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私には、気になる人がいる。
それは、同じ会社に勤めている3つ年上の先輩、茅ヶ崎至さん。
私自身が、茅ヶ崎さんと直接話すことはまず無い。
あっても、業務連絡くらいである。
知らないからこそ、気になるのだろうか。
つい、茅ヶ崎さんにまつわる噂を盗み聞きしたり、私生活について、空想を膨らませたりしてしまう。
茅ヶ崎至、23歳。
彼は上司にも後輩にも同期にも慕われている、とても優秀な人だ。
更に顔も良い。というか、顔が良い。顔が特に好み。
物腰やわらかで優しいというのも加わり、もちろん社内外問わずモテまくっている。
けれど、恋愛の話は一切上がらない。
社内でそんな話題が出ても、上手くかわしている。
それは恋愛の話だけが例外という訳でなく、普段の生活についても、「みんなとそんなに変わらないと思うよ」などと詳しく教えてくれない。
飲み会も、二次会まで来ることは滅多にない。
私生活自体が、謎に包まれている。
これが、私の茅ヶ崎さんについての知識だった。
3か月前までは。
実はなんとも喜ばしいことに、ここ最近、茅ヶ崎さんとの交流が増えたのである。
きっかけは、半年ほど前、友人と一緒に見に行った舞台にある。
そこで、茅ヶ崎さんが役者として出演していたのである。その時の衝撃は、今でも忘れられない。
会社では疲れた顔も見せないような彼が、人を見下したような目や、敵意のある表情をするなんて。
私の知っている茅ヶ崎さんではない、と、何度もパンフレットを見返したものだ。
それから公演の度に見に行くようになり、茅ヶ崎さんとも他愛ないお話しができるようになった。
劇団員の仲間といる茅ヶ崎さんは、会社で見るよりどこか幼くて、会社で見るより、もっと楽しそうに笑う。
そんな彼に、知らずに、というか当然というか、どんどんハマっていってしまう。
「茅ヶ崎さん!今回もかっこよかったです。」
「ありがとう。まあ、当たり前だけど。」
「茅ヶ崎さん!素敵です!」
「ありがとう。知ってる。」
私がどんなに勇気を出して褒めても、彼の完璧な営業スマイルと、普段の茅ヶ崎さんからは考えられないような、くだけた言葉に、いつも心を掴まれて会話が終わってしまう。
会社にいる時の茅ヶ崎さんと、演劇をしている茅ヶ崎さん。
どちらが本当の茅ヶ崎さんなのだろう。
もしくは、また違う一面があるのだろうか。
一度、会社で茅ヶ崎さんに聞いたことがある。
「こっちの茅ヶ崎さんと、劇団での茅ヶ崎さん。
どっちが本当の茅ヶ崎さんなんですか?」
すると彼は、会社では初めて見る、子供のような楽しそうな顔で笑った。
「さあね。どっちだと思う?」
そう言ってニヤリとする茅ヶ崎さんが眩しすぎて、私は答えることができなかった。
茅ヶ崎さんへの想いは、きっと恋なのだろうと思う。
けれどそれはどうするつもりも無いし、どうにかなりそうにもない。
私はこんな風に茅ヶ崎さんとお話しできるようになっただけで、満足だ。
もっと深い関係になりたい、とそう思うことはあるけれど、茅ヶ崎さんが劇団の仲間と楽しそうに笑っている姿を見ていたら、彼が以前より遠い存在になったようにも思う。
私では、茅ヶ崎さんの心を許す相手には、なれないのだと。
しかし、私の誕生日に、驚くべきことが起きる。
その日は友人がちょっとした誕生日会を開いてくれたのだが、プレゼントタイムになった時、茅ヶ崎さんから、だと友人が小さな箱を渡してくれたのである。
その日1番の私の驚きっぷりに友人は爆笑していたが、それどころではない。
そこから誕生日会がどう終わったのかすらあまり覚えていない。
それくらいの驚きである。
多少仲良くなれたとは思っていたが、まさかプレゼントを貰えるなんて微塵も考えなかった。
だから、茅ヶ崎さんは私に対してどういう気持ちでプレゼントをくれたのかと、嬉しさよりも困惑した気持ちが大きくなった。
私の誕生日は日曜日で、茅ヶ崎さんはその前の金曜日から一週間ほど、ちょうど北海道へ出張に行っている。
そのため、このモヤモヤをどうすることもできず、仕事中も、気が付くと茅ヶ崎さんのことばかり考えてしまう。
メールを送ろうとするも、連絡先を知らないことに気づき、その事実に多少落ち込む。
はあ、どうしようもなくて、どうしよう。
そして、明日が月曜日の夜。
つまり、誕生日から一週間経った、日曜日の夜。
――眠れない。
茅ヶ崎さんは昨日帰ってきているらしいから、明日、出社すれば茅ヶ崎さんに出会う。
その時、どんな顔をして会えばいいのだろう。
どんな顔で、プレゼントのお礼を言えばいいのだろう。
茅ヶ崎さんは、どういう気持ちで……。
そんなことばかりが頭の中でぐるぐるして、全く眠れない。眠くならないのだ。
しかし、ずっとこうしていても仕方がない、というのも事実。明日遅刻するのは嫌だ。
気分転換にコンビニでも行って、アイスを買って食べて寝よう。上着を羽織り、財布と携帯電話を手に持った。
歩いて5分の、最寄りのコンビニエンスストア。
会社帰りによく利用するが、この時間は初めてかもしれない。
急ぎ足でアイスを買って店から出ようとしたとき、知っている声に話しかけられ、思わず振り向いた。
そして、少し後悔した。
