにはこれが最善なんだよ。本当に悪い!月下、お前だけが頼りだ!」
確かに編集作業はいつもの人数でもギリギリであり、カメラマンの人員を割くしか策が無い。しかし迫り来る締切までに残りの記事の写真を撮って印刷し、選別する作業を一人で行うには結構な時間を要するだろう。忙しくなる日々に落胆しながら、渋々承諾する他無かった。
案の定、私は死神業務に加えてカメラマンとしての仕事を全うする為に瀞霊廷を駆け回っていた。隊に戻れば写真を印刷し、時には他の編集作業も手伝っているとあっという間に夜は更ける。そんな毎日を送っていたある日、伝令神機に届いた一通の電子書簡は斑目三席からだった。いつもの食事の誘いの内容が記されており、行きたい気持ちを抑え込んで初めて断りの返事をした。
お礼ならもう十分して貰った。そう自分に言い聞かせた。
苦しくなる胸の正体は分かっていたが、私の個人的な感情で瀞霊廷通信の発行を遅らせることは出来ない。
伝令神機を放り投げて再び編集作業へと戻り、また今夜も遅くまで詰所に籠ることとなった。
「終わった…!」
今月号の編集作業が無事に終わり、私を含めた九番隊隊士は皆疲れきった顔をしながらも達成感を感じていた。負傷していた者達も次々に復帰し、落ち着きを見せいてた頃だった。
「次号の企画、十一番隊だから宜しくな」
何が宜しくな、なのか。お昼ご飯を食べる私の元に来た副隊長はこちらに有無を言わせないように言い放った。そしてその口から発せられた"十一番隊"という単語に、私の思考は停止していた。
「……え?」
「ほら、月替わりで特集してるだろ。各隊の魅力調査だよ。次は十一番の密着取材することになったから写真、宜しくな」
何もかもが初耳な内容に驚くも、これは当たり前のことだった。いつも副隊長は突然企画の説明を淡々と始め、私は拒否すること無く黙って従う。十一番隊の取材なんてもう何度もしたことがあるのに、何故かとてつもなく鼓動が速くなる。
「十一番隊ですか…」
「何だ、嫌なのか?」
「嫌って訳じゃ無いですけど」
実は言うと初めて斑目三席からの食事の誘いを断ったあと、再び連絡は来ていた。しかしあまりの忙しさと疲労から行く気になれず、断り続けていたのだ。それ故に勝手に気まずさを感じている。
「じゃあ明日、宜しく頼んだ」
「あ、明日ですか!?」
「午後から取材に向かう旨の言伝は済んでるから心配するな」
じゃ、と手を挙げて去っていく姿ももう見慣れていた。死神業務では無いにしろ、九番隊に身を置いたからには従うしか無い。
明日、久しぶりに会うであろう彼は何を思っているか。少しだけ不安で少しだけ待ち遠しい。そんな自分の気持ちは、とっくに気が付いていた。
◇◇◇
「本日は宜しくお願いします」
カメラを手に数人の九番隊隊士と共に訪れた十一番隊の詰所前にて頭を下げながら挨拶をすると、強面の彼らは得意気な顔をしていた。
「おう!十一番隊がどれだけイカした隊かしっかり記事にしろよ!」
「勿論です。早速なのですが…」
腰を低くして話し出す先輩隊士が取材の説明をしている間、ズラりと並んだ十一番隊隊士の端に立つ斑目三席は冷静にそのやり取りをただ見つめていた。いつもならば先頭に立って私達の取材に応じてくれるのに、今日は何故だか傍観に徹している。
「じゃあ道場での鍛錬風景からお願いします」
先輩隊士の言葉にゾロゾロと歩き出す光景をぼんやりと目で追ったあと彼らの後ろに付き、私も足を踏み出そうとした瞬間。肩を掴まれたことに驚いて振り返った。
見上げた先には斑目三席がこちらを見下ろす瞳が待っており、その表情はあまり良いとは言えず、私は戸惑うだけだった。
「ま、斑目三席…お久しぶりです」
「何でだ」
「え?」
「俺の誘いを断るのは何でだって聞いてんだよ」
彼の機嫌が斜めな理由はコレなのか分からないけれど、こうして面と向かって言われてしまえば募るのは申し訳ない気持ち。すみません、と返しても斑目三席の顔は相も変わらず曇っている。
「その、ここのところ忙しかったもので…時間が取れなくて」
そう言うと未だ納得はしていないものの、私の肩から離した手を引っ込めて腕を組んだ彼は少しの間を置き、改めて切り出した。
「今日の夜はどうだ、空いてるか」
「今日ですか…ああ、はい」
空いてます、と言うとそこでやっと柔らかな表情を見せる斑目三席にどんどん心臓の音は大きく、鼓動も速くなる一方だった。
自惚れていいのか分からない。これはまだ彼の中で私への"礼"が済んでいないだけなのか。理由なんてどうでも良いけれど、この胸を占める感情は出来れば失いたくないものだった。
「月下!」
「は、はいっ!」
「流魂街で虚が出現した!十一番隊が出動するから俺らも付いてくぞ!」
「えっ」
慌てた様子で引き返してきた先輩隊士の言葉に間抜けな声を発している間にも十一番隊隊士が続々と隊舎を後にする中、その光景に困惑しながら私も急いで駆け出そうとした。
そう言えば斑目三席は、と振り返ってもそこにはもう誰も立っておらず、内心取材のことよりも彼の行方が気になって仕方が無かった。
◇◇◇
