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幸せを取り戻す方法

──。


「ここに居たんですね」

そういわれて俺は振り向く。

「あ、ああ…お前か」

流石に過去を思い出していたなんていえないので、
とにかく顔を逸らして探られないようにする。

「…覚えてますか、此処で初めてあったのを」

彼女は俺の前へと歩き、こちらを振り向いた。

「ああ、覚えてるさ。此処が俺とお前の出会いの場所、だからな」

そういって俺は公園を視界にうつした。

「落ち込んでいた貴方も、今では立派な人になりました」

なんて言われる。でも俺はそんなたいそうな人間じゃぁない。
ただ自分と弟の二人が生きていくので必死だっただけ。

「そんな事ないさ。あのままだったら俺はどうなっていたか分からない。
お前が居たから今の俺がここにいるんだ。
そういう意味で言うなら、お前の方が立派じゃねぇか」

素直な気持ちだった。どん底にまで落ちていた自分を、
救い出してくれたのは他でもない、彼女なのだから。
人と話すことの嬉しさというか、何の気兼ねもなく、
くだらない話でも何でも聴いてくれる、意見してくれる、
そんな彼女の存在が大きく、とても頼もしく見えたのも事実だ。

「そうですか? 私は何もしてませんよ。
ああ、しいていうのなら、幸せを取り戻す方法、ですかねー」

人差し指を口元にあて、うーんと首をかしげる彼女。

「ああ、そうだな。実は今日それを試してきたんだ。
クリスマス前に幸せ逃がしてたまるかー、ってね、ははは。
あの頃と変わらない変な顔してたよ、俺」

そういって暫く二人で昔を思い出していた。
出逢った事、付き合い始めた事、喧嘩した事、
一緒にあちこち出かけた事…初めてを経験した事…。

「…早かったですよねー…初めて」

沸騰しそうになった。

「うううううるさい! お、お前俺はあれお前、俺あれ!
初めてだったんだぞバカ! そ、そんなもん、お前あれ、なあ!?
そ、そりゃあお前みたいに経験あったら俺だってなあ!」

面と向かってそんな事を言われると恥ずかしいもんだ。
そもそも初体験の時に直ぐに尽きた自身も恥ずかしかったというのに、
今更になって言われると更に恥ずかしいというもんだ。

「くす、冗談ですよ。ああ、いえ、事実ですけどね。
因みに、私も初めてだったんですよー?」

失言だったらしい。

「ああ、そりゃすまん。あんまりにも落ち着いてたんで、
経験あったんだと思ってた。怖くて聞けなかったんだけどな」

「そうでしたか。まあ、焦るという事が余りないですからねえ私」

「ああ、そりゃ見てて分かる。つーかお前の焦ってる所って見たことねえ。
どっかの神経やられてるんじゃねえの?」

「酷いですねえ。私だって焦る事はありますよ?」

「ふーん、期待してないが一応聞いてやる。
どんな時に焦るんだ?」

「パンが真っ黒になってしまったときとか」

「…なんてどうでもいいときに焦るんだ!」

「どうでもよくなんかないですよー!
折角買ってきたおいしいおいしいパン屋さんのパンなんですよ!
一日五十個限定のおいしいパンなんです、其れはもうおいしいんです!」

何回おいしいって言ってるんだ。そんなにおいしいのか。其れは。
まぁどんなものより一番おいしかったのはお前なん…何考えてんだ俺は。

「あ、ああ…そうですかそうですか。そりゃよかったッスね」

適当にあしらっておく。

「酷いですねぇ。此れでも真剣なんですけど」

両手を腰に当ててそんな事を言う。
まぁこいつにとっては真剣なんだろう。


そうして俺たちは公園へと入り、公園のベンチへと腰掛けた。
どちらが喋るわけでもなく、ただただ無言のまま、
晴れ上がった夜空を見上げていた。

「綺麗ですね」

そういった。視線は空に向けたまま。

「そうだな」

短く返す。

「寒いですね」

続けて言う。

「そうだな」

短く返す。

「寒くないんですか」

更に続けて言う。

「寒いよ、見りゃ分かるだろ、この薄着。
つうかお前寝てただろ俺んちで。
どうしたんだ、家の鍵とか」

一番最初に聞くべきはずの質問をする。

「弟さんにしめてもらいましたから」

え…?

