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249.記憶の洪水 (十六夜丸、夢主、過去の九条、蒼紫)
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眩しい赤い光は護摩壇に焚かれた薪の炎だった。
薄めを開けた武尊の目にその灯りが射しこんだのだった。
武尊の目に現実の景色が見えてくると耳にもパチパチと炎が鳴る音が入ってきた。
周りは実に静かだった。
(私・・)
武尊は目を開き周りを確認するが知らない場所に面喰い、がばっと起き上がった。
「起きたか。」
急に聞こえた蒼紫の声にドキリとしながらその姿を探すと護摩壇の炎の反対側に座っていた。
段差と炎の逆光で気が付かなかったのだ。
「ここは・・私は・・?」
あまりにも長い時間の旅の後の事で武尊は自分の事が思い出せずにいた。
「ここは御庭番衆の隠れ家の一つだ。」
蒼紫はそう言うと炎に掛けてあった鉄鍋から湯を汲むと急須に注いだ。
「今薬湯を入れる。身体の具合は大丈夫か。」
蒼紫のゆっくりとした動作に武尊の記憶はぼんやりと浮かび上がってきた。
「そうだ、操ちゃんは!」
武尊はハッとしたように蒼紫に聞いた。
「大丈夫だ、昨晩のうちに葵屋へ戻っている。話は色々操から聞いた。」
「そう・・でもとにかく操ちゃんが無事で本当によかった。」
ホッとしたのも束の間、どうみても暗いこの場所と気配から武尊は今が夜と知る。
「昨晩?・・って・・今、夜だよね。」
「嗚呼。」
蒼紫の言葉に時間を捕らえようとする武尊だったが以前薬を飲んだ時のようにバイオリズムがつかめない。
時差ボケのように頭がぼんやりすると思っていると蒼紫がコポコポと急須から湯吞に注いだ薬湯を持ち武尊の横に来て座った。
「飲んでおけ。阿片の解毒薬ではないが心の高ぶりを抑える効果がある。」
と武尊に薬湯を手渡した。
「ありがとう・・。」
武尊はお礼を言うと、ふうふうとお茶をすすった。
「・・熱い。」
「身体の具合はどうだ。」
「うん・・今は大丈夫そう・・。」
そう言えば自分は新型阿片を打たれたのだったと武尊は思い出したが、それは随分昔のことのように感じるのは体調がそれほど悪くないのと今の今まで長い時間の旅をしていたからだ。
「なんか長い夢を見ていた・・。」
武尊は薬湯をすすりそう呟いた。
蒼紫はそれが武尊自身が犯される夢かとドキリとしながら。
「どんな夢だ。」
と聞いた。
「よく覚えてないけど・・長い夢だった。」
と武尊は言った。
もちろん覚えてないなんて嘘だ。
だが、その内容を蒼紫に今言う気にはならなかった。
自分でもショックだったし、もう少し自分の中でまとめたいと思ったからだ。
なので十六夜丸の過去はひとまず置いといて、とりあえず現実はどうなっていたのか武尊は記憶をフル活動させた。
(観柳を殺ったあとの記憶がない・・)
武尊は現実世界の記憶が阿片の影響もあり断片的に抜け落ちていた。
「私はどうして隠れ家にいるの?・・蒼紫はどうしてここにいるの?」
「斎藤に助けられたことも覚えていないのか。」
「え?」
武尊は斎藤という言葉に固まった。
(・・一が?)
