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174.会津へ (海軍少尉・夢主・海軍卿・弥彦・薫・剣心・ごうつくばばあ・署長・鯨波)
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武尊が会津へ旅立った翌日の神谷道場での事。
「薫やばいぞ!」
道場の看板の前を掃き掃除していた弥彦が薫の部屋へすっ飛んできた。
「うるさいわね、いったい何よ弥彦。」
姿見を見て髪にリボンを結んでいた薫は鏡に映った弥彦を見て振り返った。
そこへ剣心もにこにこしながらやって来た。
「何でござるか弥彦、騒がしいでござるよ。二人とも昼食が出来たでござ」
弥彦は剣心の言葉を遮ってまくし立てた。
「そんな場合じゃねぇぞ!隣村のごうつく婆さんが来たっていうのに!」
弥彦の言葉に薫の顔色がさっと変わった。
「ええっ!!あのお婆さんが?何でうちに来るのよ・・弥彦、蔵へ行くわよ。うちの家計の支えを持って行かれちゃたまらないわ!」
手早にリボンを結ぶ薫に剣心が、
「おろ?何でござるか隣村のごうつく婆さんというのは?」
と話しかけると凄い形相でリボンを縛っている薫の代わりに弥彦が、
「剣心は知らねぇかもしれねぇけど、隣村のごうつく婆さん、別名【歩くインネンババァ】って呼ばれてて人に絡んではインネンつけて物をかすめ取っていくというすげぇババァでさ、」
と矢継ぎ早に言い、薫もリボンをつけ終り、
「そうよ剣心、あの御婆さんに絡まれたらロクな事ないんだから。さ、早くしないと・・。」
と部屋を出ようとするが剣心がその時、
「そのお婆さんとやらはすでに来ているみたいでござるよ。」
と、薫の部屋の外に立っているお婆さんを薫に手で示して見せた。
「「ご・・!」」
弥彦と薫が目が飛び出るほどにお婆を見て叫んだ。
「やれやれ・・まったく年寄りに向かって失礼たらありゃぁしないね。誰がいったいそんな酷い噂を広めているんだろうね。そんな事言ってるからわしにあれこれ言われるんだよ。今日もただ人を訪ねて来ただけだというのに、まったく。」
と薫をじろりと見た。。
薫はきまり悪くて剣心の影にこそこそと隠れるように移動した。
「人でござるか?」
大げさであってもそのようなたいそうな人物がこの道場に来るとは、いったい誰に用事なのだろうか。
誰もが自分ではないと三人は互いを見合った。
するとお婆は、
「ここに土岐ちゅう警官がおると署長さんに聞いてな、ちょっと会いにきたんじゃが在宅かい?」
と言った。
「「「え?」」」
武尊の名前に三人はまた顔を見合わせた。
(土岐は確か警官をやめたと署長が言っていたのでは?)
三人は署長から斎藤の転属の話を聞いた時に武尊のことも警官をやめたのだということをちらりと聞いていた。
なので署長に武尊の事を聞いたのはかなり前なのだろうと剣心は思いながら、
「土岐は昨日確かにここに来たがここに居るわけではござらんよ。」
と言った。
「そうかい、そりゃ残念じゃったの。」
お婆は肩を落としてため息をついた。
「武尊さんがどうかしたんですか?」
薫は気になってこそこそ聞くとお婆は、
「あ、ああ・・お礼じゃよ、お礼。こないだわしの逃げた鶏を捕まえてくれて、ついでに小屋も修理してもろうてな、おかげで卵がうんと採れたんでこうやって持って来たんじゃが。」
と、卵の入った風呂敷を持ち上げて見せた。
「卵か!」
卵なんてそうそう食卓に上るものではない。
だがその美味さは天下一品。
卵掛けごはんに目がない弥彦は風呂敷の中身を知って目を輝かせた。
お婆がそんな弥彦を見て呆れ顔になりながらも、
「ま、せっかく持って来たもんじゃから置いていくとするよ。こんなお婆でも忙しい身でな、のんびりあの警官を探す時間などないしな。これはここへ置いていってやるからもしあやつがここへ来たら私の所へ来るように伝えておくれ。」
