場所は天ヶ岳。



「・・暇だな。」



そう呟く比古は別に暇をしているわけではない。


今は昨日焼いた陶芸の窯だしをまさに今から行うところなのだ。


手作業をしながらも、ただ・・武尊が・・信じた女が傍にいない、そんな状況が比古にそんな言葉を吐かせたのだ。


武尊がいない生活など、ここ何十年もそれが当たり前だったにもかかわらず、今こんなにも日々心が空虚なのは比古自身、一番心外な事だった。



比古は黙々と窯だし作業を続けた。


作品数はやる気がおきなかった分いつもより少ない。


いつもは楽しみな窯だしが今回はそれほどでもない事に気がついていながらその一つを取り出した。



「・・悪くはねぇな。」



ボソッと呟いた比古の手にあったのは黒の茶碗。



「悪くはねぇが、好きじゃねぇ。」



そう言って比古はコトリとその茶碗を置いて次のを取り出した。



出来上がったものを改めて見てみると、出来は良いと思うものばかりなのだが、色は今回特に黒色のものが多かった。



比古はその黒をしばらく眺めていたが、



「武尊が戻ってくるまでに少し整えなくちゃならねぇものもあるしな、近いうちに売ってくるか。」



と呟きマントをひるがえした。


その時比古の頬にぽつりと冷たい感触のものが触れた。



「・・降り出したか。窯だしの後で良かったぜ。」



雨足はみるみるうちに強くなり、比古の小屋の前は見る間にぬかるんだ。



「心の臓まで冷やすような冷たい雨だ。武尊・・こんな雨に濡れてなゃきゃいいが。」



独り言を言っている事に気がつかない比古は、雨音を肴に酒を飲み始めたがすぐ手酌を止めた。



「まずい・・まるで水だな、まったく酒の味がしない。

『春は夜桜、夏には星、秋に満月、冬には雪・・・これで酒がまずいというのなら自分自身の何かが病んでいる証』だと散々剣心に言った俺がこの有様か。」



そういうと比古はごろりと横になり、小窓の隙間から茅葺屋根からザーザーと落ちる雨を見つめ、



「まったく・・。」



と呟いた。