混ざって
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ちょうど今日は「滅多にない日」だったらしい。
仕事を終え家に帰ると、玄関に男物の靴が並んでいた。
「ただいま」とリビングへ行くと、すやすやとソファの上で健人が寝ている。
久しぶりに見るその顔は、前会ったときよりも少しやつれていて、その多忙さを物語っていた。
疲れているのに、撮影の合間を縫って来てくれたんだろう。
嬉しさと同じくらい、わざわざごめんね、と申し訳なさを感じ、だけどやっぱり嬉しくて、彼の寝顔にこっそりスマホのカメラを向ける。
カシャっというシャッター音は案外大きく響いて、健人の瞼がゆっくり開いた。
『…盗撮』
くしゃくしゃ、とその綺麗な黒髪を雑に整えながら、怠そうに健人が身体を起こす。
「ごめん、起こしたね」
『いいよ。てかこっちこそ寝ちゃっててごめん。ご飯でも作って待ってようかと思ったんだけど』
「全然。こっちこそ、疲れてるのにわざわざ来てもらっちゃって、」
ごめん、と続きそうになった言葉を慌ててひっこめた。
「……寝てていいよ、何食べたい?」
『…なんでもいい。簡単なもので全然』
わかった、と台所に立ち冷蔵庫から材料を出す。
重ねるようになってしまった謝罪はいつからだったろう。
トントン、と野菜を切る音だけが部屋に響く。
わたしたちは、いつから、お互いと付き合うことにうしろめたさを感じるようになってしまったんだろう。
ごめん、が増えただけじゃない。
たとえば、お互いの連絡にスタンプだけで返すようになったラインとか。
たとえば、「これが食べたい!」から「なんでもいい」になったこととか。
たとえば、今、この部屋の沈黙とか。
この7年は、わたしたちの間のなにかを、確実に変えてしまった。
出来上がった野菜炒めを皿に盛りつける。
できたよ、と声をかけようとした瞬間、健人のスマホが鳴った。
二言、三言交わしたあと、電話を切った健人がこちらを向いた。
『ごめん、あの…』
聞くまえから続く言葉はわかっていた。
「仕事でしょ、気にしないで。行ってきて」
『……ほんとごめん』
─── ああ、彼にこんな顔をさせて謝らせているのは自分なのか。
健人の顔を見て、急にはっきり自覚したその事実に、心臓がゆっくりと締め上げられ、酸欠みたいに頭の働きがにぶくなった。
─── なんだ。そっか。そうだったんだ。
ぼんやりとした頭で、玄関で靴を履く彼の背中を見つめる。
「………ねえ健人、別れよっか」
自分が発した声なのに、どこか他人の声のように聞こえた。
彼は、一瞬だけ動きを止めた後、ちらりとこちらを振り向き、
『わかった。…………ごめんね』
とだけ言って、部屋を出ていった。