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283.長い夜、腹ごしらえ(比古・夢主)
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武尊は自分を抱きしめてくれている比古の腕にそっと自分の手を重ねた。
「ここまでが私がこの間比古さんの前に来る前の話。あの会津戦争の時に時代を超えてから二回目に比古さんのところに来るまでひと月も経ってなかった。・・でも比古さんにとっては十三年・・ずっとここで?」
急に振られた自分への話。比古は片手で武尊の頭を撫でながら応えた。
「嗚呼、十三年経つ前からずっとここだ。もっとも陶芸家になったのは剣心が出て行ってからだがな。
春は夜桜、夏には星、秋は陶芸に忙しく、だが寝ずに窯に火を入れる日が満月なら長い夜も酒を呑むには良い。冬は薪割を割りつつ、時に雪を愛でながら酒を楽しむ・・。」
比古は自分でそう言いながら言葉の矛盾に気が付いていた。
確かにそういった酒を日日美味いと思っていた。それは間違いではない。
特に剣心が喧嘩別れの末に出て行ってから自分一人、自然を相手に悠々自適と生きてきた。
だがそれは本当に『自分の役割を果たしている=生きている』ことなのか、と何度も自問自答した。
時は動乱の時代、飛天御剣流は丘の黒船。
加担した方に必ず勝利をもたらすというならばその不公平を無くすために幕府側に加担すれば良かったのか・・。
いや、それは違うと比古は断言する。
飛天御剣流の理『時代の苦難から弱き人々を守る』というのは『剣客として世を救う』という事ではない。
いくら飛天御剣流が比類なき天下無敵の剣とはいえ、人ひとりの力など時代の波には嵐の海に浮かぶ木の葉のごとく。
自分に出来たことといえば、代々の比古清十郎と同じく飛天御剣流を他のどの勢力に利用されることがないよう山の奥で人の世の流れを絶つように過ごし、自然を友として生きることだった。
(まあ俺の酒も先代から習ったようなもんだしな。代々の比古清十郎がどう思ったのかは知らねぇが・・)
比古は先代比古清十郎を少し脳裏にかすめ、腕に抱く武尊に意識を戻した。
そんな中、一度、突然目の前に湧いて拾った、ほんの一晩寝かせた女の・・武尊の一度開いた瞳を思い出した時の酒は心に滲み込むように美味く感じた。
一目惚れとはこういうものか?
恋などしたことも女と遊んだこともない。(おまえに寄って来る女はそれなりにいたと先代は言っていたが)ひとりの女に持ったそんな自分の感情を面白いと思った。
だがその女のこと以外では酒がだんだん『本当に美味い』と感じているのか分からなくなっていた時、、剣心が奥義を求めて戻って来た。
剣の腕は驚くほど衰えているのが明白にも関わらず、弱き者の為に、守るべき者の為に己の全てを懸けて戦うという気合いだけは変わっていなかった。
『時代の苦難から弱き人々を守る』という飛天御剣流の理が剣心のなかで『せめて目の前で困っている人を守りたい』というものに変わってはいたものの、不殺(殺さず)の剣客という困難な道を生きて、生き抜く決意をした己の弟子に真の意味で奥義を伝授出来たと思った。
奥義を伝授した後の酒は久しぶりに美味かった。
剣心が志々雄との決着をつけた後、酒を買うついでに剣心がどうしているか葵屋にでも顔を出してみるかと思った時、偶然にも剣心を見かけたので後をつけた。
ある女の墓の前で剣心と話をすると、剣心の中で再び時間が流れ始めたことを感じた。
そんな剣心を見て、幕末剣心が出て行ってから止まっていた自分の時間も進み始めたと感じた。
帰り道、日頃さして見ようとしなかった京の町。
幕末の頃と比べて格段に雰囲気が明るくなっていることに気が付いた。
陸蒸気を見た時は驚いた。
時代の変化に戸惑いつつも、だからと言って山奥から出たい気分にはならなかった。
ただ自然を愛で、酒を飲んだ。
同じ酒のはずなのに、別の味わいがするようだった。
