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172.翁心親心 (操・翁・お増・蒼紫・黒・漬物屋)
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「ほうじ茶と柏餅を二人前、でよかったかの蒼紫や。」
「嗚呼・・。」
「で、お願いしますぞ。」
「はぁ~い、分かりました~。」
と、注文を取りに来た若い娘に色目を使った翁だったが娘は蒼紫の顔を見て舞い上がって奥に行ってしまった。
「むう・・ゴホン。」
蒼紫にその姿を見られて思わず咳払いでごまかす翁。
「相変わらずだな翁。そのようではさぞかしお増やお近は苦労したであろう。歴戦の老兵の名が泣くぞ。」
蒼紫は涼しい顔で翁に言った。
「まったくお前はそういう所だけはっきり言うんじゃな。じゃが、分かっとるんなら話は早い、早く儂の後を継ぎ、儂を引退させてくれんかのぅ。儂も相当ガタがきておるからして、そろそろ隠居しようかと思ってのう。」
「馬鹿な事を言うな。前にも言ったが後を継ぐのは操だ。それに翁のような色目爺を引退させて野放しにするような事になればそれこそ葵屋の恥になるというもの。引退でなく引導なら渡してやってもいいぞ。」
「まったく・・冗談きついぞ蒼紫。」
「冗談ではないぞ翁。」
二人は互いの腹の底をさぐるように目を見合った。
先に視線を外したのは翁の方だった。
「フゥ、ま、儂の引退は置いといて、じゃ。これからどうするつもりじゃ。分っとると思うがいつまでも今のように何もせんというわけにはいかんぞ。」
「嗚呼・・。」
蒼紫も翁から視線を外して格子窓の外に目をやった。
「お待たせしました。」
先程の店員が柏餅とほうじ茶を机に置き、蒼紫をちらっと見てきゃーと言いながら戻って行った。
絶句の翁は柏餅を手に取り、面白くないとふんむとかじった。
蒼紫は店員が行ってから静かにほうじ茶を取りそれをすすった。
翁も茶を飲むと、
「それとじゃ蒼紫、操の事はどうするつもりじゃ。」
と、聞いた。
「・・・・。」
蒼紫は沈黙したままだった。
「操ではだめか、蒼紫。」
「・・・。」
「操もまだ少し落ち着きが足らぬところがあるとはいえもう十六。十分嫁げる年ごろじゃ。儂等からするともちろん操の相手はそれなりにの男でないと儂等も当然認めんところじゃが、ここに一人儂等の認める素晴らしい男がおる。それはお前のことじゃ、蒼紫。操はお前と結ばれたいと思っておるし、儂等は皆、それを望んでおる。そして葵屋を次の世代へと繋げて欲しいとな。・・そしてお前は儂等がそう思っていることをすでに知っておる、そうじゃろ。」
「翁・・・。」
蒼紫はそう言って目を伏せた。
「なんじゃ蒼紫、なんなりと言ってみよ。取りあえず聞くだけは聞いてやるぞ。」
翁にそう言われて、蒼紫は何かを決心したように顔をあげて翁を見て言った。
「翁・・・
俺はあいつ等が死んで独りになっても隠密御庭番衆の御頭であることに変わりはない。俺は残りの生涯を御頭として務めあげると決めたのだ。俺の手はこれからもその任の為なら血で染まる事を厭わぬ。翁が葵屋や操の為に時代遅れの御頭がそぐわぬと言うのなら俺は再び葵屋を出る。」
「何を言うか、蒼紫。お前が出ていけば操だけでなく、般若達も泣く事になるのが分からんか。お前たちの帰る場所はここしかない。儂等は皆、死ぬまでいや、死んでも御庭番衆じゃ。今度は一人では行かせぬぞ。お前が出ていくというのなら葵屋をたたんで皆でついて行くからのぅ。ダメと言うてもダメじゃからの。お前がそんな我が儘を抜かすなら儂らも儂等で我が儘を通すぞぃ。お前が御頭として決めた務めを果たすというのに儂は依存はない。
・・・じゃがそれと千枚漬けは関係ないじゃろ。」
「・・・。」
「漬物が操を娶れぬという理由にはならんぞ、蒼紫。」
再び沈黙する蒼紫に翁は独り言を言うように話し出した。
「十五で御頭となった天才御庭番衆。任務に真面目すぎるが故に私情をすべて殺してきた男がここにおる。
