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幸せを取り戻す方法

「ふぅ…」

深々と降りしきる雪を目の前にし、
手がかじかんでいる事に気付く。

「なんでこんな日に手袋が…。
まぁ、忘れた俺が悪いんだが…って、あぁ…、
今日はクリスマス…だったっけ」

クリスマス。
かじかむ両手で口元を覆い、
地道に暖めながら空を見る。

そうして六年程前に出逢った人を思い出す。
今は何処で何をしているのだろうか。
今は誰と一緒にこの空を眺めているのだろうか。
今もまだあの時の事を覚えているのだろうか。
そんな今となってはどうでもいい事を、
毎年のように思い出している自分がいる。

「はは…未練でもあるのかね、俺は」

苦笑しながら見上げた空を視界から消す。
辺り一面は真っ白な銀世界。
色とりどりの綺麗な飾り付けや、
クリスマス限定! なんて銘打った商品が並んでいたり、
お決まりのクリスマスケーキや、
サンタの格好をした売り子等も良く見かける。
時々周りを見ながら歩いてはどうですか?
等と声をかけられたりもするがお断りだ。

「さて、自分用のクリスマスケーキでも買って、
ささやかなパーティでもしようかねぇ」

なんていうのはちょっとした冗談である。
甘いものが得意ではない俺にとって、
この季節はたまには甘いものでも食べようか、
という気分にさせられるのだ。
しかしどこもかしこもクリスマス一色。
どんな店に入ればいいのやら…。


「はあ…」

深いため息を一つ。白い息となって吐き出された其れは、
瞬く間に風に流されて消えていった。

「ああ、そういや、ため息をすると幸せが逃げる、
とかって聞いたなあ。今ので俺の幸せは消えたのか。
いやいや待て待てクリスマス前に消えてたまるかー!」

そういいながらふと思い出した。

「ん? この逃げた幸せを取り戻す方法もあったような…。
そうそうあったあった、うんうん」

俺は其れを近くの店の前で試した。
鏡ではないが良く顔が映る綺麗な壁。

「っと、こうして…こうだったか? うわ、変な顔」

人差し指で口元をくいっと吊り上げる。
こうして笑顔を作ろうと頑張ってる自分を見て、
面白おかしく笑うといいんだそうな。
そうすると自然と笑みがこぼれて、
逃げてしまった小さな幸せを、
少しだけ大きくして戻してくれるんだとか。

「うん、普段こんなのしないけど、
まぁクリスマスだもんな。これくらいやってもいいだろ」

一通りバカな顔をして遊びつかれた俺は、
多分俺を見てた通行人は不審に思ってただろうけど、
そんな事はお構いなしで少し小さめのお店へと足を運んだ。


「うーん、どれがいいかなあ。チョコレートは…うーん。
…無難にやっぱショートケーキかなぁ…。
うへ、此れ大きいなぁ、こんなの一人で食うのかよ…。
おお、こっちは高いな、一個七千円って…。オイオイ…。
幾らなんでも値段張りすぎじゃないのかこれ…。
でもおいしそうだなぁ、好きな人はやっぱり食べるんだろうか」

なんて怪しくもぶつぶつと独り言。
普段見ないものだから一度見始めると楽しくなってくるのだ。

お店のカウンターにはたくさんのケーキが並んでいた。
色とりどりの…此れはなんだろう、キウイとかバナナとかかな?
色の違うフルーツがたくさんちりばめられた可愛いケーキとか、
真っ白いクリームの上に大きな苺の乗ったショートケーキ。
ロール状のチョコレートケーキ等など、
勿論ケーキだけではなく、シュークリームや何やと置いてある。
まぁケーキ以外は良く分からないけれど。

「どれになさいますかー?」

迷っているのに気付かれたのだろうか。
優しい声で話しかけてくれる店員。
ふと顔を見上げて思う。美人だ。
美人で優しくてケーキ屋、うーん、良いねぇ。
っと、そうじゃないそうじゃないよな。