そういえばあの観柳の部屋で聞いた自分を呼ぶ斎藤の声。
(あれは空耳じゃなかった・・)
蒼紫はその様子をじっと見たが一息置いて口を開いた。
「どうして俺がここにいるか、順を追って話そう。」
蒼紫は昨日操が行方不明になってからの事を話し始めた。
「俺は操がまた河原に行っているのではないかと思い行ってみた。すると其処に斎藤がいた。俺は斎藤に操を見なかったかと尋ねると一昨日、斎藤から命令を受けた部下の後をついて行ったという事を聞き出した。斎藤は部下を使いあの九条の洋館を見張っていた。俺はすぐさま洋館に行き九条の手下から操がそこで捕まったことを聞き出した。その時馬車が勢いよく屋敷を飛び出し、その馬車が怪しいと睨んだ俺はそれを追った結果志々雄のアジトにたどり着いたというわけだ。」
「そっか、操ちゃんそこで捕まったんだ。九条と観柳は繋がっていたってことなのかな。だからアジトに運ばれちゃったんだね。」
「武尊のお陰で操は無事で済んだ。葵屋から出るなと言っておきながら結局身内を助けてもらう羽目になった。」
「いいよ、操ちゃんが無事だったのなら。だから私が蒼紫との約束を破って外に出たことは許してね。」
武尊はニコっと笑ってそう言った。
蒼紫も結果が結果だけに許さざるを得ないと思った。
「ごめん、話の途中だったね。それからどうなったの?」
「俺が追った馬車はアジトの手前で何故か止まっていた。俺が中を確認した時は御者も馬車の中ももぬけの殻だった。てっきりアジトの中だと思い、見張りを倒しつつ奥へ進んだ所、鉄扉の前で爆音が起こり、その奥から操や男達の声がしたのでその扉を破り操と合流したという訳だ。」
「そうだったの。」
「嗚呼、その後大きな爆発と火災で栽培されていた阿片もろともアジトは炎に包まれた。その時、ぎりぎりで斎藤が武尊を担いで出てきた。」
「そっか・・そうだったんだ。」
「その後操が武尊も一緒に帰ると言ったんだが、斎藤が俺に話があると言い、先に葵屋へ帰した。」
「一が?」
「嗚呼、操が帰ると、『武尊が薬を飲んだ。』と斎藤は言ったぞ。」
ドクンと武尊の心臓が汗をかいた。
薬を飲んだのがバレた=とてもヤバイ=怒られる、という連想ゲームが武尊の中で確立したからだ。
「俺もそれを聞いて驚いた。武尊が気を失っているとはいえ、薬を飲んだ武尊を街中に戻すより、人気がいない所で様子を見ようという意見は斎藤と一致した故にここに来たという訳だ。」
「そうだったんだ・・ありがとう。今の私は十六夜丸じゃないからもう大丈夫だよ。」
「そのようだな。瞳の色がいつもと同じに戻っているからな。話を聞いて何か思い出してきたか?」
「ううん、新型阿片を打たれた後は何か頭の中がフワフワしちゃって、観柳を殺した後は覚えてない・・・・ぁ。」
しまった!と武尊は口元を押さえたが蒼紫が武尊の一言一句を聞き逃すわけがない。
だが蒼紫の方から口を開くことはなかった。
「・・ごめん。操ちゃんの助けを借りて人を殺した。」
沈黙の後に武尊はそう蒼紫に言った。
「・・操ちゃん、きっとショックだったよね。だけどガトリングガンの前には操ちゃんの助けを借りてそうするしか方法を思いつかなかった。」
「俺はその件に関し、武尊に感謝すれども非難や責めることはない。・・そういう立場の者だ。操も御庭番衆を名乗るならば乗り越えなくてはならないこともある。」
武尊はそれを聞いてハッとあの四つの魂のことを思い出した。蒼紫にとっては観柳はあの四人の仇なのだ。
そして操のことも試練だと言う蒼紫は御頭として厳しい事を言うんだと武尊が思っていた時、
「観柳を殺ったのは十六夜丸の力か。」
と蒼紫が言った。
