混ざって
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チン、と音が鳴ったレンジから温まったミルクを取り出し、その中にハチミツを少し垂らす。スプーンでかき回すと、混じり気のない白が、すこし黄みがかった優しい白色に変わった。
そういえばもう時間だ。
ソファに座りテレビをつけると、ちょうど番組が始まったようで賑やかな笑い声が一気に部屋を満たした。
マグカップを両手で包む。
─── それ、ハチミツ入れるともっと美味しくなるよ。
あんまり甘すぎるの好きじゃないんだけど、と心の中では思ったものの、付き合い始めたばかりなのに、こんな些細なことで気まずくなるのもバカらしくて素直に教えられたとおりミルクにハチミツを入れた。
少しの我慢と共に口にしたそれは驚くほど美味しくて、思わず大きな声で「なんでこんなに美味しいの?!」と叫び、そんなわたしを見て彼が笑っていたのを覚えている。
7年前、その飲み方を教えてくれた彼は、今テレビの中でキザなセリフを言って歓声を浴びていて、本当にこの人がわたしの彼氏なのだろうかと未だに不思議に思うときがある。
健人とわたしを取り巻く環境は、この7年でめまぐるしく変化した。
高校生だったわたしたちは、それぞれ別の大学に行き、社会人になった。
彼は出会った頃からアイドルだったけれど、今やその人気は7年前とは比べ物にならないほどで、”中島健人”という名前をテレビで見る機会も増えた。
ずっと1ミリも手を抜くことなく努力し続けてきた健人を知っていて、だから大勢の人たちに愛されている健人を見て嬉しいと思う気持ちは嘘じゃない。
スマホが通知で震え、メッセージが映し出される。
〈現場長引いててやっぱ今日家行けなそう、ごめん〉
見飽きた文面に、スタンプだけ押して画面を閉じる。
テレビの向こうで
『いつも君との恋に落ち続けてるよ』
と綺麗に笑う彼に、ばーか、と小さく呟き、台所に1つ取り残されている冷えたオムライスを冷蔵庫に入れるため、立ち上がった。
「えっ、彼氏さんと7年も付き合ってるの?!てことは高校から?!」
ランチのパスタを頬張りながら先輩が目を見開く。
昼時のカフェはわたしたちのようなOLたちで混雑していて、先輩のそこそこ大きな驚き声もそれほど響かなかった。
「そんなに長く付き合って、飽きたりしないものなの?」
「彼がすごく忙しい人なので、会える日なんて滅多にないですし。だから、少なくともわたしは、飽きるって感覚はまだないですかねぇ」
あっちはどう思ってるか知らないけど、という言葉は、カルボナーラと一緒に押し込む。
「7年て、本当一途な恋だねぇ」
先輩の声には称賛のようなものが含まれていたけれど、一途な恋、という言葉は、わたしたちの関係を表すにはあまりにも彩度の高すぎるものに聞こえた。
付き合い始めたときのあのキラキラ。
ひとつひとつが新鮮で、瑞々しくて、青々としていて、毎日が鮮やかだった。
手を繋ぐだけでドキドキしたり、相手のちょっとした仕草にどうしようもなくときめいたり。
お互い、脇目も振らずに恋をしていた。
あれこそが、「一途な恋」というべきものだった。
じゃあ今のこの気持ちは、この空気は、なんて名付ければいいのだろう。
少なくともわたしは、飽きたとか、そういうんじゃないけれど。
だけど、「少なくともわたしは」なんて前置きが必要なくらい、わたしには今、彼のこともこの関係のことも、そして自分のことですら、わからなくなっているんだ、とそのとき初めて気づいた。
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