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200.早馬 (夢主・蒼紫・剣心・薫・山本少尉)
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剣心は部屋の中に武尊がいるのを見た。
武尊と二人、今なら出来なかった話が出来そうだ、そんな気がして剣心は畳の上へ一歩足を踏み出した。
部屋へ足を踏み入れた瞬間剣心に見えた紫の空にどこまでも続く石だらけの河原。
「!!」
まやかしのごとき景色と今まで感じた事のない異質な気に剣心は思わず出した足を引っ込めた。
ひと度のちにハッと驚きの眼差しを武尊に向けると今度はちゃんと普通の部屋の景色が見えた。
その中で武尊はゆっくり目を開いて剣心を見た。
武尊が眠りに落ちて約二時間、熟睡したのち浅い睡眠の中、好ましくない気配にふと目を覚まし剣心と目が合った。
「・・緋村さん、何を驚いているんですか?」
武尊は度々起こるこのような奇異な事実が分かっており、剣心に何が見えたのかだいたい想像がつき思わずくすりと笑った。
「大丈夫です、私が寝ていると時々起ることなのでご安心ください。」
武尊は剣心を正面に見据えつつ、ゆるりと立ち上がった。
「今のは・・?」
剣心は理解できず武尊に問うた。
「あの世とこの世を繋ぐ場所だそうですよ。私の周りにいる人に見える事があるそうです。」
剣心はさらりと答える武尊の言葉が理解出来なくて顔をこわばらせたままだ。
そんな剣心に武尊は、
「私もそれがどうしてだかわかりませんけど。でもそんなものが見えたからって、無敵の緋村さんに怖いものなんてないでしょう。ご活躍は斎藤さんから聞いてますよ。」
と皮肉をちょっと込めてそう言った。
剣心は流石に笑えなかった。
「武尊、それは拙者を抜刀斎として言っているのでござるか。」
「・・別にどちらを指しているというわけではありませんよ。」
武尊がそう答えたあと、剣心も武尊も沈黙した。
少し時間を置いた後に口を開いたのは武尊の方だった。
「あなたは自分を過去の名前で呼ばれるのはそんなに嫌がるのに、私の過去の姿しか見ようとしなかった。男だとか女だとかは関係ない。私は『土岐武尊』。それ以外の何物でもない。」
強い意志で剣心を睨む武尊。
「最初の二回の訪問であなたのことが嫌いになりましたが、ここに泊めて頂いていることには感謝をしています。そして・・」
武尊は少し息を溜めて一気に吐き出すように言った。
「神谷さんとお幸せに。」
剣心は自分の事が嫌いと言った相手から祝福の言葉を言われたことに驚いた。
そんな剣心の心を見透かし武尊は付け加えた。
「私がそんな事をいうのはおかしいですか?私だって人の幸せを願う気持ちぐらい普通にありますよ。」
女の身ひとつで頑張っている薫を応援したい気持ちは嘘じゃない。ただそれだけの事。
「嗚呼・・ありがとうでござる。」
剣心がそう礼を言った後また二人は沈黙した。
武尊は目の前に立つ男を見て思った。
時は明治も十一年。
あの幕末を武尊も知らないわけではない。
この十年、近代化する日本で刀の時代が終わるのなら剣客だったこの人は何を支えに生きるのだろう。
師匠のお弟子さんが人斬り抜刀斎と恐れられるほどに人を斬ったという事を知った時は、過去に犯した人斬りの罪に対し今どういう気持ちでいるのかという事を武尊は聞きたかった。
それは武尊自身がたとえ十六夜丸である時に人を斬ったとはいえ人の命を奪った事に対し罪の意識を持っていたから。
この手が葬ったであろう命に詫びることしかないと思っていたのに斎藤と再会し考えが変わった。
幕末闘った相手は志士や武士。果ては新選組や御庭番衆まで、己の生き様に誇りと信念を持った者達が相手だった。
