後輩彼女
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少し早く着いた待ち合わせ場所で空を見上げると、青さが目に染みた。
雲ひとつない晴天のわりに、今日は日中の気温はそんなに上がらないらしい。
首周りが窮屈なのは嫌いだから今日もパーカーにコートで来たけれど、今年の冬はいつもより厳しい気がする。さすがにマフラーとか買った方がいいかもしれない。
「せーんぱい!」
声の方を振り向くと、真っ先に目に入ったチェックのマフラー。
そのなかに埋もれた顔をひょっこり出して、彼女が鼻先を赤くしながらこちらを見上げていた。
「すみません、待たせちゃいましたか?」
『いや、さっき着いた』
「ならよかったです!」
元気よく頷いて、彼女は笑う。
このあいだ染め直したと言っていた明るいブラウンの髪はマフラーの中にしまいこまれて、耳元でふわふわとたゆんだ毛束が揺れている。
「先輩、今日のお洋服、とっても素敵です!黄緑色のパーカーも白いウェアラブルバッグも、すーっごくお似合いです!」
『はいはい、ショップ店員みたいだな』
「お顔もいつも通り、いえ、この青空の下だといつも以上にかっこいいです!」
『はいはい』
「先輩、今日もとーっても大好きです!』
『はいはい』
「ぜひ手を繋がせてください!」
『嫌だ』
オレの左手を狙って飛びつこうとした彼女を、ひょいと腕を上げてかわせば、「あぁ〜〜」と心底落胆した声を漏らす。
「くぅ〜いいじゃないですか!繋がせてくださいよぅ」
『何回も言ってんじゃん。恥ずかしいからやだ』
すげなく返すと、意外にも彼女は無言であっさり引き下がった。
いつもなら、 “でもわたし諦めませんから!” とか、悔しそうに言いながら頬を膨らますのに。
訝しんで覗き込もうとした体は、だけどそっとオレのコートの袖を掴んだ彼女に阻まれた。
「……先輩、どうしてもダメですか?」
うるうると潤んだ上目遣いと、少しだけ傾げられた首。
弱々しい力でそっと引っ張られる袖口。
『……ねえ』
「……はい」
『テレビの影響受けすぎ』
目を丸くして驚いた顔に、パチンとデコピンをくらわすと、「痛っ!」と今度は別の意味で目を潤ませる。
「なんでわかったんですか!」
『前に家行った時、録画欄があの番組で埋まってた』
少し前から始まった “あざとさ” をテーマにした番組を、彼女が毎週熱心に見ているのは知っていた。
まさか、あれをぜんぶ真に受けて、実践してくるとは思わなかったけど。
「うぅ……でもわたしは諦めません!絶対に先輩と手を繋いでみせます!」
『ふふ、まあ頑張れば』
じたばたとする彼女に悪戯心がわき、そうやって煽ったのがよくなかったのかもしれない。
………彼女がアホっぽい言動に似合わず、意外と勉強熱心なタイプだってことを忘れていた。
「先輩、これ観ましょう!」
意気揚々とホラー映画を選び、いざ映画館に入ったかと思えば、
「…あの、先輩、やっぱり怖いときは手握っても、」
『ごめん、ポップコーン食べるので忙しいから』
「えっちょっ、」
出てくる頃には、
「せ、先輩が……手、繋いでくれないからっ……こっ、怖かったです…っ……」
『オレの腕を目隠しがわりに使ってたじゃん』
「っぜ、全然足りないですよう…!…テレビでは…っ、く…暗がりと…吊り橋効果って言ってたのに…うぅ…」
と、似合っていると褒めていたオレのパーカーの腕部分をずびずびと濡らし。
ようやく立ち直り、雑貨屋に寄れば、
「先輩、この手袋、手触りいいし可愛くないですか?最近、手が寒いから手袋欲しいと思ってて…」
『いんじゃない?買えば?』
「あ、でもお金ないしな…」
『じゃあ買うのやめれば?』