「え?・・うん・・そうだよ。」
あれは自分の意志によるオーラの力。
だけど、人離れした力を持っているなんて知られない方がいい。だから武尊はそれを十六夜丸の力だと蒼紫に言った。
「十六夜丸・・どこまで侮れぬ力を持っているんだ。」
蒼紫の言葉を聞いて武尊は蒼紫が自分の話を信じたと、ホッとした。
ホッとすると頭の中にはすぐに他のことが浮かんでくる。
九条とつるんでいたと考えられる観柳は死んだとしても、肝心の九条は今何処にいるのだろうと武尊は思った。
「九条・・結局何処にいるんだろうね。」
「嗚呼。馬車に九条が乗っていたとするならばアジトの中に逃げ込んだのではないかと思ったが、爆発時に出てきた男の中にその姿はなかった。」
「じゃあ、馬車の中にはいなかったのかな。」
「嗚呼、馬車は囮だったのかもしれないな。」
「ということは操作はまた振り出しに戻る・・ってことか。あ~。」
武尊はどっと疲れが出た気がして、湯呑を置くと布団に倒れ込んだ。
そしてハッと蒼紫を見た。
「若しかして蒼紫、ずっと私を見ててくれたの?」
「薬湯を取りに戻った間は斎藤が武尊を見ていた。俺が戻った後は斎藤は仕事に戻って行った。」
武尊はそれを聞いて目を大きくさせた。
「そっか、一は仕事の途中だったのに迷惑かけちゃった・・蒼紫もごめんね。ずっと付き添ってくれてて・・ありがとう。」
「俺は構わん。むしろ操の命を救った武尊を看るのは当たり前だ。」
「ううん、それでもありがとう。私はもう大丈夫だから帰ろうか。そこじゃ蒼紫が休めない。」
「俺にとってはこれくらい暖が取れれば問題ない。ここは山の中だ。阿片の副作用もどのくらいか分からぬゆえ明るくなってからの方がいいだろう。」
「そうだね・・。」
過去の経験から自分の無理を通して蒼紫に迷惑をかけてしまったことを思い出し武尊は素直に言う事を聞くことにした。
蒼紫にしてみれば、いざとなれば自分が担いで戻ればいいだけだったのだが、武尊と二人きりのこの空間をもっと味わっていたかった、というのが本音だった。
「蒼紫・・悪いけど私・・横になってていい?」
「嗚呼、今のうちに身体を休めておけ。」
「ありがとう・・じゃあ・・。」
武尊は横になって目を瞑った。
だけど頭の中は、十六夜丸の記憶で見た九条の姿が思い出されて離れない。
あの男が死んだ蘭子を使ってあの薬を作ったのだ。
そしてその骨の薬を自分は何度も何度も飲んだ・・・。
その結果自分の寿命はもう直ぐ尽きる・・と思うとどうしても思考回路が止まってしまうのだ。
落ち着かなくてもそもそと布団の中で武尊が動く。
動いて上半身を起こした。
「どうした。」
「薬湯をもう一杯もらっていい?」
「嗚呼。」
蒼紫は武尊から湯呑を受け取ると薬湯を入れて返した。
「熱っ。」
ふーふーしながら武尊はお茶をすすりながら、
「早く朝にならないかな。」
と呟いた。
「何故だ。」
と、蒼紫が聞くと、
「お腹すいたもん・・。」
と武尊が言いにくそうに言った。
悩ましい心境ではあるが、莫大なエネルギーを放出した身体はエネルギーを求めていた。
「ではこれでも食べるか?」
と、蒼紫の懐から懐紙を取り出した。その中には丸くて平な蕎麦ボーロみたいなものが出てきた。
何でも出てくる不思議な忍び装束に驚きながら武尊はそれを受け取った。
「これ何?」
と聞いて武尊はガジっと噛んでみた。
「きな粉、小麦粉、胡麻、蜂蜜が入ってる?」
「あと、砂糖と味噌も入っている。御庭番衆の保存食だ。昨晩は皆捕り物で出払っていたからな。こんなものしかなかった。」
「ううん、美味しいよ。硬いけど。ありがとう。蒼紫はお腹すいてない?」
たぶん食べてないのだろうと武尊は推測する。
