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168.函館と待ち人 (夢主・小国先生・斎藤・永倉・新市巡査)
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互いに酒を枡に注ぎ合い何杯か立て続けに喉を潤した後、永倉は声の調子を落として斎藤に聞いた。
「一本木関門はここから割と近いが・・。明日はまだ奴らは動かないはずだ・・・行くか?」
「明日は函館警察署に行かねばならないんだが。」
「そうだったな。けど通り道だぜ。どうせお前を函館警察署に案内するのは俺だしよ、きっとあの人はお前の事を待ってると思うぜ。」
永倉の言葉に斎藤は、
「通り道なら・・。」
と控えめに了承した。
一本木関門、そこは土方歳三の最後の地である。
その事は戊辰戦争が集結ししばらく経って斎藤の耳にも入っていた。
敬愛する土方に斎藤は伝えたい想いはたくさんあった。
斎藤は函館の任務が終わって札幌へ向かう時にその場所へ赴こうと思っていたのだが永倉に『待ってるぜ』と言われたら行かないわけにはいかない。
「永倉さん、奴らはまだ動かないと言ったな。いったいどういう話なんだ。横浜出港前に急に開拓使(札幌)へ向かう前に函館署に協力しろと言われたがそれほどまで大きな事件なのか?」
「斎藤、戊辰を知らない今の若い警官がどれだけ使えると思う?あいつら十人ががりでも俺に勝てないんだぜ。」
と、永倉はため息をついた。
「警官とやりあったのか、可哀想な事をするな、永倉さんも。永倉さん相手だと百人がかりでも難しいと思うが。」
「やりあったわけじゃあねぇよ、ちょいと稽古をつけてやっただけだぜ。それに斎藤、俺一人で百人は言い過ぎだ。ま、お前とだったら百人相手でも何とかなると思うけどよ。」
「それはともかく事の詳細は明日函館警察署から聞けると思うが。概要でいい、教えてくれ。」
そういう斎藤に永倉はまたカバンを開けてガサゴソと手を突っ込んだ。
出したのは笹に包まれた握り飯だった。
「先にこれを渡しとくぜ。船を待ってる間に食堂のおばちゃんに作ってもらったんだ。これはお前の分。もちろん俺のもあるぜ。」
と、ひと包斎藤に差し出した。
斎藤がそれを受け取ると永倉はもう一度カバンに手を入れて一冊の薄い本を取り出し、ほらよと斎藤に渡した。
【好色時代男】の文字が表紙に書かれており斎藤がパラパラと中をめくると、ほぼ全ページに男と女の床での浮世絵が刷られていた。いわゆる春画だ。
「・・永倉さん、気遣いは有り難いがこのような物は俺には不要だ。」
と、斎藤は本を永倉に返そうとした。
永倉はそれを押し返し、
「は?何言ってんだ斎藤。誰もお前の性欲の心配なんかしちゃいねぇよ。それにどうせ来る前にしこたま抜いてきたんだろ。それより最後の方を見て見ろよ。」
斎藤は『うっ』、と言いかけたがその言葉を飲み込んで永倉の言うとおりもう一度めくってみると所々破られていた。
「これは・・?」
何かそこに重要な事項でも書かれてあったから破かれたのかとその意味を斎藤は永倉に聞いた。
永倉はあぶったスルメを引き裂き口に入れながら話始めた。
「ま、そのことを話す前に俺がこの件に関わった経緯から話すぜ。・・聞いてるかもしれないが、俺は近藤さんの元を離れた後、靖兵隊で戦ったんだが銚子で降伏。その後いろいろあったが結局松前藩に帰参してしばらく江戸にいたんだ。だが明治四年にこっちに移住してよ・・何、嫁が松前の出身でさ。」
斎藤は永倉が靖兵隊に参加したのは聞いていたが結婚したのは知らなかった。
「永倉さん、結婚してたのか!」
