※※　時は少し遡る　※※



操は鴨川の岸辺で見た死体と吸血鬼の事を皆に伝えたくて葵屋へ走った。


しかし翁はいなかった。


お増に聞いたところ、操とほんのちょっとの差で訪ねてきた警官とどこかへ行ったという事だ。



「爺やったら肝心な時にいつもいないんだから！」



操はぼやくと勝手場へ行ったが、そこは戦場のように忙しくしていた。



「どうしたの？今日は泊りのお客さん誰もいなかったんじゃないの？」



と、操が黒に聞くと、



「今日は仕出しが五十人分ほど入ってるんだ、夕方までに長州屋にとどけないとな。お嬢も暇なら手伝っておくんなさい。」



と黒は言った。



「うーん・・。」



操は勝手場をぐるりと見回し、



「やっぱ、いいわ。」



と言うと勝手場を出て行った。



「ちょっ・・お嬢！」



猫の手も借りたいのは見ればわかるだろうと黒は怒りをあらわにした。



「いつまでああやってほっつき歩いているんだお嬢は。俺はあんな嫁は絶対御免だ。」


「まあ、そう怒るなよ。今はとりあえずこちらを仕上げようぜ。ただお嬢はじっとしているのが苦手なだけだ。」



白は苦笑いして黒をなだめると、二人はまた黙々と仕事に向かった。







一方お近かお増に話を聞いてもらいたかった操は二人を探していると三味線の音が聞こえてきた。



（あれはお増さんの三味線・・。）



音を頼りに探すと、二人は大座敷にいた。



「二人とも何してるの？」


「あら、操ちゃん。丁度良かった、ちょっと見ててくれない？どうも久しぶりでおかしいところがないか見て欲しいの。」



と、お近がニコリと笑って言った。



「今日はね、私達久しぶりのお座敷にお呼ばれしてるの。人前に出るのって半年ぶりぐらいだから緊張するわ。」



と、お増も操に言った。



「ここのところずっとお稽古も出来なかったし。」



と、言いながらお近はお増の三味線に合わせて優雅に腕を伸ばし一回りした。


操はお近の踊り姿に、



「やっぱりお近さんの舞は最高に綺麗よ！」



と目を輝かせた。



「おおきに、操ちゃん。」



流石に練習を邪魔してはいけないとしばらくの間、操は黙って見ていたがそのうち生アクビがふぁぁああと、何度も出てきた。


どうにも構ってもらえなさそうだと操は、



「お近さんもお増さんも頑張って。私お腹すいたから何か食べてくる。」



と言い残し操はその場を後にした。