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167.左之助の頼み (夢主・左之助・かふぇおじさん)
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長い長い一時間だった。ようやく『オーイ』というマーティンの声が聞こえた。
武尊は立ちあがって後ろを見るとマーティンが手を振っているのが見えた。
「アア ヨカッタ、モシカシタラ カエッテシマッタカモ ト シンパイ シマシタ。」
帰りたい気持ちがないことはなかったと武尊が思っていると、左之助がマーティンの声に起き上がった。
「よ、じいさん。待ってたぜ。ビフテックとやらを食べさせてもらおうか。」
腹が減ってると言いつつもピチピチと生きのいい左之助にマーティンも思わずニコニコする。
「ヤーヤー、ソレジャア ミナサン イキマショウカ。」
と、マーティンが二人を連れて行ったのは居留区内にある外国人用の飲食店だった。
(ブラッスリー※1か・・。)
武尊は仏蘭西語で【BRASSERIE】と書かれた木の看板を見上げた。
マーティンが入口の扉を開くと洋風のいい匂いが漂ってきた。
「なんだこりゃ、けど美味そうな匂いだな!」
左之助は牛鍋とは違う文化の匂いに興奮した。
勝手に奥に行こうとする左之助を武尊は服をつかんで引き戻した。
「なんでぃ。」
不機嫌そうな声を出す左之助に、
「ここでは呼ばれるまで待つんだよ。それが決まりだ。」
と、武尊は注意を促した。
左之助はイライラして貧乏ゆすりをしていたが、早めの来店だったので三人はすぐに呼ばれて席につくことができた。
マーティンはビフテック3つとビールを3つ頼もうとしたが武尊はビールを断り水をもらうように頼んだ。
乾杯の時左之助はビールが苦い、こんなもん飲めねぇと言っていたくせに塩胡椒のきいたビフテックが来ると美味い美味いと連発してビールをおかわりし、ビフテックまでおかわりした。
「ちょっ・・、遠慮ってもの知らないのか。」
と、武尊は小声で左之助に言うが、
「じいさんがいいって言うんだ、別にいいじゃねぇか。」
と、ガツガツ肉に夢中になっていた。
「マーティン!」
「イイジャアリマセンカ、コレガ ワカモノデショ。」
と、マーティンは笑顔だった。
ハァ、と武尊はため息一つ、同じ日本人としてちょっと恥ずかしいと思っていると、いきなり一人金髪の男が入って来て他のテーブルで食事をしている男になにやら大声で話し出した。
(英語だ・・・。)
と、武尊は聞き耳を立てながら切り分けた肉をフォークで一口づつ口に運んでいると、初めてフォークとナイフを見て使い方が分からずとりあえずフォークで肉をぶっ刺して噛りついてもぐさせている左之助が、
「なんだあいつ、腹減ってるのに食わせてもらえないのか?」
と言ったので武尊は思わず、
「違うよ、仲間が食あたり起して寝込んだって言ってるんだよ。どうやら船乗りのようだね、荷物積むのに人手が足らないとか言ってる。」
と言ってしまった。
「オオ!アナタハ イングリッシュ ワカルノデスカ!」
すかさず突っ込まれて、
(しまった・・この時代で英語が分かるなんてバレたらちょっと面倒かも。)
と思った武尊は、
「A little ・・・ですけどね。」
と答えた。
マーティンは武尊の更なる能力に驚きながら、
「アノヒトタチノ センチョウ ワタシ ノ シリアイ。シュッコウ チカイノニ タイヘンデスネ。」
と、マーティンは気の毒がった。
その時、動き続けていた左之助の口が止まった。
そして次の瞬間ガタっと立ち上がってマーティンの方へ身を乗り出して言った。
「じいさん、頼む!俺を代わりに使ってくれるように言ってくれ!そして俺を船に乗せてくれ!」
食事中に唾が飛ぶぐらいの距離に詰め寄られてマーティンもびっくりした。
左之助の勢いにタジタジのマーティンを見て武尊も堪忍袋の緒が切れそうになった。
(今ここでこいつを絞めたい・・。)
もう勘弁してくれと武尊は頭を抱えたい気持ちになった。
