武尊はいつものようにおいしい時尾の料理を喜んで食べ、藤田夫婦に『すみませんが先に休みます。』と断わりを入れると自室に戻った。







武尊が行った後、時尾は、



「どうしましょう、やはり武尊さんを傷つけてしまったかしら。」



と、言いながら夫にお茶のおかわりを差し出した。



「何かあったのか。」



出された湯呑を持ち上げつつ、斎藤は時尾に聞いた。



「いえ・・、今日、武尊さんがお出かけになる前に知らなかった事とはいえ、言ってしまった事がお気に障っていたのでは・・・と。」



「いったい何を言った？」



「私の事を母のよう優しいとおっしゃったので武尊さんの御母上の方がお優しいですよと申し上げたところ、武尊さんは自分には父も母もいないと・・・。」



「そうか・・・そういえば養父に育てられていたと言っていたな。しかし、職場では落ち込んでいる様子はなかったな。家に帰って来てからも特に時尾の事を特に気にしている様子ではなかったぞ。」



「それにしてはお食事中も時々心ここに有らずといった御様子でしたが・・。」



「嗚呼・・・それは職場で武尊の昔を思い出させる事があったからだ。あれこれ思案する所があるんだろうな。まあ、武尊の事だ、明日の朝にはたぶんいつもの武尊に戻っているはずだから心配するな。」



「五郎さんがそうおっしゃるなら大丈夫ですわね。」



時尾は安堵しつつも、武尊が食事の途中でうわの空になるほどの過去とはどれほどなのだろうか、そして何があったのだろうかと、武尊の部屋の方を心配そうに見つめた。



「しかし、何故武尊は急に時尾のことを母のようだと言ったんだ？」



「さあどうしてかしら・・私は武尊さんのお背中に薬を塗ってさし上げていただけだったのですが。」



「いや、母親がいないと言うのであれば、そういうふとした行動が武尊の想像する母の姿と重なったのかもしれんな。」



「武尊さん・・・。」



可哀想な人だと時尾は武尊に同情した。



世の中には数多くの身寄りのない子はいるというものの、昼間の武尊の小恥ずかしそうに自分を母と言う武尊の様子を思い浮かべると時尾の胸は痛んだ。



「そういえば武尊は傷に朝晩塗り薬を塗る様に医者に言われている。時尾、すまんが・・」



『手伝ってやってくれ』と、斎藤が言おうとしていた矢先、



「五郎さんがお行きになってくださいな。」



と、時尾は夫の言葉を遮るように言った。



斎藤はすすっている茶を置くと、



「・・・いいのか？」



と一言確認した。



時尾は一瞬唾を飲み込むと何かを決心したように、、



「・・・お仕事とはいえ、五郎さんの命令で嫁入り前の女子が酷い傷を負ったのです。上司として一度怪我の御様子を確認された方がよろしいかと思います。・・・では私はお風呂の方の用意をして参りますので・・。」



と言い、すっと立ち上がると蝋燭を持って風呂場へと向かっていった。



「・・・・・・。」



（それも預かり人としての責任感からか？時尾。）



斎藤は煙草に火をつけ、ふかした煙を目で追った。



（武尊の怪我の原因は仕事だと思っているから時尾がそう思うのも仕方がないが・・・。）



と、斎藤は煙草を少しの間吸った後、灰皿に押し付け消すと立ち上がって廊下に出た。



斎藤は十六夜丸が治すと言った武尊の怪我がどうなったのかまだ見ていなかった。



「傷を確認して薬を塗ってやらなければな・・・武尊が寝てしまう前に。」