「まかしとけ、俺が必ず伝えてやるぜ。」
卵の御礼なら何でもやるぜと弥彦は堂々胸をたたいて答えた。
「でもいいんですか、こんな高価なものを。」
薫は申し訳なさそうに言った。
いくらなんでも悪口を言った後にこんな高価な食材をただで置いていくと言われて気が引けた。
「ふん、同じ食べてもらうんなら新鮮な方がええじゃろうが。」
「それはそうですけど・・。」
いまいち納得してない薫だったが、お婆はもうそれ以上長居する理由がない。
「それじゃ、わたしゃ帰るよ。」
と、言ってスタコラ帰って行った。
「土岐ってわりといいやつなのかもな。」
卵を片手に太陽に透かしながら弥彦はウキウキしていた。
「嗚呼・・そうでござるな。」
剣心は土岐の思いもよらなかった一面を見て今まで自分が武尊に対して取った態度を少し後悔した。
最後に見た武尊の顔を思い出し回想しかけた剣心だったが、弥彦の言葉で現実世界へと引き戻された。
「そう言えば剣心、昼飯が出来たって言ってたよな。食おうぜ!今日は朝から薫にこき使われて掃除しまくったから腹へってしょうがねぇ。」
「何言ってんの!昼から出稽古行くから今日は忙しいって言ってたでしょ。」
武尊の事はまた後で考えるとして今は出稽古の支度もしなくてはと、剣心はいつもの顔に戻って言った。
「さあさあ、薫殿も弥彦も言い合いしないでご飯を食べるでござるよ。あまり時間もないでござるし。」
そう言って三人昼食を食べていると、今度は、
「緋村さんー、すみません、御在宅ですかー。」
と警察署長の声がした。
「あら、署長さんの声ね。」
「おろ?」
今日は何の用事かしらと剣心組が思っていると、
「おお皆さんお食事の最中でしたか。」
と署長が裏庭の方へ顔を出した。
「署長さんこそどうしたんですか?」
薫はお茶を出そうと立ち上がろうとすると、署長はいやいやお構いなくと手を横に振った。
「いえ土岐君はこちらにいるかと思って寄ってみたのですが。」
「なんだ署長も土岐かよ。土岐なら昨日来たけどここには住んでねぇよ。」
と弥彦は言った。
「いないんですか、そうですか・・。で、私も・・とは?」
「さっき隣村のゴウツク・・いえ、隣村のオタネさんが来て武尊さんはいるかって来たもんですから・・。」
と、薫が先程の事を署長に伝えた。
「そうでしたか、オタネさんには悪い事をしました。以前土岐君に会った時にこちらに用事があって東京に来たのだと聞いたので(警察を)おやめになった後はてっきりこちらにいると思っていたのですが。すみません、私の思い違いでした。」
と、署長は剣心達とは反対の、つまり署長は後ろに振り返って謝った。
署長の他にもう一人誰かがいる、それは剣心に分かっていた事だが気配は危険な物でないとわかり放っておいたのだ。
「いえ・・こちら(神谷道場)にも伺う予定でしたので。」
署長の後ろにいた男がそう言いながら姿を現した。
この声はまさか・・と剣心と弥彦ははっとし、その名を叫んだ。
「「鯨波!」」
そう、その男は二人が思った通りの男、鯨波であった。
だが、二人を驚かせたのは鯨波が拘置所から出たという事だけでなく鯨波の服装にあった。
鯨波は海軍の制服を身につけていた。
「緋村殿、弥彦殿、お久しぶりでござる。自分のこの姿、似合わんかな。」
きちんと身なりを整えた鯨波の姿。
その姿は堂々たるものだった。
「いや・・よく似合うでござるよ。」
剣心は使命に燃える表情をしている鯨波の顔を見て目を少し細めて喜んだ。
弥彦は鯨波の変わりように目を丸くして、
「どうしたんだ、その服。」
と不思議そうに尋ねた。
「土岐殿が拙者を海軍で雇う様に口添えしてくれたと聞いてお礼を言いに来たのだ。支度金の十円まで付けてもらってまことかたじけない。」