「マア スワッテ・・。トリアエズ タベマショウ。」
マーティンの穏やかな口調に左之助は席に付いた。
「フム・・アナタ イングリッシュ ワカリマスカ?」
とマーティンは左之助に聞いた。
「・・わかるわけねぇだろう。」
「ワカリマシタ、チョットマッテテクダサーイ。」
と、マーティンは席を立って男達の所へ行って話をしはじめた。
「おっしゃ、これで大丈夫だな。」
と、ドヤ顔の左之助に、
「喜ぶのはまだ早いよ、明日船長へのアポ・・会う約束をとってるだけみたいだから。」
と武尊はすまし顔で言った。
「そうなのか!」
げっ、と驚く左之助に
「当たり前じゃん、彼は船長でもなんでもないんだから。」
と武尊が言うとマーティンが戻って来て
「アナタ、ナマエハ?」
と左之助に聞いた。
「おっと、こりゃいけねぇ。まだ名乗ってなかったな。俺は相楽左之助だ。」
「オー、サガラサノスーケ。アシタ ワタシト キャプテン ノ トコロニ イクーネ。」
「わかったぜ、じいさん。恩にきるぜ。」
「ソレデハ タベオワッタラ ワタシノ イエニ イキマショウ。」
「え、私も?」
「モチロンデース。ジカン ナイデスカ?」
特に用事はない上に御馳走まで頂いてすぐ帰るのも気まずいので武尊は仕方なく同行した。
ガス灯が照らす道を辿ってマーティンの家についた。
夜なのでランプで部屋を灯すと、昼間とは違いまたいい雰囲気だった。
「おー、ここがじいさんの家か。すげぇなあ。」
と初めて入った洋館に左之助は驚きつつ部屋を見回した。
「腹がいっぱいになったら眠くなってきたぜ。ちょっと横になるぜ。」
通常洋館にはゲストルームがあったりするのだが、マーティンの家は家を空けることも多く一つしかベッドがないので左之助にソファーに横になるようにすすめた。
するとすぐにイビキをかきだした。
「よっぽどお腹が一杯になったんだろうね。」
と、一枚でも大きいと思ったビフテックを思い出しながら武尊は苦笑した。
「タケル、コーヒー イカガ?」
と、マーティンは武尊にコーヒーを進めたが武尊は丁重に断った。
そして、
「マーティン・・、彼(左之助)をダシにしてまでどうしてそんなに私を引き留めるのですか?」
と聞いた。
「ワカッテマシタカ・・。」
「ええ。」
「ワタシハ ヤハリ アナタニ ムスメノ オモカゲヲ ミテイルノカモ、イエ、ミテイタイノカモ シレマセン。」
マーティンはガラス棚へ歩いて行きお酒を取り出した。
「イカガ?」
「いえ、私は本当にお酒は飲めないんです。」
武尊が断るとマーティンはそれをグラスに注ぎクイっと仰いだ。
「サンネンカン ズット サガシツヅケテモ テガカリスラナイママ カエルスンゼン ニ アナタ ニ デアエタ・・・・スミマセン ワタシ ホントウハ アナタ ヲ ツレテカエリタイ。デモ、コレハ イケナイコト。」
「私は(絶対)あなたの娘ではありませんよ。歳も合わないし。」
武尊はマーティンの目に少し狂気が見えて身震いした。
もうここにいてはいけない。
そんな警告が武尊の胸に鳴った。
マーティンも武尊と同じ事を考えていたのだろうか。
これ以上武尊を引き留めるべきではないと思った。
「ソウデスネ、ムスメ トイウヨリハ マゴ デスネ。・・キョウハ ゴイッショ アリガトウ、デモ モウ カエッタホウガイイ・・。」
と、グラスの半分をくっと仰いで空にすると
「デモ スコシダケ マッテ。アゲタイモノガアリマース。」
と、武尊を待たせて二階へあがって行った。
そんなマーティンの後ろ姿を見て武尊は、
(ショットガンでも持ってきて撃たれるかな・・。)
死体にして持って帰る気なんじゃないだろうかと武尊は密かにオーラを集中し始めた。
マーティンはすぐに戻って来た。
手にはショットガンの代わりにコートが掛けられていた。
「コレハ ニホンニイルムスメノタメニ モッテキタ フク。アナタノ ソノフク ニ ヨクニアウ。ダイジョウブ、スコシ チイサメニ ツクッテアリマース。」
と、武尊にコートを差し出した。