「なんでそんなに驚くんだ。戦争は終わったんだぜ。女房ぐらい持ってもいいだろ。そういうお前だって結婚ぐらいしてんだろ。ま、俺の場合はどうしてもって言われてよ、・・御家老様が仲人だぜ、断れねぇよ。相手は藩医の娘で俺は婿養子ってわけ。てな事で俺も実は改名してて杉村義衛って言うんだがよ、まあそれなりに暮らしてたんだが・・。」
永倉はスルメをゴクンと飲み込むと酒をまた一口煽った。
「ときどき家(診療所)に妙な患者が次々と運ばれて来てよ・・親父(義父・医者)に尋ねると御禁制の阿片患者だったわけだ。」
「やはりな。俺も開拓使からの資料を見ていたんだがやはりここでも阿片が使われてるのか。」
「嗚呼、箱館が開港してからそういった患者が時々出てるらしいぞ。」
「警察の力もここではザルの網かもしれないな。」
「嗚呼・・本当に広すぎるぜ、ここは。それに暮らしは半端じゃねぇくらい厳しいしな。阿片をやるやつの気持ちも分からなくはねぇが・・あれは酷いもんだ。」
「阿片は人間の精神を蝕むからな。」
「その通りだ。だが今までの阿片なら何とか更生させることもできた。だが最近出回っているやつは違った。」
「違った?」
「嗚呼、昨年から今年の夏前の患者は今までとは違ったんだ。中毒になった奴らは残念だが人間に戻れねぇ・・奴らは食べる事も忘れちまうのさ。」
永倉は大きなため息をついた。
斎藤は煙草に火を点けて永倉を見た。
「薬がより強力になったかもしれんな。だがそれが今回の事件とどうつながりがある。」
「まあ聞けよ、函館警察署の調べではその強い毒性を持つ阿片は海外から持ち込まれたものではないという事だ。つまり、国産・・どうやら【蜘蛛の巣】と言われる新型阿片だという事だ。」
「【蜘蛛の巣】だと?」
斎藤の眉間のしわがぐっと深くなった。
「知ってるのか?」
「嗚呼、東京の悪徳青年実業家が裏で作っていた悪質な阿片だ。そうか・・こんな所まで出回ってたのか。」
「おいおい、まさか野放しにしてるんじゃないだろうな。」
「いや、あいつは夏前に抜刀斎によって警察が捕まえたんだが・・。」
「抜刀斎!?あの人斬り抜刀斎か。明治になっても人斬りやってんのかあいつ。」
「いや・・・抜刀斎の事は後で話す。それより先を教えてくれ永倉さん。」
斎藤は眉間に皺をよせたまま煙草をふかした。
永倉は話を続けた。
「話はここからが本題だ。約ひと月前の事だ。松前近くの小さな漁村なんだが虐殺事件が起きて村が全滅した。」
「・・下手人は捕まったのか?」
「警察の話だとそいつらは村の男衆四人で翌日の漁に合わせて網を修理するために同じ小屋にいたやつらだったんだそうだ。村人を殺っちまった後、元の小屋に逃げ込み互いの頭を打ち付けて合って死んでいたそうだ。」
「・・・。」
「そしてそのすぐ後、他の漁村でも同じような事があった。その時の犯人達は崖から飛び降りて自殺したそうだ。信じられるか?たて続けに村が全滅だぜ?そして犯人は共に自殺。」
「凶暴性を引き出す作用でもあるのか。」
「何とも言えねぇがその可能性はある。まだ妙な事があるそ。その男達が持っていたのがその本だ。それぞれ同じ本を持っていやがった。」
永倉にそう言われて斎藤は手に持っていたその本をもう一度眺めた。
「こんな本でも日々暮らすのがやっとの奴等に買えるしろものではないだろう。」
「そこが俺もしっくりこねぇ。函館警察署もお手上げよ。そこに東京警視庁から敏腕の警部補がこっちに来るっていう話で開拓使に行く前に御協力を仰ぐっていう話になったのさ。それがまさか斎藤だったとは思わなかったがよ。」
「俺は俺の信念を貫いているだけだんだがな、永倉さん。」