鯨波は少し照れくさそうにそう話した。
弥彦は一人頷く剣心に自分だけで納得するなと言ったので剣心は弥彦に解説した。
「弥彦、海軍はアームストロング砲を自在に操る鯨波の技能をかったでござるよ。きっと鯨波殿はアームストロング砲だけでなく多分砲術全般に詳しいのであろう。」
「左様、自分は砲術教官として海軍に雇ってもらったのでござる。生かしてもらった命、弥彦殿の言うとおり残ったこの左腕で精一杯つくす所存。緋村殿と弥彦殿にも再度礼を言いに参った。その節はかたじけないでござった。」
鯨波は二人に向かって深々と礼をした。
そして、
「土岐殿はまたここに来るのか?」
と聞いた。
「土岐の事は分からぬ・・。」
剣心は気まずそうに言った。
何故気まずいのかは神谷道場にいる薫や弥彦にしか分からなかったほどだったが。
「いや・・会えずとも自分がこの恩義に精一杯報いることが何より土岐殿や緋村殿、そして弥彦殿への御礼、が故に長居は無用、ではこれにて御免。」
と、鯨波は再度礼をして帰って行った。
剣心は胸の奥に痛みを先程より強く感じた。
その痛みは何なのか、剣心は分かった。
自分を頼りに京都からやって来た師匠の弟子をろくに話も聞かず聞かせず半ば追い返すような形にしてしまった事。
そう思っても幕末に出会ったあの赤い眼の武尊がどうしても今の武尊に重なる。
目を閉じて心の迷いを聞いていた剣心だったが次の薫と署長の会話によってその気持ちはまた心の奥底へ追いやられた。
「署長さんはどうしてここへ?」
薫がそう聞くと署長は今こそ本題を話す時とばかりに剣心の近くまで来て、
「緋村さん、武田観柳が脱獄しました。」
と耳打ちするように言った。
カッ。
その話に剣心の目が驚きに見開いた。
「署長・・今何と・・。」
「数日間東京をくまなく探しましたが行方は知れませんでしたので本日全国手配となりました。どこに潜んでいるかもしれませんのでどうかお気を付け下さい。では私は引き続き捜索に行って参ります。」
と、署長は敬礼して神谷道場を出て行った。
「観柳が・・。」
脱獄をしていったい何をしようとしているのか。
剣心は眉間に皺を寄せて考えていると、弥彦から激が入った。
「剣心、薫、なんて顔してるんだ。きっと大丈夫だ。左之助はいないが今は俺がいる。こんどは御庭番衆みたいな強敵はいないだろうしな。さ、さっさと飯食って出稽古行くぜ。」
若さというのはなんと強いのであろう。
剣心は日ごとに大きくなる弥彦を眩しそうに見つめるのであった。
余談雑談:
ゴウツクお婆のゴウツクとは業突く張りのことですが、じつは東京方面の方言なんですって。(ネット情報)
補足⇒【ごうつくばりとは、非常に欲張りで強情だという意味です。】
そして更なる余談です。(笑)
【たまご】・・つまり鶏卵ですが明治初期はまだ高級品とのこと。(これもネット情報)
当時鳥の肉といえば、キジやカモなどの野生の鳥が主で鶏はもっぱら観賞用が多かったという事でその卵もあまり食べるという風習が日本にはなかったとか。
文明開化で西洋の食文化が入って来ると共に鶏卵を食べる事も広まったということです。
が、気になるのはそのお値段。
明治12年の資料に寄りますと、鶏卵100匁(もんめ、と読みます。一匁は3.75g)が10銭。
当時白米10kg(分かりやすくするためにkg表示)が51銭。
つまり10kgの白米の約20%弱です。
明治20年にいまおなじみの白い鶏(レグホン)とかの西洋種が輸入されました。
その後日本の食文化に鶏卵は欠かせなくなり大正時代は上海から安い卵を輸入していたほどだそうです。
そのままでは日本の養鶏業者が壊滅する危険があるので国が施策を取り10年かけて国内自給100%を達成したとか。
卵一つにもそんな歴史があったとは・・。