・・蒼紫や先程の務めとやらの完遂するのは一向に構わん。が、徳川という屋台骨がない今、己の感情を全て殺す必要もないじゃろう。御庭番衆御頭はまた四乃森蒼紫という人間でもあるという事を自覚せよ。今ぐらい何か己の為に我が儘を言っても儂はバチは当らんと思うがのぅ。」
「翁・・。」
「土岐君はどうして連れて帰ってこなかったんじゃ。」
武尊の苗字に蒼紫の目が反応した。
「やはり土岐君か。」
翁は蒼紫の目を見逃さなかった。
「・・カマをかけたな、翁。」
「何を言うか、こんなのは言語操作の初歩の初歩じゃぞ。こんな事にひっかかりおって・・・初めて女を愛したのか、蒼紫よ。」
「俺は翁みたいに色事で百戦錬磨ではないからな。私情を出すとこんな様だ。これが四乃森蒼紫という男だ。武尊には武尊の道がある。俺が勝手に武尊を想っているだけだ。連れて帰る必要はない。直に・・忘れようぞ。それに・・武尊は御庭番衆ではないからな。」
翁は蒼紫が武尊を名前で呼んでいる事に驚きながらも、
「ほほう、それなら御庭番衆の女子なら誰でもよいのじゃな。この際操がだめならお近かお増でも翁として許すぞ。」
と言った。
「馬鹿を言うな。」
「馬鹿な事ではないぞ。今や恋に御庭番衆であるか否かは問題ではない。現に儂も反物屋やのキヌと乾物屋のウメコにお茶屋のカエに・・いやいや、儂の事はどうでもよいわ。よいか蒼紫、御庭番衆でなくとも葵屋の一員にはなれるということを忘れてはいかん。お前はこれからどうしたいのじゃ。土岐君の事は忘れる、本当にそれでよいのじゃな。」
「・・・。」
「・・蒼紫よ。お前の心が決まらねば操の未来も決まらん。お前自身の為にも操の為にもまずはお前の気持ちをお前自身で認めよ。」
「そのような我が儘など御頭として許されると思うのか。」
「何を言うか、操を娶らんというのも同じ我が儘じゃぞ。土岐君の事も操の事も同じ我が儘じゃ。じゃがそもそも、土岐君に美味い千枚漬けと食べさせたいと言っておったが京都へ戻って来た時に葵屋へ寄るという可能性はあるのか蒼紫や。」
「・・・。」
「まあ、お前の言った通り土岐君はこのまま葵屋へ寄る事もなく儂等の記憶から消えゆくのかもしれんのぅ。・・・お前がそれでいいのなら何も言わんが、もう二度と悔いの残る人生は送るべきではないぞ、般若達の為にも・・な。」
翁の言葉に握った湯呑の湯気をじっと見ていた蒼紫。
般若達の為という言葉に納得がいくものがあったのだろうか。
顔をあげて翁を見た。
「ならば・・・俺は此度だけ・・我が儘を言わせてもらうぞ。」
翁はそう答えた蒼紫を見て目を細めた。
「やっと分かってくれたか。で、どうするんじゃ?」
「知れたこと、武尊を葵屋へ連れてくる、これがまず最初の任務だ。」
「蒼紫や、その行動の源になっているお前の気持ちと、操がお前に対して抱く気持ちが同じ物だという事を心の片隅に心がけよ。土岐君の件にカタがついた後は操の気持ちに向き合ってもらうぞ。これが此度お前が我が儘を通す道理じゃからな。」
「承知した・・。」
「うむ。二人が戻ってくる頃には千枚漬けも売り出す季節になっておろう。なに、此度の事は操にとってもよい試練じゃ。お前が戻ってくると分かっていれば操のことは何とかなるじゃろう。行くがよいぞ蒼紫。」
「恩にきるぞ、翁。」
「なんもこれくらいのこと。」
蒼紫はすくっと立ち上がると甘味屋を後にした。
一人残された翁はズズズーと茶を飲む。
「儂にとっては操も可愛いが蒼紫よ・・・お前には特に幸せになって欲しいのじゃ。孤高も良いがこの世に生を受けたからには愛も知って欲しいのじゃ。やれ、この翁、歳を取り過ぎたかのぅ、息子・娘を持つ親の心境じゃわい。」
そう呟くと、蒼紫の手付かずの柏餅を包んでもらい店を出た。
(俺は武尊を連れて来る。)
葵屋へ戻った蒼紫は忍装束に着替えるとコートを羽織った。
そして長すぎて立てかけてある武器を眺めるとそれを取ることなく箪笥を開け昔の小太刀を取り出しコートの中に隠した。
(俺は・・武尊を連れて帰って・・。)
