混ざって
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まぶしい。
陽の光で目が覚めたみたいだ。
深い眠りについていたようで、思考がやけにすっきりしていた。
スマホで時間を確認したら、もう17時で、朝日だと思っていたものは夕日だったらしい。
服はいつのまにかパジャマに、おでこには冷えピタが貼ってあった。
あれ、昨日、ベッドに倒れこんで、それからわたし、どうしたんだっけ。
『具合どう?』
声がして驚いて起き上がってみると、ベッドの足元の方に健人が座っていた。
「なんで…」
『昨日話があって来てみたら、部屋の電気ついてないのに鍵開いてるし、部屋の中入ってみたら高熱出して倒れてるし、超焦った』
少しよれた白シャツを着た彼は、一晩寝ていなかったのだろう。綺麗な顔にクマがうっすら浮き出ていた。
健人がぬるくなった冷えピタをはがし、目を細めてわたしの頭をゆっくりとなでる。
『人の看病したことなんかほとんどないし、どうしようってめちゃくちゃ動揺して、菊池なら兄弟いるし看病の仕方わかるかもって鬼電したら「落ち着け!」って怒られた。でもそのあとちゃんと丁寧に指示くれるんだもん、やっぱあいつ優しいよ』
そう言って小さく笑ったきり、健人は黙ってわたしの頭をなで続ける。
仕事は?とか話って?とか疑問はいろいろわいてくるのに、何ひとつうまく言葉にできなかった。
健人の手が下がり、私の髪をすくう。
『ふつうの男のほうがよかった?』
聞き取れるか聞き取れないかくらいの、小さな声だった。
オレは、と彼は続ける。
『看病の仕方もわからない男より、ろくに会えない男より、会えても人の目を気にしなきゃいけない男より、ふつうの男のほうがいいって、君を幸せにできるって、オレは思ったんだ』
前髪越しに見える目は伏せられていて、長い睫毛がかすかに揺れていた。
『ちゃんと納得して別れたはずだった。仕事も普通にこなせてるし、意外と冷静じゃんって思ってたんだよ。…だけど、途中からどんどん違和感が大きくなってるのに気づいた』
伏せられていた目がこちらを向く。
『どこにいても、何をしてても、〇〇がいる感覚が抜けなかった。いないってどういうことか、どうしてもわからなくて、毎日ボタンを掛け違えたみたいな違和感がずっと続いてた』
健人が、わたしの手を取り彼の頰に持っていく。
普段は少し熱いくらいな彼の体温だけど、今はわたしの体温も高いからか、健人に触れている指先から、溶けあっていくかのように感じられた。
『この頰も、鼻も、目も、口も、耳も、身体も、そして心も、オレの全部に〇〇がいるんだって、混ざり合ってるんだって、離れてからやっとわかった。痛感した。…………………だからおねがい、オレのそばにいて』
頰に添えられたわたしの手に健人の手が重ねられ、そのまま指が絡み合う。
その手は少し震えていた。
それは、7年付き合ってきて、初めてみる表情だった。
「………健人になかなか会えないのも、予定をドタキャンされるのも、こっそり会わなきゃいけないのも、そりゃ少しは寂しいけど、でもそんなのどうってことないの、わたしには」
絡んだ指を強く握る。
健人の目を見て、息を吸い込む。
「こっちは7年も健人の彼女やってるの。付き合った時点で健人の夢にわたしも乗っかってるの。そのための覚悟ならとっくにできてるの。だから、それに健人がうしろめたい思いをする必要なんかない。ごめんなんて謝らなくていい。健人の苦しそうな顔を見るのが、そんな顔をさせてしまうのが、わたしは一番つらい」
健人の目が大きく見開かれ、強いね、と眉を下げてくしゃっと笑った。
「……強くなんかないよ。わたしだって、健人がいない生活、ぜんぜんわかんなかった。ずっとわたしの中に健人がいた」
そう言ったわたしを、彼は優しく引き寄せ抱きしめた。
くすくすと肩越しに笑うから、どうしたの、と健人の方を向く。
『付き合ってきてから何回も大好きだって思ってきたけど、今はちょっと違うかも』
「へ?」
彼はわたしの目をじっと覗き込み、顔をほころばせる。
『愛おしくて愛おしくてたまんない。頭のてっぺんから爪の先まで〇〇の全部が愛おしい』
─── 愛してるよ。
呟かれた声が聞こえた。
わたしの髪をかき分けて、おでこにキスをする。
そのまま目に、鼻に、耳に、キスを降らせる。
頰に落ち、そして、口へ近づいて。
その瞬間、スマホが鳴って、残り3ミリまで近づいた唇はそこで止まった。
「……早く出なよ」
彼は不服そうな顔をしたけれど、名残惜しそうにそのまま顔を離し、電話へ出る。
『……マネージャーから、もう時間だって』
「うん、がんばってきてね」
『……そのまえに』
見送るようにヒラヒラと振るわたしの手をぐいっと掴み、そのまま唇が奪われた。
さっきまでの触れるだけのキスとは全然違う。
噛みつくような、全部持っていきそうな、所有欲がはっきりみえるキスに、合わせるのが精一杯だった。
ようやく離れた唇に、力が抜けてしまい健人の胸にもたれかかって肩で息をする。
彼はにっこり微笑みながら、へばっているわたしの耳に口を近づけ
『帰ってきたら、結婚してって言うから返事考えといて』
と言い残し、いってくるね、と部屋を出ていった。
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