後輩彼女
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あ、と思った瞬間にはもう遅かった。
『……"ゆうま"って誰?』
一瞬動きを止めた勝利さんがゆっくりとこちらを振り向く。
十数分前。
履修の相談、という名目で初めて先輩のお家にお邪魔したわたしは浮かれていた。
もともとわたしと勝利さんは高校の部活が一緒で、先輩はわたしの指導係だった。
先輩の引退試合の日、勝利さんを囲む女子たちが去ったあと、玉砕前提で告白したらスルッとOKされ、逆に慌ててしまって、
「正気ですか?!」
と何度も尋ねた。
1人パニックになりあたふたしているわたしに
『だからいいって言ってんじゃんバカ』
とデコピンした勝利さんを、今でも脳内で即再生できる。一生忘れない。
先輩は引退してからあっという間に受験モードに入り、あれよあれよという間に卒業し、大学生になった。
一人暮らしを始めた先輩に、家に遊びに行きたい、と何度かお願いしたけれど、『さすがに男1人の家に女子高生連れ込むわけにはいかないから』と断られ、だけどそのかわりに『志望、オレと同じ大学だよね?ちゃんと入学してきたら部屋入れたげる』と約束をくれた。
幸い、勉強は得意な方だったから、無事に勝利さんと同じ大学にこの春進学し、今日、ようやく念願叶いお家へお邪魔することになった。
少し緊張しながら上がった先輩の家は、物が少なくシンプルで、だけど部屋の隅に置かれたギターとか、ちょっと高そうなCDプレイヤーとか、そういったところが「ああ、勝利さんの部屋だ」と感じられて、嬉しくなる。
家の中を眺めると、見覚えのあるものが視界をかすめた。
……あれ、あのCD、高1のとき悠真くんが貸してくれたやつだっけ。先輩も同じの持ってるんだ。
プレイヤーの上に置かれたCDを見て、ふと高1のころの元カレを思い出してしまったのがいけなかった。
『〇〇、なに飲む?』
勝利さんの問いかけに
「悠真くんと同じものでいいですー」
と、アホみたいなわたしの声がアホみたいに部屋に響いた。
そして冒頭に戻る。
「あの、すみませんこれはその」
『誰?』
端的な問いに圧を感じ、慌てて答える。
「すみません友だちです!」
『……自分がどんだけ嘘下手な人間かわかってる?』
「はいごめんなさい嘘です元カレですごめんなさい!!!」
『………そう』
背中を向ける先輩に必死で釈明する。
「でも悠真くんとは全然高1の頃になんとなく告られたから付き合っただけですし1ヶ月くらいしか続かなかったしなんなら彼氏っていう名目もしっくりこなかったっていうか、勝利さんのことその時は頼りになる先輩っていうふうにしか見てなくて、いやもちろん好きだったとは思うんですが自覚してなかったというか!」
話せば話すほど墓穴を掘っている気しかしなくて頭を抱える。
義務教育よ。なぜ彼氏の前でうっかり元彼の名前を言ってしまったときの対処法を教えてくれなかった。
『ねえ』
スッと差し込まれた声に背筋が伸びる。
「はい!!!!!!!」
『飲み物、紅茶でいい?』
「………………は?」
てっきり怒られるかと思っていたので、想定外の言葉に思わず間抜けな反応になってしまった。
おそるおそる先輩をうかがう。
「あの…勝利さん、怒ってないんですか………?」
『ん、何が?』
先輩はにっこりとし、ティーパックを手際よく出していく。
…………これ、セーフか? もしかしてセーフだったのか?!
はぁ〜〜よかったー!!!
