きっかけ
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委員会の仕事で、放課後の教室に残っているのはわたしと佐藤君だけだった。
じゃあオレこっちやるから、そっちの束お願い。
最初に二言三言交わし作業手順を確認したきり、二人黙々と手を動かす。
向かい合わせは何となく気まずくて、前後の席に座って作業をする。
クーラーがついていない教室は、夕暮れ時といってもやっぱり暑く、じんわり張りついた制服が少し気持ち悪い。
窓の外から聞こえる部活の声とホチキスの音、夕暮れのオレンジ、そして目の前の綺麗に伸びた背中。
その4つが今この教室を構成する全てだった。
ねえー!という外からの声に、静寂の均衡が崩れる。
教室横の廊下を通る楽しげな女の子たちの声。
なんとなしに彼女らを目で追う。
“何買ったの?”
“プリン。そっちは?”
「クーリッシュ」
袋から取り出されたその名前を無意識に呟いていたらしく、私の声はやけに教室に響いた。
黄金色の静寂。
ぽつんと放たれたその言葉は行き場を失い、恥ずかしくなった私は目の前のホチキスに集中しようと向き直る。
『雪見だいふく』
カシャン、というホチキスの音とともに低くつぶやかれた声が聞こえた。
前を向いたままの白い背中。
普段あまり話さない佐藤君が、わたしのつぶやきを拾ってくれるのが意外だった。
クーリッシュ、雪見だいふく。く……
「クレミア」
思いついたまま言うと、ふ、高いやつじゃん、と目の前の背中が小さく笑う。
『あずきバー』
「アイスの実」
『ミニストップのソフトクリーム』
それあり?とつい口を挟むと、うまいからあり、と声が返ってきた。
「紫芋のハーゲンダッツ」
『つい最近家の近くにできたパン屋のソフトクリーム』
「紫芋の次においしいと思うほうじ茶味のハーゲンダッツ」
『通学途中によく見かける移動販売のソフトクリーム』
ソフトクリーム大好きじゃん、と言うと、そっちこそハーゲンダッツ食べ過ぎ、と愉快気な声が返ってきた。
「むー、むー………ムンバイのおじさんが売ってるバニラアイス」
グッと背中が丸まり、小刻みに揺れる。
『…スイスのマダム御用達のチョコミントアイス』
「スウェーデンの香りを吸い込んだ貴婦人のストロベリーシャーベット」
グハッという声とともに背中の震えが大きくなる。どうやらツボにはまったらしい。
『…っもう限界』
白いYシャツがこちらを振り向いた。
綺麗なこげ茶色の目が、窓から差し込む黄金色の光をいっぱいに宿す。
数秒見つめあって、お互いこらえきれず吹き出した。
『とりあえず、コンビニ行きます?』
悪戯っぽい顔をした彼の提案に、わたしは大きくうなずいた。
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