武尊は教会でもらった洋服をきたままだ。
とても体にフィットするのでこれからもそれを着て過ごそうと思っていたが、冬を前に上着をどこで調達しようかと考えていた所でもあった。
それをもらえるというのはとてもありがたい。
それにこれは受け取るべきものなのだろう。
そう思い、武尊は受け取った。
「ありがとう、マーティン。」
「イエ、オレイヲ イウノハ ワタシノホウ。ソレカラモウヒトツ・・。」
と、マーティンはポケットからロケットペンダントを取り出した。
「コレヲ。」
手を出した武尊の手のひらに花がデザインしてあるロケットペンダントとその鎖がサラサラと手渡された。
(チューリップ柄だ、珍しい。)
と思いながら武尊はそれを握り締めた。
「デハ オイキナサイ。」
「マーティン・・。」
最初の出会いは怪しい日本語の誘いからだったと武尊はマーテインを見た。
それでも彼のコーヒーのおもてなしは武尊の心を癒すものだったし、斎藤へのプレゼントを手に入れることが出来たのもマーティンのお蔭。
たとえ今その目に狂気をにじませてもそれは家族への愛故に、逆にそれほど家族を想えるなんて羨ましいと武尊はマーティンを見た。
「いろいろありがとう、感謝します。」
「イエイエ、ワタシノホウガ カンシャデス。」
「最後に・・リクエストしていい?マーティンがそれを弾いている間にここを出ます。」
「ワカリマシタ。ココロヲコメテ ヒキマショウ。」
「じゃあ、ベートーベンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調・・・『幻想曲風に』※2を。」
「Beethoven!ヤー、Klaviersonate Nr. 14 cis-moll "Quasi una Fantasia" ネ。」
とマーティンは言うとピアノの鍵盤の布を取った。
そして静かに引き始めた。
武尊の言った曲が本当にこれでいいのかマーティンは武尊を見た。
武尊もマーティンを見て静かにうなずいた。
約三分後・・武尊は静かにその場所を離れた。
マーティンは武尊の去っていく気配を感じながらピアノを弾き続けた。
※1、この場合酒と食事を提供する店
※2、一般には『月光ソナタ』として知られている
武尊は立ちあがって後ろを見るとマーティンが手を振っているのが見えた。
「アア ヨカッタ、モシカシタラ カエッテシマッタカモ ト シンパイ シマシタ。」
帰りたい気持ちがないことはなかったと武尊が思っていると、左之助がマーティンの声に起き上がった。
「よ、じいさん。待ってたぜ。ビフテックとやらを食べさせてもらおうか。」
腹が減ってると言いつつもピチピチと生きのいい左之助にマーティンも思わずニコニコする。
「ヤーヤー、ソレジャア ミナサン イキマショウカ。」
と、マーティンが二人を連れて行ったのは居留区内にある外国人用の飲食店だった。
(ブラッスリー※1か・・。)
武尊は仏蘭西語で【BRASSERIE】と書かれた木の看板を見上げた。
マーティンが入口の扉を開くと洋風のいい匂いが漂ってきた。
「なんだこりゃ、けど美味そうな匂いだな!」
左之助は牛鍋とは違う文化の匂いに興奮した。
勝手に奥に行こうとする左之助を武尊は服をつかんで引き戻した。
「なんでぃ。」
不機嫌そうな声を出す左之助に、
「ここでは呼ばれるまで待つんだよ。それが決まりだ。」
と、武尊は注意を促した。
左之助はイライラして貧乏ゆすりをしていたが、早めの来店だったので三人はすぐに呼ばれて席につくことができた。
マーティンはビフテック3つとビールを3つ頼もうとしたが武尊はビールを断り水をもらうように頼んだ。
乾杯の時左之助はビールが苦い、こんなもん飲めねぇと言っていたくせに塩胡椒のきいたビフテックが来ると美味い美味いと連発してビールをおかわりし、ビフテックまでおかわりした。
「ちょっ・・、遠慮ってもの知らないのか。」
と、武尊は小声で左之助に言うが、
「じいさんがいいって言うんだ、別にいいじゃねぇか。」
と、ガツガツ肉に夢中になっていた。