「いや、ははは…多すぎてどれがどれやら分からなくてね。
自分余り甘いものは食べないもんで。
そんな奴でも食べれるようなケーキってありますかね」

顔は緩んでないだろうか、目はやらしくないだろうか。
まぁそんな心配を適当にしながら返事をする。

「あはは、そうですか。でしたらこちらのケーキなんかはいかがでしょう」

そうして上品に指された其れは、隅の方にあり、
自分でも気付かなかった小さなケーキ。
一見普通のケーキとは何も変わらないような…?
俺がうーん、と頭をかしげていると、

「こちらはチョコレートケーキですが、ビターチョコを使っていますので、
ケーキの甘味とビターのほろ苦い味を持ち合わせていますから、
甘いものが苦手なお客様には丁度良い甘さになっていると思いますよ」

なるほど、そういう訳だったのか。
確かに良く見ると商品名が書いてあるプレートには、
チョコレートケーキ(ビター)と書かれてある。

(そういえば…あいつも甘いものは苦手だったっけ…。
二人して良く悩んでたな、この季節は。
ケーキ食べたいのに二人とも甘いものが食べれないよー!
なーんて、どうしろってんだよな、全く)

そんな事を考えながら俺は店員がお勧めしてくれた、
ビターチョコのケーキを一つ、と思ったが二つ買っておいた。

「この一個は弟にあげよう。あいつも甘いもの苦手だったはずだ」

うろ覚えの中、俺はケーキを片手に店を出た。
因みに値段は二つで五百円丁度。


「うん、後は特に買う物はないか、って晩御飯だよそうそう。
ていうかそのために俺は出てきたんだよな……」

そしてケーキは後で買えばよかった、と後悔しながらも、
晩御飯のおかずを買いに行く事にした。
いつも利用している大型のスーパーに入るが、
ここでもやはりクリスマスという事で賑わっている。

「流石に賑わってるなぁ、スーパーなのに、
クリスマス専用ブースがなんであんなにでかいんだ?」

大型というだけあってかなり大きめのスペースがある。
イベントごとに使われるブースは其々異なるが、
此処まででかいスペースは今年初めてだった。
入って正面にいきなりクリスマスブース。
更に其の奥が冷凍食品のコーナーで、
ブースの右手が野菜、左手には…

「あれ? 此処もクリスマス商品か…。
っていうか前まで何置いてあったっけ此処…。
うーん…あ、確かフルーツだ。あぁ、なるほど、
だからクリスマス商品の中でもフルーツ系なのかぁ」

此処にはクリスマス風に作られたと思われる、
星や月、丸い形にかたどられたフルーツが置いてあった。

「普段フルーツなんて食べないもんなぁ。
行きなれてても忘れるわけだ、うんうん」

一人で納得しながら買い物カゴを引っさげ、スーパーの中を歩く。

「うーん、何にしようかなぁ。寒いしなぁ、今日。
あえて鍋で済ますのも手…か?
でも鍋って高いよなぁ、材料費…うーん…」

そうして俺は野菜の前でうんうんとうなっていた。

「シチューなんかどうでしょう?」

不意に声をかけられる。

「あ、シチューか! いいね、あったまるし楽だ。
シチューねぇ、そういやあいつと過ごしたクリスマスも、
何かシチューだった気がするなぁ」

「ふふ、ならシチューで決まりですね」

そうして俺はブロッコリーを眺めながら、

「ああ、そうだな、取り敢えずシチューにしよう」

そして俺は手頃な大きさのブロッコリーを選んでカゴに入れる。
そして違和感。というより俺は誰と会話してたんだ?
まず其れに気付け。というわけで振り向いてみる。

「ふふ、こんばんは」

柔らかな微笑みと、長く黒い髪に反するかのような、
白いコートを身に纏っている女性が、
小さな白い手をふりふりと左右に振っていた。

「あ、あ…お、お前は…ッ!」

実に六年ぶりの再会ではあるが俺は覚えている。
昔共に過ごしていた『あいつ』だった。

「ほら、挨拶したんですから、貴方も挨拶しましょう。
其れが礼儀です、ふふ」

そういってまた微笑んでいる。

「あ、あぁ、わりぃ。そうだな、こんばんは」

そうして余りムードのない再会を果たした。
なんていってもこの先何を言えばいいのやら、
俺には全く検討が付かない。というか急すぎて心が整理出来ていない。
其れを見透かしたのか、彼女は俺の前へと歩み寄り、
俺の顔を覗き…、

