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222.氷雨 (お近、操、お増、翁、蒼紫、夢主)
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今も昔も人で賑わう嵐山。
すれ違う人々は東京と同じく武尊の顔の傷に視線をやりつつすれ違う。
しかしよそ者を嫌う京都の人のそれは東京に比べて何だか陰湿さを感じる武尊だった。
(・・別にいいけど。)
よそ者には冷たい京都人が三本傷の武尊が物珍しいとばかりにじろじろと見るのは不快だったがもはやそこは諦めの境地だ。
けれど一人でいると視線に敵意がないと分かっていても武尊はいちいち周囲を警戒しまう。
幕末京都においての記憶がまだ武尊をそうさせるのだ。
だが思い返せばあれだけ人を斬ったお訪ね者だと自分では思っていたのにこれまで十六夜丸に殺られた者の敵討ちだと向かってきたのは蒼紫を除いて最初のチンピラ達と相楽左之助だけ。
意外に少ないのだな、と武尊は複雑な心境だった。
斬り合った相手がその場で死んだからなのか、それとも明治も十一年にもなりそんな昔の事はかまってられないくらい皆忙しく生きているのか。
それは武尊にも分からなかったが薩摩藩士がほぼいないと思われる今の京都に武尊は安堵のため息をついたのだった。
久しぶりの嵐山につい色々昔の事を思い出してしまう武尊だったが、時間も時間だったのでお昼の蕎麦とわらび餅、そして抹茶を美味しく頂き次の目的地へ向かった。
そこは嵐山よりも市内に向かった場所にある。
場所的に言えば金閣寺方面だ。
武尊は地理に不案内だと言っても最初に過去に来た時に住まわされていたあの石庭のある屋敷から嵐山までの道は数度外出して覚えていた(道と呼べるのはほぼ一本しかなかった山の中だった)のでそこから兄と一緒に向かったあの公家の別邸への道筋をたどったのだった。
あとから斎藤から聞いた話だったのだが新撰組の市内警護範囲は西は西御土居(にしおどい:北野天満宮の西)まであったと言う。
あの夜、攘夷倒幕派の会合があるといったタレこみの為新選組が多少任務区域より離れていたが向かったという場所こそが武尊が初めて赤い薬を飲まされた場所であり、斎藤が初めて十六夜丸と会った所でもある。
武尊の頭の中にはいろいろな事が思い起こり過ぎて考え事をしながら目的地に着いたのだが武尊はそこでも、
「あっ!」
と声をあげたのだった。
武尊は場所を間違えたかと何度も辺りを確認した。
(いや・・でも・・ここぐらいしか心当りがない。)
武尊が見た物は周りの景色とは場違いな二階建の洋館。
横浜や神戸の洋館の規模に比べれば小さいものだったが京都と言えば寺社仏閣ありきの純日本的な街というイメージを持っていた武尊は違和感バリバリの建物に困惑した。
隣が歴史ありそうな古いお寺なのも違和感を倍増させていた。
「誰、こんな所にこんな洋館建てたの。センスない!趣味悪い!」
あまりの場違い感に武尊は思ったことがつい声に出てしまったほどだ。
単体で見れば新しくて綺麗な洋館なんだけれども周りから浮きまくりだと武尊は思っていると中から年のいった女中のような者が出てきた。
武尊はすかさず声をかけた。
「あの・・すみません、こちらはどなたのお宅ですか?」
するとその女は武尊を値踏みするような目で上から下まで見ると、
「そんな顔しておいてあんたもかい、紹介状はあるのかい。」
と言った。
「紹介状?」
紹介状も何も武尊はこの家が誰の家なのか聞いただけなのに、と戸惑った。
するとその女は、
「何ハトが豆鉄砲くらったような顔してるんだよ紹介状がないならさっさと帰りな。」
と言い武尊に構わず歩き始めた。
「待って下さい、怪しい者ではありません、わた・・僕は学生なんです。新島先生のお宅はこの辺りと伺ったのですが・・。」
もちろん新島なんていうのは同志社大学の創設者の名前が一瞬武尊の脳内をかすったので咄嗟に口から出ただけであるが。
女は立ち止まり振り返って武尊をじろり見ると、
「新島なんて聞いたことないね。ここは、昔っからあるお方の御屋敷なんだよ。」
とぶっきらぼうに言うとまた歩き出した。
「昔から?・・昔は普通の御屋敷だったじゃないですか!」
