一度来たことのあるピアノのある家。



その家の主は以前と同じようにサイフォンで武尊にコーヒーをいれてくれた。



武尊にとっては懐かしいコーヒーの香り。



今日はこれまでで何よりも香りが心にしみた。



（癒される・・・。）



武尊は目を閉じてゆっくりとコーヒーを喉に落とした。



「ドウデスカ、スコシハ　オチツキマシタカ？」



「え、ええ。ありがとうございます。ミスター・・（あ、ドイツ人はミスターって言わなかったよね。）」



ちょっと焦った武尊だったがこんなに良くしてもらっているのにこのかふぇおじさんの名前も知らないのは失礼だと思ったので名前を聞くことにした。



「そう言えばお名前を聞いてませんでした。教えて下さいますか？」



「ナマエ？オゥ、ワタシハ　マーティン・ヨハネス・ファン・ハウテン、マーティン　ト　ヨンデクダサイ。」



武尊は長い名前にどこからが苗字か分からなかったのでとりあえず言われるままに、



「マーティン、いろいろありがとう。」



と、かなり年上の男性をファーストネームで呼ぶことにためらいはあったが、御礼を言った。



マーティンと呼ばれた男はにっこりと微笑んだ。



「スコシハ　オチツキマシタカ？」



「ええ、おかげ様です。」



武尊は今少しだけ斎藤の事を考えずにいられると、またコーヒーを一口すすった。



そして自分用にコーヒーをいれているマーティンを見て思った。



（いい人だ・・本当にいろいろ助けられてる・・でも何でこんなに親切にしてくれるのだろう。）



以前にも武尊はコーヒーを御馳走して貰った時、何故誘ってくれたのかを聞いたことがあった。



その時は、夜会襲撃事件の時に首謀者を撃った武尊が女性で警官だったということで興味が湧いたからだと言われた。



でも本当にそれだけでこんなに親切にしてくれるものなのだろうかと疑念が湧いてくる。



武尊はちょっと考えた末にやはりそれを聞かずにはいられなかった。



「マーティン、貴方の親切にはとても感謝しています。でもどうして私にこんなに親切にしてくれるんですか？」



マーティンはそう聞かれてコーヒーカップを持った手をカウンターに置いた。



そして少し考え、口を開いた。



「ソウデスネ・・、ワタシ　モウジキ　クニニカエル。ダカラ　オハナシ　シマショウ、ワタシガアナタヲ　サソッタ　ワケヲ、ワタシガ　ニホンニ　キタ　リユウヲ。」



と、マーティンは静かに語りだした。