負けた(死)としてもその闘いにおいて相手を恨まず。
そう言う事を教えられた。
結束意識が強い御庭番衆御頭の蒼紫からも同じような事を言われた。(蒼紫の場合は十六夜丸を恨んではいないが憎んでいる。)
むろん殺しが良いことだとは武尊は今でも思っていない。だけど、
悪が罪もない人を傷つけるのなら自分は牙をむく。
相手が自分を殺しにかかるのなら全力で抗う。
それが自分の中の真実だと武尊は気付いた。
人が過去の罪をどう償っているかなんてその人の思う所の償い方にしかならない。人それぞれだという事にも気が付いた。
だから師匠の薦めとは言え、この人に話を聞くことはもう必要ない、と武尊は思った。
ただ、話を聞きに東京に来たことで自分の心の中の整理が一つついた。それは間違いない事。
武尊が色々思っていると今度は剣心が口を開いた。
「武尊が此処を出れば恐らく二度と会うこともあるまい。ならば二つ、拙者から伝えたいことがある。」
「何でしょう。」
「師匠が武尊を寄越した理由は大方検討がつく。恐らく拙者の生き様の事だと思う。だからそれを少し話しておくでござる。」
武尊は比古の名(=師匠)を出されると剣心を睨む力も緩む。だが目だけは剣心の顔をじっと見た。
剣心も武尊の目を見ながら語りだした。
「・・先日奥義の伝授の前まで拙者は、自分の命を捨ててでも、己の剣が大切に思う人たちを守ることになるのならそれで構わないと思っていた。それは俺が心の奥底に人斬りの本性を持つ罪人だと思っているからだ。罪人だから死んでも構わない、そう思う拙者の心をを師匠は見抜いていた。そしてそのまま奥義の伝授を行えば、俺は奥義を得ることが出来ず、命を捨てることになるとも師匠は言った。
師匠は俺に一晩時間をくれた。『俺に欠けているものを見出せと。』
・・だが俺はその答えが見出せなかった。
そんな俺に師匠は言った。『欠けているものが見出せぬ中途半端はままでは心の住み着いた人斬りには絶対勝てない、生涯悩み苦しみ孤独に苛まれ人を斬る。』と。
奥義の伝授が始まり師匠の九頭龍閃が放たれ、俺は『死』を感じ取った。
だがその瞬間刹那、薫殿を始め拙者の大事な人達や諸々の事が頭を掠めた瞬間、死ねないと強く思い奥義を放った。
こうして奥義を得た後、師匠に言われたでござる。
『人を斬り数多の命を奪ったお前はその悔恨と罪悪感のあまり自分の命をすぐ軽く考えようとする。自分の命もまた一人の人間の命だという事実に目を伏せていると時として心に巣くった人斬りの自由を許してしまう。それを克服するためには生きようとする強い意志が不可欠なんだ。』と。
武尊は剣心の言葉に、いや、比古の言葉にどきっとし、心臓を掴まれた感じがした。
それはまさに山を下りる前の自分の心に斬り込むような言葉だったからだ。
当時自分自身今以上に十六夜丸のことが分からず、自分は幕末多くの命をこの手で奪ったと思っていた武尊に刺さる言葉だった。
(生きようとする意志が不可欠・・だからだ。だから比古さんは私にああ言ったんだ・・。)
武尊は比古が言った『枷』が脳裏に過った。何故比古が自分に東京へ行って緋村剣心という男の話を聞いてこいと言った意味がやっと分かった気がした。
たった三日。
比古に話したのはわずかな情報。
けれども比古が自分の心の奥底まで見透かし、その解決には山に居たままではそれが出来ないことを理解し自分を東京へ出した。
武尊は比古の判断が先読み過ぎてため息が出そうだったが意識を剣心の話に戻した。
剣心は話を続けた。
「師匠は『生きようとする意志はなにより強い。それを決して忘れるな。』と拙者に言ったでござる・・。
それで俺は奥義を会得出来て志々雄に勝つことが出来た・・というわけでござるが師匠がこの話を武尊に伝えたかったとすれば武尊は十六夜丸として人を斬ったことが・・。」
