武尊が扉の奥へ消えた後、ナターシャは男性陣に膝を軽く曲げて会釈し武尊の後を追う様に彼女も部屋からいなくなった。


しばらくすると扉の向こうで武尊の叫び声のようなものが時折聞こえてきた。


斎藤はずっと壁にもたれ煙草を吸っており、マーティンはバイオリンの調律を始めた。


武尊の声を聞いてオンナスキーは斎藤に言った。



「キミノカナイガ　シンパイニナランノカネ。」


「別に。あの声なら心配ない。」



斎藤はちらっと武尊の消えた扉を見て淡々とした口調でオンナスキーの質問に答えた。



「タイシタモノダヨ、キミモ、キミノカナイモ。」


「それはどうも。」



斎藤は武尊の声の状況からおそらく侍女にたかられて着替えさせられているのではないかと想像した。


その際あの侍女達に武尊の傷を見られたとしても、はめ事を男に見られるのと違い二度と会わない女達に多少見られたぐらいの事は下船すればそんな記憶自体これから先の生き方になんら問題ないと斎藤は考えていた。


だから斎藤は心配などしなかったのである。


すると不意に先程の扉が開いてナターシャが興奮した様子で出てきた。


ナターシャはすぐさまマーティンの所へ行き、何か言った後にツカツカと斎藤の所へ来て何か言った。



「悪いが俺にはお前の言葉はわからん。」



斎藤は好きでも何でもない女に対しては非常に無関心だ。


もちろんナターシャにも斎藤の言葉は分からない。


が、その口調から斎藤の自分に対する感情がわかる。


だがナターシャはそれで悲しむどころか逆に冷たい微笑を浮かべた。


斎藤はそれを一瞬疑問に思ったがすぐにその意味を察した。



『アナタハ　ワタシト　オナジダワ。』



ナターシャはロシア語でそう言うと斎藤の真正面に近づき事もあろうに斎藤の胸にツツツと指を下から上にと這わせ挑発的に斎藤を見た｡



斎藤は慌てる事はなかったがいささか不機嫌になり、



「いいのか、そんな事をして。亭主の前じゃないのか。」



と言ってやった。


だが斎藤にはそんな事は言うだけ無駄だと分かっていた。


ナターシャのその目は淑女などではなくむしろ花を売る女の目そのものだったからだ。



「あの亭主にこの妻あり、、か。フン、お前達夫婦がどんな風であろうが俺には関係ないがお前の悪趣味につき合うつもりはない。」



と、斎藤はナターシャを睨んだ。


ナターシャは、



『ソノツヨガリ、ドコマデ　ホンモノカシラ。』


と斎藤を笑いながら睨んでオンナスキーの所へ行った。





それから数分後、部屋の奥の扉が静かに開いた。