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その日は、風磨からのラインの通知の音で目が覚めた。
〈ごめん。寝坊したから30分くらい遅れる〉
ぽこんと開かれた緑の画面。
そういえば今日一緒に服を買いに行く約束をしてたんだ、とまだ開ききらない目をこすりながら返信する。
〈りょ。わたしも今起きて1時間は遅れるから余裕〉
〈ひでぇwww〉
だらだらとベッドから起き上がる。ピアスに引っかけないよう気をつけながら大きめのトレーナーをすっぽりと被り、スキニーを履いて、最低限の身支度で家を出る。
待ち合わせ場所に着き、下からひょいと覗き込むと、風磨はスマホから顔を上げた。
「おっす」
『おっすじゃねーよ、おせぇ』
「ごめんごめん、でも風磨も遅刻してきたし」
『まーね。オレらいつになったらちゃんと待ち合わせ時間に会えんだろ』
「たぶん一生無理だよそれ」
軽口をかわしながら歩き出した街中は、平日でもそこそこ人が多い。
雑踏をかき分け、2人でマップを見ながら店へ向かう。
『ここ右行ったら見えるはず——』
「…え、もしかしてあの店…?」
風磨と顔を見合わせる。
指差した先にあるその古着屋の店は、女の子で溢れかえっていた。
いったいどういうことなんだ、と近づいてみると、どうやら人気ショップ店員の出勤日らしいということが女の子たちの話し声からわかった。
どうする?入るのやめる?と話していると、きゃぁーー!!という悲鳴に似た叫び声があがる。
どうやら例のショップ店員が店頭に現れたらしい。
むくむくと好奇心が湧きおこる。
「ね、ちらっとでいいからその店員の顔拝んでこ!」
『…お前、ほんっとにイケメン好きだよな………』
ため息をつく風磨を引っ張って、前へ前へと進んでいく。
女の子をかき分け、なんとか顔の見える位置まで出る。
背伸びして女の子の波から頭をひょこりと出した瞬間、その店員と目が合った、気がした。
————嘘でしょ。
一瞬で、身体が固まった。
「……まーくん………」
え、と隣の風磨が振り返る。
『…まーくんって、あの元カレの?中高付き合ったっていう?』
黙って頷くわたしを見て、マジかよ……と隣で風磨も絶句する。
「〇〇?」
どうやら目が合ったと思ったのは、気のせいじゃなかったらしい。
前の方から大きな声で名前を呼ばれ、女の子たちが一斉にこちらを振り向く。
声の懐かしさと女の子たちの目線の怖さに、感情の収集がつかず棒立ちになっているわたしを、まーくんが女の子たちをかき分け前へ引っ張り出す。
とっさに袖を掴んだから、風磨も一緒に前へ連れ出された。
わたしをニコニコと見下ろす彼は、高校の時よりも少しだけ目線が高くなっていて、ちょうど風磨と同じくらいだろうか。
「やっぱ〇〇だ!どうしたの?なんでここに?」
あの頃と変わらない声に、驚くほど動揺してるわたしがいた。
「え、と…偶然、今日ここの店行ってみよってなって…。まーく、真木くんがここで店員してるなんて知らなかった」
「なんで?昔みたいにまーくんて呼んでよ」
笑ったときにできるえくぼもそのままで、ひとつ気づいてしまえば、鼻の付け根にあるホクロとか、眉のところにある小さい傷とか、中高時代に毎日毎日飽きずに見ていたそれらに、一気にあの頃に引きずられてしまいそうになるのを必死で耐える。
「隣は?彼氏さん?」
「や、風磨は違くて…友だち…」
ね、と助けを求めるように隣の風磨を見上げるけれど、風磨はまっすぐに彼を見すえたまま、なぜか無表情で、なんの感情も読み取れない。
風磨?と呼びかけようとした声は、彼によって遮られた。
「髪短いしおまけに金髪だし、ボーイッシュでびっくりしたけど似合ってるね。なんか〇〇、付き合ってた頃は可愛い系統の感じだったからさ、全然雰囲気変わっててびっくりした」
あの頃何度も繋いだその手で、小さく笑いながら髪の毛をさらりとすくわれ、肩がすくむ。
だって昔は今とは違って、服も髪の毛も持ってるものも、全部全部、可愛くてふわふわした女の子がまーくんは好きなんだと思って、毎日頑張って髪を巻いて、メイクしてたから。
「あのときよりもっと綺麗になったね」
あのときってどのとき。
わたしが告白して付き合い始めたとき?