ストーリー的にはラブなしの話の巻でしたが雑学でだけでもお役に立てればと思います。
(追記:今使われているあの穴の開いた五円硬貨、1枚の重さが1匁です。これで匁にもなじみ深くなりました。
2014.12.01
「薫やばいぞ!」
道場の看板の前を掃き掃除していた弥彦が薫の部屋へすっ飛んできた。
「うるさいわね、いったい何よ弥彦。」
姿見を見て髪にリボンを結んでいた薫は鏡に映った弥彦を見て振り返った。
そこへ剣心もにこにこしながらやって来た。
「何でござるか弥彦、騒がしいでござるよ。二人とも昼食が出来たでござ」
弥彦は剣心の言葉を遮ってまくし立てた。
「そんな場合じゃねぇぞ!隣村のごうつく婆さんが来たっていうのに!」
弥彦の言葉に薫の顔色がさっと変わった。
「ええっ!!あのお婆さんが?何でうちに来るのよ・・弥彦、蔵へ行くわよ。うちの家計の支えを持って行かれちゃたまらないわ!」
手早にリボンを結ぶ薫に剣心が、
「おろ?何でござるか隣村のごうつく婆さんというのは?」
と話しかけると凄い形相でリボンを縛っている薫の代わりに弥彦が、
「剣心は知らねぇかもしれねぇけど、隣村のごうつく婆さん、別名【歩くインネンババァ】って呼ばれてて人に絡んではインネンつけて物をかすめ取っていくというすげぇババァでさ、」
と矢継ぎ早に言い、薫もリボンをつけ終り、
「そうよ剣心、あの御婆さんに絡まれたらロクな事ないんだから。さ、早くしないと・・。」
と部屋を出ようとするが剣心がその時、
「そのお婆さんとやらはすでに来ているみたいでござるよ。」
と、薫の部屋の外に立っているお婆さんを薫に手で示して見せた。
「「ご・・!」」
弥彦と薫が目が飛び出るほどにお婆を見て叫んだ。
「やれやれ・・まったく年寄りに向かって失礼たらありゃぁしないね。誰がいったいそんな酷い噂を広めているんだろうね。そんな事言ってるからわしにあれこれ言われるんだよ。今日もただ人を訪ねて来ただけだというのに、まったく。」
と薫をじろりと見た。。
薫はきまり悪くて剣心の影にこそこそと隠れるように移動した。
「人でござるか?」
大げさであってもそのようなたいそうな人物がこの道場に来るとは、いったい誰に用事なのだろうか。
誰もが自分ではないと三人は互いを見合った。
するとお婆は、
「ここに土岐ちゅう警官がおると署長さんに聞いてな、ちょっと会いにきたんじゃが在宅かい?」
と言った。
「「「え?」」」
武尊の名前に三人はまた顔を見合わせた。
(土岐は確か警官をやめたと署長が言っていたのでは?)
三人は署長から斎藤の転属の話を聞いた時に武尊のことも警官をやめたのだということをちらりと聞いていた。
なので署長に武尊の事を聞いたのはかなり前なのだろうと剣心は思いながら、
「土岐は昨日確かにここに来たがここに居るわけではござらんよ。」
と言った。
「そうかい、そりゃ残念じゃったの。」
お婆は肩を落としてため息をついた。
「武尊さんがどうかしたんですか?」
薫は気になってこそこそ聞くとお婆は、
「あ、ああ・・お礼じゃよ、お礼。こないだわしの逃げた鶏を捕まえてくれて、ついでに小屋も修理してもろうてな、おかげで卵がうんと採れたんでこうやって持って来たんじゃが。」
と、卵の入った風呂敷を持ち上げて見せた。
「卵か!」
卵なんてそうそう食卓に上るものではない。
だがその美味さは天下一品。
卵掛けごはんに目がない弥彦は風呂敷の中身を知って目を輝かせた。
お婆がそんな弥彦を見て呆れ顔になりながらも、
「ま、せっかく持って来たもんじゃから置いていくとするよ。こんなお婆でも忙しい身でな、のんびりあの警官を探す時間などないしな。これはここへ置いていってやるからもしあやつがここへ来たら私の所へ来るように伝えておくれ。」
「まかしとけ、俺が必ず伝えてやるぜ。」
卵の御礼なら何でもやるぜと弥彦は堂々胸をたたいて答えた。
