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速度松(おそチョロ)


~雨の日のきまぐれ~


「こんのバカ!おれの気持ちなんか何にも考えてないくせに!」
「おそ松兄さんだって、ぼくのこと分かってないだろ!」
「はあ!?恋人に向かってそんな言い方ないだろうが!」
「そっちも、もっとちゃんとしろよ!デリカシーないわ、ふざけているわ、最悪だよ!」
「お前ほどではないですけど?こんの、シコ松!」
「シコ松って呼ぶなって、前から言ってるだろ!」
「「お前なんか大っ嫌いだ!!」」
その言葉を叫ぶと同時に、チョロ松は家から飛び出した。頬に滑り落ちる涙を拭いながら、全速力で走り出す。どこへ向かっているかは自分でも分からない。ただ、どこかへ行きたかった。誰にも邪魔されない、一人になれる所へ。


「はあっ……はあっ……っ疲れた………」
身体を折り曲げ、肩で息をする。かれこれ三十分は走っただろうか。周りに広がるのは見慣れない風景。何も持ってこなかったせいで、時間すら分からない。
「はあっ……死ぬかと思った……」
やっと息を整えて、顔を上げる。こんなに長く走ったのは久しぶりだ。そのせいで体のあちこちが痛み、心臓がバクバクと脈打っている。歩くと、鈍い痛みを足の指に感じた。靴下を脱いで見ると、皮がめくれ血が滲んでいる。溜息をついてから、再び歩き出す。先程のおそ松の怒った顔が脳裏に浮かび、ますます気分が落ち込んだ。
原因は、おそ松の言葉だった。
この頃、おそ松は夜遅くまで帰ってこないことが多くなった。心配になって聞いてみても、笑いながら「なーんにも、ないから。心配しなくて大丈夫だって」と手をひらひらと振るだけ。流石に他の兄弟達も気になったらしく、次におそ松が遅く帰ってきたら問い詰めて聞き出してくれと頼まれたのだ。命の次に大切な恋人のチョロ松には、話してくれるだろうという考えだった。
しかし、いざチョロ松が問い詰めるとおそ松は全く口を割らなくなったのだ。「何にもない」「大丈夫」「気にすんな」そんな言葉ではぐらかして、逃げようとする。
自分にも言えないことなのか。一時はそう諦めた。それでも、昨夜おそ松が疲れきって帰ってきたときは流石に放っておけなかった。
今日、朝食が終わってからもう一度問いただした。おそ松はいつも通り誤魔化そうとしていたが、何度も聞いてくるチョロ松に嫌気がさしたのか
「うるせぇんだよ、いつもいつも!おれが何でもないって言ってるんだから、それでいいだろ!これだから、しつこい奴は嫌なんだ!」
とチョロ松を突き飛ばした。
足が縺れ、倒れ込む。がつん、とテーブルに思い切り肩をぶつけ、あまりの痛さに顔を顰めた。
「ちょっと、おそ松兄さん?!」
思わずといった様子で立ち上がるトド松を制し、気付いたらおそ松に負けないほどの叫び声を上げていた。おそ松と散々怒鳴り合い、家を飛び出してきたのだ。
今まで和らいでいた肩の痛みが、また蘇る。それと同時に頭におそ松の声が響いた。
─これだから、しつこい奴は嫌なんだ!
怒気を含んだ声。はあ、と再び深い溜息が出た。
「嫌だったんだ……おそ松兄さん……」
自分なりに心配していたことを伝えたかったのに。確かにしつこかったかもしれないけど。おそ松がしんどそうだったから。恋人のそんな姿を見たくなくて、何か助けてあげようって思っただけなのに。
─お前なんか大っ嫌いだ!
「っ……」
おそ松が自分に向かって放った言葉が、心を深く深く抉りとる。それと同時に、罪悪感で泣きそうになった。あれは自分がおそ松に向かって叫んだ言葉でもあるから。
「僕……ひどいこと言った……」
居間を飛び出す瞬間、おそ松の顔が泣きそうに歪んでいるのを見た。あんなに悲しそうなのは二十年以上過ごして初めてだった。
「謝らなくちゃ……」
ちゃんと謝って、自分の気持ちを伝えよう。そうしたら、おそ松もきっと話してくれる。
そう信じて、辺りを見渡した。そして大事なことを忘れていたことに気づき、一気に血の気が引く。
「ここ、どこだろう……」
無我夢中に走ってきたせいで場所が全く分からない。しかも、チョロ松の鼻の頭にぽつんと水が落ちた。見上げると、いつの間にか厚い雲が空を覆っている。そういえば、大雨になるって今朝のニュースで言っていたっけ。
ああ、もう最悪だ。
チョロ松はがっくり項垂れると、雨宿りできるところを探して駆け足で道路を横切った。




「チョロ松兄さん、遅いね……」
チョロ松が出ていったときからずっと気まずかった空気を破ったのは、トド松だった。スマホを弄りながら、窓の外を心配そうに見つめる。
その声で、自分の好きなことをやっていた他の三人も顔を上げた。トド松と同様心配そうに頷き、顔を見合わせる。
「……雨、降ってきたし」
「少し、遅すぎるよな……。あのチョロ松のことだ。迷子になっているかもしれないな……」
「チョロ松兄さん、どこ行ったのー?」
それぞれが喋っていると、不意に部屋の空気が動いた。今までずって黙って床を見ていたおそ松が、立ち上がったのだ。
上着に素早く腕を通し、座り込んでいる三人をちらりと見る。
「探してくる」
おそ松が部屋を出ていったあと、トド松は少し笑って肩を竦めた。
「全く……最初からああやって素直になっておけば良かったのに」
それに応えるかのように、勢いよくおそ松がドアを開ける音が響いた。
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