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夢小説設定
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「あ、そのキーホルダー新しくつけたの?」
「うん!パンダ!!」
「あは、いいじゃん。〇〇に似てる」
「え、それどぉいう意味ー?!」
帰りのHRが終わると、教室は一気に多方向からの喋り声で満たされる。
その喧騒の一部になれるように声を高く張り上げて、友人に向かってケラケラと笑う。
「あーかわいー!動物ってほんと可愛いよねぇ。あたし最近、夜な夜な動物の動画ばっか見ちゃうもん」
「え、動物の動画で癒されるようになったら結構末期じゃない?」
「そんなことないって!ほら、見てみてよ。このネコの動画とかめちゃくちゃ可愛いから」
わいわいとスマホに集まる友人たちに合わせて、わたしも画面を覗き込み、“たしかに可愛いー!”と言う声に大きな動作で相槌を打つ。
本当は、可愛いなんて全く思えないし、むしろ苦手な部類だけど。
動画から、そっと目をそらす。
小さいとき、飼っていたネコがいなくなったことがある。
全くネコを心配する素振りのないわたしに、両親は困った表情を浮かべていたけど、見つかったネコがどこかの誰かに爪を全て剥がされた状態で帰ってきたとき、それでも夕飯を真っ先にねだったわたしを見て、2人の表情ははっきりと恐怖に変わった。
その数ヶ月後。
わたしを可愛がってくれていた祖母が亡くなったとき、お葬式で、今度は必死で悲しいフリをした。おばあちゃん行っちゃやだ。お願いだから起きて。
そんなセリフを繰り返して、一生懸命涙を流して。
顔を覆った手の隙間から、こっそり両親の顔を窺うと、彼らはわたしの様子に心から安堵したような顔をしていて、「ああ、これが正解なのか」と思ったんだ。
「……〇〇、〇〇!」
「…あ、ごめん!」
「も〜どうせ中島先生のこと考えてたんでしょ」
「やだ、バレたぁ?」
「バレバレだっつの。ほら、今日も放課後は先生のとこでしょ。行ってきなよ」
「えへ、ありがと!」
内心助かったと思いながら、司書室へ向かう。だけど、弓道部は今日休みのはずなのに先生はいなくて、職員室に行ったら「具合が悪そうにしてたから、もしかしたら保健室に行ってるかもしれないな」と言われた。
用のなくなった職員室を早々に後にして、そっと保健室の扉を開けると、ちょうど保健の先生は留守にしているみたいで、1つだけカーテンの閉められたベッドから、かすかに寝息が聞こえてきた。
音を立てないようにカーテンを開ける。
そして、静かにしゃがみ込んで、頭の下に手を置いて、すうすうと横を向いて寝る先生を見つめた。
スッと伸びた鼻筋には、いつもの眼鏡はかけられていなくて、サイドボードに置かれている。
眼鏡を外した先生は新鮮で、広い二重幅、涙袋はじんわりと赤くにじんで、………頰には涙の跡。
………悲しい夢を見てるんだろうか。
眉間は苦しそうに寄せられていて、はらりと前髪が落ちている。
そっと髪をかきわけて、先生のひたいにぴとりと手をあてる。
先生、先生。
泣かないで。苦しまないで。つらい夢なんて、頭の中から出ていってしまって。
いちばん、しあわせな夢を見て。
心の中で小さく願って、手を離そうとしたとき。
『ニ、ナ………ッ…』
苦しそうなかすれ声と、わたしの手を強く掴む熱い温度。
赤く潤んだ目は、切羽詰まったようにここじゃない何かを見ていて。
ゆらゆら揺れたあと、次第に瞳の中にわたしを捉え、熱が消えてゆく。
すとん、と力が抜けた手はわたしを離す。
“ニナ”って、わたしを、呼んだ。
『……ごめん、寝ぼけてた』
先生は離した手をどこに置こうか迷ったように宙に置いて、結局自分のひたいにのせたあと、すうっと大きく息を吸い込んで身体を起こした。
「……わたしの名前、ニナじゃないですけど」
『……ん』
わたしをそう呼んだのは先生のはずなのに、先生はまるで触れられるのを嫌がるみたいに顔をそらした。
裸眼の先生は、眼鏡がないぶん、いつもよりはっきりと表情が見えて、口調もどこかぶっきらぼうだ。
『……勝手に入らないでって、何度も言ってる』
「……ごめんなさい」
『…………あのさ』
先生は目線を落としたまま、前髪を雑な手つきで整えたあと、それをめちゃくちゃにするようにぐしゃりと前髪の上からひたいをおさえた。
寝ていて乱れたワイシャツは、いつもの先生の柔和な空気を剥ぎ取っているように見えた。
『……オレは君の気持ちに応えられないよ。だから、もっと夢中になれることを別に見つけた方がいい』
「……先生は、わたしのこと迷惑ですか?」
わたしの無機質な声に、先生はどこか苛立ったように、ぎゅっと眉根を寄せた。
『…………迷惑だよ』
その答えを、わたしはたぶんわかっていたのだと思う。
床に置いていた鞄を持つと、パンダのキーホルダーがプラプラと揺れた。
「……失礼しました」
俯いたままの先生に小さくお辞儀をして、カーテンの中から抜け出し、保健室を出た。