③
夢小説設定
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司書室から見える紅葉は、次第に地面へ落ちてゆき、季節は秋から冬に移り変わろうとしていた。
「先生!質問質問!」
『…はぁ、僕に答えられる範囲のことであれば』
現代文の授業終わりに、また先生を質問攻めするようになったわたしを、周囲はどこかホッとしたような様子でからかって、わたしもそれに、えへへ、と前と同じように笑ってみせる。
もっとも先生には、2人のとき『オレはグーグルじゃないんだけど』と軽く小突かれるけれど。
あれから、2人で出かける週末は何度か続いていて。
「………あ」
『ん、どした?』
「……トマトジュース、こぼしちゃった…」
郊外のアウトレットパークに行った帰りの車内。
幸い、車のシートにはこぼれなかったけれど、着てきた白いニットは派手に赤く染まってしまった。
『ちょ、ぼんやりしてないでとりあえず拭いて!ダッシュボードの中にタオル入ってたはずだから!』
ハンドルを握りながら出された先生の指示通り、ダッシュボードの中を開けると、何かのパンプレットやファッション誌の下に、タオルを見つける。
急いでポンポンとタオルを押し当てるも、赤いシミはわずかに薄くなっただけで、ほとんど取れない。
『あ〜やっぱ全然取れないな…せめてアウトレットで何か代わりの服買ってたら良かったんだけど…もうここまで来ちゃったら近いとこに服屋もないし…』
「これくらい大丈夫ですよぅ、あとは帰るだけですし」
『何言ってんの、その上からコート着るにしても、今度はコートに赤いシミが移っちゃうでしょ』
運転しながら横目でわたしの服の惨状を確認した先生は、しばらく考え込んで。
『ここからならオレんちのほうが近いから服貸すよ』
「へ?!」
驚いて言葉を失っているうちに、先生はもうハンドルを切っていた。
「…着替えましたぁ」
あれよあれよというまに先生のマンションに到着し、部屋の中をじっくり見る暇もなく、先生の青いパーカーと一緒に洗面所に放り込まれ。
『うん、やっぱ大きいけどなんとか着られるみたいでよかった……って、なんで部屋の中でまでキャップ被ってんの?』
指摘されないといいなーと何食わぬ顔で出てきたけど、やっぱり不自然だったらしい。
『着替えるときにいったん脱いだでしょ?なんで被り直してんの?』
「……えーとぉ」
上手い言い訳が見つからず言い淀むと、そんなわたしの様子に先生はますます興味をそそられたらしい。ニヤニヤしながら近づいて、『なーんで?』と至近距離で覗き込まれれば、言い訳を考える余裕も無くなって、正直に言うしかなくなってしまう。
「…っま、前髪が!」
『ん?前髪が?』
「ずっと被っててぺしゃんこだから、見せたく、ない、です…」
言葉にするとあまりにも子供っぽい理由に、語尾は消えいる。恥ずかしくなって俯くと、しばらくの沈黙の後、ヒョイと頭が軽くなって。
『あ、ほんとにぺしゃんこ』
「ひっ、ひどぉ〜〜い!!!」
ケラケラとわたしを見て笑う先生に、なんとかキャップを取り戻そうとするも、高くかざされてしまえば身長差で届かない。
もう、こうなったら。
『ちょ、〇〇…!』
思いっきりジャンプして、指先がキャップを掴んだ……のはいいけれど、バランスを崩して倒れ込み。
痛くなかったのは、一緒に倒れ込んだ先生に抱きとめられていたからだった。
『っとにもう、無茶するから…!』
「…嫌だって言ってるのに、先生が帽子取るからです」
『ふふ、ごめん。可愛くて思わず』
俯いていた顔を上げると、思いのほか近いところに先生の顔があって、慌ててまた視線を落とす。
「…先生、そういうことポンポン気軽に言えちゃうの危ないですよ」
いじける気持ちと若干の照れ隠しを含んだわたしの小さい声に、ふっ、と上から先生のかすかな笑い声が聞こえて。
さらりと撫でられた前髪の感触に驚いて、顔を上げると、細められた目がこちらを見ていた。
『……いつもキャップ被らせちゃってごめんね』
眉を下げたその顔に、先生と会うとき毎回キャップを被る理由は、とっくに気づかれていたんだと知る。
でもそんなの、先生が謝らなきゃいけないことじゃなくて、わたしが勝手にしていることなのに。
そう言いたかったけれど、見つめられる目線になぜか言葉が出て来ず、せめてブンブンと首を振る。
先生はそんなわたしを見て小さく笑い、もう一度わたしの前髪を撫でたあと、ゆっくりと手を下ろす。
『……やっぱりオレが選んだ色、似合ってる』
先生の指が唇に触れて。
絡め取られた目線に、わからないまま、半開きの唇をぱくんと閉じる。
───近づく先生の香りに、きゅっと目を瞑ったとき。
ピンポーン、と鳴ったインターホンの音。
ぱち、と目を開けたわたしに、先生はわずかに動きを止める。そして、俯いたあとくしゃりと髪を乱し、『…はーい』と返事をしながら立ち上がった。
玄関の方に向かった先生の足音を聞きながら、今さらバクバクと鳴り出す心臓をなんとか宥めようと、ぎゅうと服の裾を握る。
だけどそんなの、先生のパーカーを着ているからますます逆効果で。
もう、限界だ。
このままこの部屋にいたら、心臓が持たない。
今日は帰ろう、と玄関の先生へと声をかけようとしたとき、ガチャリと先生の背中越しに扉が開くのが見えた。
1番最初に目に入ったのは、真っ赤なルージュ。
わたしには似合わなかったその色は、オールブラックのコーデに身を包み、ショートカットを揺らした彼女に、とても似合っていて。
『…………ニナ』
先生にそう呼ばれた彼女は、猫のような目を細め、
「ひさしぶり、健人」
と微笑んだ。