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『ねえ、キルケゴールって知ってる?』
晴れた昼下がりのカフェテラス。
大学近くのこのカフェは、普段は学生で賑わっているけれど、今日は日曜日だからか、いつもよりも落ち着いた雰囲気だ。
わたしはショートケーキを、マリはレモンタルトを頼む。
去っていくウェイターの背中をぼんやりと見ていたわたしに、いつもながら唐突にマリが問いかけた。
「哲学者の人…だっけ?」
曖昧な知識を掘り起こし答えると、マリは大きく頷いた。
『そう、デンマークの哲学者。昨日読んだ本ででてきたの』
ふふ、と楽しそうにマリが話す。
『その本の中でキルケゴールのエピソードが載ってたんだけどね、彼には大好きな女の子がいて、何度もプロポーズしてようやくOKしてもらえたんだけど、OKしてもらえた途端、婚約を破棄しちゃったんだって』
「ふうん、なんで?」
『いざ手に入ったら、自分が彼女を本当に幸せにできるのか不安になったんだってさ』
へえ、と口元に近づけたティーカップ越しに彼の顔を見ると、キラキラとした目でこちらをじっと見ている。
あ、これ、またあのクセか。
嫌な予感が胸をよぎる。
『たとえばさ、ボクが「君を幸せにできる自信がなくなったから別れたい」って言い出したら、〇〇はどうする?』
ほら、やっぱり。
マリが妙にキラキラした目でこっちを見てくるときは、大抵これだ。
無邪気に、無自覚に、こちらを試してくる。
まったく、毎回試されるこっちの身にもなってほしい。
だけど、そのワクワクした顔を見るといつも、言いたい文句が出てこなくなってしまうから本当にずるい。
────もし、君を幸せにできる自信がないから別れようって言われたら。
「……わたしの幸せ、勝手に決めないでって怒るかな。マリからもらえる幸せも、もちろんたくさんあるけど、それがわたしの全てじゃない」
考えながらぽつぽつと話すわたしを、マリは興味深そうに見つめる。
「マリがいなくたって、家族や友だちや、食べものや昨日観た映画も。わたし、わりと幸せ見つけるの上手なんだよって、だからそのセリフはあんまりにも自意識過剰だし自己中心的すぎるって、そう怒ると思う」
無意識のうちに下がっていた目線をあげると、マリの笑顔が目の前にあった。
『サイコーな答え。だからボク、〇〇のことほんとだいすき』
と、弾んだ声で言うから、なんだかこっちが照れてしまった。
「お待たせしました」と、注文していたケーキが運ばれてきて、わたしの前にショートケーキが、マリの前にレモンタルトが置かれる。
それを見て、マリがポツリと呟いた。
『〇〇の言ってること、ショートケーキに似てるね』
「え?」
『つまりさ、』
ひょい、とフォークでわたしのショートケーキのイチゴを持ち上げる。
『イチゴをとっちゃったこのショートケーキ、これだけでも十分美味しいよね。生クリームも甘いし、スポンジもふわふわしてるし』
けど、とマリが目の前にイチゴをかざす。
『どうしても物足りない気持ちになってしまう。なぜなら、君はイチゴの乗ったショートケーキを知ってるから。イチゴのないショートケーキは完成形じゃないって知ってるから。どうしてもこの赤い実を求めてしまう』
あーん、と口元にフォークを持ってこられ、開けた口にイチゴを入れられる。
「…イチゴがマリだって言いたいの?」
『 That’s right 』
「……ほんと、自信家なんだから」
だって自信あるもーん、とわたしの照れ隠しなんかお見通しみたいに、にこにこ笑う。
『ボクがいなくても〇〇は幸せだけど、ボクがいたらもっと幸せになれるよ』
自信満々に話すマリがなんだか憎たらしくて、だからなんだか意地悪をしたくなってしまった。
「じゃあマリは?わたしがマリのこと幸せにできる自信ないから別れるって言ったらどうするの?」
きょとんとして、マリは即答した。
『そんなのなんの問題もないよ。だってボク、幸せ製造機だもん。幸せ自家製栽培できちゃうし、むしろボクが〇〇に分けてあげるし、あげても余っちゃうくらいだよ』
ふふふ、と笑いながら、マリはレモンタルトを頬張る。
『だからまあ、幸せにできないから別れようって、そんな「たとえば」なんてありえないんだけどね』
元も子もないことを言い始めたマリに、だったら最初から言わないでよ!と振り回された身としては思わざるをえない。
ふてくされた顔のわたしを見て、フフッとまたマリが笑う。
『幸せならいくらだってあげるよ』
フォークを持つ手を置き、わたしの手を、大きな両手で包み込む。
『だからそのかわり、君はボクの人生にロマンスをわけて』
そう言って微笑むマリに、ん、と返すのがやっとで、赤くなってるであろう頰を手で隠しながら、やっぱり敵わないなあ、と強く思ったのだった。
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