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うそ、と呟くのが精一杯で、それ以外の言葉が出てこなかった。
頭が真っ白になっているわたしの腕を引っ張り、風磨が試着室の外へと連れ出す。
わたしたちに気づいたまーくんがこちらに近づいてきた。
「いかがでしたか?めちゃくちゃ似合ってま……」
笑顔で話しかけてきたまーくんが、1点を見つめて固まる。
あっ、と思って首筋に手を当てるけれど、もうひとつつけられた肩の方は、片手ではどうしても隠せなかった。
『めちゃくちゃ可愛いっすよね。選んでくれてありがとうございます』
風磨がフッと笑いながら言う。
『これ、着たまま買って帰っていいすか?』
「…………はい」
『あと、』
風磨が言葉を続ける。
『こいつ、簡単にヨリ戻せるほど安い女じゃないんで』
その強い口調に、なんだかわたしが泣きそうになってしまった。
ほらお前もなんか言えよ、と風磨に前に押し出される。
「……ばいばい、真木くん」
会計が終わり店を出るまで、2度と真木くんと目が合うことはなかった。
店を出て、無言で2人で歩く。
首と肩の赤い印を気にしていると、風磨がコートを着せてくれた。
その顔を下から見上げると、否が応でもさっきの言葉が頭の中で反芻される。
「……起きてたんなら、言ってよ」
ふてくされたわたしに、風磨はげんなりとした視線を落とす。
『うわ、開き直ったよこいつ』
「……知ってて言わない方が性格悪い」
あのさぁ、と怒ったように、風磨が足を止めこちらを向く。
『好きな女から寝てるときだけキスされて、意識されてんだかされてないんだかわかんねー状態で悶々とさせられるオレの気持ち、考えたことある?』
「……ごめん」
『いーよ別に。今回でやっと意識してもらえたみたいだし』
風磨はわたしの手を取って、また歩き出す。
『〇〇が「重い」って言われたの気にして恋愛に本気にならないの知ってるけどさ、少なくともオレはこんだけめんどくさいお前にずっと付き合ってきたわけだ。そこらの男よりも忍耐力はあるよ』
それに、お前から重いくらい愛されんなら本望。
なんてことないふうにそう言った風磨を見て、店であれだけ我慢した涙が今更になって流れた。
あれ、泣いてる?とこっちを覗き込んでくる風磨に、見んなバカ、と言ってその肩を叩くと、なぜだか嬉しそうに笑うから、なんだか余計に涙が出て、繋がれた手をぎゅっときつく握りしめた。
〈F’s side〉
「ねえ、好きってなんだと思う?」
『はあ?』
オレの部屋で何杯目かのハイボールを煽りながら、彼女は赤らんだ顔と据わった目でこちらに問いかけた。
「いやほら、よくあんのよ。ヤってる最中に「好き」とか言われること。セフレだと思ってる人達からそういうの言われると、雰囲気で言っちゃってんのわかってるけどびっくりするっていうか」
頬杖をつきながら、「ほらわたし、中高時代に “本気の恋(笑)” してるからそういうの敏感で」と冗談めかして〇〇は笑った。
彼女が飲みの場でよく話す “まーくん” の話は、もはや古典落語みたいなものだ。聞けば聞くほど違った感想を持つ、というか。
最初にその話を聞いた時は、男関係がゆるすぎるこいつに、そんなピュアで可愛い時期があったのか、と指を差しながら大笑いしてしまった。
“風磨も今は女遊び激しいけど昔はピュアだったんじゃないの?!”と問い詰められたけど、残念、オレは中学で先輩に初体験を奪われてからの根っからの遊び人だ。
『つか、“好きって何” とかオレに聞く?』
「風磨だから聞くんだよ。女の子にたーくさん言われてきたでしょ?少しは心動いたりしなかったの?」
『おいおい人聞きわりぃな。オレを冷たい人間みたいに』
「だって、セックスせずに好きになった子いる?」
『………』
「ほらね」
ジトリと恨めしげな目線を向けると、それみたことか、と満足げに鼻を鳴らして笑いながら、彼女はまたハイボールをあおる。
「けどさ、わたしも人のこと言えないよね。好きだからセックスするっていうけど、わたしセックスしたって、ただ性欲が満たされるだけで、好きとかよくわかんないもん」
彼女はため息をつきながら、「あの頃のピュアっピュアなわたしが今のこの姿見たらドン引き間違いなしだわ」と、笑いながら前髪をかきあげる。
人は変わるって、まあ、わからなくもない。
ピュアだったこいつが変わったように。
初めは大笑いしていたその話を、いつのまにか、その頃のこいつってどんな顔を “まーくん” に向けてたんだろって想像しながら聞くようになったり。
人は変わる。
ただ、変わったことに気づくか、気づかないかだけだ。
『オレはわかるよ』
さっきかきあげて丸見えになっているおでこを向けて、2つの目がきょとんとこちらを向く。
グラスの氷が、カランと音を立てて溶けた。
『好きかどうかなんて、キスすりゃわかるよ』
丸いおでこは「ふーん?」と納得したのかしてないのか、あいまいにうなずいた。
たぶん、2つの目はもうあと少しでトロンと落ちてくるだろう。
“セックスせずに好きになった子いる?” なんて愚問にも程があるんだよな、と心の中で小さく呟き、壁に背中を預けながら、あと10分したら目を閉じよう、と決めた。
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