蒼紫は武尊を連れて帰った後はどうして良いのか分からなかった。
だが今は何を置いても連れて帰る、それだけを目的に今一度東京へ向かうことにした。
2014.11.19
「嗚呼・・。」
「で、お願いしますぞ。」
「はぁ~い、分かりました~。」
と、注文を取りに来た若い娘に色目を使った翁だったが娘は蒼紫の顔を見て舞い上がって奥に行ってしまった。
「むう・・ゴホン。」
蒼紫にその姿を見られて思わず咳払いでごまかす翁。
「相変わらずだな翁。そのようではさぞかしお増やお近は苦労したであろう。歴戦の老兵の名が泣くぞ。」
蒼紫は涼しい顔で翁に言った。
「まったくお前はそういう所だけはっきり言うんじゃな。じゃが、分かっとるんなら話は早い、早く儂の後を継ぎ、儂を引退させてくれんかのぅ。儂も相当ガタがきておるからして、そろそろ隠居しようかと思ってのう。」
「馬鹿な事を言うな。前にも言ったが後を継ぐのは操だ。それに翁のような色目爺を引退させて野放しにするような事になればそれこそ葵屋の恥になるというもの。引退でなく引導なら渡してやってもいいぞ。」
「まったく・・冗談きついぞ蒼紫。」
「冗談ではないぞ翁。」
二人は互いの腹の底をさぐるように目を見合った。
先に視線を外したのは翁の方だった。
「フゥ、ま、儂の引退は置いといて、じゃ。これからどうするつもりじゃ。分っとると思うがいつまでも今のように何もせんというわけにはいかんぞ。」
「嗚呼・・。」
蒼紫も翁から視線を外して格子窓の外に目をやった。
「お待たせしました。」
先程の店員が柏餅とほうじ茶を机に置き、蒼紫をちらっと見てきゃーと言いながら戻って行った。
絶句の翁は柏餅を手に取り、面白くないとふんむとかじった。
蒼紫は店員が行ってから静かにほうじ茶を取りそれをすすった。
翁も茶を飲むと、
「それとじゃ蒼紫、操の事はどうするつもりじゃ。」
と、聞いた。
「・・・・。」
蒼紫は沈黙したままだった。
「操ではだめか、蒼紫。」
「・・・。」
「操もまだ少し落ち着きが足らぬところがあるとはいえもう十六。十分嫁げる年ごろじゃ。儂等からするともちろん操の相手はそれなりにの男でないと儂等も当然認めんところじゃが、ここに一人儂等の認める素晴らしい男がおる。それはお前のことじゃ、蒼紫。操はお前と結ばれたいと思っておるし、儂等は皆、それを望んでおる。そして葵屋を次の世代へと繋げて欲しいとな。・・そしてお前は儂等がそう思っていることをすでに知っておる、そうじゃろ。」
「翁・・・。」
蒼紫はそう言って目を伏せた。
「なんじゃ蒼紫、なんなりと言ってみよ。取りあえず聞くだけは聞いてやるぞ。」
翁にそう言われて、蒼紫は何かを決心したように顔をあげて翁を見て言った。
「翁・・・
俺はあいつ等が死んで独りになっても隠密御庭番衆の御頭であることに変わりはない。俺は残りの生涯を御頭として務めあげると決めたのだ。俺の手はこれからもその任の為なら血で染まる事を厭わぬ。翁が葵屋や操の為に時代遅れの御頭がそぐわぬと言うのなら俺は再び葵屋を出る。」
「何を言うか、蒼紫。お前が出ていけば操だけでなく、般若達も泣く事になるのが分からんか。お前たちの帰る場所はここしかない。儂等は皆、死ぬまでいや、死んでも御庭番衆じゃ。今度は一人では行かせぬぞ。お前が出ていくというのなら葵屋をたたんで皆でついて行くからのぅ。ダメと言うてもダメじゃからの。お前がそんな我が儘を抜かすなら儂らも儂等で我が儘を通すぞぃ。お前が御頭として決めた務めを果たすというのに儂は依存はない。
・・・じゃがそれと千枚漬けは関係ないじゃろ。」
「・・・。」
「漬物が操を娶れぬという理由にはならんぞ、蒼紫。」
再び沈黙する蒼紫に翁は独り言を言うように話し出した。
「十五で御頭となった天才御庭番衆。任務に真面目すぎるが故に私情をすべて殺してきた男がここにおる。
・・蒼紫や先程の務めとやらの完遂するのは一向に構わん。が、徳川という屋台骨がない今、己の感情を全て殺す必要もないじゃろう。御庭番衆御頭はまた四乃森蒼紫という人間でもあるという事を自覚せよ。今ぐらい何か己の為に我が儘を言っても儂はバチは当らんと思うがのぅ。」