「【悪・即・斬】か。恐い警官が赴任してきたもんだ。」
「そういう永倉さんもこっちで遊んでいるわけじゃないんだろ。」
「お前に比べりゃ遊んでいるようなもんさ。時々乞われるままに剣術師範をやってるぐらいさ。気楽だよ、お前に比べれば。」
「そういう割には楽しそうに見えるが。」
「そりゃ【悪・即・斬】なんて懐かしい言葉を聞けば血がたぎるってもんだろう。実戦は久しぶりだからな、せいぜいお前の足を引っ張らないようにしなけりゃな。」
そういう永倉の言葉に二人は笑った。
笑い終わった後、永倉は自分の酒枡に酒を注ぎながら、
「まっ、早く真相を突き止めてこれ以上犠牲者をださねぇようにしなくちゃな。あんな事件が街中で起きれば明治政府の立場ねぇしよ。で、話はこの本に戻るんだが・・。ちょいと本かしてみな。」
永倉は斎藤から本を受け取ると、紙を少し破りそれを囲炉裏にくべた。
紙はすぐさま炎に包まれ明るく燃え上がると紫がかった煙をあげた。
「うっ、この匂いは・・。」
斎藤は袖口で口元を押さえた。
「そうだ、斎藤、阿片だ。紙に浸み込ませてあるんだとさ。これくらいなら大丈夫だが一度に大量に煙を吸うとやばいらしい。」
「今回の下手人はこの煙を大量に吸って犯行に及んだのか?」
「・・いや、いきなり大量に煙を吸えば急性中毒というのになり息が出来なくなって死ぬ。」
永倉がそう言った後、二人は少しの間沈黙した。
「・・・・試したのか。」
斎藤がそう言うと永倉は言いたくなかったとギリリと唇を噛んで視線を逸らした。
「親父(義父)が函館署に呼ばれてそれに立ち会ったそうだ。相手は重罪人だったらしいがな。・・・以前俺にも警官への職の誘いもあったが俺は明治政府のそういう所が好かねぇ。これが俺が剣術師範のままでいる理由だ。」
「・・永倉さんらしいな。」
「ついでに言うと今回の件、ことによっては表沙汰にならないようにするつもりだ。だからお前を呼んだんだとさ、・・・密偵のお前をな。」
永倉と斎藤は互いを見つめ合うなか、囲炉裏の薪がパチっとはぜて炎の粉を飛ばした。
「一本木関門はここから割と近いが・・。明日はまだ奴らは動かないはずだ・・・行くか?」
「明日は函館警察署に行かねばならないんだが。」
「そうだったな。けど通り道だぜ。どうせお前を函館警察署に案内するのは俺だしよ、きっとあの人はお前の事を待ってると思うぜ。」
永倉の言葉に斎藤は、
「通り道なら・・。」
と控えめに了承した。
一本木関門、そこは土方歳三の最後の地である。
その事は戊辰戦争が集結ししばらく経って斎藤の耳にも入っていた。
敬愛する土方に斎藤は伝えたい想いはたくさんあった。
斎藤は函館の任務が終わって札幌へ向かう時にその場所へ赴こうと思っていたのだが永倉に『待ってるぜ』と言われたら行かないわけにはいかない。
「永倉さん、奴らはまだ動かないと言ったな。いったいどういう話なんだ。横浜出港前に急に開拓使(札幌)へ向かう前に函館署に協力しろと言われたがそれほどまで大きな事件なのか?」
「斎藤、戊辰を知らない今の若い警官がどれだけ使えると思う?あいつら十人ががりでも俺に勝てないんだぜ。」
と、永倉はため息をついた。
「警官とやりあったのか、可哀想な事をするな、永倉さんも。永倉さん相手だと百人がかりでも難しいと思うが。」
「やりあったわけじゃあねぇよ、ちょいと稽古をつけてやっただけだぜ。それに斎藤、俺一人で百人は言い過ぎだ。ま、お前とだったら百人相手でも何とかなると思うけどよ。」
「それはともかく事の詳細は明日函館警察署から聞けると思うが。概要でいい、教えてくれ。」
そういう斎藤に永倉はまたカバンを開けてガサゴソと手を突っ込んだ。
