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速度松(おそチョロ)



~君の誘惑にはご注意を~


媚薬。惚れ薬。様々な言い方で昔から活用されてきた特別な薬。とっておきの日に恋人と甘い時間を過ごすときに使われる。
興味がないと言ったら嘘になる。どこに売っているか探してみたり。トッティみたいにスマホも持っていないから、自分の足だけが頼りだった。いくつか近場の薬局やスーパー、売店をまわったこともあるが見つからなかった。
見つからないんなら、しょうがない。そもそも、あっても買えるかどうか分からないし。
元々の飽きっぽい性格と天才的な記憶力のなさで探していたことなどすっかり忘れていた。
だから、まさかあれに媚薬効果があるなんて思いもしなかった─



「あー、もう暇ぁー。お兄ちゃん、退屈過ぎて死んじゃうー!」
「静かにして。あとすっごい邪魔」
ある日の昼下がり。松野家の二階ではおそ松とトド松がいつも通りニート生活を満喫していた。トド松がバイトで流行っているからとビーズでブレスレットを作っており、おそ松は床に広がっている色とりどりのビーズで遊ぶ。
転がすだけでは飽き足らず、トド松が途中まで繋げたビーズをバラバラにしたり、上に寝転がって取れないようにしたりとやりたい放題だ。
最初は我慢して兄に付き合っていたトド松だが、次第にイライラしてきた。作業がおそ松のせいで全く進まない。今ここでキレても、世間はトド松の味方をしてくれるだろう。寧ろ、いつもと比べると頑張ったほうだ。こちらの気持ちなど考えずに気楽に笑う長男に、呆れさえする。
「あのさあ、おそ松兄さん」
「んー?」
「死んで」
「はあ?!」
「それか、この家から出てって」
「何でそういうこと言うんだよー?お兄ちゃん、泣いちゃうよ?」
えーんと呟き、泣く真似をするおそ松に、再び呆れる。何故、こんなのが長男なのだろうか。一度、おそ松以外のメンバーでじっくり話し合う必要がある。
「ぼく、ビーズしてるから」
「知ってるよ?─ていうか、トッティ女子力高いねえ?ビーズなんて女子がやるものでしょ。大体、出来上がっとしてもあげる人いなくない?」
「うるさいな!ぼくがやりたくてしてるんだから、いいでしょ!」
頬を膨らませてそっぽを向く末弟の肩に手を置き、おそ松はトド松の顔を覗きこんだ。楽しそうに輝くおそ松の目を見て、更に不安を覚える。こんな顔をしているときには、ろくなことを考えていない。幼いときからずっと一緒にいると、分かりたくないことまで分かってしまうから不便だ。
そんな気持ちを読み取ったかのように、おそ松はにかっと笑い、トド松の肩をばんばん叩いた。
「悪かったって。ビーズでネクレッテとかなんか作るんだろ?お詫びに手伝ってやるから、さ。あ、この色きれい」
明るい赤色のビーズに伸ばしたおそ松の手を、ぺちんと叩く。思いっ切り顔を顰めた。
「ネックレスね。ていうか、手伝ってやるからって何?!邪魔しないでくれる?!さっきまで散々散らかしたくせに!」
「まあまあ」
「まあまあってやめて?!何かムカつく!」
もう下でやる!と勢いよく部屋を出ていくトド松の背中を見ながら、おそ松は口を尖らした。ちぇっとイタズラがバレた子供のような声を出す。
「あーあ、暇つぶしになると思ったのになあ……。まっ、いいか」
持ち前のお気楽さですっかり気持ちを切り替え、何度も読んだマンガへと手を伸ばした。もうちょっとで届くと身体を前のめりにした瞬間、ガラガラッと玄関のドアが開く音。同時に、ただいまーと聞きなれた少し高い声が聞こえた。
あ、帰ってきたんだと途端に嬉しくなる。
トントンとリズムよく階段を上がってくる足音に心が弾んだ。
「あー、疲れたー……って何してんの」
「お、チョロちゃんおかえりぃ」
へらっと笑いながら、マンガを取ろうとして転んだ身体を起こす。不可解そうに眉を寄せた弟兼恋人を、不意に可愛いと感じた。
「全く……怪我とかしないでよね」
「はいはい。分かった分かった。シコ松」
「シコ松って言うな!」
緑のシャツに茶色のズボン。ペンライトをさしたリュックサックを背負い、紙袋を持っている姿は完全にオタクファッション。
そんな格好も似合うな、と思ってしまう自分はかなり重症なのかもしれない。これも惚れた弱みかと一人でニヤけているおそ松は、傍から見るとただの不審者だ。
「ほんと……ずっとシコ松って……」
ぶつぶつ言いながらチョロ松は、床に座り込んで紙袋を逆さにした。ぎっしり詰まっていたにゃーちゃんグッズが溢れるように出てくる。
「あー、やっぱ可愛いなあ……」
頬を緩ませ、デレデレとグッズの整理をしているのを横目に、おそ松はニヤケ顔から一転してため息をついた。
アイドルが好きなのはまだ良い。あのにゃーちゃん?も恋人が好きなアイドルだから、多少は気になっていることも事実だ。
でも、この部屋に二人っきりでいるのにアイドルにデレデレするのはどうよ?可愛い、可愛いって。確かに分からないこともないけど、もっとおれを見てほしい─
毎日会っているとはいえ、こうも露骨にされると寂しさの方が勝ってくる。
再びため息をついて、おそ松は部屋を出た。何も言わずに去っていくおそ松を、チョロ松が少し見ていた気がするが完全無視。
障子を閉めたときに視界がぼやけた気がしたが、ホコリが入ったからだと思うことにする。
たまには反省してもらわないと、と荒い足取りで廊下を歩いていると、向かいからやってくる一松と目が合った。
ボサボサの髪に気だるげな瞳。やる気などどこかに忘れてきたような雰囲気はいつも通りだが、手に小さなタッパーを持っている。中にはキャベツやキュウリのような葉。所々、茶色の小さな欠片も入っていた。
あれは、何だろう。
首を傾げていると、一松はそのタッパーをおそ松に無言で差し出した。じっと感情の読めない目でおそ松の顔を見つめてくる。ハテナが多く浮かんだ頭で、一松の行動の理由を必死に考えた。
受け取れ、ということなのか。でも、この物体が何か分からないことには貰うわけにはいかない。
中々動かないおそ松に苛立ったのか、一松は小さく舌打ちをした。掛けていたマスクを顎の下にずらして、目を細める。
「……早く、持ってくれる?腕がだるいんだけど」
「いやいやいや、これ何だよ?!怪しさMAX!相手が一松だから、さらに危険!いくら馬鹿なおれでも、これは流石に受け取らないって!」
「変なものじゃないって。ほら、美味しいからさあ?」
「そういうやつほど、ヤバい物なんだって!何?一松、料理出来たっけ?」
「さあ?」
「何で、本人がさあ?なんだよ!」
本気でツッコミを入れるおそ松に、一松は怪しい笑みを浮かべながら低い声で呟いた。
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