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あのふわふわしてるようで何を考えているかわからないような幼なじみが、休みの二日間だけ帰ってくるらしい。
彼・隠岐と私は家が近く親同士の仲も良い幼なじみで、幼稚園から付き合いがある。中学生の頃は思春期でお互い避けるようになったが、高校生になり環境が変わるとまた自然と話すようになった。
かと思えば、彼がボーダーに入隊するために三門市に行くことになり、 せっかく入学した高校にも別れを告げ、あっという間に私の近くからいなくなってしまった。
私は隠岐のことが嫌いではなかった。話し方にトゲが無いし周りをよく見ていて気が使えるし、友達の少ない私にとっては、唯一気楽に話せる男友達だったのだ。
―――
休日、三時のおやつのための飲み物を用意していると、インターホンが鳴った。時間通りだとドアを開ければ、先程ラインで十五時にそっち行くわ、と連絡してきた隠岐がにっこり笑顔で立っていた。
「久しぶりやなあ。元気やった?」
「久しぶり。変わらんよ、こっちは」
一年ぶりに会った彼は背が伸びた気がするし、もともとのふわふわした雰囲気に凛々しさが加わり、幾分か大人びたような気がする。
「前よりもっとかわいなったんちゃう? 」
毒気なく彼は笑う。
果たしてこんな冗談を言える人だっただろうか。一年会っていないだけで彼を別人のように感じている自分に戸惑う。私が曖昧な返事をしていると、ドアの隙間から猫が飛び出した。
「あー! クロやん! 久しぶり〜! 」
黒いからクロと安易に名付けたうちの猫が、彼に飛びついた。猫とじゃれて満面の笑みを浮かべているのは私の知っている彼の表情だ。無意識に肺に溜まっていた息を吐く。先程のソワソワも一緒に吐き出されたのか、少し平静さを取り戻した私は隠岐 (とクロ)を家の中へと招いた。
―――
隠岐が持ってきてくれた“いいとこのどらやき”を食べ終え、クロとまとろんでいる隠岐を眺めながら、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「なあ、次はいつ帰ってくるん? 」
「ん〜、なんとも言えへんなあ。いつ状況が変わるかもわからんし」
膝に乗ってきたクロを触りながら、ゆるやかに答えた。
彼は三門市でボーダー隊員として市民を守っている。それは立派なことだし、応援したい気持ちはある。けれど、幼稚園の頃から近くにいた人がいない日常を一年間過ごして気づいたのだ。私の中の彼の存在は、いつのまにかこんなに心に引っかかりを与えるものになっていたのだと。そんな気持ちがあるからか、頑張ってねとも素直な気持ちも言えず、ついなんともない風を装ってしまう。
「ふーん、そうなんや」
仰向けになったクロとじゃれあう、こんな緩んだ姿はもう見れないかもしれないと思うと、ただの幼なじみであってもさみしくなる。
それは、泣きそうなくらい。
目の奥が熱くなるのを抑えるかわりに、隠岐から目をそらした。
「……そんな寂しそうな顔されたら、帰れへんくなるな」
弱さが混じった声につられ、そちらを向き直す。
いつの間にかこちらをうかがっていた青い目は、視線が合うと少し眉を下げて笑った。
「また連絡するから、な」
赤子をあやすように差し出された言葉に、私は何も答えられなかった。
三門市に行くことを『帰る』と表現したことに気づいてしまい、さらに寂しくなったのだ。
私がいる街を離れた隠岐は、そのうち私より仲の良い人と付き合って結婚して、私より仲の良い友達と笑って共に戦って、そんな忙しい毎日をおくって、いつか私のことなんて忘れちゃうんだろうな。
私の心で燻っている想いが形になることも、きっと無いだろう。