一緒に受験勉強してた中学生のとき?
高校に入ってまーくんがよそよそしくなり始めたとき?
それとも「いいかげん重いんだよ」って振られたとき?
「付き合ってた頃のこと、覚えてる? オレよく思い出してたよ、〇〇のこと。修学旅行も文化祭も体育祭も、全部隣に〇〇がいて。当たり前すぎて気づけなかったけど、思い返してみれば、あの頃がオレ、人生で1番楽しかったかも」
なんで今更そんなこと言うの。意味わかんない。
どれだけ泣いたと思ってるの。どれだけ傷ついたと思ってるの。それを、それなのに、全然変わらない笑顔でそんなこと言わないで。
隣に立つ風磨は何も言わない。
さんざん飲みのときにネタにした元カレに、いざ会ったらこんなに揺り動かされてしまっているわたしを、みっともないと思ってるんだろうか。
過去に記憶と今の目の前の状況、そして焦りと混乱と恥ずかしさが混ざり合って、限界点に達しそうになる。
あ、もうダメかもしれない。
鼻がツンとし、涙をこらえきれなくなりそうなった時。
『あの、店員さん。こいつに似合う服、見繕ってもらっていっすか』
さっきまで黙りこくっていた風磨が、人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、まーくんに話しかける。
わたしに向けられていた視線が横にずれて、やっと息ができた。
「…もちろん。〇〇に似合う服ですよね。任せてください」
まーくんがラックの並んだ店の奥に向かう。ようやく少し落ち着いて、なんとか涙を流さずに済んだ。
「……ありがと。風磨」
そう言って風磨を見上げると、
『別に』
と、まーくんに話しかけたときとは正反対の冷たい表情で返された。
「どしたの?なんか怒ってる?」
『別になんも』
嘘。絶対怒ってる。
なんで、と重ねようとした言葉は、まーくんが戻ってきたことによってかき消された。
「これとかどうですか?オフショルのデニムワンピース」
風磨はにこっと笑って返事をせず受け取ると、
『試着室、借りますね』
とだけ言って、わたしの腕をとった。
そしてそのまま服と一緒に試着室に放り込まれる。
「まって風磨!わたしオフショルとか普段着ないんだけど」
『だろーね。でも今はそっちのが都合いいし』
わたしの抗議に、風磨は無表情で答える。
「都合いいってどういう」
『いいから』
有無を言わせず、バタンとドアは閉められた。
渋々、渡された服を着る。
ていうか、なんだって風磨はあんなに怒ってるんだ。
わたし何かしたっけ。
怒りの理由がわからず、悶々としながら着替える。
「着たよー……」
ゆっくりとドアを開ける。
肩が出ている服は着慣れていないから、若干恥ずかしい。
おまけに髪も短いから、首から肩までガラ空きになって、無防備なその部分が、ひやりとした空気に触れて落ち着かない。
風磨はなんの感情も宿していないような目で、こちらを見る。
『……ネックレス』
「え?」
『ネックレス、曲がってる』
言い終わらないうちに、風磨がわたしの首元に顔を寄せ、首の後ろに手をかける。
風磨の香水の匂いが、鼻をくすぐる。
ネックレスを直してくれているんだ、とわかっていても、近づく体温にドキッとして、自然と肩が上がってしまう。
『……あいつに気持ち戻りそうになった?』
「へ?」
首元にかかる息に意識が集中してしまって、風磨がなんて言ったのか聞こえなかった。
「ごめん、なんか言った?」
『………昔に引きづられてんなよって言ったの』
一段低い声で呟いた声が聞こえた。
と思った瞬間、首筋に柔らかな感触がし、チリッとわずかな痛みを感じた。
「………風磨、今なにした?」
『別に』
「別にって、今絶対キスマ」
『オレさ』
わたしの声は、首元からの淡々とした風磨の声によって遮られた。
『オレさ、そんな酒弱くないんだよね。少なくともお前よりは強い』
「……え?」
『なんだっけ。キスの回数数えてるくらい超好きだったんだっけ』
今度は肩に顔をうずめられ、触れられた箇所がまた小さな痛みとともに熱を持つ。
顔を上げた風磨と、目が合った。
『……16回。全部覚えてるよ』