スラムダンク
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中学三年の夏の体育館は、サウナのような熱気に包まれていた。
武石中のエース、三井が放つシュートは、高い弧を描いて吸い込まれるようにリングを潜る。そのたびに鳴り響く「スパッ」というネットの音は、私にとってどんな音楽よりも心地よかった。
『三井くん、今日も絶好調だね!』
スコアボードを片付けながら私が叫ぶと、彼は額の汗を乱暴に拭い、不敵な笑みを浮かべた。
「あと一本! これ決めたら、月下の奢りでスポーツドリンクな」
そう言って放たれたボールは、完璧な放物線を描いてゴールに吸い込まれる。
三井寿。誰もが彼に夢中だったけれど、放課後の誰もいない体育館で、彼が時折見せる「ただの少年」の顔を知っているのは、私だけだという自負があった。
『はいはい、約束だもんね』
自販機で買った、指先が痛くなるほど冷えた青い缶を渡すと、彼はプルタブを軽快に引き、喉を鳴らして一気に飲み干す。そんな何気ない時間が、永遠に続くのだと信じて疑わなかった。
─────
高校に進学してすぐ、暗雲が垂れ込めた。
膝の怪我、再発、誠に彼の失踪。湘北高校のバスケ部マネージャーとして待っていた私の前に、彼は二度と戻ってこなかった。
次に彼を見たのは、校舎の裏だった。
あんなに大切にしていた髪は肩まで伸び、鋭い眼光はかつての輝きを失っていた。彼は不良仲間と肩を並べ、冷めた目で世界を見ていた。
『三井くん……!』
思わず駆け寄った私を、彼は冷たい目で見下ろした。
「……誰だ、お前。……ああ、月下か。目障りなんだよ、真面目な顔してバスケ部ごっこしてる奴は」
『ごっこじゃないよ! みんな、三井くんが戻ってくるのを待って……』
「二度と呼ぶな、その名前で。あんな遊び、もう忘れたんだよ」
吐き捨てられた言葉に、心臓が握りつぶされるように痛んだ。それからの二年間、私たちは同じ校舎にいながら、別の世界を生きる他人になった。
─────
そして、あの体育館の事件が起きた。
土足で上がり込み、部員たちを傷つけ、コートを汚す彼。私は恐怖で震えながらも、パイプ椅子の影でその光景を直視していた。彼が、私の愛したバスケ部を、そして安西先生を傷つけようとしている。その事実が、膝の怪我よりもずっと深く、私の心を切り裂いていた。
殴り合いの喧嘩、流血、緊張が限界に達したその時――。
体育館の入り口に、安西先生が静かに姿を現した。
その瞬間、三井くんの動きが止まった。
「あ……」
彼の手から、凶器が力なく滑り落ちる。
「安西……先生……」
震える声。かつての恩師を前に、彼の張り詰めていた何かが一気に崩壊した。
彼はその場にガクンと膝をつき、泣きじゃくる子供のように顔を歪めた。
「バスケが……したいです……」
掠れた声。その目は、安西先生の背後にいた私を、射抜くように捉えていた。
一番見られたくない無様な姿を、一番見られたくない奴に見られた。
その屈辱と解放が入り混じったような彼の瞳を、私は一生忘れないと思った。
─────
事件の翌日。
私は、昨日の衝撃が消えないまま、重い足取りで体育館へ向かった。
けれど、体育館の扉を開けた瞬間、私の息は止まった。
そこには、短く髪を切り揃えた彼が立っていた。
中学の時より少し精悍になった、でも、あの頃と同じまっすぐな瞳をした三井が、そこにいた。
「……よお、月下。また、世話になるわ」
『……三井、くん』
名前を呼んだ瞬間、視界が滲んだ。堪えていたものが溢れ、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
すると、体育館の反対側から騒がしい足音が響いた。
「あー!!! 男女(おとこおんな)がなつさんを泣かした!! この不良め!!」
桜木が叫びながら突進してくる。
「おい花道、バカ! やめろ!!」
宮城が慌てて桜木の首根っこを掴んで引き止める。その瞬間、
ゴッ!!
