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271.究極のメニュー2 (比古・お近・黒・蒼紫・夢主)
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それは先日神戸へ行った時の事。
牛の形をしたおしゃれな看板を出している洋食屋を見つけたのだ。
「あ、ここ良さそう。」
東京で見た大衆洋食屋とはちょっと違う高級そうなレストラン風の店。
どちらかと言えば横浜の外国人居留地でのビストロに近い感じの店に武尊が『入ろう。』と蒼紫の袖を引っ張った時、蒼紫は最初抵抗してなかなか入ろうとしなかったのだ。
それを無理やり引っ張ってテーブルに座り、メニューというのを広げた時、蒼紫は間違いなく緊張していた・・ように見えたと武尊は思った。
「・・何だか慣れてるように見えるのだが。」
と、ぼそっと言われた時は思わず笑いそうになったと武尊は思い出す。
未来では当たり前だったからそれが慣れてない人・・しかも初めてのスーツを着た牛肉嫌いの人・・を見るのがちょっと新鮮だった。
「ま・・実は少しだけ。」
蒼紫にいつもやられっぱなしの武尊はちょとだけハナタカな気分で文字だけのメニューを蒼紫に見せた。
「私に任せてもらっていい?」
なんて言って武尊はオーダーをした。
蒼紫にはウエルダンのステーキ。
最初から血が滴るレアは頼まないのは武尊の蒼紫に対しての気づかいだった。
そして自分はビーフシチューを頼んだ。
試食会のつもりで来たので蒼紫のステーキもちゃっかり味見させてもらった武尊は牛肉の美味しさにニコニコだった。
ステーキの最初の一口を蒼紫が口にした時はどういう反応をするか武尊も緊張したが蒼紫が複雑そうにに『・・大丈夫だ。』と言った時は武尊も笑みがこぼれてホッとした。
(その後、料理を作ったシェフと話したんだけどその時の話は私もびっくりだったわ・・)
と、武尊は続きを思い出す。
実はそのシェフ・・つまり料理人の人は元彦根藩の料理人で牛肉の扱いにはプロだったという事。
そして彼は廃藩置県により藩がなくなった後新たに牛肉を提供する場所として神戸で店を開いたという。
彦根藩は江戸時代、唯一、牛の屠殺を許されていた藩だったということで将軍や他大名にも牛肉を献上していたという話も聞いた。
当時は仏教の影響で公に四つ足動物の肉はご法度だったのでこっそりだったり、牛肉の場合は滋養強壮の『薬』だということにして需要があったそうなのだ。
明治になり最近は、牛鍋ブームや外国人の為に牛肉の需要がかなりあり今はその近江牛を陸路で牛を歩かせて横浜へ納品しているとのこと。
肉にするとすぐに傷むというので生きている牛をそうやって現地まで運ぶ話は武尊にとって非常に興味深かった。
一通り話を聞き終わって蒼紫は、
「『薬』と称して取引があったのは知っていたがこのようなものだったとは。」
とボソッというと、シェフは
「いえいえ、味付け次第で色々な料理になりますよ。」
という話からあれこれ説明して武尊はあれよあれよという間にこの店で取り扱っている牛肉の仕入先を教えてもらった。
店を出た後、
「凄いな。」
と、蒼紫が腕を組み歩きながら武尊に言った。
「ん?何が?」
「いや、武尊のお陰で初対面の料理人から近江牛の肉の仕入先の情報まで得ることが出来た。」
「うん、いい人で良かったね!(それにまさか神戸牛が本当は近江牛だったとは知らなかったしいい勉強になった!)」
「牛肉がこれ程までに美味しくなるものだとは考えもしなかった・・よし、善は急げだ。明日は近江まで行くぞ。」
「え?!」
蒼紫の豹変ぶりに驚きながらも何故か楽しそうな蒼紫に武尊は嬉しくなった。
「うん、行こう!」
そうして翌日二人で滋賀まで行き、牛肉の仕入れを契約し、早速牛肉の塊を持って帰ったのだ。
冷蔵庫も冷凍庫もないこの時代、食中毒を起こさないように保存する方法をどうするかなんて帰るまで武尊は頭になかったからさあ大変。
調理長の黒さんにお願いして勝手場の奥から入る地下の氷室に置いていいという許可をもらうと解体・保存にバタバタした。
西京味噌にも漬けてみた。
味噌に漬けると日持ちするという。
その漬かり具合がどうなっているのか、武尊は気になってしょうがない。
今はいいけど夏の保存はどうしようとか・・頭を悩ますことは尽きない。
それに黒に言われた器をどうするかというのも新たな問題だ。
(あれ何て言うんだっけ?未来では朴葉焼きコンロとか言ってたけどコンロって何だ??そもそも日本語?それに下に置く炭はどうしよう・・固形燃料とは火力が違うから試さないと分からないな・・、あ~~~~~。)
それでも比古さんなら形状を分かってくれてきっといいものを作ってくれる・・
・・そう思った時に武尊の脳裏にフッと比古の顔が強く思い出された。
(比古さん・・。)
天井に向かって呟いたその名前と共に比古に言われた・・『枷』の約束を思い出す。
「『枷』を外して今年中には帰って来いという約束・・・。」
絶対帰るつもりでいたのに今は心がぶれる。
やっと前へ進み始めた蒼紫の人生。
蒼紫の過去は想像することしかできないが本当に優しい人だというのはその心に触れれば分かる。
優しいだけではなくガラスのように繊細な心を持つ人。
蒼紫の責めを受けた時はいっぱいいっぱいで思い出せなかったが今なら東の翁が言った言葉の意味がよく分かる。
「今蒼紫を置いていけないよ・・。」
武尊の頬をポロリとこぼれた涙が走り落ちた。
笑い合える今の日々を蒼紫から奪うと二度と日の当たる場所をあの人は歩かない。
・・そう強く思う。
その時武尊の視界がまた闇に包まれた。
(なんで?)
今まではちょっとひどい立ちくらみだと思っていたのに上を向いて寝ている自分がこんな状態になるのが信じられない。
そう思った時に武尊にまたあの『呪い』とも思われる言葉が蘇る。
十六夜丸から言われた『お前の命はそれほど長くもたない』という言葉。
ここのところ忙しすぎて忘れていたがふと武尊は思った。
(・・自分の命はあとどれくらい?まさかこれが寿命が尽きる兆候?)
今は待って!
まだ死ねない!!
だがそれと同時に『今年いっぱい持たないかもしれない』・・
・・そんな予感がした。
2020.4.29