「なあ、もしかえって弟寝てたら入れなくないか?」

慌てて言う。

「そうですね」

短く返される。

「意味、分かってる?」

続けて言う。

「そうですね」

短く返される。

「…さっきの仕返し?」

更に続けて言う。

「そうかもしれません。でも、仕返しというのなら、
きっと、今日、貴方と出逢った事なのかもしれません」

ああ…そういえばどうして俺を見つけて声をかけたのか。
知らないまま今日を過ごしていたな。

「じゃあ、聞く。どうして俺に声をかけたんだ?」

そういうと彼女は立ち上がり、俺のほうへと振り向いた。

「最初は、文句の一つでも言ってやろうと考えてたんです。
ですけど、いつもみたいに晩御飯でうんうん悩んでる貴方を見てたら、
そんな事はどうでもよくなって、何といいますか、その…」

俯いて言葉を詰まらせていく。

「うん…?」

取り敢えず言葉を紡ぐ。

「いえ、なんでもないです」

そういって黙り込んだ。
ああ…、でも其れなら、俺にだっていう事はあった。

「そのさ、もう六年も前の事で今更なんだけど、
その…すまなかった…な」

そういって俺も俯いた。

「いえ、あれはその…仕方ない部分もあったんですよ。きっと。
生きていくのが精一杯だった貴方にとって、
私が疎ましく感じる事もあったでしょうから、仕方ないんです」

そういって彼女はくるりと半回転。
そして空を見上げた。
今どんな顔をしているんだろうか。あの頃の事を思い出しているのだろうか。

「この際だから言っておく。いつまたどこでお前にあえるか分からないから。
六年前の、俺の最大のミスを、此処で詫びたい。ちゃんときいてくれるか?」

そういった。そしたら彼女はゆっくりとこちらへ向き直る。
そのまま無言でうなづいた。

「俺は六年前に、お前を傷つけた。あれだけ俺のために頑張ってくれたのに、だ。
俺はあの時の事を一度たりとも忘れた事はない。
家族の話をするお前がとても羨ましかったんだ。
早くに両親を亡くして、引き取り手もない俺たちに対して、
家族の話をするお前を憎いとも思った。だけど、
俺は気付かなかったんだ。お前が残した書置きを見るまでは」

当時、時々家族の話をする彼女は、とても楽しそうだった。
話を聞く限りではとても仲の良い家族が目に浮かんだ。
でも其れは俺には二度と手に入らないもので、
今まで感じた事もない幸せの塊だったのだ。
だからこそ、手の届かない其れが欲しいとも思ったし、
幸せを取り戻す魔法のように、其れを取り戻せるのなら、
いや、手に入れられるのなら、何度もそう思っていた。
だからこそ、そんな話を聞きたくないとすら思った。
家族が欲しいと強く思わないように。

そうして──。


「出て行けよ」

俺は立ち上がり、彼女に言った。

「出て行けよ、俺のところなんかにいないで、
家族とずっと一緒にいろよ。
なんだよ、お前は。同情なのか? 其れは!」

そういった。今思えば自分勝手な話ではないか。
今まで自分の為にしてきてくれた彼女にたいして、
何を思って言っていたのか。そんな気持ちはなかったはずだ。
同情で人一人を支えていくのなんて出来るはずがないって、
あの頃の俺ですら分かっていた事じゃないか。

「どうしてそんなことをいうんです?
私がそんなつもりで貴方のそばにいると思っているんですか?」

「う…」

言われてたじろぐ。でももう後には引けない。

「…出て行けよ。そして二度と俺の前に現れるな。
今までのように俺は俺一人で生きていく。
弟を養っていく。生きていくんだ。
最初から…最初から…お前みたいな、
人生いつでも幸せな奴になんか、
俺たちの気持ちが分かってたまるかよ!
そうだよ、所詮お前みたいに幸せな奴と、
うまくいくわけなんて無かったんだよ」