「ぐはっ!!」
赤木の拳骨が桜木の脳天に炸裂した。
「ぬうっ……暴力反対……ゴリ……」
「うるさい! 練習だ!! さっさと整列せんか!!」
赤木の一喝で、体育館の空気が一気に引き締まる。騒がしく引きずられていく桜木を横目に、三井は顔を真っ赤にして、「誰が男女(おとこおんな)だ……!」と小さく毒づいていたけれど、すぐに溜息をついてなつの前に戻ってきた。
「……たく、あいつらは。……おい、泣くなって。……悪かったよ、ずっと」
大きな手で、昔のように私の頭を少し乱暴に撫でた。その手の温もりだけで、空白の二年間が溶けていくような気がした。
─────
ある日の練習後、居残る彼にタオルを差し出すと、彼はベンチに深く腰掛け、大きく息を吐いた。
「なあ、月下」
『ん?』
「お前……なんで辞めなかったんだ。俺があんな風になっても」
私は、彼がずっと手に持っていたバスケットボールをじっと見つめて答えた。
『三井くんがいつか、絶対に戻ってくるって信じてたからだよ。私が好きになった三井くんは、そんなに簡単に夢を諦める人じゃないって、知ってたから』
私の言葉に、彼は一瞬目を見開いた。そして、自嘲気味に笑って視線を落す。
「……お前には敵わねーな。ずっと、一番見られたくねーところばっか見られてる気がするわ」
彼は立ち上がると、私の目の前に立った。
「あの時……体育館で、お前と目が合って……正直、死ぬかと思った。あんな無様な姿、お前にだけは見られたくなかった」
彼は、私の肩を熱い手で包み込んだ。少し震えているその手に、彼の隠しきれない本音が宿っている。
「でも……お前が泣いてんの見て、なんか救われた。待っててくれたんだな、って勝手に思っちまったんだ。……だからもう、逃げねえ」
まっすぐに見つめてくる彼の瞳は、中学の時よりもずっと強くて、重い。
「……月下。好きだ。バスケと同じくらい……いや、それ以上に」
『……三井くん』
思わず名前を呼ぶと、彼は真っ赤になって顔を伏せたけれど、その腕は力強く、壊れ物を扱うように私を抱きしめた。
『私も。グレてた時も、ずっと三井くんのことだけを見てた。……おかえりなさい』
体育館に差し込む夕日は、あの頃と同じ琥珀色。でも、今隣にいる彼の笑顔は、あの頃よりもずっと強くて、優しかった。
end
武石中のエース、三井が放つシュートは、高い弧を描いて吸い込まれるようにリングを潜る。そのたびに鳴り響く「スパッ」というネットの音は、私にとってどんな音楽よりも心地よかった。
『三井くん、今日も絶好調だね!』
スコアボードを片付けながら私が叫ぶと、彼は額の汗を乱暴に拭い、不敵な笑みを浮かべた。
「あと一本! これ決めたら、月下の奢りでスポーツドリンクな」
そう言って放たれたボールは、完璧な放物線を描いてゴールに吸い込まれる。
三井寿。誰もが彼に夢中だったけれど、放課後の誰もいない体育館で、彼が時折見せる「ただの少年」の顔を知っているのは、私だけだという自負があった。
『はいはい、約束だもんね』
自販機で買った、指先が痛くなるほど冷えた青い缶を渡すと、彼はプルタブを軽快に引き、喉を鳴らして一気に飲み干す。そんな何気ない時間が、永遠に続くのだと信じて疑わなかった。
─────
高校に進学してすぐ、暗雲が垂れ込めた。
膝の怪我、再発、誠に彼の失踪。湘北高校のバスケ部マネージャーとして待っていた私の前に、彼は二度と戻ってこなかった。
次に彼を見たのは、校舎の裏だった。
あんなに大切にしていた髪は肩まで伸び、鋭い眼光はかつての輝きを失っていた。彼は不良仲間と肩を並べ、冷めた目で世界を見ていた。
『三井くん……!』
思わず駆け寄った私を、彼は冷たい目で見下ろした。
「……誰だ、お前。……ああ、月下か。目障りなんだよ、真面目な顔してバスケ部ごっこしてる奴は」
『ごっこじゃないよ! みんな、三井くんが戻ってくるのを待って……』
「二度と呼ぶな、その名前で。あんな遊び、もう忘れたんだよ」
吐き捨てられた言葉に、心臓が握りつぶされるように痛んだ。それからの二年間、私たちは同じ校舎にいながら、別の世界を生きる他人になった。
─────
そして、あの体育館の事件が起きた。
