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いつもの日常 君への想い

長くグズグズと降り続いていた梅雨がようやく終わり、夏の香りが本格的にしだしたある日の午後。
松野家の二階では、いつも通りなんら変わらない光景が広がっていた。
おそ松は寝転がって漫画を読み漁り、チョロ松は求人誌を隅々まで目を通す。トド松と十四松はオセロをして遊び、カラ松は鏡を見てキメ顔の練習に余念がない。
一松は甘えてくる猫を膝に乗せ、頭を丁寧に撫でていた。そうすると目を細め、気持ちよさそうに喉を鳴らす。その様子が何とも可愛らしく、一松も思わず口元を緩ませた。
今日の猫は特にお気に入りの子だ。灰色と青が混ざったような綺麗な毛の色をしている。身を切るような冷たい雨の中、公園に捨てられていたのを一ヶ月ほど前に見つけた。「拾ってください」と雑に書かれたダンボールの隅にうずくまっていたのだ。痩せ細った身体に、栄養失調で艶を失った細い毛。雨にかき消されるような弱々しい鳴き声を、放っておけなかった。
今ではすっかり元気になり、毛の艶も美しい。一松にすっかりべったりになり、一日中くっついているくらいだ。
毛並みを整え、絡みついているゴミを払ってやりながらふと思う。今度、こいつに名前をつけてやろう。呼び名がないと呼びにくいし、何より名前があるほうが特別感が増す。
今夜にでも他の兄弟に言ってみよう。チョロ松あたりが、何か良い案を思いつくかもしれない。いや、あいつはダメか。自意識ライジングに陥り、とんでもない名前を言い出す可能性がある。一松は、頭の中でチョロ松の顔に大きなバツを付けた。
おそ松兄さんは……これこそダメ。真面目には考えてくれるだろうが、生まれつきのバカは治せない。おそ松にも、チョロ松と同様大きなバツを付ける。
十四松は、「やきう!」としか言わないだろうな。
トド松からも納得できる案は出ないだろう。それどころか、パンケーキなどと女子が喜びそうなものになるかもしれない。ドライモンスターに、協力は要請出来ない。
残るのは─カラ松。
斜め前で鏡を掲げているカラ松を、盗み見る。他の兄弟よりも太い眉毛。がっしりとした体型に、それに似合わない優しすぎる性格。
ああ、愛おしい。
余計なことまで考えてしまっている自分に気づき、舌打ちする。おれのバカ。もう、この感情は心の奥に閉まっておくと決めたのに。
気づけば、好きになっていたというのが正しいだろう。実の兄を愛しているなんて、狂っているとしか思えない。幼い頃から、苦しんできた。なんで、こいつなんだ。可愛い女子とかいっぱいいるだろ。なんで、こいつを好きになってしまったんだ。ずっと悩んだ。クラスメイトが好きな女子のことで、盛り上がっていることが羨ましくてしょうがなかった。
お前らはいいよな。正直に言えて。応援してもらえて。おれはこんなこと、誰にも言えない。
どんどん膨らんでくるこの感情を、消し去りたかった。蓋をして、しまい込んで。心までぶち開けて溢れそうになる好意が、怖かった。いつか、気づかれるんじゃないか。我慢できなくなる日が来るんじゃないか。
猫を撫でようとして、膝の上にはもう何もいないことに気付く。一松がぼんやりとしている間に逃げたのだろうか。毛がズボンについていて、払う。出番のなかった猫じゃらしを取り出し、軽く振ってみた。
猫なら、これを目の前で振れば簡単に飛びついてくれる。人間も、それくらい単純だったらいいのに。カラ松を横目で見ながら、そんなことを考える。
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