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“別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます”
毎年その花を見るたび、彼はあなたのことを思い出すから。
川端康成の小説の一編。
誰かがこれを、この世で最も美しい呪いだと言った。
『…はい、これ』
あれから数日。
司書室で渡されたのは、先生からもらったキーホルダーだった。
『廊下に落ちてるの見つけて、それで〇〇の下駄箱の中に入れようとしたら、遅い時間なのにまだ外履きがあったから…』
それを不審に思った先生が校内中を探し回ってくれた、ということらしい。
彼らに頰をぶたれたときに噛んでしまった口内は、まだ少し血の味がする。
あとから聞いたけど、わたしを襲ってきたあの2人は、あれから知らない間に退学処分になったみたいだった。
「先生、ほんとにありがとう」
『……ん』
先生は腕を伸ばし、一瞬躊躇したあと、ポンと大きな手をわたしの頭の上に落とす。
そして、やっぱり決まり悪そうな顔をして、すぐにその手を下ろした。
あの日を境に、合うたびに逸らされる目は、今日もわたしを映すことを避けるように、ふわふわとわたしの5センチ下を彷徨っている。
「ね、先生」
『…なに』
わたしの声に、視線は不自然な場所でピタリと止まる。
「わたしに “付き合おうか”って言ったの、後悔してます?」
司書室に落ちる、しばしの沈黙。
合わない目線を覗き込んで無理やり合わせる。
気まずそうに目を伏せていた先生は、ニヤニヤと笑いながら覗き込むわたしに、わずかに口を曲げた。
『………してない』
ムッと拗ねたような小さな声と少し尖った口元は、授業の時の穏やかな先生と比べるとずいぶん幼く見える。くすくすと笑うと、無意識なのかその唇はもっとキュッと尖る。
『…どうして笑うの』
「だって先生、沈黙って、時に言葉よりも雄弁なんですよ?その場の雰囲気に飲まれてえらいこと言っちゃったな〜って後悔してるの、丸わかりですって」
『…後悔、してないってば』
「あ〜あ、大好きな先生と付き合えるんだ!ってわたし嬉しかったのになぁ〜。でも決めるのは先生だから、先生が別れたいなら別れるで良いですけどぉ〜」
『………』
「それでもやっぱり、デートのひとつくらいはしたかったなぁ〜。空気で思わず、とか、そんなつもりなかったのに、とか、はーあ、大人ってやっぱりずる、」
『わかったから!』
わたしの言葉を遮った先生は、もう十分だというように手のひらをこちらに向けた。
『わかった、わかりました。…今週末、どこか行きましょう、一緒に』
まるで決闘を申し込むような声音と目線に、また吹き出しそうになったけど、たぶんここで笑ったら先生はきっともうデートなんてしてくれないから、一生懸命こみあげる笑いを堪えて、控えめに「やったー」と口元を緩ませた。
『どこに行きたいですか?』
「どこでも。先生が決めてください♪」
『どこでもって…』
「デートの行き先も、わたしたちの関係の行方も、決めるのは先生ですよ♪」
ね、せーんせ、と笑ってみせると、先生はまたしばらく黙りこくって。
『……わかり、ました』
カタコトの敬語に我慢できず吹き出せば、先生はジトッとした目線で、『……笑うな』と、くしゃりとわたしの頭を乱した。