土足で上がり込み、部員たちを傷つけ、コートを汚す彼。私は恐怖で震えながらも、パイプ椅子の影でその光景を直視していた。彼が、私の愛したバスケ部を、そして安西先生を傷つけようとしている。その事実が、膝の怪我よりもずっと深く、私の心を切り裂いていた。
殴り合いの喧嘩、流血、緊張が限界に達したその時――。
体育館の入り口に、安西先生が静かに姿を現した。
その瞬間、三井くんの動きが止まった。
「あ……」
彼の手から、凶器が力なく滑り落ちる。
「安西……先生……」
震える声。かつての恩師を前に、彼の張り詰めていた何かが一気に崩壊した。
彼はその場にガクンと膝をつき、泣きじゃくる子供のように顔を歪めた。
「バスケが……したいです……」
掠れた声。その目は、安西先生の背後にいた私を、射抜くように捉えていた。
一番見られたくない無様な姿を、一番見られたくない奴に見られた。
その屈辱と解放が入り混じったような彼の瞳を、私は一生忘れないと思った。
─────
事件の翌日。
私は、昨日の衝撃が消えないまま、重い足取りで体育館へ向かった。
けれど、体育館の扉を開けた瞬間、私の息は止まった。
そこには、短く髪を切り揃えた彼が立っていた。
中学の時より少し精悍になった、でも、あの頃と同じまっすぐな瞳をした三井が、そこにいた。
「……よお、月下。また、世話になるわ」
『……三井、くん』
名前を呼んだ瞬間、視界が滲んだ。堪えていたものが溢れ、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
すると、体育館の反対側から騒がしい足音が響いた。
「あー!!! 男女(おとこおんな)がなつさんを泣かした!! この不良め!!」
桜木が叫びながら突進してくる。
「おい花道、バカ! やめろ!!」
宮城が慌てて桜木の首根っこを掴んで引き止める。その瞬間、
ゴッ!!
「ぐはっ!!」
赤木の拳骨が桜木の脳天に炸裂した。
「ぬうっ……暴力反対……ゴリ……」
「うるさい! 練習だ!! さっさと整列せんか!!」
赤木の一喝で、体育館の空気が一気に引き締まる。騒がしく引きずられていく桜木を横目に、三井は顔を真っ赤にして、「誰が男女(おとこおんな)だ……!」と小さく毒づいていたけれど、すぐに溜息をついてなつの前に戻ってきた。
「……たく、あいつらは。……おい、泣くなって。……悪かったよ、ずっと」
大きな手で、昔のように私の頭を少し乱暴に撫でた。その手の温もりだけで、空白の二年間が溶けていくような気がした。
─────
ある日の練習後、居残る彼にタオルを差し出すと、彼はベンチに深く腰掛け、大きく息を吐いた。
「なあ、月下」
『ん?』
「お前……なんで辞めなかったんだ。俺があんな風になっても」
私は、彼がずっと手に持っていたバスケットボールをじっと見つめて答えた。
『三井くんがいつか、絶対に戻ってくるって信じてたからだよ。私が好きになった三井くんは、そんなに簡単に夢を諦める人じゃないって、知ってたから』
私の言葉に、彼は一瞬目を見開いた。そして、自嘲気味に笑って視線を落す。
「……お前には敵わねーな。ずっと、一番見られたくねーところばっか見られてる気がするわ」
彼は立ち上がると、私の目の前に立った。
「あの時……体育館で、お前と目が合って……正直、死ぬかと思った。あんな無様な姿、お前にだけは見られたくなかった」
彼は、私の肩を熱い手で包み込んだ。少し震えているその手に、彼の隠しきれない本音が宿っている。
「でも……お前が泣いてんの見て、なんか救われた。待っててくれたんだな、って勝手に思っちまったんだ。……だからもう、逃げねえ」
まっすぐに見つめてくる彼の瞳は、中学の時よりもずっと強くて、重い。
「……月下。好きだ。バスケと同じくらい……いや、それ以上に」
『……三井くん』
思わず名前を呼ぶと、彼は真っ赤になって顔を伏せたけれど、その腕は力強く、壊れ物を扱うように私を抱きしめた。
『私も。グレてた時も、ずっと三井くんのことだけを見てた。……おかえりなさい』
体育館に差し込む夕日は、あの頃と同じ琥珀色。でも、今隣にいる彼の笑顔は、あの頃よりもずっと強くて、優しかった。
end