(時代が変わった今、俺の役割は役目を終えた飛天御剣流を終わらせる事。後はあの馬鹿弟子達の時代だ。)
そう思っていた矢先、武尊が再び現れた。
「ここまでが私がこの間比古さんの前に来る前の話。あの会津戦争の時に時代を超えてから二回目に比古さんのところに来るまでひと月も経ってなかった。・・でも比古さんにとっては十三年・・ずっとここで?」
急に振られた自分への話。比古は片手で武尊の頭を撫でながら応えた。
「嗚呼、十三年経つ前からずっとここだ。もっとも陶芸家になったのは剣心が出て行ってからだがな。
春は夜桜、夏には星、秋は陶芸に忙しく、だが寝ずに窯に火を入れる日が満月なら長い夜も酒を呑むには良い。冬は薪割を割りつつ、時に雪を愛でながら酒を楽しむ・・。」
比古は自分でそう言いながら言葉の矛盾に気が付いていた。
確かにそういった酒を日日美味いと思っていた。それは間違いではない。
特に剣心が喧嘩別れの末に出て行ってから自分一人、自然を相手に悠々自適と生きてきた。
だがそれは本当に『自分の役割を果たしている=生きている』ことなのか、と何度も自問自答した。
時は動乱の時代、飛天御剣流は丘の黒船。
加担した方に必ず勝利をもたらすというならばその不公平を無くすために幕府側に加担すれば良かったのか・・。
いや、それは違うと比古は断言する。
飛天御剣流の理『時代の苦難から弱き人々を守る』というのは『剣客として世を救う』という事ではない。
いくら飛天御剣流が比類なき天下無敵の剣とはいえ、人ひとりの力など時代の波には嵐の海に浮かぶ木の葉のごとく。
自分に出来たことといえば、代々の比古清十郎と同じく飛天御剣流を他のどの勢力に利用されることがないよう山の奥で人の世の流れを絶つように過ごし、自然を友として生きることだった。
(まあ俺の酒も先代から習ったようなもんだしな。代々の比古清十郎がどう思ったのかは知らねぇが・・)
比古は先代比古清十郎を少し脳裏にかすめ、腕に抱く武尊に意識を戻した。
そんな中、一度、突然目の前に湧いて拾った、ほんの一晩寝かせた女の・・武尊の一度開いた瞳を思い出した時の酒は心に滲み込むように美味く感じた。
一目惚れとはこういうものか?
恋などしたことも女と遊んだこともない。(おまえに寄って来る女はそれなりにいたと先代は言っていたが)ひとりの女に持ったそんな自分の感情を面白いと思った。
だがその女のこと以外では酒がだんだん『本当に美味い』と感じているのか分からなくなっていた時、、剣心が奥義を求めて戻って来た。
剣の腕は驚くほど衰えているのが明白にも関わらず、弱き者の為に、守るべき者の為に己の全てを懸けて戦うという気合いだけは変わっていなかった。
『時代の苦難から弱き人々を守る』という飛天御剣流の理が剣心のなかで『せめて目の前で困っている人を守りたい』というものに変わってはいたものの、不殺(殺さず)の剣客という困難な道を生きて、生き抜く決意をした己の弟子に真の意味で奥義を伝授出来たと思った。
奥義を伝授した後の酒は久しぶりに美味かった。
剣心が志々雄との決着をつけた後、酒を買うついでに剣心がどうしているか葵屋にでも顔を出してみるかと思った時、偶然にも剣心を見かけたので後をつけた。
ある女の墓の前で剣心と話をすると、剣心の中で再び時間が流れ始めたことを感じた。
そんな剣心を見て、幕末剣心が出て行ってから止まっていた自分の時間も進み始めたと感じた。
帰り道、日頃さして見ようとしなかった京の町。
幕末の頃と比べて格段に雰囲気が明るくなっていることに気が付いた。
陸蒸気を見た時は驚いた。
時代の変化に戸惑いつつも、だからと言って山奥から出たい気分にはならなかった。
ただ自然を愛で、酒を飲んだ。
同じ酒のはずなのに、別の味わいがするようだった。
(時代が変わった今、俺の役割は役目を終えた飛天御剣流を終わらせる事。後はあの馬鹿弟子達の時代だ。)
そう思っていた矢先、武尊が再び現れた。