剣心の声が急に小さくなる。
先日弥彦が武尊の裸を見てから武尊が女だと分かり、「武尊は十六夜丸でないでござる。」と確信を持って言ったのは自分であったが、もし十六夜丸でないなら武尊は人斬りではないわけで、人斬りでないなら何故師匠が武尊をここに来るように言ったのか・・剣心の頭の中でそのことが堂々巡りとなる。
弥彦と竹刀の試合をさせた時も刀なんて持ったこともないというのが分かったが・・
でも十六夜丸は男で・・。
武尊は女で・・。
だがしかし、先ほど武尊は自分で『過去の姿しか見ようとなかった』と言った・・過去の姿とは十六夜丸の事だとすると武尊は十六夜丸で・・
武尊は結局十六夜丸かどうかが分からなくなった剣心は、小さく咳払いをして話を続けることにした。
「拙者の話に戻そう。斎藤からどこまで聞いているかは知らないが、拙者は縁との闘いで刀を振るう意味を見いだせなくなっていた。だが巴や薫殿、そして皆のお陰で再び立ち上がることが出来た。
幕末、拙者は確かに多くの人の命を奪った。人を斬って幸せになどなれるはずもない。斬った方も、斬られた方も、、。拙者はこの手で幸せを奪ってしまった事実を確実に一つは知っている。それ故、新時代が来たらもう人は殺さぬと誓った、でござるよ。だが新時代になっても理不尽な暴力はなくならない。すべての理不尽を自分一人でなくしていくのは無理とは分かっているがせめて目の前の助けを求める声には答えたい、それがこの逆刃刀を持ち続ける理由でござる。」
「・・・。」
武尊は剣心の話を聞いて思い出したのが東京へ来る時に船で蒼紫が話した日記だった。
奪った幸せというのが日記の人のことだと直感した。
如何に維新志士として刀を振るっても、それが『個』の幸せを守るということにはならなかった・・むしろその手で奪ってしまったということ。
緋村剣心という男が十年という長い年月の中でようやく掴んだ自分だけの真実。
人斬りとしてこの人には確実にその手で命を奪った感触と記憶があるのだろうと想像すると記憶がない自分よりも苦しんだのではないだろうか。
と、一瞬思った武尊だったが自分だけの真実は人それぞれなんだと自分に言い聞かせた。
剣心の話を聞く必要はないと思った矢先の剣心の話だったが、比古の言葉を知ることが出来たのは武尊にとって大きな収穫だった。
剣心は話を続けた。
「弱き人々のために剣を振るい続けることが拙者に出来る唯一の真実。それが拙者に飛天御剣流を教えてくれた師匠への恩返しにもなると思うでござる。それともう一つ。先日鯨波が武尊に礼をと此処へ来たでござる。鯨波は海軍に入ったようでござる。」
「え?」
武尊は嬉しい知らせにパッと顔を輝かせた。
それは剣心と話している時には見せない嬉しそうな顔。
「そうですか、知らせてくれてありがとうございます。」
武尊は鯨波の就職にとても喜んだがすぐに元の険しい顔に戻った。
すると突然剣心に、
「武尊は蒼紫の事をどう考えているでござるか。」
と聞かれた。
「え・・?」
意味が分からず・・いや、恐らくあのことだろうと思うもここで話を持ち出す意味が分からず
「どうしてそんな事を聞くのですか。」
と聞いた。
「蒼紫には蒼紫の事をずっと昔から思い続けている娘御がいるでござるよ。」
「それって操ちゃんのこと?」
そんなことは操を見ていればすぐにでも分かる。そしてどれほど蒼紫の事を想っているのかも。
「左様でござる。あの蒼紫が女と一緒の部屋で寝泊まりするのは蒼紫の性格からすれば考えられんでござる。操殿の涙はもう見たくはないでござるからな。」
と、眉毛を下げて言った。
操の涙が見たくはないのは武尊も同じだった。
「私も操ちゃんの涙なんかみたくありません。だけどそもそも第三者のあなたが口出しする問題ではありません。どうしても気になるのだったら蒼紫に言って下さい。」
