※1 記憶を失っている時の名前は変換できません。
269.究極のメニュー (蒼紫・夢主・翁・葵屋の皆)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――そして数日後。
「ふむ。」
翁は夕餉に出されたお膳に添えてある千枚漬けを食べて一言『うまい』と首を何度も縦に振った。
「マイルドかつ昆布の旨味とぬめりが絶妙で隠し味の唐辛子がピリリと美味いのぅ。それに柚子の香りもまた良い。」
とべた褒めだった。
事実、葵屋で食事を食べた時の香の物に出せば評判もなかなかのものだった。
「よかったね、蒼紫。」
武尊が蒼紫に向かって微笑む。
「武尊のお陰だ。」
物静かな口調は変わらないものの蒼紫が時折武尊にだけ向ける穏やかな笑みを葵屋の皆は見ていた。
勝手場の角で千枚漬けを作っている様子は実に仲睦まじい雰囲気であの御頭がこれだけ変わるのかと黒、白、お近、お増は驚いていた。
「でもなぁ。」
と、そこへお茶を運んできた白がぼそっと漏らした。
「ん?でも何じゃ、白。」
と翁が聞いた。
「あ、いえ・・確かに千枚漬けはお客に好評なんですが客足はそれほど増えたってわけじゃ。」
と苦笑いを漏らす。
それもそのはず。
今は明治も十一年。
幕末は幕府の役人や志士、そして公家の御屋敷への仕出しと料亭稼業も忙しかったが政治の中心は東京へ移った今、京都はかつての勢いはなかった。
「こんな御時世でも白べこは客足が絶えないんだよなぁ。うちも牛鍋やりませんか。」
と、思わず白は日頃から想っている愚痴が出た。
それを聞いて思わず蒼紫の耳がピクリと動いた。
蒼紫は未だゲン担ぎの為に四つ足の獣の肉は口にしないのだ。
四つ足、それは手足を地につける。すなわち負けを意味し常に任務を勝って遂行するという御庭番の任務を指揮する御頭としては忌むべきものだからだ。
蒼紫の無言の視線に、
「あ、嫌・・ですよね、、はは。」
と、白は軽く会釈をして戻って行った。
翁は葵屋の経営者ではあるが、隠居の身という言葉を隠れ蓑に若い女の尻を追いかけ・・もとい、隠居といいつつ市中の情報収集をしていたので勝手場の状況は大方知りつつも現場は黒白に任せていたのだった。
「ふーむ。」
翁は顎鬚を撫でるといきなり、
「蒼紫よ、『新メニュー』じゃ!」
と蒼紫を指さした。
「・・・翁、分かってると思うが俺は」
蒼紫は少し眉間に皺を寄せながら言いかけると蒼紫の手に武尊の手が重ねられた。
「・・。」
蒼紫は武尊を見つめると武尊はにこっと笑って、
「行こう、蒼紫。」
と言って重ねた手にぎゅっと力を込めた。
「行こうと言っても何処へだ。」
「神戸だよ!牛食べに行こう!」
武尊の超前向きな姿勢に蒼紫は面喰った。
「お品書きに加えるか加えないかはまた後で。とりあえずどんなもんだか食べてみないとね!・・時代の流れを見極めるのも御頭のお役目でしょ?」
武尊の瞳は蒼紫の心の奥を見透かすようで蒼紫はすぐに言葉を返せなかった。
幕末、時代の流れに乗れなかった苦渋の想いが蒼紫の胸に甦る。
(闘うべき時は『今』なのだな・・悔い無き選択をすべきは『今』・・。)
蒼紫は刹那目を閉じて思案した。
見極める目、その判断は自分自身で行わなければならない。
その目が曇っていれば判断を誤る。
それは料亭葵屋がこれからの時代を生き残るのに必要な事なのだと武尊の眼がそれを切に訴えているのを蒼紫は感じた。
「・・食すかどうかは分からないが・・ひとまず行ってみるか。」
まあ、武尊に言われると何となく断れないのは自分でも分かる。
蒼紫は重ねられた武尊の手をするりと上から包み、
「・・善は急げというしな。翁、これから俺は武尊と神戸へ行ってくる。」
蒼紫と武尊が出て行った後、翁は本気で『おひょ~~~~っ!』と驚きの叫びをあげて早速その事を広めに勝手場へ飛んでったのだった。
2019.12.31