出したのは笹に包まれた握り飯だった。
「先にこれを渡しとくぜ。船を待ってる間に食堂のおばちゃんに作ってもらったんだ。これはお前の分。もちろん俺のもあるぜ。」
と、ひと包斎藤に差し出した。
斎藤がそれを受け取ると永倉はもう一度カバンに手を入れて一冊の薄い本を取り出し、ほらよと斎藤に渡した。
【好色時代男】の文字が表紙に書かれており斎藤がパラパラと中をめくると、ほぼ全ページに男と女の床での浮世絵が刷られていた。いわゆる春画だ。
「・・永倉さん、気遣いは有り難いがこのような物は俺には不要だ。」
と、斎藤は本を永倉に返そうとした。
永倉はそれを押し返し、
「は?何言ってんだ斎藤。誰もお前の性欲の心配なんかしちゃいねぇよ。それにどうせ来る前にしこたま抜いてきたんだろ。それより最後の方を見て見ろよ。」
斎藤は『うっ』、と言いかけたがその言葉を飲み込んで永倉の言うとおりもう一度めくってみると所々破られていた。
「これは・・?」
何かそこに重要な事項でも書かれてあったから破かれたのかとその意味を斎藤は永倉に聞いた。
永倉はあぶったスルメを引き裂き口に入れながら話始めた。
「ま、そのことを話す前に俺がこの件に関わった経緯から話すぜ。・・聞いてるかもしれないが、俺は近藤さんの元を離れた後、靖兵隊で戦ったんだが銚子で降伏。その後いろいろあったが結局松前藩に帰参してしばらく江戸にいたんだ。だが明治四年にこっちに移住してよ・・何、嫁が松前の出身でさ。」
斎藤は永倉が靖兵隊に参加したのは聞いていたが結婚したのは知らなかった。
「永倉さん、結婚してたのか!」
「なんでそんなに驚くんだ。戦争は終わったんだぜ。女房ぐらい持ってもいいだろ。そういうお前だって結婚ぐらいしてんだろ。ま、俺の場合はどうしてもって言われてよ、・・御家老様が仲人だぜ、断れねぇよ。相手は藩医の娘で俺は婿養子ってわけ。てな事で俺も実は改名してて杉村義衛って言うんだがよ、まあそれなりに暮らしてたんだが・・。」
永倉はスルメをゴクンと飲み込むと酒をまた一口煽った。
「ときどき家(診療所)に妙な患者が次々と運ばれて来てよ・・親父(義父・医者)に尋ねると御禁制の阿片患者だったわけだ。」
「やはりな。俺も開拓使からの資料を見ていたんだがやはりここでも阿片が使われてるのか。」
「嗚呼、箱館が開港してからそういった患者が時々出てるらしいぞ。」
「警察の力もここではザルの網かもしれないな。」
「嗚呼・・本当に広すぎるぜ、ここは。それに暮らしは半端じゃねぇくらい厳しいしな。阿片をやるやつの気持ちも分からなくはねぇが・・あれは酷いもんだ。」
「阿片は人間の精神を蝕むからな。」
「その通りだ。だが今までの阿片なら何とか更生させることもできた。だが最近出回っているやつは違った。」
「違った?」
「嗚呼、昨年から今年の夏前の患者は今までとは違ったんだ。中毒になった奴らは残念だが人間に戻れねぇ・・奴らは食べる事も忘れちまうのさ。」
永倉は大きなため息をついた。
斎藤は煙草に火を点けて永倉を見た。
「薬がより強力になったかもしれんな。だがそれが今回の事件とどうつながりがある。」
「まあ聞けよ、函館警察署の調べではその強い毒性を持つ阿片は海外から持ち込まれたものではないという事だ。つまり、国産・・どうやら【蜘蛛の巣】と言われる新型阿片だという事だ。」
「【蜘蛛の巣】だと?」
斎藤の眉間のしわがぐっと深くなった。
「知ってるのか?」
「嗚呼、東京の悪徳青年実業家が裏で作っていた悪質な阿片だ。そうか・・こんな所まで出回ってたのか。」
「おいおい、まさか野放しにしてるんじゃないだろうな。」