武尊は去って行く女に思わずそう言うと、女はびっくりした様子でもう一度振り向いた。
「昔って何年前の事を言ってるんだい。」
どうやら女は武尊の見かけから年齢を想像したようだった。
武尊はちょっと首をひねりながら、
「確か十三年ぐらい前だったかな?」
と武尊が苦手な和暦は・・と思い出せないでいると女は、馬鹿な・・と呟いた後、
「九条様のお屋敷は維新の時にに焼けてしまったんだよ。それからこんな風に建て替えあそばれたのさ。」
と言った。
「九条?」
どこかで聞いたような名前に武尊が聞き返すと女はハッと我にかえったように、
「人違いって事が分かったのならさっさと帰んな!ここはあんたみたいな何処の馬の骨かも分からないゴロツキが来ていい場所じゃないんだからね!」
と言い武尊が来た方向へ足早に去って行った。
武尊は唖然としてその女を見ていたが、またその洋館の方を見た。
塀に囲まれているのでよく中は分からないがどうやら身分の高い人の御屋敷らしいという事が分かった。
何となくもう少しこの洋館を覗き込みたい気持ちになった武尊だったが、怪しい者だと思われて警察が来ては面倒だとそのまま歩き出すことにした。
しかし少し歩いてから電話もないこの時代にすぐに警察なんて来るはずないか、と武尊は自分の思い込みに苦笑した。
それにしても、と何かが武尊の心に引っかかった。
確かにあの夜、武尊は市彦に連れられてここに来て公家らしき人物を見た。
『九条様のお屋敷・・』という先程の女の言葉が何度も武尊の脳に繰り返される。
あの時見たのが九条という公家なのかと武尊が思ったと同時に会津での蒼紫の言葉が思い出された。
『九条家と言えば旧摂家の一つ・・』
摂家といえば、摂政・関白を出す家柄の事だと蒼紫は武尊に教えていた。
武尊はその家柄のすべては覚えていなかったが九条の家がそれにあたるという事は覚えていた。
(そんな名家の家だったのか・・。)
と武尊は感心すると同時に会津で会ったあの九条という政府の役人の顔を武尊は連鎖的に思い出した。
「・・・。」
あの時も武尊はその男をどこか見覚えがあると感じた。
けれども武尊は自分に公家の知り合いなどいるわけもないと今一度自分の記憶に確認した。
(それでもあの眼・・。)
確かに彼が自分を見た時の眼は初対面の人間を見る目つきではなかったことを武尊は思い出した。
(向こうは私を知っていたのか?)
確かに自分の顔には三本の特徴的な傷がある。
顔立ちは忘れても三本傷のある人間、としては忘れにくいのではないかと思って見たけれど公家のいるような場所に自分は行ったことがない。
まして、確か彼は内務省社寺局とかというところに務めているらしいのでいつぞやの海軍の夜会に居た可能性は薄い。
それでも武尊にはあの男の目つきがどうしても心に引っかかっていた。
(でもどこかで見た気がする・・どこだ・・。)
武尊は何かの手がかりが今なら出てきそうな気がして、歩きながら何度も九条という名前とあの男の顔を頭の中でぐるぐると巡らせた。
(九条・・会津の男・・寺社局・・お寺・・神社・・。)
連想される言葉や画像が何度武尊の頭の中をリピートしたかわからない。
けれどもそのリピートの中にふと、
(・・寺社局・・お寺・・お坊さん・・)
と連想が広がった時、何十周もしていたリピートが終わり武尊の足が止まった。
(ま・・まさか・・。)
武尊は記憶の底に沈んでいたある顔を思いだしたのだ。
立ち止まったまま武尊は出来る限りのその時の記憶を辿った。
そして九条という男の顔と何度も重ねた。
(間違いない・・まさかそんな事が・・。)
武尊は目の前が真っ黒になった。
瞬時に脳内を駆け巡った一つの推測。
武尊は考えてはいけない気がした。
しかしすぐに会津で温泉宿を出た後怪しい奴に狙われた事が武尊の推測を決定づけた。
あの時武尊も蒼紫も九条がやったことだとほぼ確信していた。
自分が狙われる理由。
「・・・。」
武尊は立ち止まった。
それ以上歩けなかったのだ。
何か言おうと思ったけれども言葉が出なかった。
どうして今まで気づかなかったのか。
ぼんやり周りの景色が戻って来た時まだ頭の片隅に僅かにまだ周りの状況を判断できる理性が残っていた。
