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秋の文化祭。二日間にわたる祭典の初日、校舎内は熱気と喧騒に包まれていた。
3年6組の「逆メイド喫茶」は、及川のメイド服姿を一目見ようとする客で賑わっていたが、お品書きの端にある「揚げ出し豆腐」の一品が、訪れる客を少しだけ不思議な気持ちにさせていた。
厨房では、執事服のなつが、静かに豆腐の準備をしている。
丁寧に水切りした豆腐に片栗粉をまぶす。何度も練習して、隣の5組にいる岩泉の好みの出汁の濃さを探った。これを彼に食べてもらいたくて、同じクラスの及川に頼み込んでメニューに入れてもらったのだ。
『……よし。』
「なつちゃん、本当に手際良くなったよね。……でもさ、岩ちゃんが喜ぶからって、文化祭で揚げ出し豆腐なんて、岩ちゃんのこととなると本当に一生懸命だよね。せっかく執事の服着てるんだから、接客すればいいのに。似合ってるよ?」
厨房の入り口で、及川がニヤニヤしながらなつの顔を覗き込む。
『……っ、及川くん! もう、大きな声で言わないで。』
及川に揶揄われ、なつの顔がみるみるうちに赤くなる。
その瞬間、教室の入り口を通りかかった岩泉と目が合った。彼は5組の「腕相撲大会」の合間だったのか、少し肩で息をしながら、厨房で真剣な表情で豆腐を仕上げるなつと、顔を真っ赤にしているその姿を、静かに見つめていた。
(……あいつ、あんな顔すんだな)
岩泉はそう心の中で呟くと、胸の奥の痛みを堪えるように視線を逸らし、自分のクラスへと歩き去った。
─────
文化祭二日目。
6組の逆メイド喫茶に、青葉城西バレー部の3年生、岩泉、花巻、松川の三人が姿を現した。
「ぶっ……! 及川、お前マジでその格好で呼び込みやってんのかよ!」
「意外と似合ってんのが腹立つな」
花巻と松川が爆笑する中、岩泉は呆れたように腕を組んでいた。
「もう! 三人とも酷いよ! ほら、なつちゃん、この人たちにメニュー渡して!」
及川に明るい声で呼ばれ、なつは「はい!」と返事をして厨房から飛び出した。
『お待たせしまし……っ!』
顔を上げた瞬間、目の前にいたのは、ジャージを羽織った岩泉だった。
まさか彼が来ているとは思わず、なつは固まったまま、みるみるうちに耳の先まで赤くなっていく。
「……月下」
岩泉は少し驚いたように目を見開いた後、執事服姿のなつをじっと見た。
「……似合ってんじゃねぇか。いいんじゃねぇの、それ」
ぶっきらぼうだけど、嘘のない真っ直ぐな言葉。
『……っ、あ、ありがとう……ございます……。』
なつは俯き、震える手でメニューを差し出した。その様子を、花巻と松川がニヤニヤしながら見守っている。
「及川、月下にばっか仕事させんなよ」
岩泉が少しだけ眉を寄せて言うと、及川は「え〜、岩ちゃん過保護〜!」と堂々と揶揄った。
「うるせぇ、さっさと仕事しろ」
岩泉が低い声で一蹴すると、松川がメニューを指差した。
「じゃあ、この『揚げ出し豆腐』、三つ」
『……かしこまりました。』
なつは厨房へ戻り、慎重に豆腐を揚げ焼きにした。表面はカリッと、中は熱々に。この瞬間のために何度も調整した特製のだしをたっぷりとかける。
トレイに乗せて、三人の座るテーブルへ運ぶ。
『……お待たせいたしました。揚げ出し豆腐です。』
「うまっ! なにこれ、だしめちゃくちゃ本格的」
花巻が真っ先に口に運んで驚く。
「でしょ? 作ったのはなつちゃん。彼女、ここ数日、ずっとこればっかり練習してたんだから」
及川が補足すると、なつはたまらず横から口を出した。
『及川くん、もう……っ、言わないでよ……!』
顔を真っ赤にして恥ずかしがるなつの姿に、岩泉がピクリと反応した。
岩泉は、運ばれてきた器をじっと見つめ、箸を割り、少しだけ冷ましてからそれを口に運んだ。
「…………。」
沈黙が流れる。なつは空になったトレイを握りしめ、生きた心地がしなかった。
「……うめぇよ、これ」
顔を上げると、岩泉がこちらを真っ直ぐに見つめていた。
いつもより少しだけ緩んだ目元。彼はもう一口、今度は大きめに豆腐を運ぶ。
「味がしっかり染みてて、ちょうどいい。……月下。お前、これ作るの相当大変だっただろ。……ごちそうさま。最高だわ」
─────
後片付けが始まった夕暮れ時。
なつは一人、体育館裏の非常階段の陰で、渡せなかったメッセージカードを握りしめていた。
昼間、岩泉に言われた時の熱が、まだ引かない。けれど、岩泉が自分に対して、どこまでも「いい友人」として接してくるのが、今のなつには一番辛かった。
(本当の気持ち、伝えたい……。でも、岩泉くんはきっと、私のことなんて……)
「……月下? まだ残ってたのか」
不意に聞こえた低い声に顔を上げると、そこにはジャージを羽織った岩泉が立っていた。
『岩泉くん……。』
「お前、さっきから顔色悪いぞ。……及川のやつ、月下を放ってなにやってんだ。」
岩泉は一歩近づき、心配そうに なつ の顔を覗き込んだ。自分を気遣う彼の優しさが、なつの胸を締め付ける。
『……どうして。』
「……あ?」
『どうして、いつも及川くんの話になっちゃうの。……岩泉くんは、私の気持ちなんて……全然わかってない。』
震える声で絞り出した言葉に、岩泉は言葉を失った。
『私が及川くんに協力してもらって、揚げ出し豆腐を作ったのも……。全部、岩泉くんに喜んでほしかったからなのに。私がずっと見てたのは、及川くんじゃない。……ずっと、岩泉くんだったんだよ!』
沈黙が流れる。
岩泉は大きな手で自分の口元を覆い、地面に視線を落とした。彼の耳たぶが、みるみるうちに真っ赤になっていく。
「……マジかよ。俺、……何やってんだ」
岩泉は絞り出すような声で呟き、天を仰いだ。
ずっと、彼女が及川を好きだと思い込み、自分は「男として」彼女の幸せを一番近くで支えようと必死に堪えてきた。
「……悪りぃ。月下。俺、カッコつけて……お前のこと、あいつに譲ろうとしてた。……あんな顔、及川にしか見せねぇんだと思って、勝手に失恋したつもりで……。でも、もう二度と、譲らねぇ」
岩泉はなつの瞳をじっと見つめ、覚悟を決めたような、熱い眼差しを向けた。
「……月下。お前、さっき豆腐仕上げてた時、すごく真剣な顔してた」
岩泉は少しだけ、照れくさそうに、けれど真っ直ぐに言った。
「そういうお前の、一生懸命なところが……好きなんだよ」
岩泉からの突然の褒め言葉に、なつの瞳から、安堵と喜びの涙が溢れ出した。
岩泉はその涙を親指でそっと拭うと、不器用ながらも温かい腕で、彼女を強く抱きしめた。
「これからは、及川の野郎になんか相談すんな……直接、俺に言え。俺がお前を、一番大事にする」
二日間にわたる祭りの終わり。静かな風の中で、二人の想いはようやく、真っ直ぐに重なった。
end