「マーティン!」
「イイジャアリマセンカ、コレガ ワカモノデショ。」
と、マーティンは笑顔だった。
ハァ、と武尊はため息一つ、同じ日本人としてちょっと恥ずかしいと思っていると、いきなり一人金髪の男が入って来て他のテーブルで食事をしている男になにやら大声で話し出した。
(英語だ・・・。)
と、武尊は聞き耳を立てながら切り分けた肉をフォークで一口づつ口に運んでいると、初めてフォークとナイフを見て使い方が分からずとりあえずフォークで肉をぶっ刺して噛りついてもぐさせている左之助が、
「なんだあいつ、腹減ってるのに食わせてもらえないのか?」
と言ったので武尊は思わず、
「違うよ、仲間が食あたり起して寝込んだって言ってるんだよ。どうやら船乗りのようだね、荷物積むのに人手が足らないとか言ってる。」
と言ってしまった。
「オオ!アナタハ イングリッシュ ワカルノデスカ!」
すかさず突っ込まれて、
(しまった・・この時代で英語が分かるなんてバレたらちょっと面倒かも。)
と思った武尊は、
「A little ・・・ですけどね。」
と答えた。
マーティンは武尊の更なる能力に驚きながら、
「アノヒトタチノ センチョウ ワタシ ノ シリアイ。シュッコウ チカイノニ タイヘンデスネ。」
と、マーティンは気の毒がった。
その時、動き続けていた左之助の口が止まった。
そして次の瞬間ガタっと立ち上がってマーティンの方へ身を乗り出して言った。
「じいさん、頼む!俺を代わりに使ってくれるように言ってくれ!そして俺を船に乗せてくれ!」
食事中に唾が飛ぶぐらいの距離に詰め寄られてマーティンもびっくりした。
左之助の勢いにタジタジのマーティンを見て武尊も堪忍袋の緒が切れそうになった。
(今ここでこいつを絞めたい・・。)
もう勘弁してくれと武尊は頭を抱えたい気持ちになった。
「マア スワッテ・・。トリアエズ タベマショウ。」
マーティンの穏やかな口調に左之助は席に付いた。
「フム・・アナタ イングリッシュ ワカリマスカ?」
とマーティンは左之助に聞いた。
「・・わかるわけねぇだろう。」
「ワカリマシタ、チョットマッテテクダサーイ。」
と、マーティンは席を立って男達の所へ行って話をしはじめた。
「おっしゃ、これで大丈夫だな。」
と、ドヤ顔の左之助に、
「喜ぶのはまだ早いよ、明日船長へのアポ・・会う約束をとってるだけみたいだから。」
と武尊はすまし顔で言った。
「そうなのか!」
げっ、と驚く左之助に
「当たり前じゃん、彼は船長でもなんでもないんだから。」
と武尊が言うとマーティンが戻って来て
「アナタ、ナマエハ?」
と左之助に聞いた。
「おっと、こりゃいけねぇ。まだ名乗ってなかったな。俺は相楽左之助だ。」
「オー、サガラサノスーケ。アシタ ワタシト キャプテン ノ トコロニ イクーネ。」
「わかったぜ、じいさん。恩にきるぜ。」
「ソレデハ タベオワッタラ ワタシノ イエニ イキマショウ。」
「え、私も?」
「モチロンデース。ジカン ナイデスカ?」
特に用事はない上に御馳走まで頂いてすぐ帰るのも気まずいので武尊は仕方なく同行した。
ガス灯が照らす道を辿ってマーティンの家についた。
夜なのでランプで部屋を灯すと、昼間とは違いまたいい雰囲気だった。
「おー、ここがじいさんの家か。すげぇなあ。」
と初めて入った洋館に左之助は驚きつつ部屋を見回した。
「腹がいっぱいになったら眠くなってきたぜ。ちょっと横になるぜ。」
通常洋館にはゲストルームがあったりするのだが、マーティンの家は家を空けることも多く一つしかベッドがないので左之助にソファーに横になるようにすすめた。
するとすぐにイビキをかきだした。
「よっぽどお腹が一杯になったんだろうね。」
と、一枚でも大きいと思ったビフテックを思い出しながら武尊は苦笑した。
「タケル、コーヒー イカガ?」
と、マーティンは武尊にコーヒーを進めたが武尊は丁重に断った。
そして、
「マーティン・・、彼(左之助)をダシにしてまでどうしてそんなに私を引き留めるのですか?」