まっとう正論な武尊の言い分。
剣心は返す言葉もなかった。
「私からも一つお伺いします。」
「何でござるか。」
「長州藩関係者に『九条高明』という公家はいませんでしたか。」
「はて・・その名は聞いたことがあるでござるが会った事はないでござる。桂さんだったら知っていたでござろうが拙者は政治にはかかわらなかった故よくわからないでござる。九条殿がどうかしたでござるか。」
「いえ・・知らないのなら別にかまいません。」
聞いたことがあるというというだけでも収穫だ。
(とりあえず長州藩がらみだってことは間違いなさそうだな・・どう絡んでるかは分からないけれど・・。)
そんな話をしていた丁度その時、
「剣心ー!武尊さん部屋にいる?」
と、薫の声がした。
「おろ?何でござるか?また弥彦の稽古に武尊を当てるのでござるか?」
「違うわよ、あの海軍さんがいらっしゃったの、武尊さんはいるかって。急ぎの用だからって早馬で来たって言ってるわ。」
「急ぎ?山本少尉がでござるか?」
薫の言葉に武尊は思案した。
(海軍とのあの約束の日は確か今月の十日だったはず。今日はまだ五日。何かあったのかな。)
そんな武尊の所に山本少尉が急ぎ足で現れた。
「ここでしたか土岐殿。」
「約束の日は確か十日でしたよね。」
「それがどういう理由だか今朝・・。」
と山本少尉は後ろに剣心と薫がいるので話を止め、
「とにかく今すぐ私と一緒に来てください。話は横浜でします。」
と武尊を急かした。
武尊は用事が終わったら戻って来るつもりで昼御飯用にとお財布を手に取り山本少尉について行った。
(東京・会津編)はこれでおしまいです。
この度は丁度五月の連休にに会津に行くことが出来、現地の空気を感じることが出来てよかったです。
それにしても蒼紫の危険度が増してきております。
武尊は十六夜丸の謎を解明出来る事ができるのでしょうか・・。
>>『織成す糸【明治編・上巻(東京~京都)】クロスワード』に続く
2015.8.27
武尊と二人、今なら出来なかった話が出来そうだ、そんな気がして剣心は畳の上へ一歩足を踏み出した。
部屋へ足を踏み入れた瞬間剣心に見えた紫の空にどこまでも続く石だらけの河原。
「!!」
まやかしのごとき景色と今まで感じた事のない異質な気に剣心は思わず出した足を引っ込めた。
ひと度のちにハッと驚きの眼差しを武尊に向けると今度はちゃんと普通の部屋の景色が見えた。
その中で武尊はゆっくり目を開いて剣心を見た。
武尊が眠りに落ちて約二時間、熟睡したのち浅い睡眠の中、好ましくない気配にふと目を覚まし剣心と目が合った。
「・・緋村さん、何を驚いているんですか?」
武尊は度々起こるこのような奇異な事実が分かっており、剣心に何が見えたのかだいたい想像がつき思わずくすりと笑った。
「大丈夫です、私が寝ていると時々起ることなのでご安心ください。」
武尊は剣心を正面に見据えつつ、ゆるりと立ち上がった。
「今のは・・?」
剣心は理解できず武尊に問うた。
「あの世とこの世を繋ぐ場所だそうですよ。私の周りにいる人に見える事があるそうです。」
剣心はさらりと答える武尊の言葉が理解出来なくて顔をこわばらせたままだ。
そんな剣心に武尊は、
「私もそれがどうしてだかわかりませんけど。でもそんなものが見えたからって、無敵の緋村さんに怖いものなんてないでしょう。ご活躍は斎藤さんから聞いてますよ。」
と皮肉をちょっと込めてそう言った。
剣心は流石に笑えなかった。
「武尊、それは拙者を抜刀斎として言っているのでござるか。」
「・・別にどちらを指しているというわけではありませんよ。」
武尊がそう答えたあと、剣心も武尊も沈黙した。
少し時間を置いた後に口を開いたのは武尊の方だった。