「翁・・。」
「土岐君はどうして連れて帰ってこなかったんじゃ。」
武尊の苗字に蒼紫の目が反応した。
「やはり土岐君か。」
翁は蒼紫の目を見逃さなかった。
「・・カマをかけたな、翁。」
「何を言うか、こんなのは言語操作の初歩の初歩じゃぞ。こんな事にひっかかりおって・・・初めて女を愛したのか、蒼紫よ。」
「俺は翁みたいに色事で百戦錬磨ではないからな。私情を出すとこんな様だ。これが四乃森蒼紫という男だ。武尊には武尊の道がある。俺が勝手に武尊を想っているだけだ。連れて帰る必要はない。直に・・忘れようぞ。それに・・武尊は御庭番衆ではないからな。」
翁は蒼紫が武尊を名前で呼んでいる事に驚きながらも、
「ほほう、それなら御庭番衆の女子なら誰でもよいのじゃな。この際操がだめならお近かお増でも翁として許すぞ。」
と言った。
「馬鹿を言うな。」
「馬鹿な事ではないぞ。今や恋に御庭番衆であるか否かは問題ではない。現に儂も反物屋やのキヌと乾物屋のウメコにお茶屋のカエに・・いやいや、儂の事はどうでもよいわ。よいか蒼紫、御庭番衆でなくとも葵屋の一員にはなれるということを忘れてはいかん。お前はこれからどうしたいのじゃ。土岐君の事は忘れる、本当にそれでよいのじゃな。」
「・・・。」
「・・蒼紫よ。お前の心が決まらねば操の未来も決まらん。お前自身の為にも操の為にもまずはお前の気持ちをお前自身で認めよ。」
「そのような我が儘など御頭として許されると思うのか。」
「何を言うか、操を娶らんというのも同じ我が儘じゃぞ。土岐君の事も操の事も同じ我が儘じゃ。じゃがそもそも、土岐君に美味い千枚漬けと食べさせたいと言っておったが京都へ戻って来た時に葵屋へ寄るという可能性はあるのか蒼紫や。」
「・・・。」
「まあ、お前の言った通り土岐君はこのまま葵屋へ寄る事もなく儂等の記憶から消えゆくのかもしれんのぅ。・・・お前がそれでいいのなら何も言わんが、もう二度と悔いの残る人生は送るべきではないぞ、般若達の為にも・・な。」
翁の言葉に握った湯呑の湯気をじっと見ていた蒼紫。
般若達の為という言葉に納得がいくものがあったのだろうか。
顔をあげて翁を見た。
「ならば・・・俺は此度だけ・・我が儘を言わせてもらうぞ。」
翁はそう答えた蒼紫を見て目を細めた。
「やっと分かってくれたか。で、どうするんじゃ?」
「知れたこと、武尊を葵屋へ連れてくる、これがまず最初の任務だ。」
「蒼紫や、その行動の源になっているお前の気持ちと、操がお前に対して抱く気持ちが同じ物だという事を心の片隅に心がけよ。土岐君の件にカタがついた後は操の気持ちに向き合ってもらうぞ。これが此度お前が我が儘を通す道理じゃからな。」
「承知した・・。」
「うむ。二人が戻ってくる頃には千枚漬けも売り出す季節になっておろう。なに、此度の事は操にとってもよい試練じゃ。お前が戻ってくると分かっていれば操のことは何とかなるじゃろう。行くがよいぞ蒼紫。」
「恩にきるぞ、翁。」
「なんもこれくらいのこと。」
蒼紫はすくっと立ち上がると甘味屋を後にした。
一人残された翁はズズズーと茶を飲む。
「儂にとっては操も可愛いが蒼紫よ・・・お前には特に幸せになって欲しいのじゃ。孤高も良いがこの世に生を受けたからには愛も知って欲しいのじゃ。やれ、この翁、歳を取り過ぎたかのぅ、息子・娘を持つ親の心境じゃわい。」
そう呟くと、蒼紫の手付かずの柏餅を包んでもらい店を出た。
(俺は武尊を連れて来る。)
葵屋へ戻った蒼紫は忍装束に着替えるとコートを羽織った。
そして長すぎて立てかけてある武器を眺めるとそれを取ることなく箪笥を開け昔の小太刀を取り出しコートの中に隠した。
(俺は・・武尊を連れて帰って・・。)
蒼紫は武尊を連れて帰った後はどうして良いのか分からなかった。
だが今は何を置いても連れて帰る、それだけを目的に今一度東京へ向かうことにした。
2014.11.19