「でもいいんですか、こんな高価なものを。」
薫は申し訳なさそうに言った。
いくらなんでも悪口を言った後にこんな高価な食材をただで置いていくと言われて気が引けた。
「ふん、同じ食べてもらうんなら新鮮な方がええじゃろうが。」
「それはそうですけど・・。」
いまいち納得してない薫だったが、お婆はもうそれ以上長居する理由がない。
「それじゃ、わたしゃ帰るよ。」
と、言ってスタコラ帰って行った。
「土岐ってわりといいやつなのかもな。」
卵を片手に太陽に透かしながら弥彦はウキウキしていた。
「嗚呼・・そうでござるな。」
剣心は土岐の思いもよらなかった一面を見て今まで自分が武尊に対して取った態度を少し後悔した。
最後に見た武尊の顔を思い出し回想しかけた剣心だったが、弥彦の言葉で現実世界へと引き戻された。
「そう言えば剣心、昼飯が出来たって言ってたよな。食おうぜ!今日は朝から薫にこき使われて掃除しまくったから腹へってしょうがねぇ。」
「何言ってんの!昼から出稽古行くから今日は忙しいって言ってたでしょ。」
武尊の事はまた後で考えるとして今は出稽古の支度もしなくてはと、剣心はいつもの顔に戻って言った。
「さあさあ、薫殿も弥彦も言い合いしないでご飯を食べるでござるよ。あまり時間もないでござるし。」
そう言って三人昼食を食べていると、今度は、
「緋村さんー、すみません、御在宅ですかー。」
と警察署長の声がした。
「あら、署長さんの声ね。」
「おろ?」
今日は何の用事かしらと剣心組が思っていると、
「おお皆さんお食事の最中でしたか。」
と署長が裏庭の方へ顔を出した。
「署長さんこそどうしたんですか?」
薫はお茶を出そうと立ち上がろうとすると、署長はいやいやお構いなくと手を横に振った。
「いえ土岐君はこちらにいるかと思って寄ってみたのですが。」
「なんだ署長も土岐かよ。土岐なら昨日来たけどここには住んでねぇよ。」
と弥彦は言った。
「いないんですか、そうですか・・。で、私も・・とは?」
「さっき隣村のゴウツク・・いえ、隣村のオタネさんが来て武尊さんはいるかって来たもんですから・・。」
と、薫が先程の事を署長に伝えた。
「そうでしたか、オタネさんには悪い事をしました。以前土岐君に会った時にこちらに用事があって東京に来たのだと聞いたので(警察を)おやめになった後はてっきりこちらにいると思っていたのですが。すみません、私の思い違いでした。」
と、署長は剣心達とは反対の、つまり署長は後ろに振り返って謝った。
署長の他にもう一人誰かがいる、それは剣心に分かっていた事だが気配は危険な物でないとわかり放っておいたのだ。
「いえ・・こちら(神谷道場)にも伺う予定でしたので。」
署長の後ろにいた男がそう言いながら姿を現した。
この声はまさか・・と剣心と弥彦ははっとし、その名を叫んだ。
「「鯨波!」」
そう、その男は二人が思った通りの男、鯨波であった。
だが、二人を驚かせたのは鯨波が拘置所から出たという事だけでなく鯨波の服装にあった。
鯨波は海軍の制服を身につけていた。
「緋村殿、弥彦殿、お久しぶりでござる。自分のこの姿、似合わんかな。」
きちんと身なりを整えた鯨波の姿。
その姿は堂々たるものだった。
「いや・・よく似合うでござるよ。」
剣心は使命に燃える表情をしている鯨波の顔を見て目を少し細めて喜んだ。
弥彦は鯨波の変わりように目を丸くして、
「どうしたんだ、その服。」
と不思議そうに尋ねた。
「土岐殿が拙者を海軍で雇う様に口添えしてくれたと聞いてお礼を言いに来たのだ。支度金の十円まで付けてもらってまことかたじけない。」
鯨波は少し照れくさそうにそう話した。
弥彦は一人頷く剣心に自分だけで納得するなと言ったので剣心は弥彦に解説した。