だからそう言いながら手で半分に割ろうとするが割れない。
「硬っ!」
蒼紫は武尊の動作を見ていて微笑した。
「奥歯で噛むか唾液で少しずつ柔らかくして食べた方がいい。前歯で噛むと欠ける恐れがあるからな。」
「そっか・・ごめんね、半分こ出来なくて。」
(武尊の唾液で柔らかくなったのを口移しで寄こしても構わないが。)
と思ったことが口に出そうだったが必死でガリガリやってる武尊を見ると横取りしては悪い気がしたのだ。
それに分ける方法なら他にもあったのに教えなかったのは自分自身だ。
例えば懐紙に包んで小太刀の柄で叩けば簡単に割れる。
武尊が何かを一生懸命やっているのを見るのは蒼紫にとって愛おしくて楽しいのだ。
そんな気持ちで蒼紫は薬湯を自分にも入れて飲んだ。
2017/4/20
薄めを開けた武尊の目にその灯りが射しこんだのだった。
武尊の目に現実の景色が見えてくると耳にもパチパチと炎が鳴る音が入ってきた。
周りは実に静かだった。
(私・・)
武尊は目を開き周りを確認するが知らない場所に面喰い、がばっと起き上がった。
「起きたか。」
急に聞こえた蒼紫の声にドキリとしながらその姿を探すと護摩壇の炎の反対側に座っていた。
段差と炎の逆光で気が付かなかったのだ。
「ここは・・私は・・?」
あまりにも長い時間の旅の後の事で武尊は自分の事が思い出せずにいた。
「ここは御庭番衆の隠れ家の一つだ。」
蒼紫はそう言うと炎に掛けてあった鉄鍋から湯を汲むと急須に注いだ。
「今薬湯を入れる。身体の具合は大丈夫か。」
蒼紫のゆっくりとした動作に武尊の記憶はぼんやりと浮かび上がってきた。
「そうだ、操ちゃんは!」
武尊はハッとしたように蒼紫に聞いた。
「大丈夫だ、昨晩のうちに葵屋へ戻っている。話は色々操から聞いた。」
「そう・・でもとにかく操ちゃんが無事で本当によかった。」
ホッとしたのも束の間、どうみても暗いこの場所と気配から武尊は今が夜と知る。
「昨晩?・・って・・今、夜だよね。」
「嗚呼。」
蒼紫の言葉に時間を捕らえようとする武尊だったが以前薬を飲んだ時のようにバイオリズムがつかめない。
時差ボケのように頭がぼんやりすると思っていると蒼紫がコポコポと急須から湯吞に注いだ薬湯を持ち武尊の横に来て座った。
「飲んでおけ。阿片の解毒薬ではないが心の高ぶりを抑える効果がある。」
と武尊に薬湯を手渡した。
「ありがとう・・。」
武尊はお礼を言うと、ふうふうとお茶をすすった。
「・・熱い。」
「身体の具合はどうだ。」
「うん・・今は大丈夫そう・・。」
そう言えば自分は新型阿片を打たれたのだったと武尊は思い出したが、それは随分昔のことのように感じるのは体調がそれほど悪くないのと今の今まで長い時間の旅をしていたからだ。
「なんか長い夢を見ていた・・。」
武尊は薬湯をすすりそう呟いた。
蒼紫はそれが武尊自身が犯される夢かとドキリとしながら。
「どんな夢だ。」
と聞いた。
「よく覚えてないけど・・長い夢だった。」
と武尊は言った。
もちろん覚えてないなんて嘘だ。
だが、その内容を蒼紫に今言う気にはならなかった。
自分でもショックだったし、もう少し自分の中でまとめたいと思ったからだ。
なので十六夜丸の過去はひとまず置いといて、とりあえず現実はどうなっていたのか武尊は記憶をフル活動させた。
(観柳を殺ったあとの記憶がない・・)
武尊は現実世界の記憶が阿片の影響もあり断片的に抜け落ちていた。
「私はどうして隠れ家にいるの?・・蒼紫はどうしてここにいるの?」
「斎藤に助けられたことも覚えていないのか。」
「え?」
武尊は斎藤という言葉に固まった。
(・・一が?)