「いや、あいつは夏前に抜刀斎によって警察が捕まえたんだが・・。」
「抜刀斎!?あの人斬り抜刀斎か。明治になっても人斬りやってんのかあいつ。」
「いや・・・抜刀斎の事は後で話す。それより先を教えてくれ永倉さん。」
斎藤は眉間に皺をよせたまま煙草をふかした。
永倉は話を続けた。
「話はここからが本題だ。約ひと月前の事だ。松前近くの小さな漁村なんだが虐殺事件が起きて村が全滅した。」
「・・下手人は捕まったのか?」
「警察の話だとそいつらは村の男衆四人で翌日の漁に合わせて網を修理するために同じ小屋にいたやつらだったんだそうだ。村人を殺っちまった後、元の小屋に逃げ込み互いの頭を打ち付けて合って死んでいたそうだ。」
「・・・。」
「そしてそのすぐ後、他の漁村でも同じような事があった。その時の犯人達は崖から飛び降りて自殺したそうだ。信じられるか?たて続けに村が全滅だぜ?そして犯人は共に自殺。」
「凶暴性を引き出す作用でもあるのか。」
「何とも言えねぇがその可能性はある。まだ妙な事があるそ。その男達が持っていたのがその本だ。それぞれ同じ本を持っていやがった。」
永倉にそう言われて斎藤は手に持っていたその本をもう一度眺めた。
「こんな本でも日々暮らすのがやっとの奴等に買えるしろものではないだろう。」
「そこが俺もしっくりこねぇ。函館警察署もお手上げよ。そこに東京警視庁から敏腕の警部補がこっちに来るっていう話で開拓使に行く前に御協力を仰ぐっていう話になったのさ。それがまさか斎藤だったとは思わなかったがよ。」
「俺は俺の信念を貫いているだけだんだがな、永倉さん。」
「【悪・即・斬】か。恐い警官が赴任してきたもんだ。」
「そういう永倉さんもこっちで遊んでいるわけじゃないんだろ。」
「お前に比べりゃ遊んでいるようなもんさ。時々乞われるままに剣術師範をやってるぐらいさ。気楽だよ、お前に比べれば。」
「そういう割には楽しそうに見えるが。」
「そりゃ【悪・即・斬】なんて懐かしい言葉を聞けば血がたぎるってもんだろう。実戦は久しぶりだからな、せいぜいお前の足を引っ張らないようにしなけりゃな。」
そういう永倉の言葉に二人は笑った。
笑い終わった後、永倉は自分の酒枡に酒を注ぎながら、
「まっ、早く真相を突き止めてこれ以上犠牲者をださねぇようにしなくちゃな。あんな事件が街中で起きれば明治政府の立場ねぇしよ。で、話はこの本に戻るんだが・・。ちょいと本かしてみな。」
永倉は斎藤から本を受け取ると、紙を少し破りそれを囲炉裏にくべた。
紙はすぐさま炎に包まれ明るく燃え上がると紫がかった煙をあげた。
「うっ、この匂いは・・。」
斎藤は袖口で口元を押さえた。
「そうだ、斎藤、阿片だ。紙に浸み込ませてあるんだとさ。これくらいなら大丈夫だが一度に大量に煙を吸うとやばいらしい。」
「今回の下手人はこの煙を大量に吸って犯行に及んだのか?」
「・・いや、いきなり大量に煙を吸えば急性中毒というのになり息が出来なくなって死ぬ。」
永倉がそう言った後、二人は少しの間沈黙した。
「・・・・試したのか。」
斎藤がそう言うと永倉は言いたくなかったとギリリと唇を噛んで視線を逸らした。
「親父(義父)が函館署に呼ばれてそれに立ち会ったそうだ。相手は重罪人だったらしいがな。・・・以前俺にも警官への職の誘いもあったが俺は明治政府のそういう所が好かねぇ。これが俺が剣術師範のままでいる理由だ。」
「・・永倉さんらしいな。」
「ついでに言うと今回の件、ことによっては表沙汰にならないようにするつもりだ。だからお前を呼んだんだとさ、・・・密偵のお前をな。」
永倉と斎藤は互いを見つめ合うなか、囲炉裏の薪がパチっとはぜて炎の粉を飛ばした。