道のど真ん中につったってるとおかしいと思われると思い、たまたますぐ近くにあった神社の敷地へ入った。
人目のつかない場所で木に寄り掛かり武尊は目を瞑り天を仰いだのだった。
すれ違う人々は東京と同じく武尊の顔の傷に視線をやりつつすれ違う。
しかしよそ者を嫌う京都の人のそれは東京に比べて何だか陰湿さを感じる武尊だった。
(・・別にいいけど。)
よそ者には冷たい京都人が三本傷の武尊が物珍しいとばかりにじろじろと見るのは不快だったがもはやそこは諦めの境地だ。
けれど一人でいると視線に敵意がないと分かっていても武尊はいちいち周囲を警戒しまう。
幕末京都においての記憶がまだ武尊をそうさせるのだ。
だが思い返せばあれだけ人を斬ったお訪ね者だと自分では思っていたのにこれまで十六夜丸に殺られた者の敵討ちだと向かってきたのは蒼紫を除いて最初のチンピラ達と相楽左之助だけ。
意外に少ないのだな、と武尊は複雑な心境だった。
斬り合った相手がその場で死んだからなのか、それとも明治も十一年にもなりそんな昔の事はかまってられないくらい皆忙しく生きているのか。
それは武尊にも分からなかったが薩摩藩士がほぼいないと思われる今の京都に武尊は安堵のため息をついたのだった。
久しぶりの嵐山につい色々昔の事を思い出してしまう武尊だったが、時間も時間だったのでお昼の蕎麦とわらび餅、そして抹茶を美味しく頂き次の目的地へ向かった。
そこは嵐山よりも市内に向かった場所にある。
場所的に言えば金閣寺方面だ。
武尊は地理に不案内だと言っても最初に過去に来た時に住まわされていたあの石庭のある屋敷から嵐山までの道は数度外出して覚えていた(道と呼べるのはほぼ一本しかなかった山の中だった)のでそこから兄と一緒に向かったあの公家の別邸への道筋をたどったのだった。
あとから斎藤から聞いた話だったのだが新撰組の市内警護範囲は西は西御土居(にしおどい:北野天満宮の西)まであったと言う。
あの夜、攘夷倒幕派の会合があるといったタレこみの為新選組が多少任務区域より離れていたが向かったという場所こそが武尊が初めて赤い薬を飲まされた場所であり、斎藤が初めて十六夜丸と会った所でもある。
武尊の頭の中にはいろいろな事が思い起こり過ぎて考え事をしながら目的地に着いたのだが武尊はそこでも、
「あっ!」
と声をあげたのだった。
武尊は場所を間違えたかと何度も辺りを確認した。
(いや・・でも・・ここぐらいしか心当りがない。)
武尊が見た物は周りの景色とは場違いな二階建の洋館。
横浜や神戸の洋館の規模に比べれば小さいものだったが京都と言えば寺社仏閣ありきの純日本的な街というイメージを持っていた武尊は違和感バリバリの建物に困惑した。
隣が歴史ありそうな古いお寺なのも違和感を倍増させていた。
「誰、こんな所にこんな洋館建てたの。センスない!趣味悪い!」
あまりの場違い感に武尊は思ったことがつい声に出てしまったほどだ。
単体で見れば新しくて綺麗な洋館なんだけれども周りから浮きまくりだと武尊は思っていると中から年のいった女中のような者が出てきた。
武尊はすかさず声をかけた。
「あの・・すみません、こちらはどなたのお宅ですか?」
するとその女は武尊を値踏みするような目で上から下まで見ると、
「そんな顔しておいてあんたもかい、紹介状はあるのかい。」
と言った。
「紹介状?」
紹介状も何も武尊はこの家が誰の家なのか聞いただけなのに、と戸惑った。
するとその女は、
「何ハトが豆鉄砲くらったような顔してるんだよ紹介状がないならさっさと帰りな。」
と言い武尊に構わず歩き始めた。
「待って下さい、怪しい者ではありません、わた・・僕は学生なんです。新島先生のお宅はこの辺りと伺ったのですが・・。」
もちろん新島なんていうのは同志社大学の創設者の名前が一瞬武尊の脳内をかすったので咄嗟に口から出ただけであるが。
女は立ち止まり振り返って武尊をじろり見ると、
「新島なんて聞いたことないね。ここは、昔っからあるお方の御屋敷なんだよ。」
とぶっきらぼうに言うとまた歩き出した。
「昔から?・・昔は普通の御屋敷だったじゃないですか!」
武尊は去って行く女に思わずそう言うと、女はびっくりした様子でもう一度振り向いた。
「昔って何年前の事を言ってるんだい。」