そういえばあの観柳の部屋で聞いた自分を呼ぶ斎藤の声。
(あれは空耳じゃなかった・・)
蒼紫はその様子をじっと見たが一息置いて口を開いた。
「どうして俺がここにいるか、順を追って話そう。」
蒼紫は昨日操が行方不明になってからの事を話し始めた。
「俺は操がまた河原に行っているのではないかと思い行ってみた。すると其処に斎藤がいた。俺は斎藤に操を見なかったかと尋ねると一昨日、斎藤から命令を受けた部下の後をついて行ったという事を聞き出した。斎藤は部下を使いあの九条の洋館を見張っていた。俺はすぐさま洋館に行き九条の手下から操がそこで捕まったことを聞き出した。その時馬車が勢いよく屋敷を飛び出し、その馬車が怪しいと睨んだ俺はそれを追った結果志々雄のアジトにたどり着いたというわけだ。」
「そっか、操ちゃんそこで捕まったんだ。九条と観柳は繋がっていたってことなのかな。だからアジトに運ばれちゃったんだね。」
「武尊のお陰で操は無事で済んだ。葵屋から出るなと言っておきながら結局身内を助けてもらう羽目になった。」
「いいよ、操ちゃんが無事だったのなら。だから私が蒼紫との約束を破って外に出たことは許してね。」
武尊はニコっと笑ってそう言った。
蒼紫も結果が結果だけに許さざるを得ないと思った。
「ごめん、話の途中だったね。それからどうなったの?」
「俺が追った馬車はアジトの手前で何故か止まっていた。俺が中を確認した時は御者も馬車の中ももぬけの殻だった。てっきりアジトの中だと思い、見張りを倒しつつ奥へ進んだ所、鉄扉の前で爆音が起こり、その奥から操や男達の声がしたのでその扉を破り操と合流したという訳だ。」
「そうだったの。」
「嗚呼、その後大きな爆発と火災で栽培されていた阿片もろともアジトは炎に包まれた。その時、ぎりぎりで斎藤が武尊を担いで出てきた。」
「そっか・・そうだったんだ。」
「その後操が武尊も一緒に帰ると言ったんだが、斎藤が俺に話があると言い、先に葵屋へ帰した。」
「一が?」
「嗚呼、操が帰ると、『武尊が薬を飲んだ。』と斎藤は言ったぞ。」
ドクンと武尊の心臓が汗をかいた。
薬を飲んだのがバレた=とてもヤバイ=怒られる、という連想ゲームが武尊の中で確立したからだ。
「俺もそれを聞いて驚いた。武尊が気を失っているとはいえ、薬を飲んだ武尊を街中に戻すより、人気がいない所で様子を見ようという意見は斎藤と一致した故にここに来たという訳だ。」
「そうだったんだ・・ありがとう。今の私は十六夜丸じゃないからもう大丈夫だよ。」
「そのようだな。瞳の色がいつもと同じに戻っているからな。話を聞いて何か思い出してきたか?」
「ううん、新型阿片を打たれた後は何か頭の中がフワフワしちゃって、観柳を殺した後は覚えてない・・・・ぁ。」
しまった!と武尊は口元を押さえたが蒼紫が武尊の一言一句を聞き逃すわけがない。
だが蒼紫の方から口を開くことはなかった。
「・・ごめん。操ちゃんの助けを借りて人を殺した。」
沈黙の後に武尊はそう蒼紫に言った。
「・・操ちゃん、きっとショックだったよね。だけどガトリングガンの前には操ちゃんの助けを借りてそうするしか方法を思いつかなかった。」
「俺はその件に関し、武尊に感謝すれども非難や責めることはない。・・そういう立場の者だ。操も御庭番衆を名乗るならば乗り越えなくてはならないこともある。」
武尊はそれを聞いてハッとあの四つの魂のことを思い出した。蒼紫にとっては観柳はあの四人の仇なのだ。
そして操のことも試練だと言う蒼紫は御頭として厳しい事を言うんだと武尊が思っていた時、
「観柳を殺ったのは十六夜丸の力か。」
と蒼紫が言った。
「え?・・うん・・そうだよ。」
あれは自分の意志によるオーラの力。
だけど、人離れした力を持っているなんて知られない方がいい。だから武尊はそれを十六夜丸の力だと蒼紫に言った。
「十六夜丸・・どこまで侮れぬ力を持っているんだ。」
蒼紫の言葉を聞いて武尊は蒼紫が自分の話を信じたと、ホッとした。
ホッとすると頭の中にはすぐに他のことが浮かんでくる。