「あなたは自分を過去の名前で呼ばれるのはそんなに嫌がるのに、私の過去の姿しか見ようとしなかった。男だとか女だとかは関係ない。私は『土岐武尊』。それ以外の何物でもない。」
強い意志で剣心を睨む武尊。
「最初の二回の訪問であなたのことが嫌いになりましたが、ここに泊めて頂いていることには感謝をしています。そして・・」
武尊は少し息を溜めて一気に吐き出すように言った。
「神谷さんとお幸せに。」
剣心は自分の事が嫌いと言った相手から祝福の言葉を言われたことに驚いた。
そんな剣心の心を見透かし武尊は付け加えた。
「私がそんな事をいうのはおかしいですか?私だって人の幸せを願う気持ちぐらい普通にありますよ。」
女の身ひとつで頑張っている薫を応援したい気持ちは嘘じゃない。ただそれだけの事。
「嗚呼・・ありがとうでござる。」
剣心がそう礼を言った後また二人は沈黙した。
武尊は目の前に立つ男を見て思った。
時は明治も十一年。
あの幕末を武尊も知らないわけではない。
この十年、近代化する日本で刀の時代が終わるのなら剣客だったこの人は何を支えに生きるのだろう。
師匠のお弟子さんが人斬り抜刀斎と恐れられるほどに人を斬ったという事を知った時は、過去に犯した人斬りの罪に対し今どういう気持ちでいるのかという事を武尊は聞きたかった。
それは武尊自身がたとえ十六夜丸である時に人を斬ったとはいえ人の命を奪った事に対し罪の意識を持っていたから。
この手が葬ったであろう命に詫びることしかないと思っていたのに斎藤と再会し考えが変わった。
幕末闘った相手は志士や武士。果ては新選組や御庭番衆まで、己の生き様に誇りと信念を持った者達が相手だった。
負けた(死)としてもその闘いにおいて相手を恨まず。
そう言う事を教えられた。
結束意識が強い御庭番衆御頭の蒼紫からも同じような事を言われた。(蒼紫の場合は十六夜丸を恨んではいないが憎んでいる。)
むろん殺しが良いことだとは武尊は今でも思っていない。だけど、
悪が罪もない人を傷つけるのなら自分は牙をむく。
相手が自分を殺しにかかるのなら全力で抗う。
それが自分の中の真実だと武尊は気付いた。
人が過去の罪をどう償っているかなんてその人の思う所の償い方にしかならない。人それぞれだという事にも気が付いた。
だから師匠の薦めとは言え、この人に話を聞くことはもう必要ない、と武尊は思った。
ただ、話を聞きに東京に来たことで自分の心の中の整理が一つついた。それは間違いない事。
武尊が色々思っていると今度は剣心が口を開いた。
「武尊が此処を出れば恐らく二度と会うこともあるまい。ならば二つ、拙者から伝えたいことがある。」
「何でしょう。」
「師匠が武尊を寄越した理由は大方検討がつく。恐らく拙者の生き様の事だと思う。だからそれを少し話しておくでござる。」
武尊は比古の名(=師匠)を出されると剣心を睨む力も緩む。だが目だけは剣心の顔をじっと見た。
剣心も武尊の目を見ながら語りだした。
「・・先日奥義の伝授の前まで拙者は、自分の命を捨ててでも、己の剣が大切に思う人たちを守ることになるのならそれで構わないと思っていた。それは俺が心の奥底に人斬りの本性を持つ罪人だと思っているからだ。罪人だから死んでも構わない、そう思う拙者の心をを師匠は見抜いていた。そしてそのまま奥義の伝授を行えば、俺は奥義を得ることが出来ず、命を捨てることになるとも師匠は言った。
師匠は俺に一晩時間をくれた。『俺に欠けているものを見出せと。』
・・だが俺はその答えが見出せなかった。
そんな俺に師匠は言った。『欠けているものが見出せぬ中途半端はままでは心の住み着いた人斬りには絶対勝てない、生涯悩み苦しみ孤独に苛まれ人を斬る。』と。
奥義の伝授が始まり師匠の九頭龍閃が放たれ、俺は『死』を感じ取った。