どうやら女は武尊の見かけから年齢を想像したようだった。
武尊はちょっと首をひねりながら、
「確か十三年ぐらい前だったかな?」
と武尊が苦手な和暦は・・と思い出せないでいると女は、馬鹿な・・と呟いた後、
「九条様のお屋敷は維新の時にに焼けてしまったんだよ。それからこんな風に建て替えあそばれたのさ。」
と言った。
「九条?」
どこかで聞いたような名前に武尊が聞き返すと女はハッと我にかえったように、
「人違いって事が分かったのならさっさと帰んな!ここはあんたみたいな何処の馬の骨かも分からないゴロツキが来ていい場所じゃないんだからね!」
と言い武尊が来た方向へ足早に去って行った。
武尊は唖然としてその女を見ていたが、またその洋館の方を見た。
塀に囲まれているのでよく中は分からないがどうやら身分の高い人の御屋敷らしいという事が分かった。
何となくもう少しこの洋館を覗き込みたい気持ちになった武尊だったが、怪しい者だと思われて警察が来ては面倒だとそのまま歩き出すことにした。
しかし少し歩いてから電話もないこの時代にすぐに警察なんて来るはずないか、と武尊は自分の思い込みに苦笑した。
それにしても、と何かが武尊の心に引っかかった。
確かにあの夜、武尊は市彦に連れられてここに来て公家らしき人物を見た。
『九条様のお屋敷・・』という先程の女の言葉が何度も武尊の脳に繰り返される。
あの時見たのが九条という公家なのかと武尊が思ったと同時に会津での蒼紫の言葉が思い出された。
『九条家と言えば旧摂家の一つ・・』
摂家といえば、摂政・関白を出す家柄の事だと蒼紫は武尊に教えていた。
武尊はその家柄のすべては覚えていなかったが九条の家がそれにあたるという事は覚えていた。
(そんな名家の家だったのか・・。)
と武尊は感心すると同時に会津で会ったあの九条という政府の役人の顔を武尊は連鎖的に思い出した。
「・・・。」
あの時も武尊はその男をどこか見覚えがあると感じた。
けれども武尊は自分に公家の知り合いなどいるわけもないと今一度自分の記憶に確認した。
(それでもあの眼・・。)
確かに彼が自分を見た時の眼は初対面の人間を見る目つきではなかったことを武尊は思い出した。
(向こうは私を知っていたのか?)
確かに自分の顔には三本の特徴的な傷がある。
顔立ちは忘れても三本傷のある人間、としては忘れにくいのではないかと思って見たけれど公家のいるような場所に自分は行ったことがない。
まして、確か彼は内務省社寺局とかというところに務めているらしいのでいつぞやの海軍の夜会に居た可能性は薄い。
それでも武尊にはあの男の目つきがどうしても心に引っかかっていた。
(でもどこかで見た気がする・・どこだ・・。)
武尊は何かの手がかりが今なら出てきそうな気がして、歩きながら何度も九条という名前とあの男の顔を頭の中でぐるぐると巡らせた。
(九条・・会津の男・・寺社局・・お寺・・神社・・。)
連想される言葉や画像が何度武尊の頭の中をリピートしたかわからない。
けれどもそのリピートの中にふと、
(・・寺社局・・お寺・・お坊さん・・)
と連想が広がった時、何十周もしていたリピートが終わり武尊の足が止まった。
(ま・・まさか・・。)
武尊は記憶の底に沈んでいたある顔を思いだしたのだ。
立ち止まったまま武尊は出来る限りのその時の記憶を辿った。
そして九条という男の顔と何度も重ねた。
(間違いない・・まさかそんな事が・・。)
武尊は目の前が真っ黒になった。
瞬時に脳内を駆け巡った一つの推測。
武尊は考えてはいけない気がした。
しかしすぐに会津で温泉宿を出た後怪しい奴に狙われた事が武尊の推測を決定づけた。
あの時武尊も蒼紫も九条がやったことだとほぼ確信していた。
自分が狙われる理由。
「・・・。」
武尊は立ち止まった。
それ以上歩けなかったのだ。
何か言おうと思ったけれども言葉が出なかった。
どうして今まで気づかなかったのか。
ぼんやり周りの景色が戻って来た時まだ頭の片隅に僅かにまだ周りの状況を判断できる理性が残っていた。
道のど真ん中につったってるとおかしいと思われると思い、たまたますぐ近くにあった神社の敷地へ入った。
人目のつかない場所で木に寄り掛かり武尊は目を瞑り天を仰いだのだった。