「ほら、シチューには此れも入れないと」

違った。見ていたのは俺の前にあったトマトだ。

「え、ト、トマト…?」

カレーならまだしもシチューにトマトなんて入れるっけ…。
そう思いながら聞いてみる。

「はい、トマトです。他に何に見えます?
ふふ、冗談です。私は白いシチューの方が好きですからね」

ああ、トマトシチューなんてあったな…。
トマトジュースを一本使ってビーフシチューみたいになるやつ。
作った事はないが、どうにもあの見た目は食欲が出ない。

「驚かすなよ。まぁ取り敢えずシチューにするか。
で、お前はこんなところでカゴも持たずに何の用だ?
まさか俺に逢えるかも! なんて乙女ぶりを発揮中だったとかいうなよ」

とかいってる俺が恥ずかしくなってきた。
からかうつもりでも言葉は選ばないとダメだと痛感。

「あ、少し思ったかもしれませんねー。
どうですか? 久しぶりにあってみて」

うむ、予想外の反応だったな。しかし良く見てみよう。
うん、どうですか? と言われても特には…あ!

「お前、そんな髪長かったっけ。
セミロングだと記憶してるが」

「はい、良く覚えてましたねー。
髪、長くしたんです。どうでしょうか」

そういうと胸元で小さな丸を描く彼女。
其の仕草がとてもかわいらしく思えたのは秘密だ。

「あ、ああ、すげぇ良く似合ってると思うぞ。
しかしなんでまた長くしたんだ。
昔は意地でもこのままがいいんだ!
っていって聞かなくて良く切ってたじゃねぇか」

そんな事があった。会って話せば話すほどに、
鮮明に蘇る過去の記憶。
あぁ、髪、か…そういえば…。

「貴方が長い髪の方がすきだと言ったの、
覚えてないんですか?」

少し顔が俯いたのと同時だっただろうか?

「…俺が言ったんだよな。長い方が好きだって。
長い方がお前には良く似合って可愛いよって。
あぁ畜生。今更ながら恥ずかしいわ」

そういって俺はブロッコリーを再び眺める。
いい髪だ…じゃなかった、いいブロッコリーだ。

「そうです。覚えててくれたんですね」

そう言った彼女がどんな表情をしていたのか。
其れはたった今、俺が見ていなかった事で、
彼女だけが知る事となっていた。
俺はブロッコリーに夢中だった。

「とにかくですね、ブロッコリーはもう選んだじゃないですか。
どうしてそんなにブロッコリーばっかりみてるんですか?
好き…なんですか? 其れ」

そういわれて俺は更に恥ずかしくなる。
ああ、何かこう、耳が熱いような。

「お、おおおお前ブロッコリーバカにすんなよ!
こうみえてこいつは…えーと…えーと…、なんだ、
そう! 栄養! 栄養ありまくりなんだ!」

とにかく適当にごまかしておく。
このときの俺のダメっぷりといったらそりゃぁもう。

「便利な言葉ですね、栄養がある、なんて。
因みにブロッコリーにはビタミンB、Cとか、
カロチン、鉄分を沢山含んでいるんですよ」

そうして語りだす彼女。なんでこんなに知ってるんだ。

「何、お前、ブロッコリーの評論家とかなんかなの?」

気付けば聞いていた。別に知りたいわけでもないんだが。

「えへ、実を言うと辞書で調べてたんです」

「へえ、ブロッコリーの詳細が載ってる辞書、ですか。
そんなもん持ってるとか初耳だなぁ。
で、それはなんていう辞書なんだ?」

そういうと彼女は首を傾けながら、

「といってもネットの百科事典なんですけどねー」

「ウィキペディア!」
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