だがその瞬間刹那、薫殿を始め拙者の大事な人達や諸々の事が頭を掠めた瞬間、死ねないと強く思い奥義を放った。
こうして奥義を得た後、師匠に言われたでござる。
『人を斬り数多の命を奪ったお前はその悔恨と罪悪感のあまり自分の命をすぐ軽く考えようとする。自分の命もまた一人の人間の命だという事実に目を伏せていると時として心に巣くった人斬りの自由を許してしまう。それを克服するためには生きようとする強い意志が不可欠なんだ。』と。
武尊は剣心の言葉に、いや、比古の言葉にどきっとし、心臓を掴まれた感じがした。
それはまさに山を下りる前の自分の心に斬り込むような言葉だったからだ。
当時自分自身今以上に十六夜丸のことが分からず、自分は幕末多くの命をこの手で奪ったと思っていた武尊に刺さる言葉だった。
(生きようとする意志が不可欠・・だからだ。だから比古さんは私にああ言ったんだ・・。)
武尊は比古が言った『枷』が脳裏に過った。何故比古が自分に東京へ行って緋村剣心という男の話を聞いてこいと言った意味がやっと分かった気がした。
たった三日。
比古に話したのはわずかな情報。
けれども比古が自分の心の奥底まで見透かし、その解決には山に居たままではそれが出来ないことを理解し自分を東京へ出した。
武尊は比古の判断が先読み過ぎてため息が出そうだったが意識を剣心の話に戻した。
剣心は話を続けた。
「師匠は『生きようとする意志はなにより強い。それを決して忘れるな。』と拙者に言ったでござる・・。
それで俺は奥義を会得出来て志々雄に勝つことが出来た・・というわけでござるが師匠がこの話を武尊に伝えたかったとすれば武尊は十六夜丸として人を斬ったことが・・。」
剣心の声が急に小さくなる。
先日弥彦が武尊の裸を見てから武尊が女だと分かり、「武尊は十六夜丸でないでござる。」と確信を持って言ったのは自分であったが、もし十六夜丸でないなら武尊は人斬りではないわけで、人斬りでないなら何故師匠が武尊をここに来るように言ったのか・・剣心の頭の中でそのことが堂々巡りとなる。
弥彦と竹刀の試合をさせた時も刀なんて持ったこともないというのが分かったが・・
でも十六夜丸は男で・・。
武尊は女で・・。
だがしかし、先ほど武尊は自分で『過去の姿しか見ようとなかった』と言った・・過去の姿とは十六夜丸の事だとすると武尊は十六夜丸で・・
武尊は結局十六夜丸かどうかが分からなくなった剣心は、小さく咳払いをして話を続けることにした。
「拙者の話に戻そう。斎藤からどこまで聞いているかは知らないが、拙者は縁との闘いで刀を振るう意味を見いだせなくなっていた。だが巴や薫殿、そして皆のお陰で再び立ち上がることが出来た。
幕末、拙者は確かに多くの人の命を奪った。人を斬って幸せになどなれるはずもない。斬った方も、斬られた方も、、。拙者はこの手で幸せを奪ってしまった事実を確実に一つは知っている。それ故、新時代が来たらもう人は殺さぬと誓った、でござるよ。だが新時代になっても理不尽な暴力はなくならない。すべての理不尽を自分一人でなくしていくのは無理とは分かっているがせめて目の前の助けを求める声には答えたい、それがこの逆刃刀を持ち続ける理由でござる。」
「・・・。」
武尊は剣心の話を聞いて思い出したのが東京へ来る時に船で蒼紫が話した日記だった。
奪った幸せというのが日記の人のことだと直感した。
如何に維新志士として刀を振るっても、それが『個』の幸せを守るということにはならなかった・・むしろその手で奪ってしまったということ。
緋村剣心という男が十年という長い年月の中でようやく掴んだ自分だけの真実。
人斬りとしてこの人には確実にその手で命を奪った感触と記憶があるのだろうと想像すると記憶がない自分よりも苦しんだのではないだろうか。
と、一瞬思った武尊だったが自分だけの真実は人それぞれなんだと自分に言い聞かせた。
