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弐拾と弐(終焉に向かって) (兄・夢主・十六夜丸)
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日没頃、蘭丸は目覚めて驚いた。
辺りに立ち込める硝煙の臭い。
「兄様!」
市彦に今日の状況を聞く。
今日の午前九時ぐらいから射撃音や砲撃の音が続き、四半時前に近く最後の砲弾が落ちたとのことだった。
(確か旧幕府軍は母成峠で負けて鶴ヶ城まで後退していくはず・・となると、新政府軍はそれを追撃するはずだ。)
史実通りならそうなるはず。
「兄様、戦況は旧幕府軍にかなり不利です。四半時前まで大砲を撃っていたなら今頃こちらに追撃してきているかもしれません。先へ移動しましょう。」
日頃何かと頼りない蘭丸が軍事のことになると以上に鋭い考え持っており、市彦もこの判断に異論はない。
蘭丸も十六夜丸として動ける時間が限られているのが分かっているのでロス時間を減らしたかった。
暗闇が迫る中、大砲の痕跡が見える山道。
だがその痕跡はあまりにも生々しく、途中血生臭い臭いが漂って来た。
「うっ。」
砲弾が落ちて木が破壊された場所の周りには死体が散乱しており、中には手、足、頭までも吹き飛んでいるものもある。
やはり圧倒的な装備品の違いか。
悲惨な状況に思わず目を背けたくなる。なのにどこか冷静なのは戦争映画を何度か見てたからだろうかと蘭丸は思った。
未来では年表の一行で記載されることも目の前で現在進行形だ。
屍を横目で見ながら進んでいると呻き声が聞こえた。
自分達が急いでいるのは分かっていたがまだ生きていると思うと助けないとと胸の中が熱くなる。
「兄様、ごめん。少しだけ時間頂戴。」
と、蘭丸は声のする方へ近づいた。
だが目前に倒れている人を見て思わず
(駄目・・・だ・・・足が吹き飛んでる。)
と声が出そうになるところをぐっとこらえた。
助からない。そう思う。思うけど、思わず駆け寄らずにはいられない。
「大丈夫ですか、苦しいですか、」
(しまった、こんな時は『大丈夫ですよ、傷は浅いですよ。』っと患者を励ます言葉を言わなければいけないのに何言ってるんだ自分!)
蘭丸は駆け寄って膝をつき血まみれの手をぎゅっと握りその人を見つめた。
知らない人なのに涙がこぼれる。
しばらくすると苦悶の表情を浮かべていた顔が穏やかになって、そして握っていた手の力がなくなったのに気が付き、
手を離すとその人の手はパタリと地に落ちた。
「くっ・・・・・・。」
無力な自分が情けなくて歯を食いしばって嗚咽をこらえる。
蘭丸は振り返り後ろからついてきている兄を見る。
「蘭子。」
「兄様・・・。」
市彦は蘭子の気持ちを理解し無言で頷いた。
蘭丸はまた別の声に気が付いた。
次は助けられるかも、と思い駆け寄る。
しかし素人目にもやはり手遅れかと思う状況。
蘭丸は何もできないとは思いつつ無意識にその人の手を握り最後の気持ちを受け取ろうと祈った。
やがてその人の手も地に落ちた。
蘭丸の肩がどうにもできない無力感で震える。
蘭丸はやるせなさで立ち上がると他にも助けを求める呻き声に気付き駆け寄っていく。
走る蘭丸の背を見送っていると市彦は不可思議な音に視線を向けた。
その音は蘭子の足音に呼応するようにリン、リーンと鳴る。
別の人に声掛けをしている蘭子の近くに行き市彦は言った。
「どこからか鈴の音がしないか?」
「え?」
虫の息の人の手を握りながら蘭丸は辺りを見回し耳を澄ますが聞こえない。
その時、一瞬だけ蘭丸の手がぐっと握り返されたと思うと『迎えが来た・・』と小さく呟きお男は息絶えた。
蘭丸はぐっと手を握り返すと再び立ち上がった。
「あ、聞こえる。」
今度は蘭丸にも、確かに鈴の音が聞こえた。
(いつもの鈴の音だ・・。だけどなんて物悲しい音色・・。)
立ちすくむ蘭子に市彦が言った。
「蘭子、もう少し続けてみろ。気付いているか?お前が手を握った者の顔。」
「え?」
市彦に言われて手を握っていた人の顔を見るとまるで安らかに眠っているように見えた。
「先程の者の死に顔もこのような感じだったぞ。」
市彦にそう言われて、自分が手を握ることで安らかに逝けるのであれば、せめてそれぐらいはと、声のする所を廻った。
10人ぐらい回ったところで次の人の倒れている人の手を握った時その男がの人が喋った。
声を聞いて蘭丸はびっくりした。声が少年の声だったからだ。
「ああ、、。やっと私の所に来てくれましたね。見てましたよ・・。早く私も楽にして下さい・・。」
まだ若いのに、、と思いながら蘭丸はその人の状態を見て直感した。
(手足が付いてる。この人は助かる!!)