でも実際、怒り狂っていたのは俺だけだった。
どうしようもなかった。一時的な感情とはいえど。
彼女が冷静であれば冷静であるほどに、
思ってもない言葉がドンドンと溢れていく。

「なんで俺の前に現れたんだよ!
会わなければよかったんだよ!
どうして、どうしてお前は俺の目の前にいるんだよ!
お前がいなけりゃ俺は今までどおり、
必死な生活の中で、幸せを知ることなく過ごせたのに!
なのに…なのに…ッ!」

其処まで言って俺は泣き崩れた。
涙のわけは…今なら分かる。
言ってしまい、後には引けない後悔と、
自分を救ってくれた彼女への裏切りと、



自分が──初めて愛した人への拒絶。



彼女は何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。
そして俺に言う。

「そう…ですか…。私は…何を間違ったのでしょうか。
えへへ…人を幸せにするのって…難しいんです…ね…。」
好きな人すら…幸せに出来ないなんて…。
難しい…です…ね…」

そういって彼女は出て行った。
ないていた…のだろうか…彼女は。
分からないけれど、今までの彼女とは違う、
声にゆがみを感じた。
そうして俺は気付いた。やってしまった事に。
はっと我に返り、涙を拭くことを忘れて立ち上がり叫んだ。

「ま、待っ────!」

待って、と言いかけた言葉は詰まる。
あたり一面には何事も無かったかのように静まり返り、
残っていたのは、彼女と最後に飲んだ二人分のティーカップ。

「畜生…ッ!」

俺は、俺はなんてことを言ってしまったんだ。
思い出せば思い出すほどに怖くなり、背筋が凍っていくのが分かる。
呼吸が可笑しくなり、自分が自分でなくなりそうにすらなった。

「くそ…げほっ、げほっ! うぅ…うううう…。
うわああああああああああああああああああああああ!」


俺は暴れた。部屋中とにかく暴れまわった。
自分を、いつでも大切にしてくれた人がいて、
そんな人を、自分が何の恩も返せないまま、
自分勝手に、思うがままに、
まるでストレスのはけ口のように、
彼女に、自分の辛さを乗せて、
とにかく、吐き出して、あろうことか、
彼女を傷つけて、泣かせてしまった。

其れがどうしようもなく辛かった。悔しかった。愚かだった。
何をしてるんだ俺は。俺は…俺は…ッ!

「ばかやろう…うぅ…何が幸せに出来なかっただ…畜生!
十分、十分すぎて怖いくらい、怖いくらいに…うぅ…ぐす…、
俺は…俺は…俺はあああああああああああああ!
うぅ…幸せ…だった…んだ…よ…う…ううぅ…」

ひたすらに壁を殴り続けた。一心不乱に殴り続けた。
自分の声とも思えないような奇声を上げて、ただ殴り続けた。
手の皮がめくれあがり、血が噴出している事もお構いなしに、
殴り続けた。殴って殴って殴って殴り続けた。
暫く殴り続けて俺はへたりこんだ。

「うぅ…あぁ…追いかけないと…追いかけて…あぁ…うぅ…。
追いかけて…どうすればいい…? 俺は…どうすればいい…?
ああ、謝らないと…ぐすっ…そうだ、謝らないと…うぅ…」

俺は涙を拭いながら玄関へと歩く。
そうして靴もはかずに外へ飛び出して走り続けた。

何時間位走り回っただろうか、何処にも彼女の姿はなく、
其れでも走ろうと前に出るが足が痛む。
良く見れば靴を履いてないことに気付いた。
足の裏の皮はとにかくはがれており、
何処でぶつけたのか足首には擦り傷まであった。
此れではダメだと俺は引き返した。

ふと玄関に一枚の白い封筒が挟んであるのに気付き、
俺は其の封筒を取り出した。

「…印がない…? という事は自分で入れたのか…?」

不審に思い、差出人を見てみると特に名前はかいてなかった。
何の変哲も無い封筒もただそれだけで不安になってくるものだ。
とにかく中身を見ないことには始まらない。
そう思って俺は其の封筒を開けることにした。
中には一枚の手紙が入ってあり、綺麗な文字が並んでいた。
手紙のところどころがしわしわになっており、
其の場所の文字は少し滲んでいた。
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