剣心の話を聞く必要はないと思った矢先の剣心の話だったが、比古の言葉を知ることが出来たのは武尊にとって大きな収穫だった。
剣心は話を続けた。
「弱き人々のために剣を振るい続けることが拙者に出来る唯一の真実。それが拙者に飛天御剣流を教えてくれた師匠への恩返しにもなると思うでござる。それともう一つ。先日鯨波が武尊に礼をと此処へ来たでござる。鯨波は海軍に入ったようでござる。」
「え?」
武尊は嬉しい知らせにパッと顔を輝かせた。
それは剣心と話している時には見せない嬉しそうな顔。
「そうですか、知らせてくれてありがとうございます。」
武尊は鯨波の就職にとても喜んだがすぐに元の険しい顔に戻った。
すると突然剣心に、
「武尊は蒼紫の事をどう考えているでござるか。」
と聞かれた。
「え・・?」
意味が分からず・・いや、恐らくあのことだろうと思うもここで話を持ち出す意味が分からず
「どうしてそんな事を聞くのですか。」
と聞いた。
「蒼紫には蒼紫の事をずっと昔から思い続けている娘御がいるでござるよ。」
「それって操ちゃんのこと?」
そんなことは操を見ていればすぐにでも分かる。そしてどれほど蒼紫の事を想っているのかも。
「左様でござる。あの蒼紫が女と一緒の部屋で寝泊まりするのは蒼紫の性格からすれば考えられんでござる。操殿の涙はもう見たくはないでござるからな。」
と、眉毛を下げて言った。
操の涙が見たくはないのは武尊も同じだった。
「私も操ちゃんの涙なんかみたくありません。だけどそもそも第三者のあなたが口出しする問題ではありません。どうしても気になるのだったら蒼紫に言って下さい。」
まっとう正論な武尊の言い分。
剣心は返す言葉もなかった。
「私からも一つお伺いします。」
「何でござるか。」
「長州藩関係者に『九条高明』という公家はいませんでしたか。」
「はて・・その名は聞いたことがあるでござるが会った事はないでござる。桂さんだったら知っていたでござろうが拙者は政治にはかかわらなかった故よくわからないでござる。九条殿がどうかしたでござるか。」
「いえ・・知らないのなら別にかまいません。」
聞いたことがあるというというだけでも収穫だ。
(とりあえず長州藩がらみだってことは間違いなさそうだな・・どう絡んでるかは分からないけれど・・。)
そんな話をしていた丁度その時、
「剣心ー!武尊さん部屋にいる?」
と、薫の声がした。
「おろ?何でござるか?また弥彦の稽古に武尊を当てるのでござるか?」
「違うわよ、あの海軍さんがいらっしゃったの、武尊さんはいるかって。急ぎの用だからって早馬で来たって言ってるわ。」
「急ぎ?山本少尉がでござるか?」
薫の言葉に武尊は思案した。
(海軍とのあの約束の日は確か今月の十日だったはず。今日はまだ五日。何かあったのかな。)
そんな武尊の所に山本少尉が急ぎ足で現れた。
「ここでしたか土岐殿。」
「約束の日は確か十日でしたよね。」
「それがどういう理由だか今朝・・。」
と山本少尉は後ろに剣心と薫がいるので話を止め、
「とにかく今すぐ私と一緒に来てください。話は横浜でします。」
と武尊を急かした。
武尊は用事が終わったら戻って来るつもりで昼御飯用にとお財布を手に取り山本少尉について行った。
(東京・会津編)はこれでおしまいです。
この度は丁度五月の連休にに会津に行くことが出来、現地の空気を感じることが出来てよかったです。
それにしても蒼紫の危険度が増してきております。
武尊は十六夜丸の謎を解明出来る事ができるのでしょうか・・。
>>『織成す糸【明治編・上巻(東京~京都)】クロスワード』に続く
2015.8.27
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