「あ、やっぱり。」
「茅ヶ崎さん……?」
そこにいたのは、今まさに私の悩みのタネであり、会いたいような会いたくないような、茅ヶ崎さんだった。
しかし、なんだかいつもと様子が違う。
前髪を上でくくって、黄色いスカジャンを羽織って、下はスウェット。つまり、部屋着。
他の人だったら部屋着だなと思うだけだけれど、茅ヶ崎さんの部屋着がこんないかにもな部屋着だと、誰が想像するだろうか。
そんな思いが、つい口から零れた。
「茅ヶ崎さん、いつもと様子が……?」
「開口一番それかよ。お前もなかなかだよ。」
真顔でそう言われて、自分も部屋着だったことを思い出す。すごく気の抜けた服装で恥ずかしい。少なくとも、想い人に会う格好ではない。
「うわっ!すみません、見ないでください!」
「良いんじゃない?誰でも家ではそんなもんでしょ。」
確かに茅ヶ崎さんは、私に部屋着を見られても、何でもないようにしている。
「茅ヶ崎さん、部屋着見られても平気なんですね。」
「いや、それはお前だから……って、そういえば、久しぶりだね。」
今なんか強引に話を逸らされた気がしたような……。
そのことを深く考える前に、プレゼントを貰ったことを思い出し、私はそれどころでは無くなった。
「あっ! そうです、プレゼント! ネックレス! ありがとうございます!」
私が唐突にそういうと、思い出したように頷いた。
「あ~、届いたんだ。どういたしまして。」
……それだけ!? なんか、無いの!?なんかさ、こう、渡してくれた理由は、みたいな!
少し間が空いても、茅ヶ崎さんがそこから何かを話しだす気配はない。
私から聞けと、そういうこと……?
聞いたら何かが変わりそうで、すごく怖い。
でも、聞きたい。
茅ヶ崎さんの真意が、知りたい。
私は両手をぎゅっと握った。
「あの、どうしてプレゼントくれたんですか……?」
茅ヶ崎さんは少しだけ考えてから、いつもの営業スマイルを見せた。
「なんとなく、かな。いつも公演見に来てくれてるし。そのお礼。」
いつもの営業スマイルが、今はとても胡散臭く見える。きっと、理由を隠している気がする。
普段だったら、ここでKO.負けしていた。
けれど、今日は、ここは引いてはいけない、まだ終わらせない。
「公演見に行っているのは、友人も同じじゃないですか。 私にくれたのには、何か意味があるんですか?」
私の言葉で、営業スマイルから真顔に変わった茅ヶ崎さんは、何も言わない。
真顔の茅ヶ崎さんは顔が綺麗なだけに、少し怖い。
それに怯んでしまう。
「あ、その、無いなら、ほんとにお礼でくれたのなら、普通に有難く頂くんですけど……。」
顔を見るのが怖くて、だんだんと目線は下がり語尾も小さくなっていく。
今日はまだ終わらせない。って何だったんだ。
さっきまでの強気はどうした、私!
いやだって茅ヶ崎さんの真顔怖いし、いつもの格好とも違うから、怖さが増している気がする。
茅ヶ崎さんが答えないから、そんな自問自答を繰り返してしまう。
「いやー、驚いた。今日は言い返してくるんだ。」
「え?」
目線を上げると、茅ヶ崎さんはいつものように笑っていた。
けれどまたすぐに、こちらを射抜くような真面目な顔をした。
「俺が、プレゼントを渡した理由は――」
彼はそう言って、1mくらい空いている距離を詰めてきた。
そして私の左手を掴んだと同時に引き寄せられ、身体ごと彼の両腕に包まれる。
私の頭の中は、もう、パニックどころではない。
真っ白で、何も考えられない。
そんな私に追い打ちをかけるように、彼が呟く。
「こういうことだよ。」
左の耳元から聞こえた低い声が、真っ白な頭に直接響く。
こういうこと……?
って、どういうこと……!?
私の頭が運転を開始した次の瞬間には、茅ヶ崎さんはもう既に私から離れて歩き出していた。
「ちょっと、待ってください!それって、どういう意味ですか……!」
私が思わず待った、の声をかけると、彼は振り返って、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「言わない。」
っっっムカつく~~~!
でも、そこが好き~~~!
混乱で、もう何が何だか分からない。
だけど、今なら勢いで何でも言える気がする……!
「私のこと、好きってことですか!?」
「さあ?どうだろうね。」
「言ってくれないと、わかりません!」
「分からなくていいよ。」
「も~~~!ずるいですよ!茅ヶ崎さん!」
私の勢いにも全く動じず、スルーしてくる茅ヶ崎至(23)。
好きな人から誕生日プレゼントを貰って、その理由はこういうことだよって言って抱きしめられて、期待しないわけが無い。
また、上手くかわされている。全然勝てない。
言葉が無いと、確信が持てないからまたモヤモヤしないといけない。
せっかく勇気を出して聞いたのに……!
もう、どうすればいいんだ……。
「じゃあね。また明日。」
手を振る茅ヶ崎さんは、とても楽しそうだ。
悩む私を面白がっているんだなあ、と他人事のように感じた。その日は、結局眠ることができなかった。
次の日の朝、会社で会った茅ヶ崎さんに「寝不足?ちゃんと寝ないと駄目だよ。」と言われた。
あなたのせいですって言いたかったけれど、彼も分かって言っているのだろうなあと、閉じてくる瞼を必死に開きながら思った。