「弥彦、海軍はアームストロング砲を自在に操る鯨波の技能をかったでござるよ。きっと鯨波殿はアームストロング砲だけでなく多分砲術全般に詳しいのであろう。」
「左様、自分は砲術教官として海軍に雇ってもらったのでござる。生かしてもらった命、弥彦殿の言うとおり残ったこの左腕で精一杯つくす所存。緋村殿と弥彦殿にも再度礼を言いに参った。その節はかたじけないでござった。」
鯨波は二人に向かって深々と礼をした。
そして、
「土岐殿はまたここに来るのか?」
と聞いた。
「土岐の事は分からぬ・・。」
剣心は気まずそうに言った。
何故気まずいのかは神谷道場にいる薫や弥彦にしか分からなかったほどだったが。
「いや・・会えずとも自分がこの恩義に精一杯報いることが何より土岐殿や緋村殿、そして弥彦殿への御礼、が故に長居は無用、ではこれにて御免。」
と、鯨波は再度礼をして帰って行った。
剣心は胸の奥に痛みを先程より強く感じた。
その痛みは何なのか、剣心は分かった。
自分を頼りに京都からやって来た師匠の弟子をろくに話も聞かず聞かせず半ば追い返すような形にしてしまった事。
そう思っても幕末に出会ったあの赤い眼の武尊がどうしても今の武尊に重なる。
目を閉じて心の迷いを聞いていた剣心だったが次の薫と署長の会話によってその気持ちはまた心の奥底へ追いやられた。
「署長さんはどうしてここへ?」
薫がそう聞くと署長は今こそ本題を話す時とばかりに剣心の近くまで来て、
「緋村さん、武田観柳が脱獄しました。」
と耳打ちするように言った。
カッ。
その話に剣心の目が驚きに見開いた。
「署長・・今何と・・。」
「数日間東京をくまなく探しましたが行方は知れませんでしたので本日全国手配となりました。どこに潜んでいるかもしれませんのでどうかお気を付け下さい。では私は引き続き捜索に行って参ります。」
と、署長は敬礼して神谷道場を出て行った。
「観柳が・・。」
脱獄をしていったい何をしようとしているのか。
剣心は眉間に皺を寄せて考えていると、弥彦から激が入った。
「剣心、薫、なんて顔してるんだ。きっと大丈夫だ。左之助はいないが今は俺がいる。こんどは御庭番衆みたいな強敵はいないだろうしな。さ、さっさと飯食って出稽古行くぜ。」
若さというのはなんと強いのであろう。
剣心は日ごとに大きくなる弥彦を眩しそうに見つめるのであった。
余談雑談:
ゴウツクお婆のゴウツクとは業突く張りのことですが、じつは東京方面の方言なんですって。(ネット情報)
補足⇒【ごうつくばりとは、非常に欲張りで強情だという意味です。】
そして更なる余談です。(笑)
【たまご】・・つまり鶏卵ですが明治初期はまだ高級品とのこと。(これもネット情報)
当時鳥の肉といえば、キジやカモなどの野生の鳥が主で鶏はもっぱら観賞用が多かったという事でその卵もあまり食べるという風習が日本にはなかったとか。
文明開化で西洋の食文化が入って来ると共に鶏卵を食べる事も広まったということです。
が、気になるのはそのお値段。
明治12年の資料に寄りますと、鶏卵100匁(もんめ、と読みます。一匁は3.75g)が10銭。
当時白米10kg(分かりやすくするためにkg表示)が51銭。
つまり10kgの白米の約20%弱です。
明治20年にいまおなじみの白い鶏(レグホン)とかの西洋種が輸入されました。
その後日本の食文化に鶏卵は欠かせなくなり大正時代は上海から安い卵を輸入していたほどだそうです。
そのままでは日本の養鶏業者が壊滅する危険があるので国が施策を取り10年かけて国内自給100%を達成したとか。
卵一つにもそんな歴史があったとは・・。
ストーリー的にはラブなしの話の巻でしたが雑学でだけでもお役に立てればと思います。
(追記:今使われているあの穴の開いた五円硬貨、1枚の重さが1匁です。これで匁にもなじみ深くなりました。
2014.12.01