後輩彼女
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彼女は息をするように、オレに「好き」と言う。
「先輩、見てください!この遊園地のイルミネーション!めちゃくちゃ綺麗じゃないですか?!」
『この季節、長時間外にいると寒さで死ぬからやだ』
「じゃあこっちの水族館!今ちょうどペンギンの赤ちゃんがいるみたいなんです!」
『絶対混んでるじゃん、無理』
「ん〜〜〜先輩冷たい!でもそんなとこも好き!!」
ガバッと覆いかぶさるように抱きついてくる彼女は、高校のときの部活の後輩で、今年からは大学の後輩になった。
部屋には、いつのまにかマグカップやらスリッパやら彼女のものが置かれるようになり、その数は夏、秋、冬と季節が変わるたび増えていっている。
“合格したら家に入れてくれるって先輩が約束してくれたから、めちゃくちゃ頑張れました。先輩のおかげです”
1年前合格の報告を電話で受けたときそう言った彼女は、言動こそアホっぽいが、もともと勉強に関しては優秀だった。
まだ彼女が高3だった夏、学校帰りに待ち合わせてカフェへ行ったとき、ちらりと見えた模試結果はB判定だったし、努力家の彼女は、その時点で落ちる可能性よりも受かる可能性の方が圧倒的に高いことは明白だった。
だから、オレが口にした約束なんて、本当は彼女のためというより自分のための、子どもだましのまじないのようなものだった。
「先輩大好き〜〜」
『うるさい知ってる邪魔』
ひっついてくる彼女を引き剥がす。
大人しく元の位置に戻るも、妙にニヤけたままの彼女に『何?』と問えば、
「勝利さんのことほんと〜にめちゃくちゃ好きだなぁとしみじみ思って」
とますます緩んだ表情をして、また飛びついてこようとする。
伸ばされた腕を避けると、虚空を捉えた腕は行き場をなくしてバランスを崩し、「ふげっ」という間抜けな声とともに彼女は隣のクッションの上に倒れた。
しばらく起き上がらないと思ったら「勝利さんの匂い〜〜」とクッションをふがふが嗅いでいたので、『気持ち悪いことすんな!』と慌てて腕を掴んで彼女の身体を起こす。
いつもの光景。嫌になるくらい毎日聞く無邪気な「好き」の言葉。
彼女の綺麗な茶髪がさらりと揺れて光る。
そういえば、大学に入ったら大人キレイ系を目指すんだと言って染めていたな、とふと思い出す。
「あ、そうだ先輩」
ようやく体勢を立て直した彼女がこちらを振り向く。
「わたし、今週の日曜日は友だちとごはんを食べに行くので、大変申し訳ないのですが、先輩のおうちへお邪魔することができません」
『あ、そ。いってらっしゃい』
「あ!可愛い彼女と会えないというのにその反応の薄さ!そんなドライなとこも好き!」
『うるさい。だいたいおまえはうちに来すぎなんだよ。友だちいないのかと思ってたわ』
「失礼な!ちゃんと友だちいますよ!今回はその友だちの「どうしても」ってお願いでのごはん会なんです」
『どうしても?』
「はい。他校のサークルの人と一緒にごはん食べるんだけど、人数合わないから来てほしいって」
思わずスマホをいじる手が止まり、顔を上げ彼女を見る。
人数が、合わない?
『それ…つまり合コン?』
「世の中ではどうもそう言うらしいですね、別の友人から指摘されてから気づきました」
もちろんわたしは勝利さん一筋ですけどね、なんて照れながら言っているけど、そこじゃない。そういうことじゃない。
『それ……引き受けたの?』
「そりゃあんなに深く頭を下げられたら…どうやらその子の好きな人が来るらしく、なんとしてでも会を実現させたいということで、人数合わせに」
えへ、と彼女は頭をかく。
いや、えへじゃなくて、合コンて。
黙り込んだオレを見て異変を察知したのか、彼女がそろりとこちらを覗き込んだ。
「あの〜勝利さん、もしかして万が一ですけど、わたしが合コンに行くの嫌だったりしますか?可愛い彼女が男の子たちにモテすぎちゃわないか心配?」
くるりと目を回しておどけたような口調で問うてくる彼女に、反射的に
『別に』
と答えると、彼女は
「ですよね〜勝利さんそう言うと思ってました」
とケラケラ笑うから、それ以上なにも言葉を重ねることができなくなった。
そのあと彼女はすぐに別の話をし始めて、あっというまに時間は過ぎて。
「じゃあ、そろそろおいとましますね」
立ち上がる彼女を、いつもどおり玄関まで見送る。
さらりと揺れる茶髪。薄く施された化粧。耳たぶで小さく光るピアス。
気づいていた。
制服を脱ぎ捨てた彼女がいつのまにか、あのあどけない女の子ではなく、綺麗な1人の女性になっていることになんて、もうとっくに。
「勝利さん」
ドアノブに手をかけた彼女が振り向く。
「なにも言ってくれないと、わたしほんとに行っちゃうよ?」
だから、もう本当に嫌気が差すくらいなんだ。
君がオレを好きと言うたび。
彼女の腕を掴み引き寄せる。
そのまま強引に重ねた唇に、驚いて反射的に後ずさろうとした彼女の後頭部へ手を回し、逃げないように固定する。
次第に角度を深くしていくなか、ほのかにミックスベリーの香りがして、ああリップクリーム変えたのかな、と必死にオレに合わせようとする彼女の息遣いを聞きながら、頭の片隅でふと思った。
オレがどうやってもなかなか言えないその2文字を、君はいとも簡単に口にするから、うらやましくて、同時に自分が嫌になってしまう。
結局いつもワンパターン。素直に伝えることのできないオレは、この方法しか知らない。
唇を離すと、彼女は肩で息をしながらそのままへたりとドアにもたれかかった。
うるんだ瞳も紅潮した頬も。
全部全部、閉じ込めておきたい。
合格したら部屋に入れてあげる、なんて、そんな浅ましい欲望の裏返しで、大学で君に変な虫がつかないようにという自分本位のまじないだった。
そんなこと、きっと君は気づいてないんだろうけれど。
ポケットからスマホを取り出し、いくつか操作する。
いまだにぼーっとのぼせたような顔の彼女に、ねえ、と声をかける。
『日曜日、遊園地のチケット2枚取ったから』
「…へ……?」
『イルミネーション、見たいんでしょ?』
チケット予約画面をひらりとかざせば、彼女は頰を紅く染めたまま、ううう…としばらく唸ったかと思うと、
「ずるい………けどやっぱり大好き!!」
とぶつかるようにオレの胸に顔をうずめた。