「あ!こーして先輩の手にあっためてもらえば…」
『半年後の誕生日プレゼント、これでいい?』
「ぎゃー嫌です嫌です!!って、待ってお会計しないで!!」
しゅんとしょげた顔で、しっかりとタグを切ってもらった手袋を履きながら、
「なんで……自然な流れでいけるはずなのに……」
と眉を下げる。
「……先輩手強すぎです」
『ていうか、テレビでやってたことがそのまま通用するって信じこむ素直さとアホさにオレは驚いてる』
「相変わらずの塩対応……でもそこも好き……」
いじいじと手袋をした手を動かしながら、「手袋、やっぱり可愛いです」と、もうその顔は笑顔を取り戻しつつあるから、なんだかその単純さがかえって心配になる。
ちょっとアホっぽいところはあるけれど、素直で単純なのが彼女のいいところで、だけど、………だから。
「先輩?」
階段で、不思議そうにこちらを振り返り、くるりと翻った彼女のワンピース。
いつもより少し高めのヒールが、ズルっと床を滑る。
「あ…っ……」
『っちょ……!』
カクンと傾いた体に慌てて伸ばした腕。
すんでのところで彼女の手を掴み、引っ張り上げて元の角度に戻す。
『あっぶな……』
「すっ、すみません……」
まだバクバクしている心臓のまま、とりあえず彼女の無事を確認して胸を撫でおろす。
『足とか、くじいたりしてない?』
「大丈夫です」
『よく転んだりぶつけたりするんだから、ほんと気をつけて』
「心配おかけしてすみません。ありがとうございます」
彼女が、てへへ、と恥ずかしそうに笑う。
『てへへじゃないから。もう、ほら行くよ』
「あの、先輩」
後ろで彼女がオレを呼び止める。
「……手、もう大丈夫です」
さっき掴んだままの手。
彼女がおずおずと、オレの手を離す。
ふわふわとした感触とさっきまで重なっていた体温。
………“手触りが良くて可愛い” と無邪気に喜んでいた手袋は、たしかに触り心地が良かったな。
遠ざかる手を────追いかけて、握りなおした。
『………どうせ、これもテレビの影響なんでしょ?』
彼女は少しだけ目を見開いたあと、ピンク色の唇をゆっくりと持ち上げた。
「…えへ、ばれちゃった。押してダメなら引いてみろ作戦でした」
『転んだのも嘘だったら怒るけど』
「恥ずかしながらそれは本当です…ご迷惑をおかけしました」
『こういうの他ではやめときなよ。通用するのオレだけだから』
「ふふ、先輩には通用するんだ?」
意趣返しのように尋ねられて、一瞬言葉に詰まる。
からかうように、片眉を持ち上げて悪戯っぽい表情なんてするから。
繋いだ手を引き寄せ、彼女の耳に顔を近づけると、彼女は驚いたように肩を揺らした。
“先輩には通用するんだ?”って、なんだそれ。
君はやっぱり気づいてない。
付き合い始める前からずっと、そして付き合い始めてからもっと。
マフラーの上でふわりとたゆんだ髪の毛とか、いつもスニーカーなのにデートの日だけ履いてくるヒールとか。
ホラー映画を怖がる表情も、手袋を嬉しそうに見つめる表情も。
ごはんを幸せそうに食べるところも、感動しいでしょっちゅうドラマを観て泣いてしまうところだって。
あざとさなんて、オレから見える君は、最初からずっとあざとくてしょうがない。
素直で単純で、無意識に振りまくその明るさに、誰かが惹きつけられてしまうんじゃないかと心配になるくらい。
『……めちゃくちゃ効いてる』
耳元から顔を離すと、彼女は頬を真っ赤に染めていた。
固まっている彼女に思わず笑いながら、『ほら、今度こそ行くよ』とふわふわの青い手袋を履いた手を引っ張った。
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