と聞いた。
「ワカッテマシタカ・・。」
「ええ。」
「ワタシハ ヤハリ アナタニ ムスメノ オモカゲヲ ミテイルノカモ、イエ、ミテイタイノカモ シレマセン。」
マーティンはガラス棚へ歩いて行きお酒を取り出した。
「イカガ?」
「いえ、私は本当にお酒は飲めないんです。」
武尊が断るとマーティンはそれをグラスに注ぎクイっと仰いだ。
「サンネンカン ズット サガシツヅケテモ テガカリスラナイママ カエルスンゼン ニ アナタ ニ デアエタ・・・・スミマセン ワタシ ホントウハ アナタ ヲ ツレテカエリタイ。デモ、コレハ イケナイコト。」
「私は(絶対)あなたの娘ではありませんよ。歳も合わないし。」
武尊はマーティンの目に少し狂気が見えて身震いした。
もうここにいてはいけない。
そんな警告が武尊の胸に鳴った。
マーティンも武尊と同じ事を考えていたのだろうか。
これ以上武尊を引き留めるべきではないと思った。
「ソウデスネ、ムスメ トイウヨリハ マゴ デスネ。・・キョウハ ゴイッショ アリガトウ、デモ モウ カエッタホウガイイ・・。」
と、グラスの半分をくっと仰いで空にすると
「デモ スコシダケ マッテ。アゲタイモノガアリマース。」
と、武尊を待たせて二階へあがって行った。
そんなマーティンの後ろ姿を見て武尊は、
(ショットガンでも持ってきて撃たれるかな・・。)
死体にして持って帰る気なんじゃないだろうかと武尊は密かにオーラを集中し始めた。
マーティンはすぐに戻って来た。
手にはショットガンの代わりにコートが掛けられていた。
「コレハ ニホンニイルムスメノタメニ モッテキタ フク。アナタノ ソノフク ニ ヨクニアウ。ダイジョウブ、スコシ チイサメニ ツクッテアリマース。」
と、武尊にコートを差し出した。
武尊は教会でもらった洋服をきたままだ。
とても体にフィットするのでこれからもそれを着て過ごそうと思っていたが、冬を前に上着をどこで調達しようかと考えていた所でもあった。
それをもらえるというのはとてもありがたい。
それにこれは受け取るべきものなのだろう。
そう思い、武尊は受け取った。
「ありがとう、マーティン。」
「イエ、オレイヲ イウノハ ワタシノホウ。ソレカラモウヒトツ・・。」
と、マーティンはポケットからロケットペンダントを取り出した。
「コレヲ。」
手を出した武尊の手のひらに花がデザインしてあるロケットペンダントとその鎖がサラサラと手渡された。
(チューリップ柄だ、珍しい。)
と思いながら武尊はそれを握り締めた。
「デハ オイキナサイ。」
「マーティン・・。」
最初の出会いは怪しい日本語の誘いからだったと武尊はマーテインを見た。
それでも彼のコーヒーのおもてなしは武尊の心を癒すものだったし、斎藤へのプレゼントを手に入れることが出来たのもマーティンのお蔭。
たとえ今その目に狂気をにじませてもそれは家族への愛故に、逆にそれほど家族を想えるなんて羨ましいと武尊はマーティンを見た。
「いろいろありがとう、感謝します。」
「イエイエ、ワタシノホウガ カンシャデス。」
「最後に・・リクエストしていい?マーティンがそれを弾いている間にここを出ます。」
「ワカリマシタ。ココロヲコメテ ヒキマショウ。」
「じゃあ、ベートーベンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調・・・『幻想曲風に』※2を。」
「Beethoven!ヤー、Klaviersonate Nr. 14 cis-moll "Quasi una Fantasia" ネ。」
とマーティンは言うとピアノの鍵盤の布を取った。
そして静かに引き始めた。
武尊の言った曲が本当にこれでいいのかマーティンは武尊を見た。
武尊もマーティンを見て静かにうなずいた。
約三分後・・武尊は静かにその場所を離れた。
マーティンは武尊の去っていく気配を感じながらピアノを弾き続けた。
※1、この場合酒と食事を提供する店
※2、一般には『月光ソナタ』として知られている