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恵方巻の巻(明治・葵屋)

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ーー明治十一年、葵屋ーー



「よし、今年の節分の献立はこれに決まりだ。」


京都でも十本の指に入る老舗、料亭兼旅籠の葵屋の勝手場は熱気に渦巻いていた。

ここ数日新作の献立を精根込めて考えていたのは板前の白。

ねじり鉢巻きをも伝う汗を手の甲で拭う姿は清々しい。


「いい出来だな、俺もそう思うぜ。」


同じく板前の黒も白の仕事に満足気に頷いた。


そこへ翁がやって来て、


「これはまた・・!雅じゃのぅ!」


と誉めた。

だが翁は腕を組み盛大にため息をついた。

誉めておきながらため息とは白も黒も翁の顔色に不安を覚えた。


「翁・・、何か御不満な点でも・・。」


白が恐る恐る伺うと、


「これらはどれも素晴らしくお客様も京の伝統と匠の技に十分に満足されるじゃろう、じゃが・・。」

「「じゃが・・?」」


白も黒も翁の言葉を繰り返し固唾をのんだ。


翁はウムと頷いて、


「昨今、文明開化とやらで人様の気は何かと新しいものに向いておる。今後もこの葵屋をご利用してくださる旅の方にご満足して頂くためにも何か・・こう・・新しいものがちょこーーっと欲しい気がするんじゃがのぅ。」


とまたため息をついた。


そういえばこの間新規に開業した東京が本店だという『ホテル』という宿泊所がえらく人気だとか。


「なるほど、翁の意見は流行り物を取り入れた方がいいという事でしょうか。」

「うむぅ~、老舗ならではというところは十分分かるんじゃがのぅ。」


翁の話も分からないでもない。

白も黒も千年王城のこの京都でさえも明治の世になり、人々の趣向が何かしら変わってきたと感じるのであった。


「近頃では牛鍋屋も増えましたしね。だけど西洋料理や牛鍋のような料理はちょっとうち(葵屋)には合わないような気がするんだけどなぁ。」


思わず白もため息をついた。



ーーそこへ、勝手場への暖簾をあげて蒼紫が入って来た。


「蒼紫。」
「御頭!」


日頃勝手場などには入って来たことのない男に翁も白、黒も驚いた。


蒼紫はそんな雰囲気にも構わず言葉を続けた。


「俺の入手した情報によれば今大坂では【恵方巻】なるものが流行りらしい。」


蒼紫の言葉に翁はポンと手を打った。


「なるほど、縁起物を献立に付け加えては、とうことかな。」


「・・さすが翁、察しが早いな。」


蒼紫は顔色一つ変えず無感情のままそう言った。

そんなことは葵屋では当たり前のことのようで誰もいちいち蒼紫が元気がないのではないか・・などとは思っていない。

ただ、白や黒の五歩後ろで新人の武尊だけは黙ってこの様子を見ていた。




武尊は葵屋の御近所さんで飴屋の一人娘。

早くに母を亡くし、父親と二人で飴屋をやっていたのだがその父も最近亡くなり父と仲の良かった翁の勧めで葵屋へ奉公することになったのだった。

覚えることは奉公人全般の事なので本日は勝手場で手伝いをしていた所だった。





「御頭!普段何もしてないようでも本当は違ったんで・・」


白が思わず口を滑らせたところを黒が白の後頭部をバンと叩いた。


蒼紫はそんな二人をちらりとも見ることがなく立ち去ろうとしていた。



武尊は前にいる翁に小声で、


「あのう・・恵方巻ってなんですか?」


と聞いた。


傍にも見えるこの完璧な献立に翁が良いという恵方巻とはいったい何なのか、純粋な質問だった。


翁が答えるよりも早く、立ち去ろうとしていた足を蒼紫は武尊に向けると、


「節分行事としては豆まきが一般的に広く知れ渡っているが大坂では加えて恵方巻というのがここ最近良く知られるようになった・・恵方巻とはすなわち、節分の日の夜、その年の恵方を向き無言で願い事を思い食すというのが習わしだ。」


と説明した。


「なるほどじゃのぅ、恵方巻自体は昔からある風習であるが食べるといいことがあるとか申して流行らせるとは流石大坂商人、抜け目がないわ。」


翁はあごひげを撫でながら頷いた。


そして、


「太巻きならこの献立に付け加えても違和感はあるまい。」


と再び献立に目をやった。


「じゃ、早速作ってみますよ翁!」


白は今度こそ文句なしで了解を得ようと袖をまくりあげた。
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