九条とつるんでいたと考えられる観柳は死んだとしても、肝心の九条は今何処にいるのだろうと武尊は思った。
「九条・・結局何処にいるんだろうね。」
「嗚呼。馬車に九条が乗っていたとするならばアジトの中に逃げ込んだのではないかと思ったが、爆発時に出てきた男の中にその姿はなかった。」
「じゃあ、馬車の中にはいなかったのかな。」
「嗚呼、馬車は囮だったのかもしれないな。」
「ということは操作はまた振り出しに戻る・・ってことか。あ~。」
武尊はどっと疲れが出た気がして、湯呑を置くと布団に倒れ込んだ。
そしてハッと蒼紫を見た。
「若しかして蒼紫、ずっと私を見ててくれたの?」
「薬湯を取りに戻った間は斎藤が武尊を見ていた。俺が戻った後は斎藤は仕事に戻って行った。」
武尊はそれを聞いて目を大きくさせた。
「そっか、一は仕事の途中だったのに迷惑かけちゃった・・蒼紫もごめんね。ずっと付き添ってくれてて・・ありがとう。」
「俺は構わん。むしろ操の命を救った武尊を看るのは当たり前だ。」
「ううん、それでもありがとう。私はもう大丈夫だから帰ろうか。そこじゃ蒼紫が休めない。」
「俺にとってはこれくらい暖が取れれば問題ない。ここは山の中だ。阿片の副作用もどのくらいか分からぬゆえ明るくなってからの方がいいだろう。」
「そうだね・・。」
過去の経験から自分の無理を通して蒼紫に迷惑をかけてしまったことを思い出し武尊は素直に言う事を聞くことにした。
蒼紫にしてみれば、いざとなれば自分が担いで戻ればいいだけだったのだが、武尊と二人きりのこの空間をもっと味わっていたかった、というのが本音だった。
「蒼紫・・悪いけど私・・横になってていい?」
「嗚呼、今のうちに身体を休めておけ。」
「ありがとう・・じゃあ・・。」
武尊は横になって目を瞑った。
だけど頭の中は、十六夜丸の記憶で見た九条の姿が思い出されて離れない。
あの男が死んだ蘭子を使ってあの薬を作ったのだ。
そしてその骨の薬を自分は何度も何度も飲んだ・・・。
その結果自分の寿命はもう直ぐ尽きる・・と思うとどうしても思考回路が止まってしまうのだ。
落ち着かなくてもそもそと布団の中で武尊が動く。
動いて上半身を起こした。
「どうした。」
「薬湯をもう一杯もらっていい?」
「嗚呼。」
蒼紫は武尊から湯呑を受け取ると薬湯を入れて返した。
「熱っ。」
ふーふーしながら武尊はお茶をすすりながら、
「早く朝にならないかな。」
と呟いた。
「何故だ。」
と、蒼紫が聞くと、
「お腹すいたもん・・。」
と武尊が言いにくそうに言った。
悩ましい心境ではあるが、莫大なエネルギーを放出した身体はエネルギーを求めていた。
「ではこれでも食べるか?」
と、蒼紫の懐から懐紙を取り出した。その中には丸くて平な蕎麦ボーロみたいなものが出てきた。
何でも出てくる不思議な忍び装束に驚きながら武尊はそれを受け取った。
「これ何?」
と聞いて武尊はガジっと噛んでみた。
「きな粉、小麦粉、胡麻、蜂蜜が入ってる?」
「あと、砂糖と味噌も入っている。御庭番衆の保存食だ。昨晩は皆捕り物で出払っていたからな。こんなものしかなかった。」
「ううん、美味しいよ。硬いけど。ありがとう。蒼紫はお腹すいてない?」
たぶん食べてないのだろうと武尊は推測する。
だからそう言いながら手で半分に割ろうとするが割れない。
「硬っ!」
蒼紫は武尊の動作を見ていて微笑した。
「奥歯で噛むか唾液で少しずつ柔らかくして食べた方がいい。前歯で噛むと欠ける恐れがあるからな。」
「そっか・・ごめんね、半分こ出来なくて。」
(武尊の唾液で柔らかくなったのを口移しで寄こしても構わないが。)
と思ったことが口に出そうだったが必死でガリガリやってる武尊を見ると横取りしては悪い気がしたのだ。
それに分ける方法なら他にもあったのに教えなかったのは自分自身だ。
例えば懐紙に包んで小太刀の柄で叩けば簡単に割れる。
武尊が何かを一生懸命やっているのを見るのは蒼紫にとって愛おしくて楽しいのだ。
そんな気持ちで蒼紫は薬湯を自分にも入れて飲んだ。
2017/4/20