「私に触るな！」



斎藤の残した皮膚感覚とは違うものを武尊の身体は全身で拒否した。



武尊と斎藤の事情など左之助が知るわけがなく、ばい菌のように言われて左之助なりに我慢していた糸がぶちっと切れた。



「おもしれぇ・・喧嘩屋は廃業したつもりだったが三本傷から売られた喧嘩じゃ買わねぇわけにはいかねぇよな。」



腹が減っている時は人は尚更短気になりやすい。



武尊の言動で左之助の喧嘩屋根性に、そして赤報隊の恨みが再燃した。



殺ってやると左之助も武尊を睨み返した。



砂浜で睨み合った二人は一触即発だった。



武尊も今日は簡単に殴られてやるものかと、十六夜丸のした昔のことはともかく先日理由も分からず殴られて背中の閉じかけていた傷が開いた時の痛みの仕返しぐらいはお返ししてやると身構えた。



「折角再会したんだしよ、ここらで片を付けておくか、三本傷さんよ。」



「私はその手を離せと言っただけなんだけどそっちがその気なら遠慮なしにこの間のお返しの一発ぐらいはさせてもらうよ。」



「上等だぜ・・三本傷野郎・・。」



左之助はそう言うと、バッと武尊の手首を離して立ち上がり殴りの構えを取った。



武尊もはじけ飛ぶように左之助から離れて身構えた。



ジャリ。



互いに間合いを詰めた二人の足音が止まった。



その瞬間、



【ぐるるるるぎゅぅうううんん】



と、ものすごい音がした。



一瞬武尊は何の音か分からなかったが左之助のほんの一瞬だけ点になった目を見て、



（あ、お腹がなる音だったんだ。）



と、この緊迫状態のなかでふと思ってしまった．



思えばいつも真面目な雰囲気の時やいいムードの肝心な時になぜかお腹がなってその場の雰囲気を壊してしまった自分を武尊は思い出した。



そう・・・あの人の前で・・・。



敵を目前にしながらも武尊の心の中は斎藤への想いで満ちていく。


そんな武尊を前に、勝負時に腹がなるなんてありえねぇと自分の恰好悪さに一瞬固まった左之助だったが気を取り直して、



「ぉらあああ！」



と、殴りかかってきた。



それを武尊はいとも簡単にかわした。



左之助の攻撃をかわした武尊はもう攻撃の態勢を取っていなかった。



「余裕こいてんじゃねぇーーぇ！」



それを馬鹿にされたと思った左之助は更に拳に力を込め武尊に殴りかかったがまたかわされた。



「こらてめぇ・・やるきあんのかよ。」



「あんたがそんなにお腹がすいてるとは知らなかった・・逃げないからこの場はその拳納めてよ。」



「は？お前をぶちのめすのに腹が減ってる減ってねぇは関係ねぇな。」



「確かに。でもお腹がすいてるつらさ・・私も分かるからさ、殴り合いがしたいのなら食べた後で付き合ってやるよ。」



「てめぇ・・馬鹿にしやがって・・。」




こんな理由で勝負を投げ出した奴なんて見たことねぇと思っている左之助の横で武尊は左之助と距離をとりつつ再び砂浜に腰を下ろして海の方を見つめた。



そっちがその気なら勝手にやらせてもらうぜと左之助が武尊を殴りかかろうと思った瞬間、また左之助のお腹がぐうううぅと鳴った。



「・・ちっ。」



無抵抗な奴に殴りかかるのも恰好悪いと、左之助は不愉快そうに舌打ちしつまらねぇと拳を下ろした。



そして武尊のように再び腰を下ろした。