「勝利さん!お手伝いします!」
ホッとしてキッチンに駆け寄るわたしに、先輩は優しく微笑む。
『いいよ、〇〇は座ってな。DVDとか棚に好きなのあったら見てていいし、そっちで待ってて』
「…そうですか?? じゃあお言葉に甘えますね!」
テーブルの近くに座ってクッションを抱え、先輩を待つ。
程なくして、勝利さんがマグカップを2つ持ってきた。
カップをテーブルの上に置き、わたしの隣に座りながら勝利さんがこちらを覗き込む。
『冷房だいじょうぶ?寒くない? あ、貰い物のお菓子あるからたくさん食べな?ほらこれ、〇〇の好きなマドレーヌ。 そうだ、おなか空いてたら出前でもとろっか?』
いつになく柔らかな口調で先輩が言う。
「勝利さん、今日やさしい……」
夢見心地で呟いたわたしを見て、勝利さんがますますその笑みを深める。
『だって、元カレ上回るくらい優しくならないと、〇〇はオレの名前忘れちゃうみたいだから』
急転直下。
完璧なその笑みから放たれた時間差の攻撃は、さっきまでの甘い雰囲気を一気に氷点下50度まで落とし込んだ。
いきなりのカウンターパンチを受けて吹き飛んでしまった言葉をなんとかかき集め、声を絞り出す。
「………やっぱり、先輩、怒ってますね?」
『ん?』
微笑みながら勝利さんは小首を傾げる。
表情と醸し出す空気の温度差がすごすぎて、もはや怖い。
「怒ってるじゃないですか」
『怒ってないじゃないですか』
「絶対怒ってますよね?」
『全然怒ってませんよ?』
「………ふつうに怒ればいいのに…めんどくさい……」
崩れないその笑みに心が折れ、思わずボヤいてしまった言葉に、勝利さんの顔が一変した。
隣から伸びてきた右手に、むぎゅっと頰を潰される。
『おまえ、それなんて言うか知ってる? 逆ギレだよ? ぎゃ・く・ぎ・れ!』
「はひ…すみまへん……」
潰されてるせいで自由に動かない口でなんとか謝るも、先輩はよけいにムスッとした顔で手の力を強める。
『あのねぇ!そりゃクソむかついたわ!! むかつかないわけないから!!!元彼の名前と間違えんなバカ!!!』
「はひ……ほんとごめんなひゃい………」
───勉強できるくせに、なんでこんなとこ鈍いんだかなぁ。
そんな呟きとともに、はぁ、とため息が聞こえ、ようやく手の力が緩む。
と思ったら、今度は両手で頰を挟み込まれて固定された。
先輩の顔が近づき、20センチの距離でお互いの顔を見つめる。
ゆっくりと諭すような口調で勝利さんが言う。
『はい、繰り返して。勝利さんごめんなさい』
「…勝利さんごめんなさい」
『もう2度と元カレの名前と間違えません』
「もう2度と元カレの名前と間違えません」
『勝利さんがいちばん好きです』
「勝利さんがいちばん好きです」
『今までの誰よりも勝利さんが好きです』
「心配しなくても勝利しか眼中にないよ」
は?と不意をつかれた顔をしてる隙を狙い、20センチ残っていた距離を一気に詰める。
0センチ。
形勢逆転。
そのまま1、2、3。
唇を離すと、先輩が目を開いたまま固まっていた。
おーい、と目の前で手を振ると、ハッと我に返ったように瞬きをし、下を向く。
赤くなっている耳から、同じように赤くなっているだろう頰を隠すために俯いていることが分かって、思わずニヤついた。
いつも少し意地悪な先輩が、こんなに恥ずかしそうにしている姿は滅多に見られない。
「先輩のこと世界一好きなので安心してください♡」
目の前の頭を撫でながら言うと、
『調子乗りすぎ』
と下から聞こえた声とともに腕を掴まれ、
『ほんっと生意気な後輩』
そのまま腕を引っ張られる。
気づけば先輩の顔が目の前にあり、口の端を持ち上げたその笑みに、一瞬のうちに主導権が奪い戻されたことを悟って、わたしは大人しく目を閉じた。
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