現場に着いた時にはもう討伐が始まっており、息を上げながら急いでカメラを向けた。数体の虚に臆すること無く向かって行く姿は流石戦闘専門部隊、と感心せざるを得ず、その活躍ぶりを何とか収めることが出来た。
「戦ってるところ撮るのって初めてかも…」
「おい月下!!」
レンズ越しの光景を呑気に覗く中で、私は距離感を掴めていなかったのかもしれない。
私を呼ぶ先輩隊士の声に反応出来たとき、もう既に避けられない距離まで虚が目の前に迫っていた。まずい、と思った時にはもう遅かった。斬魄刀を帯刀していない上に驚きと恐怖から身体が動かず、もうダメだ、と諦めかけていた瞬間。
目の前にあった虚の仮面は見事にボロボロに砕け、代わりに視界に入ったのは坊主頭だった。
「斑目三席…っ、」
「ボサっとしてっと死ぬぞ」
まるでヒーローのように颯爽と現れた彼に気を取られている場合では無かった。倒れて来る虚の大きな身体を避ける為に足を動かさなければ、と思うと同時に得たのは宙に浮くような浮遊感。
「わっ…、」
「ジッとしてろよ」
いや、本当に私の身体は宙に浮いていた。そしていつの間にか目の前にある斑目三席の顔。それら全ての状況を飲み込んでやっと自分が夢にまで見たお姫様抱っこをされていると気が付いた。
この人ってこんなに格好良かったっけ、なんて今考えることなのか。切れ長な目とあか色が映える目尻から目が離せず、背中と膝裏に回った逞しい腕から伝わる彼の温もりに、全身が波打つように鼓動が煩くなる。
戦闘が繰り広げられている場所から少し離れた地面に着地するとゆっくり降ろされ、小さくお礼を言うことしか出来なかった。
「ありがとうございます…」
カメラをギュッと握り、鳴り止まない心臓の音に鼓膜を揺らされる感覚は恐怖からか。きっと違う。
「悪りい」
「え、」
何故か私に謝る斑目三席に驚いて顔を上げると彼は罰が悪そうにしていた。どうして謝るんですか、と私が聞く前に口を開いた斑目三席の言葉は予想していなかったことだった。
「アレだアレ、運命のヤツだとかにして欲しかったんじゃねえのか。それより先に俺がしちまったろうが」
そこでやっと彼の言いたいことが分かった。私が運命の人にお姫様抱っこをして貰いたい、と発言していたことを覚えていてくれたのだ。
込み上げる嬉しさと恥ずかしさ。とっくに自分の気持ちに気付いていて、だからこそ改めて今までの状況を思い返すと顔に熱が集まっていく。
「そ、そんなこと気にしてくれてたんですか」
「そんなことたァ何だお前!」
「す、すみません…」
でもきっと斑目三席は私の抱いてる気持ちとは別のものを感じている。罪悪感のようなものだろうか、大きな声を出したあと視線を逸らした彼は全然目を合わせてくれない。
「あの斑目三席…もう、お礼は大丈夫です」
私は偶然あの日あの山奥であの場を通りかかっただけで、結果的にこの人を助けることとなったが、今しがた私もこの人に助けて貰ってしまった。これで完全におあいこだ。
もう二人では会えなくなってしまう寂しさ、それからもう一つ。この胸を締め付けるものの正体は口にしてはいけない。
「迷惑か、俺からの誘いは」
ハッとして顔を上げると、今度は真っ直ぐ私を見据える瞳と目が合った。先までの表情から一変して少し怒っているように見えてしまい、慌てて否定の意を示した。
「ち、違います!私も斑目三席に助けて頂いてしまったので、もうお礼は、」
「礼なんざ、俺の中じゃァとっくに済んでんだよ」
正直、彼の言いたいことが理解出来なかった。お礼は済んでいるのなら、もう私を食事に誘う理由など無いのでは。
「じゃ、じゃあ何で、」
「何でってお前、言わなきゃ分かんねえのか」
私はそこまで鈍感じゃないと思う。再び私から視線を逸らした斑目三席の姿に、今度こそ自惚れて良い気がした。どんどん速くなる鼓動は言うことを聞かず、どんどん私を舞い上がらせる。
「あの、それって、なってくれるってことですか?」
「あ?」
「だから斑目三席が、」
その先何を言うつもりなのか、自分でもちゃんと分かっていなかった。途絶えた言葉の続きを待つように私をじっと見据える彼の視線に耐えきれずに目を逸らしたとき。
「斑目三席ー!!終わりやしたー!!」
虚を全滅させたという十一番隊隊士の嬉しそうに賑わう声が、私にその先を言わせまいとさせていた。彼の気持ちが確実に分かった訳では無い今、これが正解なのかもしれない。よく考えてみれば自分の気持ちを伝えるには早い気もする。
手の中のカメラの存在に、今の自分の使命を思い出した。上機嫌で隊舎に戻っていく隊士達を写真に収めて私もそのあとを付いて歩こうとした瞬間、ふわりと頭に置かれた大きな手の感触に驚いて顔を顔を上げた。
「メシの約束忘れんなよ」
「は、はい、」
「お前が何を言おうとしたかは、そん時に聞いてやる」
見上げた先の斑目三席の表情からは彼の感情が掴めなかった。でも私はさっきの言葉の先を今日の夜、この人に聞かせなければならない、ということは確かだった。
頭にあった手が離れ、歩き出す後ろ姿を見つめながら願ってしまった。
貴方が私の運命の人であって欲しい、と。
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