「あなたは助かります!助けます!気をしっかり持ってください!痛い所は何処ですか。」
蘭丸はじっと観察をしながら怪我の経緯を聞いた。
どうやら砲弾落下時に吹き飛ばされて足の骨折、擦り傷、脳震盪を起こしているぐらいのようだった。
骨折部から血が出ていないのが幸いだ。感染症の危険が少ない。
「添木を当てます。兄様、何か木の棒とか落ちてないですか?」
市彦が大きさを見繕って持って来た木の枝を添木とし蘭丸は懐から手ぬぐいを出して縛るが、
「ああ、足らない!兄様、亡くなった方から何か使えそうな布があったらこの足固定しといて。」
と市彦に後の処置を任せて次の怪我人を探しに立ち上がった。
添木の固定を終えた市彦は峠を下りる為の杖となる杖をを作ってやっている。
この間約20分。
日は落ち山が暗闇に呑み込まれる頃、
「蘭子、そろそろ時間だ。」
「はい・・・・・。」
これ以上の捜索は無理だし自分達の目的もあると蘭丸は先へ向かうことにした。
最後を看取ったのが10人ぐらい。
生き残った者は、爆風に拭き取ばされたものの運よく気絶しただけで済んだ男と、頭を負傷した男と足を骨折した少年のたったの三人。
残りは物言わぬ屍、若しくは肉片の山。
蘭丸は立ち去る前に三人に言った。
「すみません、私が出来るのはここまでです。皆さんは怪我で山を下りるのも大変だと思いますが、どうか、最後まで生きてください。武士は潔く死ぬことが美徳とされていますがあなた方は生きて今日の日のことを後世に伝えてください。あと、新政府軍がこちらに向かって来ている可能性があります。くれぐれもお気をつけて。」
一礼をして行こうとする蘭丸に生き残った者で頭を負傷した男が声をかけた。
「あんた、蘭子さんって言うのか。頭をやられた所為で目がぼやけているがその右頬に三本傷・・一瞬十六夜丸かと思ったぜ。」
男の言葉に蘭丸はギクリとした。
誰だこの人と思っていると、
「組長もこの戦いに参加している。もしで会ったら俺は無事だと伝えて欲しいと言おうと思ったんだがな。いや、すまん、忘れてくれ。ここまで我々の為にしてくれて礼を申す。」
いえいえ、と蘭丸は再度深くお辞儀をするとその場を後にした。
暗くなった山道を少し急ぎながら市彦が聞く。
「蘭子、あいつを知っているのか?」
「私は知らない。でも十六夜丸なら知ってるのかもね・・。」
蘭丸はそう答えたが内心はあの男の言葉に頭がいっぱいだった。
(組長?ってどの組長?--斎藤さん?もしかしたらこの峠のどこかに斎藤さんが・・・・・。)
一瞬蘭丸の叶わぬ想いが心をすり抜ける。
(会いたい・・・・・。)
そんな気持ちで胸がいっぱいだが、鷹の死以来会っていない。
どんな顔で会えばいいかわからない。
---まだ、会えないっ。
蘭丸は張り裂けそうな気持ちでいっぱいになった。
だが蘭丸の想いはここまでだった。
月齢は17.5。欠けていく月が昇る。
川路は近い。仕留めるなら市街戦の中より夜の山の中。
蘭丸は市彦から手渡された薬の入った盃を飲み干した。